動く人間界。
「うむ、似合っているよ。ヤリーツカハ」
「お世辞でも本気でも嬉しかねーよ」
諜報屋の中には身分を偽り上流階級の社交場に顔を出す奴もいる。
ただそういう奴は基本的に顔が良いとか、社交性があるとか、長所を活かせる場合に限りだ。
俺は今、金で情報を集めるゴロツキ上がりじゃ一生袖を通さないだろうなって服を着ている。
髪や髭も整えられ、香水まで吹っ掛けられて、どこぞ良いとこの三男坊くらいの出で立ちだ。
「ケッコナウの旦那、俺はミトナの護衛に雇われたんじゃねぇのかよ」
「本業はそちらだとも。とはいえ今日ミトナはお抱えのマッサージ師による全身エステ丸一日コースだ。それとも一緒に肌をツヤツヤにしたかったかね?」
「なんで一緒に受ける前提なんだよ……。てかこんな昼間っからおめかしされるってことは、来賓の対応とかか?」
「ああ、今日は少し特殊で秘密の会合が行われる。本来ならば丁重にもてなさねばならぬ面々ではあるのだが、人材不足と言う奴だ」
「人材不足だぁ?俺よりも作法に明るい給仕なんざごまんといるだろ」
「そこにもう一つの条件がつくと、途端に候補が君だけになるのだよ」
それはもう作法とかじゃなくて物騒って話だよな?俺が呼ばれたのって、そういうことかよ。
向かった先はヴォルテリア城にある来賓を交えて会談を行える大広間。
中央にあるテーブルの周りには既に来賓と思われる五人が座っている。
全員顔まで隠れるでかいローブで素性が判明できない。
あのローブ、各国の暗部とかが使う認識阻害の効果があるやつと同じじゃねぇか。
ここに来るまで素性を隠してやってきたってことだよな?マジで何者なんだこいつら。
「やぁ、お待たせ」
「オタクだけ身分を隠さずに登場かよ、マエデウス」
一人が声を出す。男のようだが、その声だけで認識阻害を超えて強者としての威圧感が滲み出てくる。
「主催だからね。転移紋を利用した移動とはいえ、君達の素性は隠さねば騒ぎになる。この部屋ならば脱いでも構わんよ」
「そうかい。誰も脱がないんで、そういう決まりかと思ったぜ」
一人の男がローブを脱ぎ、その姿を見せる。
……なるほど、そりゃ素性を隠さなきゃならねぇよな。
知名度だけならケッコナウの旦那よりも大衆に知られている男だ。
少なくとも強さを求めた男ならば、一度はその武勇を聞き及んだことはある存在。
グランセルの至宝、フォリオム=スークライン。
「他の連中も脱げよ。暑苦しいだろ、このローブ」
「立場と言うものもある。強要してはいかんよ。代わりと言ってなんだが、私が脱ごう」
なんでだよ!?どういう理屈だよ!?と脳内でツッコミを入れた時にはもう既に俺の真横にいた旦那は全裸になっていた。
一体どうやって脱いだ!?脱いだ服がめちゃくちゃ綺麗に折りたたまれて床に置かれているのもなんでだよ!?
突然の脱衣に唖然としてんぞ、グランセルの至宝。
「……っ」
「これで満足かね?」
「……面白れぇ、なら俺も脱ぐぜ!」
なんでだよ!?ならじゃねぇだろ!?こいつらの存在感に威圧されているせいでツッコミが声にできねぇのがもどかしすぎる!
「やめろ、見苦しい」
上半身裸、下の下着最後の一枚の方にも手を伸ばそうとしたフォリオムを制止したのはその隣に座っていた人物。声的に女のようだ。
「んだよ……俺だってマエデウスのには負けないくらい見応えあるぞ?」
「どちらも見たくなどない。ドレスコードを全裸にする気か?」
「悪くないと思うがね」
「最悪でしかないが?早く座れ」
女の怒り混じりな剣幕にやれやれと座るケッコナウの旦那とフォリオム。
なお叫んだ女の右隣がパンツ一丁のフォリオムで、左隣が全裸の旦那である。
「……着れぇっ!」
当然キレてテーブルを叩く女。受け入れそうになっていた一瞬の間が完璧だったな。
「一度脱いだ手前、着れるわけねぇだろうが」
「着れるがっ!?日々は着脱の繰り返しだがっ!?」
「ふふ、脱げだの座れだの着れだの、忙しない子だ」
「脱げは言ってないがっ!?」
全くもってこの女の主張が正し過ぎるんだが、よくもまあこの二人相手にキレられるな……こいつもヤバい奴なんだろうか。
それはそうとテーブルにはそれぞれの前に水晶が置かれている。
確か遠距離でも他人と通話するための魔法具だよな。
起動しているっぽいし、ケッコナウの旦那の素行は遠くの誰かにも届けられているらしい。
あれって映像も転送されてなかったか……?
「どうやら皆揃ったようだね」
俺達よりも後になって現れたのはふんわりとした雰囲気の優男。
ローブを着ずに現れたこともそうだが、この男からは過去が全く滲んでこない。
フォリオムや旦那からは傑物としての圧を感じるが、少なくとも人間社会で生きてきたという人間味がある。
それなのに、この男からは何も感じない。人間社会の影響を全く受けていないかのような、そんな存在。無色透明の水とでも言えばいいのか。
「友よ、彼は最近雇った者でね。君の自己紹介だけでもお願いしても?」
「そうだね。一人だけ私のことを知らないというのも可哀そうだからね」
「――っ!あ、いや……雑用なんで、気遣いは良いですよ……」
急に俺の話題が振られたことで、全員の意識が俺に向けられる。
すげぇな、殺意とか向けられてねぇはずなのに生きた心地がしねぇ。
喉がカラカラになってくる。こいつら、優男を除いて全員が旦那やフォリオムと同じ傑物級だ……。
「そうかしこまらなくても大丈夫さ、ヤリーツカハ」
「……旦那、俺の名前を伝えてあったんで?」
「いいや?」
「情報を扱う機会は多いからね。有能な情報屋は一通り把握しているよ。私の名はセイフ。セイフ=ロウヤと言えば聞き覚えはあるだろう?」
「セイ――」
セイフ=ロウヤ!?大国の全てに指名手配されている大詐欺師じゃねぇか!
なんでそんな奴が姿を隠しもしないでヴォルテリア城に現れてんだよ!?
ていうか、旦那こいつのこと友って言ってなかったか!?
「それでは早速本題に入ろうか」
「待て、先にこの両隣の変態に服を着させろ」
「……話の最中に脱がれても気が散るし、このままで良いだろう」
「現状でも散るが!?」
「それでも改めて脱がれるよりかはマシじゃないかな?どうせ彼が脱ぐのは止められないんだし」
「……もういい、視界の隅で動くんじゃないぞお前ら」
世界の大犯罪者にすら露出魔として認められているんだな、旦那。不名誉過ぎん?
セイフは何事もないかのように最後に空いた席へと座る。
「さて、何も知らない人もいるし、全員への認識の再確認もかねてこの集いの意味から話そうか。今ここに並べられている水晶の先にいるのは、イクスタシス、グランセル、テニグラーン、ライラスト、アルテノル……人間界を統べる大国を動かすことのできる代表者達。王もいれば、ヴォルテリアのように実権を持つ大臣もいる。詳細に関しては各々不干渉でよろしく頼むよ」
今の話が本当なら、これ人間界における大国のトップ達による秘密会談ってことか!?
いやいや、冗談だろ……?でも旦那は確かにヴォルテリアの王に直接進言できる立場であるし、フォリオムというグランセルの至宝を遣いに出せるような奴なんて……。
「現状、我々は同じ目的のために手を組んでいる。後の未来のため、『等しく人間界を衰退させている』」
セイフはそこから世界の仕組みについて説明を行っていく。
この世界は女神ウイラスによって創られ、人間達は己が利益を優先し続けた結果滅びかけた。
ウイラスは人間同士の争いを抑えるため、邪神ワテクアという立場を生み出し魔界を創り上げた。
魔界からは魔族が生まれ、魔族達は人間界への侵攻を始める。
協力しなければ滅ぶと確信した人間達は結託し、共通の敵と戦うことで人間界の治安を保ってきた。
「女神の選択は理には適っている。しかしその流れに沿っていては人間の努力は価値を生み出せない。全ては勇者の存在一つで解決されてしまうのだから」
大国は互いに示し合わせ、魔界の侵攻に対する備えを極力抑えることにした。
全ての大国が魔界に対する備えを怠れば、魔界との戦力差は一気に絶望的になる。
だがその差は女神の用意したシステムだけで解決される。
人間は魔界に備えずとも、勇者が全てを対処してくれる。
備えるだけ馬鹿らしいってわけだ。でも――
「ヤリーツカハ、思うことがあるのなら質問しても構わないよ」
「俺一応そこの旦那の雑用風情なんですけどね」
「君は賢い。君の疑問は水晶の向こうにいる彼等にとっても、念押しになるだろう」
「……勇者が全てを覆してくれる。それが本当なら、確かに大国が馬鹿正直に魔界に備える必要はない。けどよ、勇者様にも限度ってもんはねぇのか?」
勇者のスペックに限度があれば、この話はそもそもご破綻だ。
そもそも相手は大軍で現れる魔族、最強無敵の勇者様が現れたとて全世界で同時に侵攻が起ころうものなら対応できない箇所だって出てくる。
そうなれば人間は魔界を舐めたまま、跡形もなく滅ぼされることになるだろう。
「そうだね。勇者がどれほど強くても個である以上、手が回らない箇所も存在する。その貧乏くじをいずれかの大国が引く可能性もあるにはある」
「だよな。勇者がいれば万事解決ってわけじゃないんだろ?なら、最低限の守りは確保するべきじゃ――」
「それなら、既にピリストが用意してくれているよ」
「……ピリスト?」
「私達がこうして立っている星の名さ」
「すまん、それは知っているが、意味はわからん」
「星にも意思はあるのさ。女神の願いを汲み取り、この星に生きる者達を守ろうとする意志がね。それは今、君の目の前にある」
「目の前って……」
特に異質と感じるような物は存在しない。
目の前にある異質な存在と言えば、それこそこの場にいる――
「そう、大国に生まれし傑物達。ここにいる者達はピリストの意思によって生まれた特異者なのさ」
「……根拠は?根拠はあるのか?」
「彼らは異質ともいえる才能を与えられ、この世に生まれた。その才能はその地に生きる者を守る為にある。ゆえに――」
「我々は星の呪いを受けているのだよ」
ケッコナウの旦那が手の甲を俺に見せる。
何もない鍛え抜かれた綺麗な腕。
しかしそこに魔力が集まると奇妙な紋様が浮かび上がってくる。
さらにフォリオムも俺に手の甲を見せ、同じように紋様を浮かび上がらせてみせた。
「呪いと呼ぶと人を想うピリストが可哀そうだからね。【守人の証】と私は呼んでいる。その効果は呪いそのものではあるけどね」
「……内容を聞いても?」
「シンプルなものさ、ここにいる者達はお互いに殺し合えない。その運命を求めることができない」
「……そんだけか?」
「おう、そんだけだな。こいつらとはどんだけやりあいたくても、やる気になれねぇ。そんだけなんだが、それがまた辛いんだわ」
フォリオムの言葉を否定する者はいない。
まるでその呪いがなければ、今にでもお互いに殺し合いたいのだと言わんばかりの空気だ。
いや、そうなのか。こいつらは、互いに互いを――
「ここにいるのは求められ、与えられ、そして奪われた者達だ。その強さゆえに満たされず、飢え続けている」
ピリストに選ばれ、星を守る戦士として生まれた者達。
その恩恵は絶大な強さを得る代わりに、その力を同じ境遇の者には振るえない。
強過ぎて孤立している連中なのに、唯一戦える同族との殺し合いは星によって封じられている。
「つまるところ、最高に自身を試せる相手を前に生殺しってわけか。星さんもなかなかえげつないことをしてくれるもんだ」
「マエデウスが選んだだけはある。本質を的確に把握してくれているね」
「セイフは我々を見つけ出し、大国の命運を握れる者達と引き合わせた。ピリストの意思を汲み取ることと、我々の呪いを解く準備を兼ねてね」
「解けるもんなのか?」
「この証は役目を果たせば失われる。それは我が祖母、ユウリラシア=リリノールが証明してくれている」
ユウリラシア=リリノール、先代勇者の仲間にして最強の剣士と呼ばれた女。
その剣聖もピリストによって才能を与えられた守人だったというわけか?
その証は晩年には失われていたと。孫である旦那が直接確認している内容であるのなら、信憑性は高いのか。
「ピリストに与えられた役目を果たせば、残った才能は自由にしても構わない。問題はその役目が明確に示されていないという点だね」
「まあ星さんが具体的な指示を出してくるわけもなし……」
「とはいえ大国に一人の割合で生まれている以上は、大国に属し備えておくことが最適解であることは否めないからね」
証を持っているだけではただの孤立した最強の存在に過ぎない。
しかし証同士を持った者と接触すれば、孤独を埋められる可能性を感じながらもその呪いの厄介さを実感することになる。
星さんの意思を汲み取り大国を守る番人として配置しつつ、互いを意識させて呪いを解きたいと思わせるモチベーションを確保か。
ああ、それだけじゃねぇか。大国にとってはユウリラシア級の英雄を抱え込めることは、国を守る上で破格の内容だ。
ただ守人にとっては自身の証を解くことが最優先、場合によっては守人を大国から奪うこともできる。
大国が抜け駆けできねぇように楔の役割も果たしてるってわけか。なるほど最適解だ。
「大国が足並みを揃えている理由は把握できたな」
「まあ、どこも多少の乱れはあるけどもね」
「聞き捨てならんな、セイフ。我が国は盟約を遵守している」
噛みついたのはさっきの女、椅子の位置が大国の並びに沿っているのならイクスタシスの守人ということになるわけだが……。
「君が知る限りではそうだね。けれどその水晶の先にいる彼女、その腹心の一人が秘密裏に地下で栽培できる穀物の開発を進めている現状は把握しているかい?」
「……っ!?」
「事実を隠しながら事を進めなくてはならないという苦労は理解できるよ。だからどこの大国にも多少のムラはある。そこを咎めるつもりはないから安心してほしい」
しれっと圧を掛けやがったな。守人すら知らない大国の内部情報まで把握してるのかよ。
俺の名前も知ってたし、こいつの情報網マジでどうなってんだ。
「皆大きな不公平なく協力してくれている。そこは私が把握しているし、保証しよう」
「ふぁ……ようやく本題か」
フォリオムが大きな欠伸をしている。
結局のところ、ここまでの話は俺以外の全員が知っていた内容だ。
その再確認と、現状に問題はないとの報告を済ませたに過ぎない。
ここにわざわざその守人達を集めた会談の目的にはならない。
「そうだね。まず魔界の様子だが、侵攻まではもう暫く猶予はある。魔王の誕生の行く末を見守っているといった感じかな」
「それも相変わらずじゃねぇの。粒ぞろいっていうわりにゃ、決断力甘いこって」
「次に君達に朗報と凶報だ。朗報はピリストの意思を読み解き、守人の証を解く具体的な手段が判明した」
直前まで俺の頭の中には様々な考えや雑念が入り混じっていた。
だがセイフの言葉に、俺以外の全員の強い意識が一つになって注がれた。
その重圧に俺の思考は潰され、思考が止まる。
それほどまでに全員が強い関心を示し、反応を見せた。
特にローブを羽織っていないフォリオムからは凄まじい気迫を感じる。
旦那は……思ったよりかは反応が薄いな。
「やっとか!」
「推測の域にある内容ではあったけれど、検証に時間が掛かってしまっていてね」
「それで、一体何をすりゃいいんだ!?」
「ピリストが君達に求めるのは人を守ること、魔界における脅威の象徴の排除。魔界の柱たる十三の領主を打ち倒すことがその証から解き放たれる条件だ」
魔族には大きく分類して十三の種族がある。
それぞれの頂点にして、魔王腹心の部下となる最強格の魔族達……それが魔界の領主クラス。
星から与えられた条件としちゃ、確かに妥当ではあるんだろうが……。
「なんだ、そんなことか!なら――」
「詳細は聞いておいた方が良い。最悪の事態になりかねないからね」
「なんでだよ?」
「比率の話さ。証から解き放たれるには二柱の領主の命を奪う必要がある。それは個々の条件としてだ」
「あー……俺一人で全員ぶっ殺したら、俺しか自由になれねぇってことか?」
「そうなるね」
「そりゃダメだな。こいつらと戦えないんじゃ、意味はねぇ。ってことは……三柱までなら殺しても良いのか」
守り人は六人、魔界の領主は十三柱、欲張れば条件を満たせない者が出てくる。
しれっと自分が三柱殺してやるとかいってるあたり、相当な戦闘狂だよなフォリオムって。
「そこに少し凶報が加わっていてね。既に鋼虫族の領主が人間の手によって打ち倒されてしまっている」
「はぁっ!?俺達の獲物だぞ!?」
決まってねぇだろって、今凄い情報が出てなかったか!?
魔界の領主の一人が人間に殺された!?
まだ侵攻はおろか、魔王すら誕生してない段階だぞ!?
「魔王が誕生するまでの間に、代理の領主が誕生することはあるだろう。しかしそういった代理の領主をピリストが脅威として認識してくれるかは今のところ不明でね」
「てことは、マジで一人二柱までにしねぇとダメってわけか……めんどくせー」
「さらに凶報は一つじゃない。現在魔界では天竜族の領主が消息不明の事態に陥っている。現在魔界に純粋な領主は十一柱しか存在していない」
「……は?」
「いずれも次の魔王の誕生を控えた魔界の事情による動きだ。つい最近では悪魔族の領主の命が狙われたそうだ。未遂には終わったようだけれど、こういった不測の事態はさらに起こる可能性がある」
フォリオムだけではなく、他の守人達の空気も変わってくる。
皆で仲良く魔界の領主を二人ずつ倒せれば、仲良く全員で守人の責務から逃れられるという話かと思いきや、既に一人分の椅子がなくなっちまってる。
考えなきゃならねぇのは、魔界の領主が二柱も立て続けにいなくなっている魔界の現状だ。
その領主暗殺ってのも遂行されてりゃ、さらに魔界の領主の数は減ってたわけだ。
「待て待て待て、今の魔界は過去最高で最強で盤石なはずじゃないのか!?」
「そのはずだったよ。侵攻が起これば人間界はまず勝てず一方的な蹂躙を受け、勇者に縋る以外に生きる道はないほどだった」
「じゃあ、何が起こってるんだよ!?」
「――女神の介入だとも。ピリストが女神のシステムである勇者に頼らず我々を生み出したように、女神ウイラスもまた勇者以外の方法で人間と魔界のバランスを取ろうとしているのだ。女神の意思を継いだものが、魔界の足を引っ張っている」
旦那が立ち上がり、そのままテーブルの上へと昇る。
これまでの話で動揺を見せていた守人の中で、特に反応が薄かったのが旦那だ。
旦那とセイフは他の守人よりも結託し、情報の共有を進めている。それが俺の感じた所感。
「おい、座れ」
「わかるかね?今の我々の境遇が!ピリストの意思と女神の意思に挟まれた我々の立場は少しも考慮されていない!」
「今の状況を考慮しろ!」
以前の俺の雇い主が旦那を調べていた経緯を考えりゃ、旦那はかなり深いところまで事情を把握しているはずだ。
今旦那は守人達を扇動し、ことを動かそうとしている。それゆえの演説じみた身振りや言葉遣い。
「我々はこのまま時が来るまで待ち構えているだけで良いのか!?否っ!それでは永劫に満たされぬままとなる!我々は立ち上がり、行動をせねばならない!」
「今は立つな!座れっ!」
「競争になるだろう。互いに恨みを持つことにもなるだろう。それでも我々は己の幸福のために戦わねばならない!今こそ星の与えたもう刃を向け、我らの存在を示す時であるっ!」
「こっち向けるなっ!そんなもん示すなぁっ!」
狙いはなんだ。守人達を蹶起させ、魔界の領主を個々に狙わせること……いや、それは手段だ。
その先に何かはあるが、今の俺には判断材料が足りない。
ただ少なくともここにいる守人達の目がギラつき始めたのは確かだ。
……でも全裸なんだよな、旦那。
これもうワザとあの女に喧嘩売ってんだろ、守人の証が無かったら殺し合い起きてるわ。
「……へ、響いたぜ、ケッコナウ」
「ご清聴ありがとう」
「清聴しとらんがっ!?合いの手レベルで苦情入れているがっ!?外交問題にされたいかっ!?」
『落ち着きなさい』
突如聞こえる穏やかで大人びた女の声。それはイクスタシスの守人の前に置かれている水晶から聞こえてきた。
イクスタシスの進退を決定できる存在、それも女ともなればその候補はいくらかに絞られる。
「ね、姉様っ!?」
『貴方は我が国の宝。けれど貴方の一存で国を動かせるわけではありませんよ』
「……それは……そうなのですが……しかし……っ!」
『マエデウス、あまり私の妹をからかわないであげて?感情的になるところは可愛いのだけれど、大きな声を出されると音量の調整が面倒なの』
「そこですかっ!?」
「確かに枕元に置き、仰向けで聞いている方もいる可能性を考慮していなかった。もうしわけない」
「いるわけないだろっ!?」
『横向き寝派なの私』
「姉様っ!?」
「おっと、重ねてもうしわけない。先入観で判断してしまいました」
『眼福だったので許します。今度は実物を見せてくださいね』
「姉様っ!?」
「すげーな、お前の姉ちゃん」
『フォリオムも、今度は躊躇わずに脱いで見せてくださいね?』
「お、おう……」
あの旦那相手に負けてねぇ上にフォリオムが怯みやがった……すげーなイクスタシスの実権持ち。
ていうか映像も届いてたんだな……テーブルの上に乗った旦那を見上げる画角で見てたんか……見たくねぇ……。
イクスタシスの女もヤバイ奴ではあるから、あんまり心配しなくて大丈夫です。
でも姉の方がヤバイから結局苦労人か、どんまい。
『このまま勇者だけで世界のバランスを取ろうとしたら、自分(星)がやばい』
そんな自浄作用として人間界に特異者を生み出し、生命を守ろうとする星ピリスト。
もしもピリストが言葉を発せるのなら、きっとこう言っただろう。
『性格面は私のせいじゃないです』と。