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プランA

「まず、貴様の目的だが……どうやら俺との婚約を回避したがっていたようだな、テレジア。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()という形で」


 まったく予想していなかった展開に、思わず呆気に取られた顔で固まるしかない私。

 そこへ、レーヴェ殿下はなんと初手からそう核心を突いてきた。その歪んだ微笑を湛えたままで。


「――いっ、いえ……まさか。そのようなことは、決して……」


 その言葉でひとまず私は気を取り直し、慌てて取り繕う。冷や汗をダラダラと流しながら、であるが。

 い、いかん。どうしてだ。何故バレている。同時に脳内では混乱の嵐が吹き荒れている。


「なに、単なる推測だ。安心しろ、確たる証拠もない。ただ、貴様がこれまで水面下で起こしてきた行動の全てが、俺をその結論へと至らせた……」


 殿下は「故に」と続け、


「今からこの場で、共にその行動を一つずつ確認していこうではないか。()()()()()というやつだ、テレジア」


 そう告げてきながら、殿下はにっこりと微笑まれた。なぜだか心底嬉しそうに。

 だが、私の目にはその笑顔は〝肉食獣が獲物を前にして浮かべるようなそれ〟にしか映らない。思わず背筋にぞくりと寒気が走る。


「さて、それではその一つ目だが……貴様、こともあろうに自分の妹を身代わりにしようと画策していたな?」


 殿下はズバリと指摘してくる。


「周囲へことあるごとに『自分よりも妹の方が遙かに優れている』と喧伝して回り、妹の方がこの婚約に相応しいと皆に思い込ませようとしていた……つまり、そういった風潮を形成しようとしていたわけだ。違うか?」


 ぎくり。どうにか維持している私の微笑が思わずひきつる。目が泳ぐ。

 確かにそれは私の暗躍の一つであった。


 殿下との婚約破棄計画のプランA、『妹に押しつけよう』。


 そのために私は、まず妹を手ずから徹底的に教育した。

 元々才色兼備で私よりも優秀な自慢の妹。だが、それだけではまだ足りない。

 たゆまぬ研鑽と努力を続け、殿下を虜にするほどの立派な淑女(レディー)になってもらわなければ。このだらしのない姉の屍を踏み越えて。


 故に、私は妹を直接、納得のいく水準に到達するまで熱心に教え育てた。持てる知識と力を総動員して。

 その甲斐あって、今では我々貴族の通う学園でも麗しき才女として評判である。


 返す刀でその妹の優秀さを周りにアピールすることも忘れない。

 自分よりも優れた〝我が家の誉れ〟であると、あらゆる場所で吹聴して回った。


 さらに、駄目押しで妹には殿下への好意を抱くように仕向けていた。

 とにかく殿下の素晴らしさについてあることないこと吹き込んだのだ。

 これにより、妹の中でレーヴェ殿下は理想かつ憧れの男性となっているはず。


 ここまですれば後は簡単だ。

 程なく妹は自分よりも劣った姉の存在に我慢がならなくなるはず。

 しかも、自分が密かに想いを寄せる憧れの殿下とその姉が婚約しているとなれば尚更だ。

 まず間違いなく私を追い落として殿下を奪い取ろうと画策するだろう。周囲がそれを後押しする雰囲気も醸成しておいた。

 まさしく完璧な計画。そのはずだ。


 それが何故、殿下に見破られている!?


「……お待ちください。確かに、私は妹を自慢に思っております。それを周囲へ公言してもおります。しかし、ひとえにそれは()()()()()()()()()()()()のこと。妹は私が誇るとおり、私よりも遙かに優秀で素敵な淑女(レディー)にございます」


 しかし、私は落ち着いてそう言い訳をする。

 そうだ、そもそも何を咎めようもないはず。何故なら妹が私よりも優秀なことはまさしく事実なのだから。

 私は単に事実を周囲へばら撒いていたに過ぎない。これが何の罪と証拠に結びつくというのか。


「ふむ、そうくるか……。それでは、果たしてそれが本当に事実であるのか、本人に直接問い質してみようではないか」


 殿下は涼しげにそう言うや、パチンと指を鳴らした。

 それを合図に、何者かがこの場へと進み出てくる。


「お姉様……」

「マリー……!?」


 現れたのは、殿下が言ったようにまさしく本人――我が妹のマリーであった。

 ふわふわとした蜂蜜のような金髪が相変わらず愛くるしい可憐な美少女。

 だが、その顔はなぜだか呆れている様子だ。


「お姉様は相変わらず、どうあっても妹である私の方が優秀であることにしたいようですね……」

「え? ええ、だって事実そうだし……」

「はぁ……わかりました。では、ここで今一度ハッキリ申し上げます」


 妹は盛大な溜息を吐くと、問いかけてくる。


「お姉様……私をここまで教え導いてくれたのは他でもない、あなた御自身ですよね?」

「そうね……マリーに立派で素敵な淑女(レディー)になってもらいたい、その一心だったわ」

「でしたら……私をそう育て上げてくれた御方が、私よりも劣っているなどとはあり得ない話だとは思いませんか?」


 妹はそう指摘してくると、悩ましい顔で嘆息していた。


 それを聞いて、私は本気で首を傾げる。

 ……あれ? そうなの……? いや、でも、確かにそうなるのかも……。


「ですから、お姉様……私は今まで一度たりとも自分があなたよりも優れているなどと感じたことはございません」


 むしろ、まだまだ教わることの多い未熟さを恥じているくらいです。

 マリーはきっぱりとそう告げてきた。


「ま、待って! それじゃあ、マリーはレーヴェ殿下のことはどう思っているの!? 好意を抱いていたりは――」


 私は慌ててそう問いかける。

 おかしい、妹の心理が私の予測から大幅にズレまくっている。

 だとしたら、もしかして。


「……はぁ……殿下ですか……? まあ、お姉様がことあるごとに私へ惚気られていたように、素敵な御方なのだろうということくらいは存じておりますが……正直、それ以上でもそれ以下でも……」


 マリーは怪訝そうな顔でそう答えてきつつ、


「いえ、むしろ、大好きな私のお姉ちゃ――い、いえ、お姉様を独占しようとしているのかと思うと、ハッキリ言って気に食わないとさえ思っておりますが」


 横目で殿下を鋭く睨みつけながら、そう毒づいた。


 それを見た私は思わず凍り付きそうになる。

 おお、妹よ。なんたる大胆不敵さ、というよりも不敬さよ。

 相手は仮にも我が国の皇太子、そんなあからさまな敵意を向けては首が飛びかねない。どうしてそこまで殿下が気に食わないのかは謎だが。


 しかし、殿下はそんなマリーの敵意も鷹揚に受け流すのみであった。少々面白がっているような微笑と共に。

 いやはや寛大というか、懐が深いというか。それを見た私はほっと胸を撫でおろす。


 だが、安心ばかりもしていられない。

 やはり、プランAは見事に破綻していた。

 妹は殿下に好意を寄せていない。それどころか謎の敵意を抱いている。

 そんな状態では婚約者として姉に取って代わろうなどと思ってくれるはずもない。

 妹にこの立場を平和的に押し付けることが出来ない。

 オーノー。一体どうしてこんな結果に。私はどこで何を間違えたというのか。


「……さて、貴様の妹の件はこれで失敗に終わったと理解できただろう。残念だったな。それでは、次だ」


 内心で密かに打ちひしがれる私。

 だが、そんなことはお構いなしに殿下はどんどん話を進めていこうとする。

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