18.式神
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18.式神
「な――何言ってんの棚橋君!」
亨の発言に如月は真っ青になって亨の肩を掴んだ。
「あの東雲さんでさえダメージを食らう呪いだよ?棚橋君だって霊寄せの時、ダメージ受けてたでしょ」
「大丈夫ですよ。東雲さんみたいに体に呪符を仕込みますし――それにミケさんもいますから」
「猫が何になるんだよ!」
亨の言っている事が理解できない如月は、ますます声を荒げて亨に掴みかかった。
君に万が一の事があればどれだけ危険な事になるかわかってないからそんな事が言えるんだ――如月が思わず口走りそうになった時、御門が如月の肩を掴み、如月は我に返った。
「落ち着けって。お前にとっちゃミケさんはただの猫でも、違うんだよ」
術を行う間は危険だからと、如月は御門達の家から追い返された。
エレベーターを降り、車に乗り込むとエンジンをかける前に携帯電話を取り出した。
発信履歴から東雲の名を押すと早く出てくれと祈る気持ちで呼び出し音を聞いていた。
御門と亨は寄木細工の箱の部屋に向かい合って立っていた。
足元にはミケさんがゴロゴロと喉を鳴らしている。
亨は部屋に貼っている呪符を見て、問題なく結界が張られている事を確認した。
「どうする?俺の犬も出しておくか?」
御門が珍しく心配しているような言い方で亨に尋ねた。
「――ミケさんがいますし……できると思います」
亨は危なげない笑顔で答えると、箱を見つめた。懐には数枚の呪符を持っているし、槐の数珠だってある。
いつまでも御門さん頼りでは東雲さんに顔向けができない。僕がずっと御門さんの元で修業――研修をさせられているのは、僕が頼りないからだ。
亨は「始めます」と言うと、槐の数珠から珠を五つ抜き取り、箱の周りに並べた。そして、両手を顔の前で合わせた。
「五芒退魔陣、のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん」
左右の手の人差し指と中指の二指にし、左手で槐の術に霊力を送り込み、右手で懐の呪符を取り出して口に押し当てた。
「発!」
亨の声と共に、寄木細工の箱から黒い靄が滲み出てくるが、抵抗しているのだろうか、箱の周りに靄がかかるだけだ。
足元ではミケさんが毛を逆立てて「フーッ」と威嚇している。
亨は更に霊力を込めた。しかし、靄は広がるだけで思うように呪いは姿を現さない。霊力が足りないのか――それとも。
「大丈夫だ。俺がいる――何があっても心配ない」
焦りを見せたその時、向かいで腕を組んで見ていた御門が口を開いた。
亨は御門の目を見た。
何も恐れず、ただ亨だけを見ている目だった。
――僕は何を片意地張ってたんだろう。
失敗してはいけない。自分ができるところを見せてやるんだと言う意地と、失敗すれば死ぬと、心のどこかで恐れていた事に気が付いた。
意地は冷静さを欠き、恐れは自身を委縮させる。
無意識に自分を守ろうとして、術が疎かになっていたのだと気付き、亨は唇を噛んだ。
もし呪いに飲まれたとしても、御門さんがいるんだ。大丈夫。
亨は御門の目を見ると小さく頷いて、更に陣に霊力を込めた。
断末魔のような、怒りのような声のような音のような何かが頭の中に響き、呪いが次第に姿を現した。
黒い靄が少しずつ集まり、人の形を作り上げる。黒い靄は女性を思わせる形を作ると、黒い顔を亨に向けた。
そこにあるはずのない目が亨を睨んでいるように思えた。憎しみ以外の感情の無い目が亨を捉え、黒い手を亨の首に駆けようとしている。
――まだだ。まだ箱から離れていない。
思った以上に呪いの力は強かった。しかし、まだ霊力は底をついていない。御門も亨と呪いを見つめるだけで動かない。大丈夫だ。
亨は身じろぎ一つせず、左手に込めた霊力を更に強めたその時、黒い靄が亨に襲い掛かろうとした。
「おん――」
亨は素早く槐の数珠を解いてばら撒く。
珠は狙ったように箱を囲むように散らばった。
「あびらうんけんそわか――」
慎重に霊力を練りながら繰り返し、次第に呪いを締め上げる。
――離れた。今だ。
呪いが完全に箱から引き剥がされると、亨は右手に持っていた呪符に霊力を込め、呪いにぶつけた。
呪いは動きを封じられたかのように、一瞬動きを止めた。しかし亨の術では数秒しか止める事は出来ない。
「ミケさん、今だ!」
呪いを睨みつけたまま亨が叫ぶと、足元で毛を逆立てていたミケさんの姿がゆらりと動いた。
さっきまでの愛らしい三毛猫は御門よりも巨大な化け猫の姿となり、今まさに動き出そうとしていた呪いに喰らい付いた。
まるで真神が付喪神を喰らうように、ミケさんは呪いに爪を立てると、呪いを引き裂きながらあっという間に全てをその腹に収めた。
全ての靄がミケさんの腹に入れられると、ミケさんは満足そうに一声鳴き、見る間に先ほどまでの愛らしい三毛猫に姿を変えた。
それを見て亨は左手の印を解くと、安心からその場に崩れ落ちた。
「ミケさんは棚橋君の式神だよ――使い魔と言った方がいいのかな」
東雲の声が電話の向こうから聞こえてきて、如月は声にならない声を出した。
「ど……どういうことですか。だって俺触りましたよ?あいつらが地方に行くときなんかは家で預かってましたよ」
如月はさっきまで撫でていたあの柔らかい毛並みを思い出すように手のひらを見た。
「神格化し損ねた猫でね。私が正体を見破ったもんだから私が行くときは姿を消してるんだけど、真神様には遠く及ばなくても、その辺の呪い程度なら喰ってしまえるだけの霊力は持っている」
「いや、だって俺霊感なんて全然ないのに、なんで見れるんですか?なんで触れるんですか?真神様なんて気配すら感じませんよ」
電話の向こうで東雲は面倒になったのか、「その辺の説明はまた今度ね」と言ってさっさと通話を終了してしまった。
残された如月は混乱したまま車のエンジンをかけた。
――だめだ。今日はもう帰って酒飲んで寝よう。
如月の目には昼過ぎに浮かぶ白い月が何故だか眩しく見えた。




