17.依り代
お読みいただきありがとうございます
亨は御門の顔を見て顔をしかめた。
――どこまで知っていたんだろう。この人は。
口に含んだ水が血のように赤く変色するのを見て楽しそうに笑っていた。
御門は亨の視線に気がつくと、気まずそうにわざとらしい咳払いをした。
「柏木のおばちゃんが言ってただろ。ばあちゃんはこの箱を自分と一緒に燃やすように言ってたって」
御門は観念したように口を開いた。
祖母が言ったことを無視して、秋子は箱を燃やさず大事にし続けた。毎日話しかけ、目のつくところに置いていた。
そして御門が燃やせと言うと激昂して見せたのに、調査のために持ち帰ると言うと、安心したような顔をしていた。
「ばあちゃんもおばちゃんも、貴子の血を濃く受け継いでたってこった。貴子の呪いに共鳴しながら抵抗してたんだろう」
御門は立ち上がると、キッチンに行き換気扇の下でタバコに火をつけた。
秋子の祖母は、どこかで自分が呪いを防ぎながら、母の思念が時間と共に浄化する事を妨げていた事に気が付いたのだろう。
だから、箱を自分と一緒に燃やせと言ったのだ。
母とも慕っていた故人の遺志を無視すると言うのは、余程箱に魅せられていたに違いない。それこそ呪いのように。
御門の説明を受けて、亨は初めから御門の手の上で踊らされていたのかとショックを受けた。
――東雲さんも人が悪いなあ……
如月は溜息をつきながら、自信を喪失しかけている後輩の顔を盗み見た。
かわいい顔がやつれて、悲壮感をより濃く浮き上がらせている。
御門は煙を吐きながら「俺がなんでも解決しちゃうと、とーるちゃんの為にならんででしょ」とフォローを入れている。
如月の膝の上にいたはずのミケさんが、いつの間にか亨の隣に座って、前足を亨の膝に乗せていて、まるで慰めているように見える。
「ありがとう。ミケさん……違うんです。御門さんはあの場ですぐに全部理解していたのに、僕はここまで6日もかかってしまった。それが情けなくて」
亨の言葉に如月はますますいたたまれなくなった。ミケさんも気のせいかいたたまれない顔をしている。
――御門くんは真神様の力を使えるわけだし、複雑な霊力の流れとか呪いの事とか見れるのは当たり前だよって言ってあげたい。
如月の考えを読んだかのように、御門は換気扇の下で細い指を形のいい唇に当てて如月を見ている。
イケメンめ……
如月がやっても間抜けにしか見えないだろう仕草でも、御門がすると馬鹿みたいに絵になる。
亨が拗ねるのもわかると、如月は亨に同情した。
「呪いの根源が分かっても、祓うのはまた別の話だからな」
ゆっくりと煙を吐き出しながら御門が言うと、亨はミケさんを抱きながら換気扇の下にやってきた。
そして、御門のタバコを一本咥えると、御門が差し出した火を素直に受けた。ミケさんは亨の肩に乗って満足気な顔をしている。
「絡まり合ってますからね。でも根源が見えましたから退魔の陣で対処できます。大丈夫です」
気を取り直したのか、タバコをゆっくりと吸いながら亨は答えた。その肩ではミケさんが煙たそうに顔をしかめ、亨の肩から飛び降りると如月の元に戻って行った。
「ミケさん如月の事好きだねぇ」
「僕の先輩なんだからせめて如月さんって言ってくださいよ……気が合うんですかね?東雲さんだと隠れるのに」
如月の隣で寛いで寝転ぶミケさんを見ながら、亨はゆっくり煙を吐いた。
「如月さん……食われなきゃいいけど」
亨の呟きが聞こえなかったのか、御門は吸い終えたタバコを灰皿でもみ消すと、ソファに戻った。
「呪いは既に5人喰ってる。まあまあな強さに育ってるぞ。東雲のおっさんがダメージ受ける程度には」
御門は如月にそう言うと、如月はミケさんを撫でる手を止めて御門を見た。
「でも、何かあったら御門君も手伝うんだよね?」
「――さあな。術者の死んでる呪いだ。護摩と燃やしちまうのが一番手っ取り早いんだが、あのババアの許可がねえとできねえしな。とーるちゃんの匙加減かな」
御門が面倒くさそうに言うと、タバコを吸い終えて戻ってきた亨がミケさんの隣に座って御門を見上げた。
「そうですね――。今回はミケさんにも頑張ってもらわないといけないかも知れません」
亨の言葉に如月は理解ができないと言った表情を見せたが、ミケさんは眠そうな顔を少し上げて片目を開けて亨を見ると、ゴロゴロと喉を鳴らして再び寝転がった。
術者のいない呪い程面倒なものはない。
術者がいれば、呪いは術者に跳ね返る。
しかし、戻る先の無い呪いはこの世に留まり、澱みとなって彷徨った挙句、同じような澱みが集まる場所で積み重なっていく。そしてそれは新たな呪いとなって、無分別な攻撃を繰り広げる。
それを防ぐためには、呪いを浄化しなければならない。
御門の言う通り、一番手早いのが護摩焚きで呪いが込められた依り代と一緒に燃やしてしまう事だが、今回はそれができない。
そうであれば神社などに封印して、月日をかけて思念が薄れるのを待つだけだが、如月に説得を頼んでみたものの秋子は手元に戻して欲しいと頑なだったと言う。
残る手段は呪いの依り代を交換する事だった。
「依り代を交換って、そんなことできるの?」
如月は驚いて亨に尋ねた。
亨が頷くと、「だったらそれが一番安全じゃないの?なんで最初からやらないのさ」と、暢気な声をあげ、御門に冷たい目で睨まれた。
「これだから現場に出てない奴は――」
「おいおい。俺だって裏方という現場を走り回ってんだよ。ただ、呪いなんてめったに入ってこない事件だし、俺はお前らみたいに超人めいた能力なんてないんだから分かりっこないだろうが」
「説明が足りなくてすみません――呪いを引き剝がすのは簡単なんですが、新しい依り代に移すのが難しいんです」
如月がバカにされてムッとしたのを見て、亨は慌ててフォローした。御門は隣で大笑いしている。
「依り代ってもなんでもいいわけじゃない。術者が大事にしていた物なんかに呪いを繋ぎとめる術を展開してやらにゃダメだし、依り代から離れた呪いが離れないよう緊縛の術やら結界やら展開せなならんし、何より依り代から離れた呪いはまず人間を襲う。そこが一番危ない。術を展開してる間は無防備だからな」
「それ、めちゃくちゃヤバいやつじゃないか」
御門の言葉に如月は恐怖で鳥肌が立った。でも、真神様がいれば大丈夫だよねと言いたかったが、真神の事は亨には言わない約束なので口に出せない。
「だが、貴子の思い入れがあるモノなんざ、この箱だけだしな。この手も無理かな」
御門の言葉にそれまで黙っていた亨が口を開いた。
「僕が依り代になります」




