30.【鉄仮面】が笑う時
「ベルフォード様、紅茶がはいりました」
ホワイト家本邸の二階にあるテラス。
涼しげな風が心地良く吹く中、ラスティールの父ベルフォードは椅子に座って紅茶を運んできてくれた女メイド勇者に笑みで応えた。
「ああ、美味しい」
「では私はこれで失礼しま……」
「なあ、最近のラスティールをどう思う?」
頭を下げその場を退出しようとしたメイドにベルフォードが尋ねた。顔を上げて少し考えたメイドがゆっくり答えた。
「そうですね。とても明るくなったように思います」
「そうか。そうだよな。ああ、ありがとう」
メイドは再び頭を下げて退出した。
ベルフォードは少し前、愛娘が『鉄仮面の女』と呼ばれることになった『六騎士降格』のことを思い出した。
「すまない、ラスティール。どうしても納得いかない者がいてな」
六騎士団長の部屋に呼ばれたラスティールに、ランディウスは申し訳なさそうに言った。
父であり元六騎士であるベルフォードが謀略によってその地位から降格したことで、ラスティールは急遽その跡を継いで『六騎士』に就いた。
しかし正当な選抜や試験などを受けずに就任したことで、一部の人間から不満の声が上がっていた。
騎士団長ランディウスとしては『六騎士』の空席は一日とて認めたくない思いからの決断であったが、周りはそれをよしとしなかった。
一部ではランディウスとラスティールの交際の噂まで出始めている。それを払しょくするためにラスティールにその実力を皆に見せつけて欲しいとここへと呼んだ。ランディウスが言う。
「今日対戦して貰うのはローゼンティアの護衛勇者であるレザルトだ。相手にとって不足はないはず」
(レザルト……)
ラスティールはその名前を聞いて体が震えた。
過去に数度手合わせをした事があったが、一度も勝ったことはない。
「はい、かしこまりました。全力で戦います」
ラスティールは全身から汗を流してランディウスに答えた。
試合は散々たるものであった。
大剣を手足の如く振り回すレザルトに防戦一方のラスティール。やがて持っていた双剣が一本、また一本と弾き飛ばされ、『六騎士』として最も惨めな騎士団長の制止によって試合は終わった。
勝利を告げられるレザルト。
周りで観戦していた者達からはラスティールを罵倒する声上がる。
(私は、私は……)
ラスティールの目から大粒の涙が零れ落ちる。
もう何も聞こえない。
そのまま床に頭を付け大声で肩を震わせて泣いた。
「すまなかった、ラスティール」
「いえ、お父様。私の実力不足ですから」
当時はまだ『六騎士』として王都に住んでいたホワイト家。試合に負けて帰ってきた娘に何度も謝る父ベルフォードであったが、娘のラスティールはそれに無表情で答えた。
(実力不足は分かっていた。ただ今尚お前ならできるとも思っている。親バカなのかな……)
ベルフォード自身、娘がまだ『六騎士』として活躍できるほどとは思っていなかった。それでもそこらの勇者よりはよっぽど強かったこともあり、自信をもって推薦していた。そんなふたりに王都から書状が届く。
【六騎士降格を命ずる】
書状には手短にそう書いてあった。
数日以内に王都を出て、領主不在の田舎へ移動せよと併せて記載されていた。
「申し訳ございません、お父様」
「気にするな。人が多いこんな場所よりも、田舎でゆっくりしたい」
数日後、ふたりは数名の従者を連れて王都を出た。
田舎の生活は悪くなかった。
父ベルフォードは傷ついた娘の心を癒すためにも、この場所は最適だと思った。ただ、噂と言うものは驚くべくほど速く広がる。
「六騎士から降格させられたんだってよ」
「親の七光りで就いたのに簡単に負けたんだって」
「何もできないお嬢さんじゃ、その程度だな」
王都、そして視察で訪れる様々な場所でそのような噂がラスティールの耳に入った。
【鉄仮面の女】
そう呼ばれるようになったのもこの頃である。
一切の感情を表に出さずに仕事に打ち込む。暇があれば剣を振る。
ベルフォードはそんな娘の姿を見る度に胸を痛めた。
しかし、その男の出現により状況が一変した。
「む、村比斗っ!! 貴様、今私のパ、パ、パン……、を覗こうとしたな!!!」
「ち、違うっ!! いや、違わくはないが。いや、待て、誤解だっ!!」」
あれほど静かで感情を殺してしまったような娘が、この村比斗と言う男の前ではまるで少女の様に明るくなる。
――まるで昔に戻ったみたいだ。
それはベルフォードが現役の六騎士として活躍していた頃。強い父に憧れる娘は、毎日のように笑って過ごしていた。
「ベルフォード様、紅茶のおかわりでございます」
気が付くとメイド勇者が温かな紅茶を手に笑顔で立っている。
「ああ、ありがとう。貰うよ」
メイド勇者はゆっくりと紅茶を注ぐ。
「何か良いことでもございましたか」
紅茶を注ぎながらメイド勇者がベルフォードに尋ねる。ベルフォードは淹れて貰った紅茶のかぐわしい香りを嗅ぎながら答えた。
「分かるかね?」
「はい」
ベルフォードは紅茶をひとくち口に含んでから言った。
「私は今、とても幸せだよ」
メイド勇者はそれに笑顔で応えた。
「い、いや、違う!! わ、私は決してそんな趣味など……」
慌てながら答えるラスティールに村比斗が言う。
「いや、俺は聞いた。お前が『わん!』って言うのを。聞いた。絶対聞いた。ちゃんと聞いた」
ラスティールの顔が赤くなり答える。
「い、いや、だから、それはだな。お前が、その、なんだ……、犬が好きで、好きだから、その私がだな……」
下を向いてもぞもぞと小声になって言うラスティール。それを見た村比斗が思い出す。
(え? まさか、こいつ、俺が前に言っていた『メス犬の様になって』っての覚えていて!?)
「いや、だから別に、私にそのような趣味があるって訳じゃ無くてな……」
「ラスティちゃん、犬好きなんだ」
「いや、だから違うって言ってるだろう!!」
そんなふたりを見て村比斗が言う。
「分かった。で、ラスティール。何が望みなんだ?」
顔を真っ赤にしていたラスティールがその一言で動きが止まる。そしてゆっくりと村比斗の方へ向くと真剣な顔で言った。
「一緒に森に行って欲しい。私をレベルアップして欲しい」
驚くほど真剣な目。
彼女の強くなりたいという気持ちは最初から全くブレない。村比斗が言う。
「分かった。ただひとつ、お願いを聞いて欲しい」
「なんだ?」
村比斗はラスティールに負けないほどの真剣な顔で言った。
「もう一度言ってくれ、さっきの『わん』」
みるみる真っ赤になるラスティールの顔。そして部屋に置いてあった双剣を手に取ると、村比斗に向けて大声で言った。
「死罪、死罪だ、貴様は、やっぱり死罪だあああああ!!!」
「ひえ~!!」
村比斗はラスティールに追われながら部屋を逃げるように出て行った。
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