互いの覚悟。
◇
「……嫌な寝起き」
一晩布団に入ってももやもやした気分は変わらなかった。それでも支度はいつものように淡々と済ませていく。
私の判断基準はシンプルなつもりだ。アークァスにとって害となるかならないか。私がアークァスのために動く時、その邪魔になるのなら排除すべき敵。
けれどリムリヤ個人の言動や思考だけを見れば、彼女はアークァスにとって良い味方になれるのかもしれない。
あの子の才能や危うさと正しく向き合えるかもしれないと思っただけで、私の中の何かが揺れている。
「何かってなによ。常識に育てられた良心とかいう鎖でしょ」
覚悟を決めている以上、目を背けるつもりはない。私がこれから殺すリムリヤだけじゃない。既に殺したジュステルがどれだけ鋼虫族の中で評価されていたとか、嫌でも理解している。
私の判断が絶対に正しいわけじゃないことくらいは分かる。でも誰かに委ねて最悪の事態を迎えたくはない。
だから空気も読まないし、常識や良心にだって縛られるつもりはない。それであの子の人生が平穏で済むはずがない。
覚悟はあるくせにこういう余計な雑念が過るあたり、私の精神性はまだまだ未熟。その程度の想いじゃあの子を止めることなんてできやしないというのに。
「……一応一言くらい声かけとくかー」
今日はいよいよリムリヤと二人きりになる機会。リムリヤ暗殺は私の完全な単独行動。ただその後に無駄な混乱を起こさないためにとクアリスィ達は私を捕らえて四族の領地へと連れ帰る計画になってる。
私や鋼虫族は非難を浴びることにはなるけれど、領主同士の争いを罪として裁けるのは未だ存在しない魔王だけ。魔王の座を狙えなくなる悪魔族がすぐになにかできるということはない。
なんてことをここに来る前に段取りとして説明してくれてたし、ある程度は私の行動を知っておいてもらった方が良いわよね。
「クアリスィ、起きてる?」
声を掛けながら部屋の扉をノックする。中に気配はあるけれど、位置的にベッドの中……まだ寝ているのかしら。
「……ええ、起きたわ」
「寝てはいたんだ。ひどい声」
「ちょっと長湯したせいで疲れちゃってたのよ。で、行くんでしょ?」
「うん。色々思うところはあるんだけど、初志貫徹ってことで!」
「そ、終わったら適当に領主の館でも倒壊させちゃってちょうだい。皆で飛んでいくから」
これから同じ魔界の領主を一人殺してくるって話なのに、随分と軽いノリで話しちゃってるなぁ私達。お互い思うところはあるでしょうに。
「止めないでくれて、ありがとうね」
「こちらこそ、揺らがないでくれてありがたいわ」
「躊躇って止めた方が良いんじゃないの?」
「半端に揺らぐような愛に協力してたって思い知らされる方が屈辱よ。葛藤してでも貫き続けなさい。それが貴方の責任よ」
「……はぁーい」
昨日の私を見れば、説得を試みたくもなったでしょうに。うん、虚勢であっても背中を押してもらえるのは悪い気がしない。
宿にリムリヤからの使いが現れ、鍛錬場まで案内をされる。案内役がリムリヤの理解者のヒュールじゃなくてちょっとほっとしている。
朝の空気は魔界であっても澄み渡っていて、肺の中を洗い流してくれるよう。気分は微妙だけど、体調は万全ね。
「おはよう。良く眠れたかしら?」
鍛錬場では既にリムリヤが軽い準備運動を済ませていたのか、軽く流した汗を拭きながら声を掛けてきた。
出会った瞬間に臨戦態勢だったジュステルやクアリスィ達のことを考えると、リムリヤが私の強さを軽んじているということはないはず。どうもやりにくさを感じる。この警戒なさは私を信用しての立ち振舞だと理解できるから。
「もちろん!リムリヤはルーダフィンとの鍛錬はどうだった?」
「おかげさまで上々よ。白兵戦は元々専門じゃなかったけれど、形にはなってきたわ。勝つためというより負けないための努力だから伸びやすいと思うのだけれど……それにしてもルーダフィンって教えるの上手過ぎない?」
「見た目感覚派なのに、意外と論理的よね」
会話しながら剣を抜く。話しやすさもクアリスィやネルリィと大して変わらない。きっと仲良くなろうと思えば簡単にできる相手なんだろうなぁ。
リムリヤにも誰か好きな人はいるのかしら。せっかくなら昨日のうちに話しておきたかったなぁ。
「本当にね。それじゃあ早速初めましょ。剣の腕はルーダフィンよりも上なのでしょう?正直貴方の実力は一瞬しか肌で感じたことなかったから、結構楽しみだわ」
「――ええ、じゃあいくわね」
さあ殺そう。そう思ったときには既に私の剣筋は横一線、リムリヤの体を両断した。切断面の位置には把握済みのコアが重なっている。
リムリヤには私の剣筋は見えていない。この瞬きが終わる頃には、私の剣筋は現実のものとなり彼女は死ぬ。
「……そうよね。貴方がいるのなら、邪魔はしてくるわよね」
再び開いた視界の先にリムリヤの死体はない。代わりに彼女を抱きかかえるように剣筋から回避していた者の姿がある。
出で立ちが魔王城で見たものとは多少違っているものの、見間違えるはずもなし。ちょっとリムリヤとくっつき過ぎなのが癪に障るけれど、それ以上に蔦から覗く私を見つめる眼差しに心が熱くなるのを感じる。
「邪魔の邪魔くらいは多めに見て欲しいところだな。コレは俺の獲物だ」
ああ、アークァス。何年経ってもその瞳は変わらない。真っ直ぐでいて、それでいて自身を顧みない危うさを持つその瞳は。
◇
姉さんがリムリヤを殺そうとする機会を読むことはそう難しくはない。問題はそれをどう阻止するかだったが……とりあえずはララフィアに感謝だな。
ララフィアが纏わせてくれた蔦は、姿を隠す隠れ蓑としてだけではなく、身体への負荷をある程度肩代わりしてくれる鎧としても機能していた。
出力を抑えたとはいえ、『時渡り』の使用で足が無事なのは実に感動。とはいえ、今の衝撃でララフィアの加護は顔を隠す部分以外ほとんど剥がれてしまったが……。
まあ近くに潜みつつ姉さんの斬撃を見てから庇うなんて芸当は『時渡り』でも使わなきゃ無理だったからな。ここから先も使えたらなんてのは贅沢だな、うん。
「へ?ちょ、ちょっとっ!?これは何事ですの!?って足いったぁっ!?」
腕の中で我に返り、暴れ出すリムリヤ。彼女の足が痛いのは言うまでもなく俺のせい。
なにせ『時渡り』での接近でそのまま抱きかかえるように庇おうものなら、ただの超高速の体当たりにしかならないのだ。なので超高速での接近しながらの足払いで彼女を姉さんの剣筋から回避させたわけである。手応え的に多分折ってる。
「騒がしいぞ。足がへし折れた程度だろう。なんかこう、グッと力めば治るんじゃないのか」
「そんな牙獣族みたいな感じでお手軽じゃないですわよ!?というか貴方……どちら様?」
「カークァスだ、カークァス。声で気づいてくれよ」
言っててなんだが、仮面を外して蔦で顔を隠している状態だった。よほど知った仲でもない限りは赤の他人と認識しても仕方のないことではある。でも領主なんだしさぁ、こうもうちょっと勘の良さ的な感じで気づいてくれよ。
「ああ、言われてみれば……ってこれどういうことなの!?」
「見てのままだ。彼女、ミュリエールに殺されそうだったお前を救ってやったんだ」
「は?ミュリエールが?私を?そんな素振り――」
リムリヤを助けるために必要なこと。それは彼女自身が姉さんに狙われている自覚を持ってくれないことには始まらない。
その気になれば完璧に助けられたがリムリヤの察しの悪さが相当だった場合も考慮し、ちょっと怪我をしてもらう範囲で助ける必要があったわけだ。
その結果、彼女の胴体は無事だがそのサキュバス特有の羽の片側が途中から綺麗に切断されている。
斬られたことにすら気付けない程の一撃、それが自身に向けられたことを自覚したのだろう。リムリヤの表情が引き締まる。ここで青ざめないあたり、流石は領主といったところか。
「……一応理由を聞いても良いかしら?」
「単純なものよ。貴方が死ねば魔王候補争奪戦の次の相手は決め直しになるでしょ?」
姉さんも初撃での暗殺が失敗したことで、取り繕う気はなくなった様子。もっとも、見逃がす気もなさそうなのがなぁ……。
「そう……。でも私が言うのもなんだけど、私がカークァスに勝てると思ってるの?普通にもう二ヶ月待とうとか思わなかったの?」
「自分で言ってて悲しくないか?」
「うっさいですわよ!?そりゃあ無様に負けたくないから、こうして特訓しておりますけども!」
リムリヤの危機感が妙に薄かった理由はこれか。彼女は俺に勝てる可能性が低いと自身でも考えており、それが他の領主達の見解と等しいと思っていたわけだ。
他の領主達からすれば自分は負けるだろうが、俺の手の内を少しでも明かして欲しいと思っているはずだから、白兵戦の鍛錬にも喜んで付き合ってくれるに違いないと。
「でもあわよくば勝ちを狙いたいとは思っているでしょ?」
「それは……まあ」
「可能性を信じている限り、排除すべき対象であることには変わらないじゃない」
「うぐ」
高みを競い合う以上、弱さは見逃す理由にならないからなぁ。でも向上心が欠片もない奴よりかはよっぽど好印象だ。
これまでの領主は全員が実力をぶつけてくるだけだったが、リムリヤは俺を対策しようとしていた。なるほど、挑まれる気持ちというのも悪くないものだ。
「それに、その子を傷つけようとする存在を生かす理由もないし」
「それはどういうことですの!?」
「ちょっと過保護なんだ、あの姉は」
「ちょっとって言葉の意味理解しておりまして!?って姉ぇ!?」
視界に映る白い軌跡、それがリムリヤの体を両断している。直ぐ様彼女の体を抱きかかえ、距離を取る。
その直後に白い軌跡が現実のものとなり、誰もいない空間と地面が切断される。師匠は『白き未来』と言っていた技だが、こうして直面するともはや剣技であるのかさえ疑わしくもなってくる。
「ふーん、やっぱり見えてるのね。それくらいは成長したのね」
「なに今の……突然空間に斬撃が出現した……?」
冷静な分析だが、リムリヤにはそうにしか見えないか。こうなると彼女が自力で攻撃を回避するのは難しいな。
「ねぇ、別に良いでしょ?リムリヤは大して強くないんだし、強敵と戦いたいなら私がいるじゃない。必要だったら四族の皆にも協力してもらえるわ。だから、ソレ置いていってくれない?」
「ソレ扱いは酷いな。コレは立派な魔界の領主だ」
「コレソレ扱い同じですわよ!?」
「そう、じゃあ勝手に殺させてもらうわ」
「……リムリヤ、一応言っておくが俺は現状姉には勝てん。逃げの一手になるが……領民は巻き込まない方が良いよな?」
「――っ、も、もちろんよ!」
領主としての自覚は十分だが、自身の命は軽んじているな。
弓を使っている時に理解したが、あの『白き未来』は自身が見える範囲でその軌跡をイメージし、置くような感じで放たれる。
見えるものはほとんど射程範囲になりうるが、見えないものは勘で狙うしかない。
なので人混みに紛れさえすれば十分に逃げられるが、当然領民を巻き込みかねない。かといって建物の上を移動するのは的になるだけ。
そうなると一度姉さんの捕捉から抜ける必要があるか。ならかくれんぼといくか。
ララフィアから貰っておいた袋を放り投げ、剣で両断する。中に入ってるのは彼女が魔法で強化し創り出した香草の種。
これは成長性に偏らせた変種であり、大地に触れるだけで急速に成長し枯れていく植物。それが大量に地面にばら撒かれたらどうなるか。そう、視界を埋め尽くす無数の植物の壁の誕生だ。
「私の鍛錬場がっ!?」
「農家的には悲惨な光景だが我慢してくれ」
こんな壁では姉さんの行く手を阻めるはずもないが、少なくとも視界は覆い隠すことができる。
バラバラに散っていく植物を背に、リムリヤを担ぎ上げ走り出す。逃げる先は街側ではなく、すぐ近くにある領主の館。姉さんはリムリヤを殺害したあとは四族と共に帰還することになる。手っ取り早いのは四族に取り押さえられる流れとかだろう。
そのためには事が済んだ後に四族に合図を送る必要がある。俺がクアリスィなら領主の館の破壊を合図とする。
つまるところ姉さんはリムリヤを殺すまでの間、領主の館に対して大規模な破壊行動を取れないはず。
「ねぇ、姉弟なんでしょう!?説得とかできないの!?」
「無理だな。向こうは話を聞かない」
「やってみなきゃわからないでしょう!?」
「そうじゃない。分かっているんだ。対話をすれば説得させられると。だから俺の話には絶対に耳を貸さない」
姉さんは俺の妨害に驚いていなかった。師匠が余計なことをしてくるに違いないと踏んでいたのだろう。
弟を送りつけてくるということは、止める術があるということ。その手には乗らないと。
だから姉さんは俺の説得には応じてやるものかと、強い決意を持っている。
領主の館まで到着。施錠の有無を確認するのも面倒なので、三階の窓を突き破って飛び込む。
「玄関から入れないの!?」
「招かれてないからな。足の再生は終わったな?」
手頃な曲がり角に入ってリムリヤを降ろす。この騒動の中でもしっかりと折れた足や切断された羽の再生を済ませていたのは流石だ。
「え、ええ……でもこれからどうするのよ?」
「姉は俺達を追ってここに入ってくる。適度に逃げ回って意識を俺に向けさせた後、二手に分かれて逃亡する。俺は殺されないだろうから、数秒でも引き付けられればなんとかできるだろう。建物内に悪魔族がいるか探知はできるか?」
一人二人領主の館で勤務する者がいる可能性を考慮し、わかりやすく窓を思い切りぶち抜いて派手な音を立てたが階下からの反応もなかった。ざっと索敵した感じでは気配はないが、うっかり巻き込んでしまう可能性はあるからな。
「ええと……いつもなら数人いるはずだから……あれ、誰もいない!?」
「いないなら好都合だ。このまま――」
リムリヤの首を跳ねようとする白い軌跡が見えたので、即座に剣で彼女の足を払って姿勢を崩して回避させる。
剣の軌跡が実体化し、壁に切断の痕跡が浮かび上がる。この軌跡から考えるに、姉さんは今建物の外から俺達へと斬撃を飛ばした。
その事自体は可能な技ではあるが、問題はどうやってリムリヤを捕捉したかだ。
「くるぶしいったああっ!?」
「建物の外から位置を特定されているな。視覚情報じゃないとして……魔力探知の類か」
探知魔法による波長などは感じなかった。単純に獣以上の感覚で察知しているな。
直ぐに追撃がないのはリムリヤが転倒したからだ。彼女が特定の方向を向いて話している姿が見えていたのならば、俺の位置も特定できる。だが今の状態では俺の位置が特定できていない。俺には攻撃したくないのだろう。
「もうちょっと優しく庇えませんこと!?」
「反射で動いてギリギリなんだ。あと魔力を抑えてくれ、多分お前がどういう姿勢でいるのかすら見えてるぞ」
「ちょっとまって……こんな感じで大丈夫?」
ふむ……ヨドインのところの暗部ほどじゃないが、野生動物程度には抑えられている。とはいえ一度体を巡った魔力を完全にコアに収納するのは難しそうか。
「それくらいじゃまだ察知されるな。少しジッとしてろ」
「え、ちょっと、なによ、その手――むぎゃぅっ!?」
「――奥義、『魄剥ぎ』」
リムリヤの腹部へ手を当て、彼女の体の中にある魔力を感じ掴む。そして一気に体外へと引っ張り出す。
これでリムリヤの体にはほとんど魔力は残っていない。コアから新たに魔力を引き出さない限りは彼女の魔力から位置を察知することはできないはずだ。
「い、いまありもしないお腹の贅肉を鷲掴みにされた感触が……っ!」
「コアから魔力を引き出すなよ。そのまま移動するぞ」
「え、ええ……」
視線をリムリヤから外さないように移動する。位置さえ特定できれば、姉さんはどこからでも彼女を斬り殺せる。
俺が知らない手段で察知している可能性は残っているが、追撃がないということはひとまず魔力探知で正解だった模様。
「一旦そこの部屋にでも入って隠れるか」
「ちょっとそこは止めない?」
「なにか不味いのか?」
話を聞きながら扉を開くとそこは妙に愛くるしい雰囲気の部屋だった。甘い匂いが漂い、部屋の中には一際目立つ大きなベッドがある。
「……私の寝室」
「……なら隣の部屋に――」
階下、正面玄関の方向から何かが崩れ落ちる音が鳴り響く。外からの察知が難しいと判断した姉さんが扉を斬り裂いて侵入してきたようだ。
入れ替わりで窓から外に脱出したくはあるが、人気のない建物では扉の開閉音などは簡単に察知されてしまう。
急いでどこかの部屋に隠れ――いや、ダメだな。
「ちょっと、この足音真っ直ぐこっちに――」
「隠れていろ」
「ふぎゅ」
リムリヤを寝室へと叩き込み、廊下を駆ける。そして曲がり角で出くわした姉さんへと一撃を叩き込む。
その攻撃は当然のように防がれる。姉さんの足音に合わせて接近してみたが、当然通じる奇襲ではない。
「良い判断。私がどっちの位置を特定してきたのか、ちゃんと分かってる」
「風呂には入ってるんだけどな」
姉さんが迷わずに接近できた理由は嗅覚だ。この建物はリムリヤの住処とも言えるから、彼女の匂いはどこにでも漂っている。けれど今日ここに初めて入った男の匂いならば簡単に追うことができる。
玄関には立ち寄っていなくても破壊したことで建物の中の空気が流れ、俺の匂いが姉さんの元まで辿り着いていたのだろう。
「貴方の匂いならいつも手紙で嗅いでいたもの。押し花の栞、いつもありがとうね」
「喜んでくれていたようで、嬉しいよ」
リムリヤは最も彼女の匂いが強い寝室にいるから匂いで位置がバレることはない。このままここで彼女が逃げるための時間稼ぎとして残っているように装い、姉さんを足止めする。
俺を行動不能にするか、姉さんが痺れを切らせるか、どちらにせよこの後にリムリヤを探しに館の外に出ることになる。
重要なのは時間稼ぎが嘘であることがバレないこと、全力で――
「ねぇ。約束、覚えてる?」
脳裏に浮かんだのは、幼少期に姉さんを前にして投げかけた言葉。俺が強くなろうとする理由であり、目標。
姉さんがこの言葉を言ったのは、今の俺には姉さんに勝てないことを理解しているから。
姉さんは俺に選択を迫っている。ここで約束を違えるか、リムリヤを見捨てるか選べと。
「……あいにく、姉さんに勝つにはもう少し掛かりそうなんだ」
「じゃあ――」
「だから戦うのはなしだ」
剣を鞘へと収め、姉さんの足元へと放り投げる。そして両手を広げ、道を塞ぐ。
「どういうつもり?」
「俺は反撃をしない。けれどリムリヤも逃がす。彼女を追いかけたければ、まずは俺を叩きのめしてからにしてもらおうか」
リムリヤ現在の被害。
イミュリエールに羽を斬られる。
アークァスに足をへし折られ、くるぶしを強打。お腹の贅肉(存在しない)を掴まれ、寝室を見られる。
訓練場に品種改良ハーブをばら撒かれる。
両者に住まいの玄関と窓を壊される。