10.寄木細工
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いつものように亨が朝のルーティーンを終えて、リビングでコーヒーを飲んでいると、眠たそうな顔をした御門がのそのそと入ってきた。
「とーるちゃん、俺にもコーヒーちょうだい――あ、その前に水」
亨の座っている座り心地のいい革のソファの空いた場所に埋もれるように腰掛けると、御門は甘えた声で言った。
「僕は御門さんのお世話係じゃないんですよ」
文句を言いながら立ち上がるとキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、サーバーのコーヒーをマグカップに入れると、その二つを御門に手渡した。
足元にはいつの間にかリビングにやってきた三毛猫のミケさんがゴロゴロと喉を鳴らしながら亨の足に擦り寄り、亨はミケさんを蹴らないように気を付けながら、御門の隣に腰掛けた。
なんだかんだと面倒見のいい亨を、御門は笑顔で見つめていた。
亨と同居を始めて2年余りが経過したが、御門にとって亨は最高の同居人だった。
生真面目で職務に忠実だとか、綺麗好きでお手伝いさんが来ない日に御門が散らかしてもすぐに片付けてくれるとか、そういったところではなく、亨がいるだけで御門は静かに一日を過ごすことができるのだ。
勝手に真神の依り代とさせられて10年間。御門はずっと真神と一緒だった。
四六時中話しかけてくる真神のせいで、御門に一人の時間など夢のまた夢だったが、亨が現れてからは亨が傍にいると真神は気配さえ感じさせない。
嫌がらせのつもりで家に置くのを許している猫でさえ、真神の神経を逆撫でする程度だったというのに。
更に亨に触れていると、それだけで真神に霊力を喰われるのを防ぐことができる。
運が悪く依頼もなく、狩りもできない時が稀にあるのだが、そういう時に亨に触れていると、御門は安心して生きることができた。
「お世話係なんて思っちゃないさ。とーるちゃんは俺の大事な大事なとーるちゃんだよ」
亨から手渡された水を飲み干すと、御門はいつの間にか膝に乗ってきていたミケさんの背を撫でながら、隣に座った亨の肩に頭をもたげた。
「――御門さん。ソファもう一個買いませんか……何が悲しくて野郎二人で並んで座らなきゃダメなんです」
以前リビングにあった豪華なL字のソファセットは、亨が出かけている隙に二人掛けのソファに入れ替えられていた。
御門の奇行に慣れた亨は、それもまた御門の思い付きで突拍子のない行動の一つだと考えるのをやめていた。
「えー。いいじゃん。こうしてるととーるちゃんとくっついてられるしさ」
「僕は男といちゃつく趣味はないですよ」
「大丈夫。俺もないから」
だったらこの手は何なんだと、亨は自分の背中に回された御門の手を忌々しく感じていたが、今振り払うと御門の膝に乗っているミケさんがびっくりしてしまう。
そもそも、抵抗しても無駄なのだ。この男は。
「それより、そろそろ支度してください。10時に依頼者と会うんですから」
時計の針は8時47分を指していた。
待ち合わせ場所は依頼人の自宅だった。二人の家から車で小1時間の場所にある。
面倒がる御門を叱り飛ばし、支度をさせると、車に放り込んで発進させた。
「もー。とーるちゃんってばお母さんみたいなんだから」
助手席でいつものようにシートベルトで縛り付けられた御門は唇を尖らせると、ダッシュボードからタバコを取り出して亨に咥えさせた。
亨は慣れた手つきでシガーソケットで火をつけると、「僕は御門さんのお母さんになったつもりはありませんよ」と言いながら御門に手渡した。
切れ長の目が特徴的な、やたら綺麗な顔をしたこの男は、どこまで本気でどこまで冗談なのか、生真面目な亨には理解ができない。だが、なぜか嫌いになれない男だった。
おもちゃを渡された子供のように機嫌よくタバコを吸っている御門を横目に、亨はため息をついた。
自分はいつまでこの人と一緒に仕事をしなければならないのだろう……。
亨の物思いとは裏腹に、タバコを吸い終えて満足した御門は、助手席で気持ちよさそうに眠っている。
信号待ちで亨は御門のタバコをケースから一本抜き取ると、火をつけて窓の外に煙を吐き出した。
御門との唯一の共通点はこのタバコだった。二人とも同じ銘柄のタバコを吸っている。
「そんなかわいい顔してタバコ吸うなんて、とーるちゃんってばギャップ萌え狙ってんの?」
そう御門に笑われる程似合わない事は亨だって理解している。
――顔で吸うわけでもないし。
煙を吐き出しながら、亨はタバコも酒も女遊びもなんでも似合う男の寝顔を憎らし気に睨みつけた。
手元のタバコが燃え尽きる頃、車は依頼人の自宅近くの駐車場に停車した。
いつも通り御門を殴り起こすと車を降り、二人は自分達には似合わない閑静な住宅街を並んで歩いた。
「こちらが、ご相談したいものです」
出迎えた霊能者が、想像以上に若い二人組の男だった為、依頼人は胡散臭い目で二人を見た。
亨が警察手帳を提示すると、驚いた表情を見せた後、納得したようにリビングに招き入れてくれた。
「便利だねぇ、それ。俺ももらおうかな」
御門が冗談混じりに言ったが、なぜか亨には冗談に聞こえなかった。
依頼人の柏木秋子は40代半ばにしては若々しい肌をしていた。
三人掛けのソファに窮屈そうにくっついて座る二人に茶を出すと、おもむろに寄木細工の箱を二人の前に差し出した。
「これは――中々見事な……」
御門が興味深い眼差しで箱を見つめると、秋子は照れ臭そうに話し始めた。
「――曾祖母が大事にしていた箱だそうです。寄木細工と言うと仕掛け箱を思い浮かべる人が多いんですが、これは単なる模様だけなんですけどね」
曾祖母が娘時代に、恋仲になった書生から贈られた思い出の品で、秋子の祖母が受け継いだのだと言う。
御門が見事だと言った通り、その箱は亀甲と井桁を基調に、八角麻の葉、絡み桝などの複雑な模様がバランスよく配置されていた。




