蘇る煌めき。
◇
魔族はコアを持つ。心臓、時には脳を破損させてもコアが無事なら再生することもある。
じゃあ厄介なのかと言われると、正直そこまでは気にならない。
よほどの再生能力でもない限り、首を刎ねたり胴体を両断したりすれば大抵は死ぬ。そしてそのよほどの場合でもコアを狙えば良いだけの話。
上位の魔族はコアの位置を自由に移動させられるけれど、魔族は人間よりも全身の魔力の流れを読み解きやすい。
強い力を使うために魔力を引き出そうとすれば、コアの位置なんて簡単に特定できる。
できるのだけれど――
「不死族の名は伊達じゃないってわけね」
不死族領主の……ハンヴァーだったっけ。首を刎ね、体を両断する斬撃を七回、うちコアを捉えたものが三回。けれど眼の前にいる男は平然と立っている。
ちゃんと不死性を活かしているのは偉いわよね。水を使うレッサエンカに見習わせたいわ。
『筋は良いな。流石は聖剣の乙女といったところか』
人間ってことだけじゃなくて私の素性まで知られちゃってる?鋼虫族と四族以外には秘密にするようにしてたんだけど……カマかけってわけじゃないわよね。
「……随分と人間界について詳しいのね」
『魔王殺しの剣を持ち、勇者に継承させる神技を扱える熟練の女剣士。人間界における勇者の伝承を知っていれば嫌でも見当はつく。貴様ほどの使い手がそう何人もいるはずもないからな』
やだ、私結構有名人?大国の騎士団が村に訓練しにくるくらいだし、マイナーな人気はあったりするのかしら。
でもよく考えれば魔族にとって勇者は最大の障害、人間界で調べることと言えば何においても勇者に纏わる伝承とかよね。
「先代勇者のファンだったりする?」
『先代の魔王より敬意を払えることは事実だな』
「アレだものね、先代魔王。私の正体を知ってる割に、大事にはしないでくれるのね」
『鋼虫族が認めた以上、部外者が口を出す必要もないだろう』
「そういうものなの?差別意識がないのは良いことよね。それで、貴方は喋らないの?」
さっきから私に話しかけてくるのはハンヴァーの握る水晶。ハンヴァー自身は私を静かに見つめているだけで、私から仕掛けない限り身動き一つしようとしない。
彼の目的はアークァスがリムリヤと一緒に何かを企んでいて、そのための時間稼ぎ。私から動かなければそれだけで目標を達成できるわけだし、楽なものよね。
私の方はというと、あの二人が何かを企んだところでどうにかなるとは思っていない。けれどその企てが無駄だと悟った二人に逃げる判断をされると結構困る。
ついでにつまらない邪魔のせいで、気分がちょっと白け気味。さっさとこの男を殺して気合を入れ直さなきゃだ。
『不死者が定命の者に投げかけるは死の誘い。ハンヴァーは殺すと決めた者か認めた相手以外には言葉を紡がん』
「それで貴方が代わりにお話に付き合ってくれるの?優しいのね」
『友人が他人を無視し続ける光景はあまり気分の良いものではないのでな』
「友達思いなのね」
こうして雑談をするだけでも時間は稼げるものね。などと考えつつとりあえず距離を保った状態で『白』で再度様子見。
ハンヴァーはコアの位置を隠そうとしないから、容易にコアを捉えられる。さっき『黒』を破ったから、『白』は見えているはずなのだけれど動く気配はなし。
その結果肉体ごとコアが両断されるけども、すぐにその体は何事もなかったかのように綺麗に再生していく。
服まで綺麗に元通りなのはどういうことなのか謎だけど、ある意味ではありがたいか。
『同じ手法を何度試すつもりだ?』
「さっきまでは憂さ晴らしだったのよ。そろそろ真面目にやるわ」
アークァスほどじゃないけれど、私も奥義として『見』は使える。
相手の性格まで見透かすなんてことはできないけれど、相手を殺すために必要な情報を得るくらいは問題ない。
普通ならコアを斬っても死なない魔族なんて対処のしようがない。けれど本当に不死で最強なら、歴代の魔王の全ては不死族が担っていなければおかしい。
つまるところ、不死の仕組みさえ理解できれば攻略はできるということ。
試しの一撃は再び『白』。今度は相手の体の八割を消し飛ばす分厚い斬撃。もしも魔力で再生するのであれば、相応の消耗にはなるのだけれど――
『魔力切れでも狙う魂胆か。こちらはそれでも構わないがな』
ハンヴァーは水晶を宙へと放り投げ、斬撃に飲み込まれる。そして次の瞬間には元通りに再生し、水晶がその手へと戻っていく。
防御や回避を捨てているあの肉体にはほとんど魔力が巡っていない。この調子じゃ肉体を何度消滅させても魔力切れになることはなさそう。
破壊される瞬間に特異性か何かでコアを自動再生する状態にしている?なら『黒』ならいけるかしら。
斬ったという結果を確立させる『黒』の斬撃。それゆえに相手はその軌跡から逃れることはできず、身動き一つ許されない。
『驕った技なぞ、通用するか』
黒い軌跡が砕け、景色へと溶けていく。クアリスィやセイフが行ったのと同じで、ハンヴァーも私の『黒』を無力化する術を知っている。
だから通用しないのは理解しているけれど、一つ見えたこともある。
「でも防いだわね。不死であるくせに」
クアリスィは言っていた。『白』は未来に干渉し、『黒』は未来を確定させる斬撃だと。『白』はただ剣の軌跡が現実のものとなるだけに対し、『黒』は斬ったという結果を現実にする。つまるところ、『コアに斬撃が当たる』ことは平気でも、『コアを斬った結果が現実となる』の方は不味いということ。
さっきはリムリヤを守るために『黒』を防いだけれど、今回は自身を守るために防いでしまった。なら『黒』でならあの男は殺せるということ。
「ああ、そう。魔法的な干渉なら届くのね。そういえば不死族を倒した勇者の伝承って大抵は魔法で仕留めてたっけ」
コアを『白』で捉えた時の違和感の正体もおおよそ掴めた。ハンヴァーのコアがある場所は少し世界とズレている。クアリスィ風に言うのなら、理の壁の先にある。だから物理的な干渉は届かず、魔法的な干渉だけが辛うじて届く。『黒』を防いだのは直接コアに届く危険性があるから。
優秀な魔族はコアを上手く隠すというけど、世界の裏側に隠すみたいな真似は不死族特有の技なのかしら。
『悪くない分析だ。それでどうする?』
魔法的な斬撃、『黒』は発動から結果に繋がるまで時間が掛かり過ぎる。セイフの時もそうだったけれど、何度放とうとも防がれ続けるのは目に見えている。
そして剣の道一筋の私にハンヴァーに通じるような攻撃魔法は使えない。だからこその余裕なのでしょうけれど……別に魔法である必要はないわよね。
魔力強化を施している剣に手を当て、魔力に干渉を行う。『黒』が魔法的な効果を帯びているのであれば、同じ感覚で剣を染め上げてしまえば良い。
「我が剣技は万象の理を黙殺し、己が剣の軌跡のみを結末と示す。ならばこの剣もまた我が意志、我が軌跡を体現する刃となろう」
詠唱なんてただの所作。必要なのは強い集中力と明確な意思。相手を斬ったという結果を斬撃に求めるように、この剣にも『届けば相手を斬った結果だけが残る』という因果を埋め込む。そりゃあ斬ったら斬ったことになるだけではあるのだけれど、その意思を強めることが肝心。
感情や想いは色。それをひたすらに積み重ね、魔力を染め上げる。その結果、刃はアークァスの剣と同じように黒く染まっていく。
剣は斬撃を創り出す道具。振らずとも斬撃を放てる私にとって、振る作業を加えるのは昔に戻った気分。けれど直接剣を振るうのであれば、相手の干渉ごと斬り裂くこともできるだろう。
『因果への干渉を剣にも落とし込んだか。付け焼き刃が使い物になると良いがな』
「そうね。わざわざこんな無駄を積み重ねたんだし、少しは効果的だと嬉しいわね」
踏み込みに躊躇はいらない。『時渡り』で詰め、ハンヴァーの体を直接斬り裂く。
剣に対して警戒心を抱いていたのか、剣を振るった先にいたハンヴァーはわずかに回避行動に移っていた。
刃の感触は全くといってない。『白』や『黒』と同じだけの切れ味はある感じ。そしてコアへの直撃は叶わなかったけれど、その表情に僅かな嫌悪が滲んでいるのがわかる。
それは剣に帯びた力が、ハンヴァーのコアへと響いた証。
「痛みを感じたわね。死に繋がる傷になると、体が警告を発した」
『まずは一歩前進と言ったところか』
「――っ!」
ハンヴァーは回避が遅れたわけじゃなかった。最小限の動きでコアへの直撃を避け、私への反撃を用意していた。
腕を影へと変貌させ肥大化させた上での引き裂き。普通なら当たることのない攻撃でも、相打ち上等での仕掛けとなれば話は違ってくる。こっちは剣一本で戦ってるわけだから、剣で相手を斬っている間は防御には回せない。咄嗟に腕を硬化して防いだけれど、少し薄皮と肉を抉られた。
『人間の分際で存外に硬い体だな』
「鍛えてるもの」
『鍛錬程度で神技を連発できる肉体が手に入るものか。天性の才能といったところか』
直接剣を当てる必要がある以上、ここからはハンヴァーとの相打ち合戦になる。基本的に先に仕掛ける私の方が有利だけど、再生能力を持っているハンヴァーの方が耐久面としての有利がある。
剣を黒化させたことで、肉体を斬ってもそれなりにダメージは通ってるっぽいんだけど……どこまで効いてるかは表情からじゃ読み取れない。
直接コアを斬ることができれば状況は覆るかもだけど、ここからは相手も本気でコアの回避を狙ってくるだろうし……本当時間を稼がれちゃうなぁ。
聖剣を使えばもう少し効果的にダメージは与えられるだろうけど、時間稼ぎ相手に消耗し過ぎたら元も子もない。
「もう一個外しちゃうか」
視認するは心の臓から全身へと伸びる数多の鎖と枷。
この体は聖剣の乙女として数多の秘技を内包するけれど、感情に任せていたらその全てを瞬く間に曝け出してしまう。
だからこれは私に残された微かな理性と常識が『せめて』と設けた制限。
ま、その条件が私にとって大分緩いせいか『白』も『黒』も『時渡り』も解放されちゃってる。結構厳し目にしたと思ったんだけどなぁ。
「鍵は既に」
自らの為に剣を振るうと決めた時『白』は解き放たれた。
愛しい弟の為に剣を振るうと決めた時『黒』は解き放たれた。
他者を顧みないと決めた時『時渡り』は解き放たれた。
世界を顧みないと決めた時『聖剣抜剣』は解き放たれた。
残る枷に意識を向ける。条件は既に満たされていて、いつでも取り外す事はできる。
空想上の枷は触れるだけでボロボロと崩れていく。ああ、これはどんな事を想って課した枷だったかしら。
聖剣の乙女として、神技を継承する者として、多少なりとも他の達人との交流があった。彼女もまた自らの宿命と向き合い、敬意を払うに値する生き方をしていた。
私はそんな彼女の神技を自らのものにした。リュラクシャの聖剣の乙女としての『見』がその神技の仕組みを容易く理解してしまっていた。
この技を扱うことは、彼女の生き様に対する侮辱。だから私の理性は枷をして封印をした。
だからこの枷を外す時は、そんな同朋への敬意すらどうでも良くなった時。
「心を犠牲に、その枷は解き放たれる」
『魔法の詠唱ではない……自己暗示の類か』
「神技、『鏡――」
神技を解放するよりも先に、意識が白に奪われた。
ハンヴァーとの間に突如現れた白い壁。
それが私の『白』と同じものであることに気づくのと同時に、誰がそれを放ったのか意識が向いてしまったのだ。
何も斬っていないはずの『白』の軌跡だけれど、それは私とハンヴァーとの戦いを斬っていたのだろう。
『存外に早かったな』
「待たせたほうだと思うが……馴染むのに少し時間が掛かったしな」
「……どうして逃げなかったの?」
乱入者が誰かなんてわかりきっている。そこにいるのは私のアークァスだ。
ただリムリヤと一緒に逃げてくれれば良かった。そうすれば私も気持ちを入れ直してリムリヤを殺すために進めたのに。
「そんなの、貴方を止めるために決ま――」
「貴方には尋ねてないのよ?」
「ヒュィッ」
横にはリムリヤの姿もある。ハンヴァーとの戦いで薄れていた彼女への殺意が沸々と戻り、つい語気が強くなって言葉を遮っちゃった。
ああ、でもこの苛立ちはそれだけじゃない。リムリヤはアークァスに何かをした。あの子からリムリヤの魔力や匂いが漂っている。
さっきの会話を考慮するのなら、リムリヤの特異性でアークァスを強化してきたわけなのだけれど……あるのは僅かな異常だけ。
「それに、それは何の真似?」
アークァスは目を閉じたまま私の前にいる。瞬きではなく、完全に目を閉じたままの状態。
あの子程度の使い手なら、音や気配でも周囲の状況は掴めるでしょうけど、それでも自らの視界を制限することは不利益でしかない。
「少しばかり色々とまだ眩くてな。それで逃げなかった理由だが……今が一番公平だと思ったからだ」
「公平……?」
「できることなら自力で敵いたかったが、それは叶わなくなった。だから、これ以上可能性が上る前に向き合っておきたいと思ったわけだ」
「リムリヤの特異性で何かしらの強化を得て、それで私に勝てる見込みが出たってわけ?」
「まあそうだな……二割といったところか」
アークァスの言葉にどれほどの根拠があるのかはわからない。けれどさっきまでこの子は私に対し、決して勝機はないと悟っていた。
それが少なからず勝機を見いだせる状況になったと告げている。俄には信じがたいけれど、その落ち着きには何かしらの自信が伺える。
けれど、そんなアークァスの姿に私が喜ぶなんてことはない。
湧き上がっているのは約束を守ると告げていたあの子が未熟なまま私に挑む道を選んだことに対する失望感。容易に得た力程度で、驕ってしまっていることに対する悲しさ。
「そう。なら好きにすれば良いわ。私の目的は変わらないし、やり遂げる意思も変えるつもりもない」
もうこれ以上無駄な時間を費やするつもりもない。
ハンヴァーはアークァス達の乱入で既に戦意を喪失し、妨害する素振りもない。
だから狙うは当初の目的のまま、リムリヤのみ。『黒』の一撃でリムリヤのコアを確実に斬る。
「――なるほど、こういう感じか」
「――ッ!?」
リムリヤを捉えた『黒』の軌跡が砕けた。この光景を見たのは今日で三度目だけれど、その意味合いがあまりにも違う。
私の『黒』を破ったのはアークァスだ。それもクアリスィやセイフ、ハンヴァー達が行ったのと同じようにだ。
何度も破られている立場で言うのもどうかなんだけれど、『黒』はそう簡単に破れるものじゃない。
所感で言えばアークァスの実力は『白』はどうにか使え、特定の条件下ならどうにか『黒』を放てる可能性があるかもしれないって程度。
そんな秘奥の技を雑談がてらに妨害するなんて実力、アークァスにあるはずがない。そんな光景につい言葉がリムリヤへと向いてしまう。
「――この子に何をしているの?」
「過去形よ、もう解除しているもの。私の特異性は悪魔族によくある相手の支配、傀儡とする技。格下なら大抵の相手は自由に支配できるけれど、私の場合は支配した相手をある程度強化して即座に使える駒にすることもできる……ここまで顕著な例は初めてだけれど」
ただの強化で剣技の秘奥の一つに届くはずがない。リムリヤの様子も自身の特異性がここまでアークァスを変えることになるなんて思いもしなかったと告げている。
「本当、驚きよね。私達領主クラスになれば、自身の才能や素質を十全に引き出した上でこの場に立っているってのに。自身にとっての才能を埋もれさせたまま並んでた男がいたなんて」
「自身の才能……?」
「ええ。そこまで凄いことじゃないわよ。私の特異性の恩恵は弱者を多少導ける程度。その者の最も秀でた才能や素質を開花させる程度でしかないもの」
才能や素質の開花、その言葉に昔の記憶が過る。それは、そのことが意味するのは――
「『我に捧げよ汝の煌き』。私は彼が本来持っていた才能を呼び起こしただけ。ここから先は彼自身の本来の力でしかないわ」
アークァスがゆっくりとその瞼を開く。そこにはかつて私が美しいと感じた煌めく瞳が存在していた。
リムリヤの特異性『我に捧げよ汝の煌き』。
格下ならその精神をも支配し、その気になれば半永久的に傀儡として操ることもできる特異性。
対夢魔相手には最強クラスの特異性だが、それ以外の魔族相手にはほとんどが同意がなければ使えない使いどころの難しい特異性。
さらに本人が支配よりも対話による協力の方を欲するためその使用頻度はほとんどない。
副産物的な恩恵として、支配した相手の最も秀でた才能を一時的に引き上げ、開花させることが可能。
才能の開花は切っ掛けであり、特異性を解除してもその感覚は残るので下級兵士等に使えば今後伸ばしていくべき才能を導くこともできる。
弱い者にとってはむしろ支配されたくなる特異性であり、悪魔族達のリムリヤへの支持率が異様に高いのはこの特異性の効果を知らなくともその導いてもらえる恩恵を本能で感じ取っているからなのかもしれない。
領主クラスは皆が己の才能を開花させ、伸ばし切った果てにある存在。
リムリヤとしてはカークァスに使用したところで何の恩恵もないと思っていたが、まさかの本命才能が埋もれていたのである。