共に越えて。
「ほんと、なんなのよ……アレ」
私はほんの十数秒だけカークァスを支配し、それで彼が得られたのは自身の才能を思い出したということだけ。
たったそれだけで、完全に格上だったミュリエールと戦えるようになってしまっている。
これまでガウルグラート、ジュステル、ララフィアとの戦いを見てきてカークァスの強さはある程度把握していたけれど、今は完全に別人に見える。
遠くから見てもあの二人の剣戟はまともに目で追うのは難しい。どっちが有利なのかさえも正直わからない。
それでも両者が見せる動きや表情がカークァスの異常な成長を物語っている。
「あら、まだ生きていたのね。リムリヤ」
「……ッ!」
つい二人の戦いに見とれていて気付かなかったけれど、いつの間にか傍にクアリスィとレッサエンカがいた。
ミュリエールは私を殺そうとしていて、四族はそのミュリエールを支持している。
ならこの二人も私の暗殺に加担していると考えて良い。
不味い、クアリスィだけならなんとかなるかもだけれどレッサエンカは流石に無理。
ハンヴァーは気づいたらいなくなってるし、この状況でカークァスに助けを求めるわけにもいかない。どうにか逃げる方法を考え――
「身構える必要はない。ミュリエールの行動を黙認こそしているが、俺達が直接お前を害することはない」
「……信じられるとでも?」
「殺すつもりならとっくにお前は塵芥だ。いくらあの戦いが物珍しいものでも、命を狙われた立場で無警戒が過ぎるぞ」
「ぐぬ……」
実際二人の接近に気づかなかったし、二人がその気なら話しかける前に私を襲ってるか。いやな信用の取り方だけれど、とりあえずは信じてあげましょ。
「それよりも、アレは何?なんでカークァスが魔法を使っているの?」
「元々素質はあったみたいよ。練磨の影響で埋もれちゃってたみたいだけど」
「……そう、貴方の特異性を使ったのね」
「あら、私の特異性知ってくれているのね」
「隠す気もない領主の特異性くらいはね。新兵に使ったりしてるでしょ、貴方」
夢魔の特異性は基本相手を支配するもの。私は悪魔族の前で格の差を示すために時折特異性を使ってきた。
一度使えば夢魔としての格付けは確定するし、ついでにその子達の磨くべき才能を見出して上げられれば今後の成長の助けにもなるし。
明確に公開しているわけじゃないのだけれど、多少考察ができればソロスのように把握することだってできる範疇ではあるのよね。
まあもう一個オマケもあるのだけれど……それは流石にまだバレてないか。
「戦いも知らない新兵とか、自分と向き合ってこなかった子に道を示せる程度なんだけどね。今貴方達に使ったところで、何一つ変わらないはずよ」
「でしょうね。とはいえ、カークァスには効果抜群だったみたいね」
「……そのわりには驚きが少ないわね」
「あれの師匠が誰か忘れたの?」
「先代魔王でしょ。でも理由になってるの?それ」
「なっているわよ。先生は自分と近しい素質を持つ者を探していたもの」
先代魔王オウティシアにまつわる言い伝えはまだ新しい。
特異性に特化した忌眼族でありながら、誰かが扱えるだろう魔法のみで特異性を振るう他領主達を下してきた。
そうして魔王の座を手にした逸話は、異質ながらも多くの者が魔王を目指せる可能性があることを証明している。
「確かに魔法と体術を駆使して戦うのは、特異性を重視しない先代魔王の戦い方に近いかもしれないわね」
「彼の本来の才能がアレなら、先生が弟子にとった理由にも納得だわ」
「それにしたって、目覚めたばかりの才能であそこまで戦えるものなの?」
「先生が鍛え続けさせていたんでしょうね。魔法を扱うために、魔法を理解するために、剣技を磨くことにも引けを取らない程に。いつかその才が目覚めた時の為に」
あるべき才能を表に出すことなく、それを活かす鍛錬を続けさせる。
当人が自覚してない状態で、的確な指示を出せていれば可能かもしれないけれど……成るかもわからない才能を信じ続けて導くなんて、どんな展望を見据えていたというの?
「……なんにせよ、これで勝負は分からなくなったわね」
「そんな楽観的な状況じゃないわよ。力も速度も技も、全てがようやく食らいつける程度になった程度。半端に食らいついてしまったせいで、彼女本気を出そうとしているし」
ミュリエールにはもう余裕の表情はない。
眼前には自身の実力を発揮しなければならない強敵がいるのだと、その眼差しは真剣そのものだ。
力の差はある程度は埋まったのかもしれない。けれどミュリエールの本気が発揮された場合、その埋まった差はどこまで離されてしまうのか。
クアリスィの言う通り、楽観的になれる状況じゃないのかもしれないけれど、私はそれでも可能性は十分にあると感じている。
あの時……彼を支配した時、彼の姉に対する記憶の一部が私に流れ込んできていた。
『我に捧げよ汝の煌き』は相手を支配しその才能を目覚めさせる過程で、相手の根幹にあるモノを漠然ではあるけれど知ることができる。
その過程でカークァスの記憶が流れ込んできたのは、その記憶が彼にとって大きな意義を持つことに他ならない。
「食らいつけるのなら上出来じゃない。あとは気合とか根性とか、意思の強さだけでどうにかするしかないわけでしょ?それはあの男の得意分野よ」
その想いを抱くことが魔王として相応しいのかと言われれば、はいとは即答できない。
けれどその想いの強さは、魔王としての信頼に値するものだと私は断言できるもの。
◇
母親を失った。その事実だけは覚えている。
病死なのか、事故なのか、そもそもどこで失ったのか、まだ三歳になったばかりの俺には何もわからなかった。
ただ安心できた唯一の居場所を失ったという自覚だけはあった。
世界にはもう自分しかいないのだと、誰かに救いの手を差し伸べることも知らずに震えて泣いていた。
『大丈夫。貴方は一人じゃない。隣には私がいるわ』
それを助けてくれたのがもう一人の母さんだった。
生みの親の親友であり、俺をトゥルスター家の一人に迎え入れてくれた恩人。
記憶すら曖昧な母親と同じように俺を愛してくれていた母さん。
俺はこの人に救われた。今度はこの人を救えるようにしたい。
だから俺は手を引くあの人に、こう聞いた。
『僕は貴方のために何をすれば良いですか?』
その言葉を聞いた母さんは少しだけ困った顔をしてから微笑んだ。
『律儀な子ね。私の息子でいてくれたらそれで十分なんだけどなぁ……。ああ、そうだ。貴方には姉ができるのよ。イミュリエール、それが貴方の姉の名前。仲良くしてあげてね』
そうやってリュラクシャへと連れて行かれ、出会ったのが姉さんだった。
初めて出会った時、姉さんは一言も話しかけることなく鍛錬へと戻っていった。
それが本当に姉さんとして紹介されたのかと、戸惑いながら母さんの方を見つめたのを覚えている。
当時は姉さんのことを嫌悪していた。母さんという存在がいながら、少しも想いを寄せないそんな姿勢が癪に障っていたのだと誤解したまま。
病弱だった母さんがその命を落とすまでの間、二人が言葉を交わした姿を一度も見たことがなかった。
姉さんは他人に興味がない。なら、別に俺も興味を持つ必要はないと、俺は母さんの傍にい続けた。
『イミュリエールを嫌わないであげてね。あの子がああなったのは、私に才能がないから。母親として目標にすらなれない私の未熟さが、あの子を孤独にさせているの』
養子になって二年後。母さんは最期に俺に自らの悔いを語った。
聖剣の乙女であった母さんは確かに強かった。
けれど病弱なせいで姉さんとまともに手合わせをすることもできず、姉さんの目標になれない自身に負い目を感じていた。
そのせいで普通の母親として接することもできないまま、二人の溝は最後まで埋まることはなかった。
『イミュリエールのことは悔いが残ったままだけれど、貴方を息子として愛せたのはせめてもの救いかしら。……ダメな母親ね。アイツに堂々と顔向けできないわ……』
『母さん。貴方が母親だったことは僕にとって間違いなく救いでした。もしも向こうで僕を生んだ母と出会えたのなら、僕は幸せを知って生きていると伝えてください』
一度失っていたからこそ、敏感だったのだろう。俺は母さんが病弱で長くないことに気づいていた。
二度も居場所を失うことは恐ろしかったけれど、この僅かな時の間に母さんが俺の心を埋めてくれていたおかげで俺は母さんの最期と向き合えるだけの覚悟があった。
『うーん、すごく嬉しいんだけど言葉選んでるなぁ……我が子ながら賢すぎるぅ……』
『母さん。最後に一つ尋ねても良いですか』
『ええ、勿論』
『僕は貴方のために何をすれば良いですか?』
もう母さんがこの日の夜を越えることはない。
それでも俺はこの人に恩を返しきれていない。
だから聞いた。何かを残してほしい。俺がこの先貴方の愛情に報いることができるようにと。
『……じゃあ、お願いしちゃおうかな。アークァス、イミュリエールのことを見続けてあげて。私のためじゃなく、貴方のためになるように。貴方の眼なら、きっと見極められると思うから』
最後まで俺には優しい笑顔を残して、母さんは逝った。
残された時を全て俺のために注ぎ、最期まで母親でいてくれた。
葬式には姉さんも顔を出したが、姉さんは少しも悲しむ素振りはなかった。
こんな人を見続けなければならないのか。最初はそう思った。
けれど母さんからの最期のお願いなのだから、ちゃんとやろう。
母さんのためじゃなく、自身のためになるようにという部分は理解出来なかったけれど。
『母さんの最期の言いつけで、姉さんを見続けろと言われた』
『そう』
それから俺は姉さんの傍にいた。
鍛錬をする姉さんを見続けて、姉さんの孤独の理由を知った。
誰よりも優れた剣の才能が、姉さんを孤独にしていた。
自身の異質さ、立っている場所、見えている景色、進むべく運命、他者との違いを自覚し深い溝を感じているのだと。
『……ああ』
けれどその姿は強く、とても美しいと感じた。
姉さんの才能に罪はなく、むしろ尊ぶべきものだ。
でもその才能ゆえに姉さんは孤独になってしまっている。
母さんからの愛情さえも受け取ることができず、注がれるべき愛情を自分が独占してしまっていたのだ。
俺は姉さんではなく姉さんの孤独に嫌悪していたのだと自覚した。
そして母さんの最期の言葉の意味も理解できた。
『姉さん。これ、もらっていい?』
古くなった木刀を手に、己の道を決めた。
建前は姉さんに憧れた、剣の道。
けれど本音は才能や力が孤独を生むことを否定するため。
才能程度が人を孤独にすることなんて許せるものか。
才能の壁を容易く超えていく姉に、剣の才能はないと言われても、俺は進むことを止めようとは思わなかった。
自分に剣の才能がないなんて、姉さんを見ていればわかりきったこと。
才なくとも姉さんに並び立ち、貴方は孤独ではないと伝えたい、証明したい。
これが自分にとっての理想の道だと思った。母さんのためだけじゃなく自分のためにもなるのだと信じれたんだ。
『僕は剣の道をいくよ、姉さん』
けれど焦りもあった。
リュラクシャでは元服する時には男は村を出ていかなければならない。
本当の意味で姉さんの隣に並び立つには時間も才能も全然足りない。
だからといって姉さんが大人になるまで、孤独のままにしてしまうのかと。
せめて可能性は示せないか。
リュラクシャを出る前に一度でも姉さんから一本を取れれば、孤独ではないと証明はできなくても示すことくらいはできるかもしれない。
でも既に大人にも勝てる姉さん相手に、凡才の自分が勝てるはずもない。
やはりここは時間を掛けて、丁寧に――
『許せるのかよ、姉さんの孤独を』
俺は孤独になり、すぐに母さんに救われた。
だからこそ生きる目的がある。『今』がある。
時が来るまでと逃げたら、姉さんにはいつ『今』が来る?
勝たなければならない。自身がこの道を進むのならば、リュラクシャを出る前に示す必要がある。
だから俺は姉さんに勝つためにできることを全てやった。
手段を選ばず、犠牲を省みず、愚かでも、醜くても、示すことすらできなければこの道を進む資格なんてないのだと。
『――僕の勝ちだ』
そして数年を掛けて自分を磨き、実力を騙し、策略を練り、機会を創り、たった一度の勝利を手にした。
意味はあった。姉さんに貴方は孤独ではないと示すことができ、喜ばせることはできた。
次は遥か先にはなるだろうけれど、それでもその先に証明してみせると約束できた。
『姉さん。すぐには無理だけど、また次に手合わせする時は必ず勝つからね。約束するよ』
違和感はあった。
剣で姉さんに勝つために余分だと思ったものが、見えなくなっていた。
体の動きどころか、世界の見え方までもが歪んでしまっているように感じた。
でもこの程度の代償、自分の道を示すためなら問題ないと割り切っていた。
そして姉さんはその全てを察して背負ってしまった。
『けれど証明したいのだろう?君自身のために』
うわ、急に出張ってくんな、師匠との記憶。このへんで切っとくのが正解だろ。
ええと、確か今は姉さんと戦ってる最中じゃなかったか。ミーティアルの時みたいに、走馬灯を見るにはまだ早くないか?
なんか急に場面飛んで、師匠の元を離れる十八歳の時まで飛んでるし。
そういやこの辺の記憶、妙に曖昧だったんだよな。やっぱ仕込まれてたか。
『なに、あとは時間が来れば然るべき時がくる。きっと今君はイミュリエールと対等に戦う力を取り戻し、ついでに昔のことに思い出も馳せていることだろう』
『取り戻すってなんだよ。それよりもノノアにはあんまり迷惑を掛けるんじゃないぞ』
偉いぞ俺、師匠の元を離れる日でもちゃんと妹弟子のノノアのこと気にかけてたな。
後日言い忘れたかと思ってちょっと罪悪感あったんだよな。
『君は今後葛藤することになる。姉に孤独ではないと隣に並び立ち証明することと、その証明のための無理で姉の心を悩ませてしまうことに』
『……急になんだよ』
『結論を言おう。どちらを選んでも後悔は残るよ』
まあ、そうだろうさ。
姉さんの心の平穏を優先すれば、俺は姉さんの隣に並び立てず、姉さんの孤独を否定しきれないことを引きずりながら生きていくことになる。
かといってこのまま姉さんに心配を掛け続ければ、きっと姉さんの負担になる。ていうか、我慢の限界がきて進行形で魔王業妨害されちゃってるしな。
『……一応どっちがいいかとか答えを聞いたら答えてくれるのか?』
お、良いぞ過去の俺。ちゃんといい質問だ。一応先人の答えくらいは聞いておきたいとは思っていたところだ。
『悩む必要はないさ。君は君自身が思う以上に大概な人物だ。どうせ君は姉よりも自分のエゴを選ぶさ。いやぁ私にも引けを取らないクズだね』
『うおぃ!』
うおぃ!人の走馬灯に細工してまで残した言葉がそれかよ!?
……といっても、否定もできないか。
結局俺は本気で俺を止めようとしている姉さんと戦うことを選んだ。
姉さんの心の平穏よりも、自身の証明を優先しているわけだしな。クズではあるか。
『だが気にしなくていいさ。誰かが選択をすれば、誰かの想いを裏切ることになるのが世の常だ。結果を出す前から悩む時点で、無駄な優しさでしかないよ』
『無駄て』
『君のエゴを通し、そのオマケでイミュリエールを安心させてやればいい。そのオマケ程度なら背負えるだろう』
『……珍しく響く助言をしてくれるんだな』
『まあ今の君には少し早いからね、記憶は封じさせてもらうけどね』
『まーじ、この師匠。ぜってー疎遠になってやるからな』
孤独のまま何も背負わずにいるのと、微かな温もりの代償として人の人生を背負うこと、どちらがマシなのだろうか。
答えなんて、人それぞれだ。俺にできるのは姉さんに俺のことを背負った方がマシだったと思えるよう、確かな証明をすることだけだろう。
本当はわかっている。身の丈に合わないことを止めることが、姉さんの心に平穏を与えられることくらい。
それでも母さんは最期に俺に言ってくれた。母さんのためでなく、自分のために姉さんを見続けろと。
その上で俺は道を選ぶと決めたんだ。
ま、やるなら俺も姉さんもどっちも満足できなきゃ嫌だよな。
◇
一瞬アークァスの動きが止まった。
隙なのかと思ったけれど、あからさま過ぎてつい見逃しちゃった。
「……大丈夫?」
「ちょっと昔のことを思い出してた。戦いの最中に悪いな、姉さん」
「別に良いけど。余裕なのね」
「いや、余裕というか、余計というか……」
「……?」
「よし、再開しよう!」
アークァスの表情から、この子の感情が相当に高揚しているのが伝わってくる。
けどそこに油断や慢心は欠片もなく、私の動きを的確に捉えてくる。
新たな奥義、『閃光華』と『紫電狼』。名付けてあげただけあって、中々に厄介。
本来なら対応出来ない膂力や反応出来ない速度で捻じ伏せるだけで良かったのが、対応も反応も出来てしまっている
こうなると技で上回るしかないのだけれど、アークァスは私の次に聖剣の乙女の剣技を知り尽くしている。
技を繰り出した瞬間どころか、その起こりの段階で反応できてしまっているせいで技量の差が活かせない。
唯一『見』だけはあの子の方に分があったのだけれど、その僅かだった有利が今は私の優位をほとんど奪ってしまっている。
「だからって、見せたことのない動きまで読めるのはどうかと思うわよ!」
「姉さんなら、それくらいやってくれるだろう?」
アークァスがリュラクシャを離れてから私も成長している。技と技を組み合わせ、新たな技として昇華した動きだっていくつもある。
既知の技は通じない。だからこそ初見のうちに決定打にしなきゃいけないってのに、それすらもう見ていたかのように反応してみせている。
原因はシンプル、あの子は私の成長すら見通していたからだ。
リュラクシャを離れてからも、私を倒すために私を想い続けていた。
その差が絶望的になるまで開いたとしてもその可能性を否定することなく受け入れ、その中で活路を探し続けていたのね。
もしもその想像の中の私の強さが少しでも強かったり弱かったりすれば、認識の齟齬だけで勝敗は決してしまう。
きっと私以外の多くの人達を観察し続け、人の成長や可能性を識ってきたのだろう。
そしてその過程で一体どれだけ私を想い続けてきたのか。姉として知りたい反面、その差を知るのが正直怖い。
「期待には応えられてるかしら!?防がれ続けるとちょっと心配ね!」
「勿論、応えられてるとも!」
私だってアークァスのことは想い続けてきたけれど、アークァスを倒す方法なんて少しも考えたことはなかった。
順当に腕を磨けばそれだけでその差は埋めがたいものになるのだから、思考を巡らせる意味がないもの。
けれど今はその相手を倒すために巡らせてきた想いの差が、差があるはずの戦いを拮抗させてしまっている。
「っ、また……っ!」
技を連携させ連続して放てば対応させることも難しくなるはずなのだけれど、『紫電狼』による雷撃がその連携を断ってくる。
攻めても守っても雷撃が私の動きを一瞬鈍らせ、アークァスに技を見切る瞬間を与えてしまう。
なら硬直させられる前提で無理やりに技を繋げ――あ、これ不味い。
「――奥義、『空抜き』」
「なん、のっと!」
闇雲な反撃はダメだって本能が警戒してるのに、なんでやっちゃうかなぁ私。
今のって私の斬撃に剣を乗せて、私の技を鞘とする抜剣術ってところかしら。
雷撃で視界が飛んだのを死角として、私の力をそのまま利用してきた……本当、面白い技思いつくわね、当たってたらちょっと危なかったわ。
「反応できない技を勘で避ける姉さんも大概だと思うぞ!」
「当たる攻撃なら、全部勘でわかるわよ」
「ずるいって!」
でも剣の才能はないのよね、この子。
牽制程度じゃ剣を使わなくても防げるし、『閃光華』を使った重い一撃も勘だけで捌ける。
攻防のついでにくる電撃は防ぎきれないけど、こんなもの三日三晩浴び続けても逆に健康になる自信しかない。
私の力を利用する『空抜き』?はちょっと危ないかもだけれど、一度見たし二度も撃たせるつもりはない。
けれど私の方も攻めあぐねている。どうやって……ああ、すごい。私、今、本気でアークァスを倒す方法を考えているのね。
「……本当に強くなったのね、アークァス」
「姉さんこそ。本当に強いよ」
「貴方は本気で私に勝とうとしてくれている。並んでくれようとしてくれている。全てを捧げてようとしてくれている……なら、私もちゃんと応えなきゃね」
あの時の私は油断も慢心もあった。全力を出しきることもなく、負けてしまった。
アークァスはもっと強くなって、もっと本気で私と向き合ってくれている。
あの子の才能が戻ったことを純粋に喜べず、どこか怖いと感じているのは私があの子の想いに応えられているかどうか不安だから。
私も本気を出さなきゃダメだ。あの子の想いを超えると、あの子以上に私を捧げなきゃって、決めたんでしょ。
今が、その時なんだ。
「「鍵は既に。我が責務を果たす時、その枷は解き放たれる」……ッ!?」
枷を外すための言葉が、重なる。
この言葉は私が私自身に定めたもの。
だから私以外の誰かがそれを知っているはずもなければ、口にするはずもない。
なのにその言葉は私の眼の前にいる最愛の弟の口から一字一句違わずに紡がれた。
「アークァス、貴方――」
「同じだよ、姉さん。俺にも応えなきゃならない想いがある」
「……ああ、そう。そうなのね……嬉しいわ」
少なからず動揺はあった。けれど、同時に納得もした。
アークァスが私の剣技だけを見てきたわけがない。
あの子はちゃんと私の心も見てきたんだ。私の孤独を知って、嫌って、隣に並ぼうとしてくれていた。
そして今の私の気持ちだって、本当は……。
だから、この枷は私と同じなんだ。同じ言葉なんだ。
あの子が私に捧げてくれたものと、私があの子に捧げようとしたものが初めて同じに感じられた。
ああ、アークァス。貴方は今、私と同じ場所にいるのね。
「「――神技」」
超圧縮された魔力で行われる魔力強化、『時渡り』。
リュラクシャで『時渡り』を習得した勇者は、その戦いの中で自ずとその神技を身につけることになる。
それは『時渡り』を始めとした、数多の神技に耐えうる理想の魔力強化の性質を纏う術。
その姿は今の時を生きる者達から乖離し、神の領域へと足を踏み込むとされる。
「「『時遁れ』」」
この神技を解き放つ時、私は人の領域を抜け孤高の存在となると自覚していた。
それは私の孤独を望まなかった弟の願いを裏切るものになると枷をつけていた。
でも今なら問題ない。だって、今は共に踏み越える最愛の弟が傍にいるのだから。
師匠のくせに助言しないもんだから、こういう走馬灯でもないと師匠ムーブできないの救いようがないな、こいつ。
お時間ある方はEp74『姉の想い』とか読み返してみると、互いの想いがわかりやすくなるかもです。流石に一年前の投稿なので忘れてるかもですし。
そーしてそして、
マンガBANGにて最低賃金魔王コミカライズ配信開始しております。
一話無料で、他話は毎日一話ずつなら見れますので是非どうぞ!
やっとお伝えできた。受賞から長かった……。
これも開幕に領主タップリ勢揃いとかでキャラデザとかめちゃくちゃ時間掛かったのがいかんのですよ。
新キャラは小出しにしていきましょう。
機会があれば更新の際にデザイン等の紹介もしたいのですが、今のところはマンガBANGの方でご確認ください。
アークァスやウイラスだけでなく、イミュリエールやマリュアも、そして領主たちも(ソロス除く)割と早い段階でデザインの方確認できると思います!




