29.本体
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篠川家に到着すると、まゆみが出迎えた。
東雲が亨の代わりの助手だと挨拶をすると、一瞬残念そうな表情を見せたが、すぐに元に戻り二人を家の中に迎え入れた。
御門は両手をポケットに入れたまま、家の中に上がると「まゆみちゃん――」と、まゆみの背中に声をかけた。
「何?」
振り返ったまゆみに、御門はいたずらっぽい笑みを浮かべると、ポケットから鍵を取り出してまゆみに手渡した。
「とーるちゃんさ、今朝家ですっころんで足捻っちゃってさ。なーんか体調悪いみたい。悪いけど様子見てきてくれない?」
「え――でも……」
御門から鍵を受け取ると、まゆみは頬を紅潮させながら、戸惑っているように見えた。
「今日は俺も遅くなりそうだし、とーるちゃんの知り合いってまゆみちゃんくらいなんだよね。住所は後で送っとくから、平気そうならすぐ帰ってくれていいからさ」
御門の言葉に、「様子を見るだけなら――」と、心なしか嬉しそうに答えると、二人をリビングに案内してさっさと自室に戻り、人形を持った両親がリビングに入ってくるのとほぼ同時に、まゆみは家を出て行った。
「何度もご足労いただき、ありがとうございます。――あの、娘の……暁が本当に我々を呪っているのでしょうか」
頭を下げながら真理子が御門に尋ねた。
「呪いなんかじゃねーよ。言ったろ、生きる事への執念がすげーんだよ。あんたらの娘は」
東雲は隣で柔和な表情を崩さず、茶を飲んでいる。
「――どういうことですか」
篠川が気色ばむと、御門は二本立てた指を篠川に向けた。
「茶番はいいんだよ――思った通り、本体はあの女だな」
そう言って御門は早口で「急急如律令」と唱えると、篠川は御門の霊力に縛られ動けなくなった。
「この――」
さっきまで涙ぐんでいた真理子は、手元にあった雑誌を御門に投げると、60歳を目の前にした中年とは思えない素早い動きで御門に襲い掛かった。
「天霊霊地霊霊――我が元に来越し給え」
東雲が隠し持っていた人形の呪符をかざすと、呪符は錫杖を手にした御門ほどの大きさの鬼神の姿に変わった。
鬼神は襲い来る真理子の攻撃を錫杖でいなすと、錫杖を振りかざし真理子の体を打ち付ける。
式神が攻撃できるのは霊体だけだ。
真理子の体を掴むと床に叩きつけた。そして、そのまま錫杖を真理子の体に突き立てると、真理子の体を貫いた。
「相変わらずえぐいな」
御門はニヤリと東雲に笑いかけると、篠川に向き直った。
「夫婦を操って前鬼、後鬼ってか?あの女――役小角にでもなったつもりか?」
篠川は霊力に縛られたまま、御門を睨みつけた。
「睨んでも無駄だ――喰う前に教えろ。お前らの娘の名前だ」
「やっぱあの女が本体だったか」
助手席で御門が呟くと、東雲も小さく頷いた。
「御門君の言う通り、あの三人からは全く同じ匂いを感じた。ありえない事だ」
霊力は人それぞれ異なる。その感じる感覚を御門達は「匂い」と呼んでいる。
例え家族であっても、似る事はあっても同じ匂いになる事はない。
だが、東雲にもすぐにわかるほど、篠川親子は全員同じ匂いをしていたのだ。
「かなり喰われてたな。ほとんどあいつの霊力で動く人形だったぜ」
「問題は――娘か」
御門の言葉に東雲は呟くように言った。
御門も何かを考えているのだろう。二人は無言のまま亨の元へ急いだ。
「亨さん――まだ大丈夫よね?」
ぐったりする亨の上に跨るまゆみは、亨の血の気の抜けた唇にキスをすると、その舌を首筋から逞しい胸元に這わせた。
亨は朦朧とした目で少しだけ反応したが、手はだらりと投げ出され動かすことができなかった。
まゆみは亨の上に跨って嬉しそうに「亨さん――すごい。こんなに喰べてるのにまだ喰べ切れないなんて」と笑って体を動かしていた。
亨は僅かな感覚が体を襲うのが分かったが、もう抵抗もできない。
まゆみの体に触れる事も、言葉を発する事も出来ず、まゆみが動くごとに自分の霊力が奪われるのをただ感じるしかなかった。
「はいはい。そこまでね」
突如、ドアが開いた。目線を動かすと御門がいた。後ろに東雲の姿も見える。
まゆみは、驚くこともなく、当然のように振り返って御門達の姿を確認すると、亨の体から離れ、ゆっくりとベッドから床へと降り立った。
「わーお。いい体してんなぁ――その体で喰ったわけね。俺のとーるちゃんを」
まゆみの裸体に動揺する事もなく、御門はまゆみを睨みつけた。
「あらやだとーるちゃんったら、どれだけヤッたわけ?脱童貞だからって魂抜けるまでヤるとかねえ」
御門はベッドで動かない亨を見て笑いながら言うと、挑発的な笑顔をまゆみに向けた。
まゆみはゆっくりと脱ぎ捨てた服を拾うフリをして、その下にあったバッグに手を入れた。
「何しに来たの?あんた達の霊力も喰べさせてくれるの」
そう言うや、まゆみは人間離れした素早さで御門との距離を詰めると、手にしたナイフを御門に突き立てようと振り上げた。
寸前で身をかわした御門だったが、左胸から右脇腹に掛けて袈裟掛けに切りつけられた。
御門が身をかわすのと同時に東雲が御門の体を引き寄せたため、傷は深くはなかったが、御門の服がじわじわと赤く染まるのがわかる。
東雲は御門を庇うように立つと、胸元から取り出した人形の呪符をかざし鬼神を顕現させた。
「亨さんの霊力を喰ったのよ!そんな程度――」
まゆみは鬼神が振り上げた錫杖を左手で掴むと、右手で鬼神の顔を握りつぶした。
鬼神が呪符に戻ると、鬼神の受けたダメージが跳ね返った東雲はその場に膝をついた。
「覡の匂いがする。お前もおいしそうね」
膝をついた東雲の顔を両手で持ち、自分に向けさせると、まゆみはその顔に自分の顔を近付けた。
「すまないが、僕には愛する妻と娘がいるんでね」
東雲はそう言うと、素早く印を結んだ。
「のうまくさまんだ ばさらだん かん」
東雲の霊力がまゆみを縛り付けるが、まゆみはいとも簡単にそれを払って見せた。
「ああ――やっぱり亨さんの霊力は素晴らしいわ」
まゆみがこれ以上はない恍惚の表情を見せた時、東雲の後ろから大きな白い狼が現れ、まゆみに飛び掛かった。
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