34.過ち
旅館の食事は可もなく不可もなくといったものだったが、片桐の体格を考慮してくれたのだろうか、全員がご飯をお代わりしても余る程、米を炊いてくれていたのは幸いだった。
大食いは片桐だけではなく、雑用から力仕事までこなす若いADも片桐と張り合うように飯を食っていたからだ。
案内された大浴場は5人も入れば浴槽がいっぱいになり、どこが「大」なのかわからなかったが、温まる事ができた。
湯に浸かって温まると大抵の事はどうでも良くなる。
羽柴はさっきまでの考えなど風呂で洗い流したかのようにすっきりとした顔で浴場から客室に向かう廊下を歩いていた。
途中にちょっとしたゲーム機や自動販売機とベンチソファが置かれたスペースがあり、そこにカメラスタッフの女の子が座っているのを見つけた。
名前は――思い出せない。
顔は好みではないが、愛嬌のある子で今度飯に誘ってみたいと思っていたのだが。
「羽柴さん」
先に気が付いたのはその女子だった。
「やあ――えっと」
「宮部です」
宮部は、名前を覚えられないことなど日常茶飯事なのだろう。スタッフの名前など覚えられる方が珍しい。そういう業界だ。
「あの、さっき……いえ、なんでも」
宮部はそう言うと、引き留めようとする羽柴を置いて走り去ってしまった。
宮部の遺体が見つかったのは翌日のことだった。
「それを皮切りに、次々とスタッフが事故や病気になることが増えて……」
野木は羽柴をちらりと見た。
羽柴が頷くと、野木は続けた。
「スタッフだけならよかったんですが、10日程前です。こちらにいる羽柴の相方の片桐が事故に遭いまして」
御門は驚かなかった。
「頭、だろ?全員」
挑発めいた笑みを浮かべると、織田が御門を睨んだ。
「どこで調べた」
「あ?」
織田の言葉に、御門は明らかに不機嫌に返した。
「こうなったのはお前のせいだろうがよ」
亨は、黙って様子を見ていたが、何もできない。本気で怒っている御門を見るのは初めてだったからだ。
御門はいつも笑っている。
腹が立ってもにやけた顔で相手を挑発するだけだ。
不機嫌にはなっても怒った姿を見た事がなかったと、亨は改めて思った。
僕は……御門さんの何を知っているんだろう。
「あのテレビ観てたぜ。よくできたお笑い番組だ」
「なん――」
自分の作った番組には、それなりの自信や愛着があったのか、野木も顔色を変えたが、横目で東雲をみるとすぐに言葉を吞んだ。
「あんたら、最後に祭壇に手合わせてたろ?あれで寝てた奴を起したんだよ」
「僕から説明します」
たまらず亨が口を開くと、織田が明らかに見下したような目で亨を見た。嫌な目だ。
「君は警察官でしょう?私は心霊のプロですよ」
「そのプロが泣きついて来てんだろうがよ、警察に」
なぜそう一言余計なのだ、と亨は御門を睨んだが、御門はどこ吹く風だ。
「棚橋巡査長は、熊野で修業した修験者でもあります。霊格はあなたよりも上ですよ――見えないでしょう?」
「そんな――霊感がないだけじゃ――」
東雲の言葉に織田がわかりやすく狼狽しているのを、御門は軽薄な笑みを浮かべて見ていた。
「あんたはさ、心霊のプロらしいが、やっちゃいけないことをやったんだよ」
「御門さんは黙っててください――ですが、その通りです」
亨の言葉に、今度は素直に聞く気になったようで、織田は目線で続きを促した。
「あの神社の神霊は、神社に放置されていたことから神格化が解かれて元の精霊に戻るところでした。それを、あなた方が手を合わせた事で再び神格を得てしまったんですよ」
「ど……どういう?」
「どういうって、そのままです。放置されて澱んだ状態で神格化したせいでマガツヒとなってしまったんです」
織田の言葉に、亨は事もなげに返したが、織田の混乱は深まるばかりだ。
自称霊能者の織田がそうなんだから、野木や羽柴にわかるはずもない。
「とーるちゃん、ダメだって。こいつ何もわかってないんだから」
御門が楽しそうに笑っている。だが、いつもの笑いではない。怒りが内包されているのが分かる。
「そもそもね、普通の人間にカミサマなんか見えるはずないんだから。俺がちゃーんとわかりやすく教えてやるよ」
「え?」
亨が呆気に取られている隙に、御門は続けた。
「あんたらがカミサマって呼んでる神社にいるのは、正確にはカミサマじゃねえ」
「え?――どういう……」
片桐が呟いた。
「全国にアホほど神社があるのにその一社一社にカミサマがいるはずねえだろ?そもそもカミサマってのは人間の世界には降りてこねーのよ……まぁ、一部例外もいるけどよ……」
「な、なにを馬鹿な。私はいつも神社でパワーをもらってるのに」
「人の話を最後まで聞けって小学校で習ってねえのかよ――ったく。さっきとーるちゃんが言ったろ?神社にいるのは神格化した精霊なわけよ。降来要文くらいは知ってるだろ?社にカミサマを降ろすアレだ」
「つまり、降来要文によって神様を降ろすんじゃなく、そこにいる自然霊――と、いいますか精霊に神格化を与えて、神様の代理にしていただくんですよ」
亨が補足すると、織田はやっと理解できたようだった。
「神社を廃する時は送納要文によって、神格を神にお返しするんです。あの神社はそれがされていなかった」
「だが、何十年と放置されて誰も参ってなかったおかげで、ただの精霊に戻ろうとしてたのに、お前が手を合わせたせいでもっかい神格化しちまったんだよ」
織田は、やっと自分の過ちを理解することができた。




