35.社
「ちょっと待ってよ。ミケさんって化け猫なんでしょ?なんで俺が預かるのよ」
ご丁寧にミケさんをペットキャリーに入れて、亨が連れてきたのを如月は受け取り拒否した。
「如月さん知ってるものと思ってたんですよ」
「知らないよ!」
亨の言葉に如月は食い気味に否定する。
「ミケさんは化け猫じゃないですよ。――式神です」
「俺が言いたいのは生きた猫じゃないってこと」
いつまでも受け取ってくれない如月に、亨は唇を尖らせた。
「だって、前もちゃんと預かってくれたじゃないですか。それにミケさん如月さんの事好きだし」
「お前そんな顔して可愛いと思ってるのかよ――いや可愛いけどもっ」
如月はキャリーの中のミケさんを薄目で見たが、どうやっても普通の猫だ。
そういや、前に預かったときも水と少しの餌を供えてくれればいいって言ってたのは、そのまんまの意味だったのか。
「お願いしますよ。僕と離れすぎるとミケさん、人形に戻っちゃうんですよ。そしたら何か月も出てきてくれないんですよ」
「だから、なんで俺なんだよ。東雲さんでもいいだろ」
「ミケさん東雲さんの事苦手なんですよ。東雲さんが来ると姿見せないし」
結局、如月は亨に押し切られて、今回もペットシッターを引き受ける羽目になった。
飛行機の移動は快適だった。
飛行機で移動する事は数か月に一度ある。
そして、それは旅客機ではなく必ずチャーター機なのだ。
「俺の金じゃねえんだし、いいじゃん。ゆっくりできてさ」
御門は呑気に寛いでいるが、亨はまだ慣れない。
一体、この飛行機は誰の持ち物で、誰の費用なのだ。
御門との生活は3年になろうとしているが、未だに謎しかない男だった。
「直近の被害者の片桐さんですが、命に別状はないものの、頚椎の損傷で――」
亨が資料を見ながら説明すると、御門は小さな窓から外を眺めた。
「持ってかれたな。野木の話からして霊感の強い奴だったんだろ。よかったのか悪かったのか」
珍しく同情めいた言い方に、亨は少しだけ御門を見直した。
口は悪いし女にも金にも食い意地も汚くて、いいのは顔とスタイルだけだと思っていたが、こういう優しいところもある。
「全身不随なんてよ――えっちできねぇじゃん」
やっぱりクズだ、と亨は思い直した。
被害者は全部で4人だった。
頭をぶつけたり、あわや失明の怪我を負ったり、事故でむち打ちになったり――片桐は階段から転落した。
誰かに押されたのだと言っていた。
野木の話を聞いても、あの場で一番反応していたのは片桐だった。
「あの織田っておっさんが持ってかれるべきだったんだけどな。片桐の方が美味かったんだろうな」
無神経な御門の言葉に、亨は少しだけムッとしたが、すぐに気が付いた。
「そう言えば、今回は付喪神ではありませんけど――よく引き受ける気になりましたね」
御門の仕事の選り好み――と、いうよりは仕事嫌いはこの3年で嫌というほど知っている。
なぜこの仕事をしてるのか分からない程に、御門は仕事が嫌いだ。
退院した直後の御門は、ろくに歩くこともできず亨が付きっきりで面倒を見ていたが、御門は嬉しそうにずっとゴロゴロしながら上げ膳据え膳の生活を満喫していた。
そんな御門が、こんな遠くの――しかも付喪神に関係しない仕事を受けるなど、亨には考えられなかった。
「まぁねぇ。こればっかりは受けないとね」
いつも通り的を射ない答えに、亨は諦めるしかなかった。
空港からは迎えが来ていた。
一足先に現地に来ていた羽柴と野木、そして織田だった。
「ぶっちゃけ、次に狙われるのはあんたらだからな。一緒に来い」
御門の言葉は有無を言わさぬものだった。
仕事が、予定がと騒いでいたが東雲がなんとかしたのだろう。御門はそう思っていた。
「除霊なら私にもできるんだ」
「織田さん……わかりますけど、仕方ないでしょう」
車の中で不機嫌を顕わにしながら、織田がぶつぶつと言ってるのを野木が宥める。
亨はハンドルを握ったまま、小さく溜息をついた。
御門は相変わらず空港で出迎えてくれた女性職員に色目を使うと、腹が痛いと言って15分ほどその女性と姿を消していた。
何をしていたのかは分からないが、助手席で満足そうに眠っているのを見る限り、ろくなことはしていないのだろう。
「織田さんの能力がないというわけではありませんよ――一般的には十分にいい霊能者だと思います。ただ、今回は得意分野が違ったってことです」
亨がバックミラー越しに織田を見ると、織田は口ごもって納得したように頷いた。
2時間ほどかけて、車は山の中にある小さな社の前に着いた。
「御門さん、着きましたよ。起きてください」
「いたい――いたい、殴らなくても起きるから」
いつも通り丁寧に御門を起すと、5人は車を降りた。
プレハブでできた社は、テレビで見るよりも綺麗でこざっぱりとしていた。
「結界、張りますか?」
「んーそうだねぇ……」
亨の言葉に、御門が生返事をする。
いつもの御門らしくないと、亨は思った。
いつもなら、面倒だからとすぐに式神を呼び出して解決させてしまうのに。
「あんたら、誰なん」
亨の背後から、若い少女の声が聞こえた。
振り向くと、どう見ても高校生程度の可愛らしい少女が、亨たちを睨んでいた。
「あいつらも来とるがね!なんであかんのや」
この土地の訛りではないらしい。
隣には年配の男が困ったように立っている。
「ちょっとお嬢ちゃん、やめんかい。――いや、すまんことで……このお嬢ちゃんが社におったんを注意しとったんですけどね。ここは神社ゆうても、ちょっと特殊な土地なもんで」
なるほど、男はここの管理人らしい。
亨が警察手帳を出そうとしたが、御門が手で制した。
「事前に連絡を入れていたと思いますが――私宮内庁式部職式武官の大和御門と申します」
亨は、これまでもこの先の人生でも、これ以上驚くことはないだろうと思った。




