28.告白
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次の日の朝、部屋から出てきた亨は死人のような顔色だった。
それでも、毎朝のルーティーンをしっかりとこなす辺り、生真面目な亨らしいと御門は思っていた。
しかし、真面目過ぎるのが仇となったのが今朝だった。
集中力を欠いていたのだろう。シャワーを浴びて、出てきた亨だが、バスマットに足を取られて転んでしまった。
「あーあ。こりゃ今日は家でじっとしてろよ」
亨の転んだ音を聞いて様子を見に来た御門は、亨が裸で洗面所の床に這いつくばっている姿を見て、ひとしきり大笑いした後、腫れた足首に湿布を貼ってやると、そう言った。
「運転くらいはできますよ」
「やめとけやめとけ。今日は如月か東雲に頼むわ」
御門は確かめたいことがある為、篠川家に行く予定をしていたのだと、手当を受けながら聞いていたので、亨は内心安堵の溜息をついた。
バスローブを羽織り、御門に肩を借りてリビングまで行くと、御門はキッチンでごそごそと何かをしながらスマホを取り出して誰かと話している。
通話を終えると、氷嚢を持って来て亨に渡し「不本意ながら東雲と行って来るわ」と言葉通り不本意そうな顔で告げると、自室に引き返した。
亨は氷嚢で足首を冷やすと、心の中で東雲に感謝しつつ、御門に謝った。
だが、これで今日はまゆみに会わないですむ。
亨はいつの間にか隣に来ていたミケさんを撫でると、深いため息をついた。
小一時間程して東雲が迎えに来たのか、御門は厚手のコートを羽織って出かけて行った。
アイシングが効いたのか、痛みもかなりマシになったので、自室に戻るとバスローブのままベッドに潜り込み布団を被った。
昨日はまともに眠れていない。
亨は、着替えるのも億劫なほど疲れていた。
御門には申し訳ないが、少し眠らせてもらおう。
目を閉じるとまゆみが浮かぶ。そして唇に昨日の感触が蘇る――やばい。これは本当に重症だ。
亨は深いため息をつくと、ゆっくりと眠りに落ちた。
疲れすぎていたのか、自分がバスローブのままなのに気が付いていなかった。
どのくらい眠ったのかわからなかったが、目が覚めると頭がすっきりしていた。
「あ、起きた?」
聞き覚えのある女性の声がして、体を起こすとまゆみがベッドの傍に座っていた。
「なん――なんで」
「大和さんがね、『とーるちゃんが滑って転んで怪我したから看病してあげて』って言って鍵をくれたの」
まゆみはそう言うと、いつの間に御門が持って行ったのか、玄関に置いていた亨の鍵をひらひらと揺らして見せた。
「すごいところに住んでるんだね。びっくりした」
「びっくりしてるのは僕ですよ。――鍵をもらったからって、男の部屋に来るなんて」
そう言って、鍵を取り返そうと体を乗り出して、亨は自分が現在あられもない姿な事に漸く気が付いた。
「ごめんって。私だって見たくて見たわけじゃないんだし、落ち込むのやめてよ」
バスローブの前をしっかりと閉じて体育座りで落ち込む亨に、まゆみは呆れつつ慰めの言葉をかけていた。
「それに亨さんの裸なら初めてでもないし、今更じゃん」
追い討ちのように言われて、亨もさすがに顔を上げた。
「何しに来たんですか」
「言い方酷いなあ。――会いに来たんだよ」
亨の隣に座り直すと、まゆみは亨の顔を覗き込むように見つめた。
「これが解決したら、きっと亨さんもう会ってくれないでしょ?だから、その前に自分の気持ちを伝えに来たの」
まゆみの視線は熱っぽく、揶揄っていない事はさすがに亨にもわかった。
亨の胸が熱くなる。眠る前に浮かんだまゆみの姿が、目の前のまゆみに重なっている。息のかかる距離にまゆみがいる事が嬉しかった。
「私ね。昨日言ってなかったけど、お姉ちゃんが死んでから空っぽだったの。お母さん達は私を見てくれるようになったけど、私を通してお姉ちゃんを見てた。成人式だってね、お姉ちゃんが着るはずだった着物だったんだよ。――私の着物なんて用意されてなかった」
ぽつぽつとまゆみが話し始めるのを、亨は黙って聞いていた。いつの間にかまゆみの肩に回した腕が熱い。
まゆみは亨の胸に自分の頭をもたげた。
「モデルはずっと続けてたの。モデルをしてる間は私自身を見てくれてると思ってた。でも、そうじゃなかった」
18歳の時だった。兄のようにいつも面倒を見てくれていたカメラマンが、プライベートフォトを取りたいからと、まゆみに声をかけてきた。
子供の頃から何度も仕事で顔を合わせていた人だった為、二つ返事で了解したが、撮影が進むにつれ、際どいポーズを求められ、気が付くとほぼ裸になっていた。
唇を奪われ、体中を撫でまわされ、怖くなったまゆみは逃げ出して、それ以来モデルを辞めた。
そして、当時慰めてくれた男に心も体も許したが、その男はまゆみの外見だけを求めただけだった。
まゆみの心は癒される事なく、自分を見てくれる人を探して夜な夜な遊び歩くようになった。
「でも、亨さんが初めてなの。ちゃんと私を見てくれたのは」
目に涙を浮かべて、まゆみが話すのを、亨は愛しい気持ちで聞いていた。
「ホテルで言ったじゃない。『女の子がこんなに簡単に男と二人きりになっちゃいけない』って。謝りながら説教する人初めてだった。ちゃんとこの人は私の事見てくれてるんだって、嬉しかったの」
まゆみはそう言うと、話を聞いていた亨にキスをした。今度は抵抗はなかった。
絡みつく唇と舌を感じながら、愛しいという気持ちが亨の胸を埋めていた。
なだれ込むようにベッドに倒れこむと、亨はゆっくりと覚束ない手つきでまゆみの服を脱がし始めた。
まるでそうなる事が当然のように、亨はまゆみの体を求め、まゆみもまた亨を受け入れた。
「亨さん――素敵――もっと……もっとちょうだい。亨さんの――全部が欲しいの」
まゆみの声が耳元で囁いた。その声は、まゆみのようであり、違うようでもあったが、亨の頭の中はまゆみと繋がっている高揚感でいっぱいだった。




