そして達成。
神速の領域で行われていた攻防は、カークァスの一撃をもって勝敗が決した。
「今のは……」
レッサの驚愕の表情は倒れゆくイミュリエールの姿にではなく、その直前に彼女が空振りした際に生まれたものだ。
私もイミュリエールの体の内から放たれる魔王殺しの剣の一閃が、決死の一撃を放とうとしていたカークァスの両腕を切り裂くところを見てはいた。
けれど結果はイミュリエールの方が空振りとなり、一撃を入れたのはカークァスだった。
私目線から言えるのは、あの錯覚は魔法ではなく技術によって生み出されたもの。
イミュリエールほどの達人でさえも見間違う虚の一撃。それが異常であることは分かるのだけれど、その深さを体感できるほど私は白兵戦に精通しているわけじゃないのよね。
「クアリスィ=ウォリュート!見ているのだろう!?」
イミュリエールが完全に地に倒れるよりも早く、カークァスはその体を抱きとめ、ここまではっきりと届く声で私の名を呼んだ。
彼が私に何を要求するのか、それくらいは理解できている。勝敗の余韻に浸されていた意識を覚醒させ、レッサと共に二人の元へと駆け寄る。
イミュリエールは完全に意識がない。カークァスの最後の一撃はかなり深く入っており、人間ならば致命傷にもなりうるけれど……。
「……大丈夫。命に別条はないわ」
彼女が気を失った原因は最後の一撃によるものではなく、神技の酷使による精神的負荷が限界を超えたことによるもの。
完璧な一撃を受け敗北を受け入れたことで、気合で繋ぎ止めていた意識が飛んじゃったってところかしら。
イミュリエールの体を預かり、一先ずは止血処理を行う。この子の頑丈さならこれだけでもまず死ぬことはないわね。
大丈夫そうな雰囲気を察してか、カークァスの緊張が解けていっているのがわかる。
「そうか……可能な限り傷跡が残らないように治療を頼めるか」
「問題ないわ。でもこの子なら傷は残して欲しいとか言いかねないけど」
「勝ったのは俺だ。そんな要求は却下する」
「わかっているわよ。残したくないに決まってるわよね、付けた方からすれば」
イミュリエールの寝顔を見れば、この傷には彼女にとって十分な価値がある。
理解はできるけど、じゃあレッサに私のつけた傷が残るのは平気なのかという話。ここは勝者の言い分を優先ね。
「ああ、頼む」
「頼まれてあげるわ。貸しもこの子に直接付けておくから、返さなくて良いわよ」
「師匠案件の一つくらいは無償で相談に乗るさ」
「そのお返しは嬉しいわね。じゃ、それで」
先生のことで相談できる相手なんて中々いないから、内心飛びつくくらいに嬉しい話だったりもする。
とりあえず応急処置も済んだし、後は大人しく帰るだけなのだけれど……ただ一個懸念材料はあるのよね。
「ちょっと、なに話を終わらせようとしているのよ」
「あら、まだいたのリムリヤ」
「横で一緒に見てましたわよね!?むしろ先に私見てましたわよね!?それと私一番の中心人物ですわよね!?」
リムリヤ暗殺計画は見事に失敗。当人はピンピンしているし、私達が共犯なのも当然バレてる。
このまま実行犯のイミュリエールを連れてバイバイは簡単には見逃してはくれないでしょうけど……。
「ふむ。ならば俺が相手をしよう。こっちが勝ったら見逃してもらおうか」
「だいぶ不条理な喧嘩をふっかけてきやがりますわね!?」
「カークァス、お前はまだ戦えるのか?」
「ああ。リムリヤを守ろうとしたという体裁くらいは保てるとも」
「それ絶対に守りきれませんわよね!?」
言うまでもなくカークァスの方も限界ギリギリ。流石に今からレッサの相手は無理でしょうよ。
ナイス挑発よ、レッサ。でもまあ目を覚ましたイミュリエールに詰められたくないから、カークァスとの戦闘はナシの方向で。
まだまだ元気そうには振る舞っているけれど、初めて引き出した己の才能を限界まで酷使したのだから疲労は相当溜まっているでしょうしね。
先生の教え子として、彼の才能には色々と興味もあるし試したいこともなくはないのだけれど。
「その気になればゴアガイムやルーダフィンも呼べるわよ。命あるだけ感謝しなさい」
「あれ……これ私理不尽に命狙われたあげく、上から目線で見逃せって言われてますの?」
「命が狙われた分際で上に立てるわけないでしょ」
「それはそうですけれども!?」
領主の命を狙った事実をリムリヤが公表すれば、鋼虫族と四族の魔界での印象が悪くなることは避けられない。
そうなった場合、こちらが下手に出てしまっていては色々と都合も悪い。
軽めに挑発して、何かしらの要求でも引き出させておこうかしら。
厚かましくはあるのだけれど、こういうところは強気に出ておかないといけないのが魔王の座を争う領主の難儀なところよね。
「はぁ……。もう良いわよ。早くミュリエールを連れて帰ってちょうだい」
「あら、追求はしないのね」
「したくはあるわよ。でも理由にちょっとは共感できたし、私が生きてるならそれでいいわ」
「沙汰なしだなんて、領主として随分甘い判断ね」
「見逃してあげてるのだから、ちょっとは感謝したらどうですの!?あと館の修繕費はたっぷり請求させていただきますわよ!?」
よしちょろい。とりあえず最低限の要求は引き出せたし、これを飲んでおけば悪魔族からの追求は大人しくなりそうね。
それなりにふっかけられそうだけど、金銭で解決できるのなら好都合。ゴアガイムに宝石で多めに払わせればそれで済む話だし。
「わかっているわよ。ララフィアの分も払っておくわ」
「……そういえばララフィアはどうした?」
「鍛錬場に寝かせているわよ」
「そうか。なら迎えにいかねばな。相手をさせて悪かったな」
「体裁を保つためとはいえね。ま、どのみちララフィアとこの子を会わせるわけにはいかないし」
徒党を組んでいないリムリヤだけならまだしも、ララフィアはカークァス派。
明確な敵対行為は流石に大規模な抗争になりかねないし、あとイミュリエールの暴走も怖い。
「クアリスィ、師匠の動きには注意を払っておけ。そろそろ何かろくでもないことをしでかす頃だ」
「そんな予感はしているわ。あの人が直接何かを行う姿を見せる時って、最終調整するためだものね。一先ずは勝利おめでとうと言っておくわ、暫くはゆっくりと休むことね」
「……ああ」
カークァスに見送られつつルーダフィン達と待ち合わせた場所へと向かう。
正直気になる点はある。カークァスにとってイミュリエールとの対決は人生における大きな分岐点。
この戦いの結果はもう知っているとは思うけれど、弟子の人生の大一番だというのに干渉の度合いがあまりにも弱い。
もしもリムリヤが自身の特異性をカークァスに使用するといった発想に至らなければ、カークァスはイミュリエールに敗北し再起不能となり、リムリヤまでも殺されていた。
確率としては五分、先生はカークァスを魔王候補となるべく育てていたはず。けれどそれはイミュリエールに代替えしてしまっても問題がない範疇ということ?
「クアリィ、何か思うところでもあるのか?」
「ええ、まあ。天災に巻き込まれないための心構え的な感じなのをね」
「……?」
なら先生の目的は魔界ではなく、人間界にある。
ここ何年かは人間界に潜んでいたようだけれど、一体何をしでかそうとしているのやら……。
◇
いやぁ、リムリヤの口から修繕費の単語が出たときは内心冷や汗ではあったけれど……クアリスィに修繕費を押し付けることができてよかった。
盛大に破壊された領主の館の修繕費とか、いくらになるかわかったもんじゃないからな。
「ふぅ……」
「ため息を吐きたいのは姉弟の兄弟喧嘩で命を狙われたこっちなのだけれど」
「あー……いや」
「歴史に残るほどの激戦をしておきながら、せせこましい安堵をしているだけだ」
「ワ、ワテクア様っ!?」
「ワテクアか。まあ当然見に来ていたか」
『雇った魔王候補が勝手に職を辞めかねない状況でしたからね』
念話でチクチクしてくるな。今回はリムリヤの暗殺を阻止できればそれだけで良かったわけで、姉さんに挑んだことはワテクアからすれば無茶な賭けにしか映っていなかっただろう。
ただその苦言を言うだけなら、リムリヤと別れた後に家ですれば良いわけであって……そうなるとワテクアが話しかけてきたのは俺じゃなくて――
『ええ、リムリヤは貴方の正体が人間であることに気づいています』
そうなるか、可能性は十分にあると思っていた。『我に捧げよ汝の煌き』は相手を支配する悪魔族の特異性の派生。
相手の眠っている才能まで呼び起こすのであれば、それなりに相手の情報も得ることはできるだろう。
そして過去に魔族相手に使っていたのであれば、人間の俺に使った時の差異にも気づくことになりうると。
「あの、ワテクア様――」
「言わずもがな。カークァスの素性についてだろう。故に説明しに現れた次第だ」
「それはご丁寧に……」
「重要な話となる。事が済んだら魔王城へ来い」
「は、はい……」
そう言ってワテクアは姿を消す。リムリヤも創世の女神に呼び出された以上、拒否することもないだろう。
ひとまずは鍛錬場で眠らされていたララフィアを介抱し、起こすことにした。
ララフィアはクアリスィになんかよくわからない呪いの槍を押し付けられたそうで、ヨヨヨと悲しそうに負けたことを謝っていた。
とりあえず無事リムリヤを守れたこととワテクアに呼び出された旨を伝え、二人で感謝を言って別れることになった。
そして半壊した悪魔族領主の館にある転移紋から魔王城へと転移することに。
「さっきの別れ際の『今度できることなら何でもさせてもらう』っての、良くないと思うわよ」
「急な要請に応えてくれたんだ、借りを作った以上は返す必要はあるだろう」
「あの言葉言われたあとのララフィアの目、ちょっと怪しかったわよ」
「そうか?」
「魔王として支持されてる立場なんだから、もうちょっと言葉の重要性は自覚しなさいよね」
等と雑談しつつ玉座の間へと転移すると、すぐに魔王控室の方からワテクアが現れる。
静かな圧力を掛けている風だが、リムリヤには中々に効いている模様。
「さて……カークァスにお前の特異性を使ったのであれば、カークァスの正体には気づいたのだろう」
「……ええ。カークァスは人間……そしてその姉であるイミュリエールも……」
『ちなみにどうしますか?とりあえず秘密知られたので呼び出しましたけど、このままサクっとやっちゃいます?』
『やめれ』
つい念話でツッコミが入る。俺がボロボロになってまで助けた意味を俺自身に台無しにさせるなっての。
とはいえこのまま放置ってわけにもいかないんだよな。場合によっては始末も考えなきゃならないんだが……。
『一応状況を説明して説得する方針から試してくれ』
『了解しました』
「そうだ。カークァス……いやアークァスは人間だ」
「アークァス……?ワテクア様、理由をお尋ねしても?」
「このままでは人間界、魔界どちらにとっても危機的な状況に陥りかねないからだ」
ワテクアは自身が旧神ウイラスでもあり、現状人間界と魔界のパワーバランスが著しく傾いてしまっていることを話した。
そしてその状態のまま魔界の侵攻が行われた場合、誕生する勇者はそれらの偏りを覆すほどの存在となり、それは神にも匹敵する存在になりかねないと。
リムリヤは真剣な表情で聞きながら考えている。
この状況には少しばかり興味がある。この星の成り立ちを知った魔界の領主がどのような判断を選ぶのか。
人間が魔王となるという話だけなら反発して当然だが、魔王と勇者の関係の意味を知ってしまえば、優位であるはずの魔界の成長ですら大きな問題になってくる。
俺がただ魔界の足を引っ張るだけではなく、今回のように領主の命を本気で守ったりしたことも彼女の中で葛藤する材料となっているのだろう。
リムリヤも魔界の領主の一人。自らの利益だけを考えているわけでもなさそうだし、説得しがいはありそうだ。
『ほとんど何も考えていませんよ。今頭の中パニック真っ最中です』
『まじかー、ヨドイン系じゃなくてマリュア系だったかー』
『どっちもツッコミですからね』
『それで分類はしたくなかったんだけどなぁ』
なんかこう、色々と巻き込まれていながらも思慮深さを醸し出している感じはしたんだけど、無自覚に振る舞いがよく見えるタイプだったか。
こうして見ている分には知的な美人が思慮深く魔界の今後について考えている風に見えるんだがなぁ。
『ちなみに今は田舎の両親に助けを求めていますよ』
『両親との仲が良いのは羨ましいこった。とりあえず助け舟出してやるか』
これ以上ワテクアにリムリヤの心の内を実況させるのもいたたまれない。
リムリヤの口調、振る舞い、今しがたの思考内容を踏まえて彼女の人格を再考慮。
ツッコミの時のお嬢様口調は領主になる際品格を示すために矯正しようとした痕跡。
身内や側近に『魔王を目指すのに、貴族を極めてどうするんだ』とか言われて元の口調に戻ったが、感極まると矯正の癖が出てしまっている感じだろうな。
領主としてあるべき振る舞いを心掛けるようとする自主性はあるが、他者の言葉には敏感であり影響を受けやすい……っと。
『ツッコミの癖一つでよく分析しますね』
『個性とはその者の生き方の顕れ。師匠から教わったからな』
「リムリヤ、深く考える必要はない。俺は強大過ぎる勇者を誕生させない手段として、魔王となって魔界の侵攻を遅らせようとしている。まずはここを理解して欲しい」
「え、ええ。それは理解しているわ……。でもそれじゃあ貴方の姉や師であるオウティシアは――」
「その二人はやりたい放題しているだけだ」
「やりたい放題しているだけですの!?」
「あと師匠は諸々元凶」
「諸々元凶ですの!?」
『混乱がマシマシですね。ダメじゃないですか?』
いや、このやり方で大丈夫だ。リムリヤが混乱しているのは思考を放棄せず、あらゆる要素を判断材料にしようとしているからだ。
疑問を言葉で引き出させ、とにかく説明を重ねて思考をまとめさせる。
根気は必要だがリムリヤは十二分に賢い。想定外の要素が押し寄せてきた時に感情が昂って思考よりもツッコミが前に出てしまっているだけだ。
『想定外だらけではありますよね』
『言ってくれるな』
こういうときは逆にツッコミ気質なのはありがたい。咄嗟に疑問が浮かび上がりやすく、言語化した上でぶつけてきてくれるからな。
ヨドインやミーティアルを襲ったことは印象が悪くなりそうなので、俺が旧神の使者として動いていることだけは一旦伏せつつ一時間後。
色々と厄介な事情が入り組んだ状況をどうにか説明し終える。
「なるほど……おおよその事情は飲み込めたわ?」
『若干脳が焦げ付いてそうですが、正しく把握できていますね』
「無理に全てを理解しようとはしないことだ。師匠……オウティシアは物事に対し最善手を打たない傾向が強いからな」
「うん……うん……こうして考えると……貴方って……結構大概ね」
「どうしてそうなる」
「だって、明らかに人間のまま私達の前に姿を現してたし、本当の名前だってアークァス……」
『これ、お前のせいだってバラしてもいいか』
『えー』
そら初手からぐだぐだとしてたけども、最初から俺が準備していればもっと計画的にやれていましたけれども。
ええい、この辺の責任の擦り付け合いは何も産まないから考えても仕方ない。
「魔界の領主達は精鋭揃いだからな。あえて杜撰さを出した方が深堀りされないと判断したまでのことだ」
『物は言いようですね』
「まあ……確かに自主的に貴方のことを調べようとした領主っていなさそうよね」
「せいぜいヨドインくらいだろうな」
「仲間に探られてるの……?」
「それなりに苦労はあるということだ」
『楽しんでいるくせに』
『苦労は楽しさの対義語じゃないんでな』
さて、説明が済み理解もできた。あとはリムリヤの判断を待つだけとなる。
ここで俺への支持を表明する必要はないが、最低でもワテクアの意思を受け入れる必要はある。
もしもワテクアを否定したり、他者に相談するためと保留にしようとしたりする場合にはリムリヤに説明した内容が他者に漏れる事になりかねない。
そうなった場合リムリヤには申し訳ないが、ここで退場してもらうか人間界側に拉致する必要がある。
「――私は魔界の領主にまで上り詰め、その立場に相応しい存在となれるよう振る舞ってきた。だから魔王を目指し人間界を支配することも、能力を持つものとして選ぶべき道だと信じ続けていた」
「……」
「けれど人間界と魔界、ワテクア様の意思を知ってしまった……その上で選ばせてもらうのなら……」
リムリヤは俯きながら小さくため息を吐くと顔を上げ、まっすぐに俺達を見る。
「私は悪魔族領主として魔界の繁栄を見守り支えたい。その過程で人間界も守らなければならないというのであれば、もちろんそうさせてもらうわ。ワテクア様の意思を尊重するのであれば、私が魔王を目指し続けても問題はないのよね?」
悪魔族の領地を見て感じたのは、人間界と変わらず心ある者達によって成り立っている場所だったということ。
何も背負っていなかった俺とは違い、リムリヤは既に大勢の悪魔族の命を背負ってこの場所にいる。
背負っている者達の未来を守りつつ、それでもワテクアの意思も尊重する選択か。悪くない答えだ。
「ああ、問題ないとも」
「なら次の魔王候補争奪戦、その首を洗って待っていることね」
「ついでに引き継ぎの資料も準備しておいてやる」
「律儀ですわね!?」
『あと一押しではありますが、仲間に引き入れなくても良いのですか?多分マリュアよりちょろいですよ』
『ちょろい言ってやるな。理解ある対立者は仲間よりも貴重だからな』
「……ならば私から言うことは特にない。ただ黙して己が成したいことを成すが良い」
「……っ!ありがとうございます!」
これでリムリヤとは魔王の座を競い合いつつ、人間界への侵攻を遅らせる展開への誘導を補助してもらえるだろう。
他の領主達に違和感を抱かれることなく、停滞を狙う上では上々な結果と言える。
リムリヤもワテクアに認められたことに満足したのか、どこか心軽そうに帰っていった。
「個人的な感想を言うのであれば姉さん相手に必死に戦って助けたリムリヤを、この場で始末しなきゃならない展開にならずに済んでなによりだ」
「それはそう。そもそも戦う余力はあったのですか?」
「あるわけないだろ。体の内部はかなりボロボロだし、魔力も過去一で枯渇寸前の気絶直前だ」
閃光華は優秀だったが、魔法を使う俺が未熟過ぎて完全には負荷を肩代わりできていなかったしな。
今後は肉体の負荷に応じて魔力量も細かく調整していけるように修行する必要がある。
紫電狼も瞬間的な負荷は処理できたが、使用後の帯電のダメージは肉体に蓄積されている。
極めつけは『鏡星』の精神的負荷だ。ほんの少しの使用だったのにもかかわらず、三日三晩ぶっ続けで彫刻作業をしたくらいの疲労感がある。
「リムリヤが私の意思に否定的だったら詰んでいたということですか」
「暗殺くらいはできたさ。特異性を使ってもらった時にコアの位置は特定していたからな」
「守っている最中に、殺すための段取りを進めているのは大概ですね」
控室にあるベッドが視界に入ると、無意識の内に倒れ込む。
本当なら家に帰ってぐっすりと休みたかったが、リムリヤが帰ったことで完全に集中の糸が切れてしまった。
流石は魔王用のベッド。うちのとは比べ物にならないほど寝心地が良いし、なんか甘い匂いもする。
「あー……疲れた……。このままここで寝て良いかー?」
「構いませんよ。治療を終えたら私は帰りますね」
「助かるー」
姉さんに勝てたことによる達成感と満足感が一斉に押し寄せ、これまで酷使してきた肉体と精神が労いを要求している。
ワテクアの治療魔法も心地よく、一層眠気が押し寄せてくる。
悪魔族の領地でララフィアと共に味わったリラクゼーションよりも遥かに癒やされている。
やはりこういうのは疲れた時に受けるのが一番なんだよな。
贅沢品は浸り過ぎてしまうと日常に不満を持ちかねないので自重していたが……今日くらいは許容してしまおう。
「――お疲れ様でした。今日はゆっくりとお休みなさい」
本当はもう少し姉さんの隣に並び立てたことを噛み締めたかったが、それは起きてからはっきりとした思考回路の中で味わうとしよう。
意識が途切れていく中、ベッドの匂いの正体に気づいた。このベッド、俺達が来るまでの間、ワテクアが寝ていたんだな。