言伝。
◇
タスサノアと一緒にため息混じりの帰還。できることならずっとミーティアル様を探していたいところなんだが、魔界の情勢の把握も怠るわけにはいかねぇ。
ミーティアル様が不在の今、領主間の集いに天竜族は不参加続きだ。情報収集を怠れば、ミーティアル様が戻った時に大きな遅れを取りかねねぇ。
本人を探すことが第一なんだが、帰ってこれる場所を守ることも忘れちゃならねぇってのが辛いとこだ。
「あ、お二人共おかえりなさい」
領主の館へと戻ると、玄関の花壇に水をやっていたステちーが笑顔で迎えてくれた。嬉しい出迎えなんだが、成果がない以上は罪悪感もちらほら湧いてきやがるぜ……。
「おう、ステちー……笑顔が眩しいな……」
「こっちは収穫なしだ……」
「そのことでしたら、つい先程カークァス様がミーティアル様からの言伝を預かってきてくださいましたよ」
「「……は?」」
領主の館にある応接間。普段使われることはないが、他の領地から転移してきた領主や魔王を迎える場所として日々手入れだけは続けられている部屋。
俺達がそこに入ると、備え付けられていた本棚の本を読みながら優雅にお茶を飲んでいるカークァスの姿がそこにあった。
「予測通りの時間だな。予定を立てて、それを守れるのは大事なことだ」
「……一応確認する。どうやってここにきた?」
「転移紋からだ。これを使ってな」
カークァスが見せたのは領主の指輪。それも天竜族に与えられた物だ。
領主は創世の女神ワテクアの呼び出しに迅速に応えるため、常に肌見放さず持ち歩いている。
ヴォルテリアに向かった際にも、ケッコナウにやられた時にも、ミーティアル様は指輪を所持していた……つまるところは、だ。
「……人間界でミーティアル様と出会ったってのは嘘じゃねぇんだな」
「そこの者に説明した通りだ。ミーティアルが偶然人間界にある俺の潜伏場所に現れたのでな。言伝を預かってきた」
「偶然なんて言葉、信じられるか?しかも腹黒さしかねぇ黒呪族を抱えるような奴の言葉だ」
こうしてカークァスと会うのは初めてだが、警戒心を抱かずにはいられねぇ。こいつはあのヨドインを従えている野郎だ。
ヨドインの思惑によって俺達は今の状況に陥った。その思惑にこの男が関わっていないなんてことは……ねぇだろうしな。
「別に、信用してもらうつもりなどない。俺の言葉を聞く耳もあるか怪しいからな」
「んだと……」
「あ、カークァス様。お茶のお代わりは大丈夫ですか?」
「ああ、美味しかったからな。もう一杯頂こう。そこの二人の分も忘れないようにな」
「はい、了解です!すぐに淹れてきます!お茶菓子も用意してきますね!」
剣呑な雰囲気を、軽快なステちーの乱入がぶち壊してくれた。つかステちー、カークァスに妙に懐いてねぇか?まさか既に精神干渉を――
「彼女、領主の侍従にしては警戒心が薄すぎないか?」
「……そこがステちーの良いとこなんだよ」
「つかなんであそこまでステちーと仲良くなってやがんだよ」
「普通に礼儀正しく挨拶を交わし、普通にもてなされた結果なだけだが」
「正論……っ!」
「俺らにゃできねぇことを平然としやがって……っ!」
「平然としてやってやれよ。そら」
カークァスはテーブルの上に一通の手紙を置く。蝋で封をされているが、重要なのはその封にまとわりつく魔力だ。
この魔力を見間違えることはない。これはミーティアル様が直接に封をしたものだ。
「俺の言葉よりも、当人の言葉の方が手っ取り早いだろう。なけなしの魔力で苦労はしていたがな」
「……確認させてもらうぞ」
「好きにしろ。手紙の内容は隣で見ていたから、確認済みだ」
暗部は手紙の筆跡以外にも、言葉選びによって状況を伝える手法がある。ミーティアル様の手紙にもその手法が使われており、『今は無事。手紙は信用して構わない』とのこと。
手紙の内容はそれなりに細かく書かれていた。ヴォルテリアで人間の冒険者に助けられ、別の国に移動することになった。そこで偶然カークァスと創世の女神ワテクアと出会い、コアの治療をしてもらう流れになったと……。
色々と話が出来すぎだが、何よりも驚いたのがカークァスの元に女神ワテクアがいるということだ。
別に一緒に住んでいるわけじゃないにしても、人間界にちょくちょく魔界の女神が姿を見せているってのはどうなんだ……。
内容を信じるのであれば、ことは想定以上に上手く進んでいるが……引っかかることもある。
「――ミーティアル様はお前が魔王になることに反対していた。そのミーティアル様をなぜ助けた?」
「……だからその辺も書いておけと言ったのだがな。俺は俺に反対をする領主全てを排除したいとは思ってはいない。むしろどうにか認めてもらいたいと切磋琢磨している立場だ」
「ミーティアル様に貸しを作って、配下に加えようってか」
「女の弱みに付け込む趣味はない。ミーティアルには領主として復帰してもらい、その上で正々堂々と俺を認めてもらいたい。それだけだ」
「……どうだかな」
嘘は感じねぇ。手紙からしても、ミーティアル様とは似たようなやり取りはしたんだろう。ただミーティアル様がそれを書いていないということは、このカークァスの本心を測りかねているということ。
だが提案を受け入れている以上、この好機を利用するつもりではあるんだろうな、ミーティアル様は。
「まぁいい。ミーティアル様が選んだ道だ。どの道俺達がどうこうできる話じゃねぇ」
「こうして手紙を届けにきてくれたことにゃ、感謝しとくぜ」
「なに、暫く人間界で生活することになる以上、色々と物入りだろうからな。彼女の私物を代わりに取りに来る必要があっただけのことだ」
「あー……そっか。服は布多めのやつとか、適当に着りゃいいけど下着はなぁ……」
「よっしゃ、じゃあ俺達が下着から何まできっちりと用意を――」
「衣服についてはステラチノ=メティオに絶対に一任すると手紙の裏に書いてあるぞ」
俺達が読んだ手紙を手に取ると、その裏を見せてくるカークァス。二重下線までしっかり引かれてやがる……。
「ぐ、ぬかりねぇ……」
「どぎついの選んでやろうと思ったのに……」
「それを俺が目撃する可能性があることを考えてくれ」
「はっ!?アブねぇ……」
こいつ、意外と良い奴なのかも知れねぇ。このノリの良さ、なんだかヴォルテリアで会った弓使いのことを思い出すな……。
「そういったわけで、ステラチノ=メティオはどこにいる?早めに呼んでもらいたいのだが」
「どこって……」
「おまたせしましたー!って、今私の名前呼びました?」
「……ステラチノ=メティオはお前だったのか」
「あ、はい!はっ!?名乗り忘れてました……っ!?」
「いや、すまない。俺も尋ねるのを忘れていた」
「名前も知らないで、そんだけ仲良くなれるのかよ……」
いや、冷静に考えりゃ、普通は名乗ったら上役を呼んでくれで終わる話だしな。敵対領主の新入り侍従の名前まで把握してるヨドインがおかしいんだよ。
「ステラチノだから、ステちーか……」
「おい、ステちーをステちーと呼んで良いのは俺達だけだぞ」
「許可しねぇかんな」
「私の名前ですよね!?カークァス様は好きにお呼びになってくださいね!?」
「それはそれでどうなんだ……。まあ俺は普通に呼ばせてもらおう。ステラチノ、良い響きだからな」
「そ、そうですか?えへへ……」
「「ぎぎぎ……」」
立場だけで言えばカークァスは領主クラスの一人だ。気安く会話ができる立場じゃねぇ。けれどこうして会話出来ちまうのは、奴さんの所作のせいだ。
カークァスに対するミーティアル様の第一印象は『魔力をほとんど感じない』というものだった。一流の魔族は自身の魔力を極端に隠したりはしない。その威厳を以て周囲に自己の存在を誇示する。
けれどカークァスは意図的に抑え込んでいやがる。その威圧感のなさは俺達がつい軽口を叩いちまうレベルだ。
ステちーはミーティアル様どころか、俺達にさえどこか圧されている印象があった。これまでの絡みで大分緊張は解けてきたんだが……魔力を抑え込むだけで、こんなにもステちーが気安く話せちまうとは……人間界で生きてきた知恵ってやつなのかね。
◇
「そんなわけで、色々用意してもらってきたぞ」
「……ああ、助かる。苦労を掛けたな……」
「なに、ああいう騒がしい奴も嫌いじゃないさ。一ヶ月に一度は会いたいくらいだ」
「毎日は御免被るとしか聞こえんのだが」
アークァスが天竜族の領地に行っている間、私は自分の部屋となるアークァスの家の物置の掃除をしていた。
もちろん物置ということで、色々な物が置かれていた。普通ならば就寝をするのも難しい状況ではあったが、日常的に使わないような物を魔王城に持っていくという歴代魔王達に対しあまりにも恐れ多い方法で強引にスペースを確保してもらったという次第だ。
そのことを考えながらの物置の掃除は中々に複雑な気持ちだったが、先程天竜族の領地から戻ったアークァスの報告は更に複雑な気持ちにさせられた。
今はアークァスが運んできてくれた木箱から、荷物を取り出しつつ確認を行っている。
「お前の食事が常に一品少なくなる話をしたら、双子に宝石類を押し付けられそうになって困ったぞ。魔界産の宝石じゃアシが付くから換金できないってのに」
「なぜそこを説明してしまったのだ……ワテクアの印象を悪くしないよう手紙には書かなかったのに……」
「いや、ちゃんとした食事は出すんだろうなとか聞かれたから、素直に答えてしまってな。中々にいいリアクションで驚いていたぞ」
「……それは少し見てみた……いや、なんでもない」
ただ宝石類の換金は私自身も一度は考えていた。軍事訓練で過酷な環境での生活そのものは問題なくとも、療養するともなればある程度の環境は整えたいというもの。
トルゼル達からもらった金額でも当面は問題なく生きていけることはいけるのだが、一人分の生活必需品を揃えるだけでもそれなりの出費にはなる。
ただ目立たずに生きるためには、魔界側の資産は人間界ではほとんど使えない。そうなるとある程度の私物は魔界側から取り寄せる必要があった。
「枕はわからなくもないが、ヤスリって……。物置にもあったろうに」
「天竜族の鱗や角を磨くための、身だしなみ用のヤスリなのだ。お前は自分の爪をその工具としてのヤスリで磨けるのか」
「そういう感じなのな」
「他にも色々とあるな。お気に入りの服とかもあったほう……が……っ!?」
衣類を取り出していると、明らかに私のものではないものが紛れ込んでいた。私のものでないのは当然として、ステラチノの私物でもないのは明らかだ。あの子がこんな扇情的な私服を持つはずがない。
「……凄いお気に入りだな」
「ち、違うっ!?これは私のじゃ――」
「冗談だ。あの二人が最後になにか無理やり荷物を追加しているのが見えたからな」
「なぜ止めない!?」
よし、あの二人は帰ったら埋める。頭ではなく足首だけ地上に残す感じで埋める。絶対に埋める。水を撒いてから雷も打ち込む。
「さて、と。他に見られたくないものもあるかもしれないし、俺は飯の仕度でもしておくか」
「ないぞ!そんなものはない!本当だ!私の名誉のためにも全部確認していけ!」
「やだよ。お前の名誉のためにお前の下着とか確認したくないって」
「はっ!……そ、そうだな」
「んじゃ、何か話したいことでもあったら声を掛けてくれ」
「別の部屋にいたら届かな……いや、この家の内部は壁が薄いのか」
それでも街中の家とあってか、ヴォルテリアで療養していた村の民家に比べれば質は良い。
さらにこの家には外からの探知や盗聴が出来ないようワテクアによって処置が施されている。
家の内部では特に問題なく会話ができるというのに、外には一切漏れない。暗部達が見たら、その技術の高さに背筋が凍るレベルなのだろうが……家の規模が規模なせいでその凄まじさが上手く実感できないでいる。
「……あの馬鹿ども」
下着類はちゃんと荷物の奥に入れられていた。ステラチノの気遣いなのだろうが、明らかにあの二人が仕込んだものも紛れていた。あのままアークァスに確認させないで良かった……。
「おい、ミーティアル」
「な、なんだっ!?」
「うお……そんなにビックリした声を出すなよ。暇つぶしになにか欲しいものはあるか?」
「ひ、暇つぶし?」
「ワテクアも毎日くるわけじゃないし、何もない家に一人でいるのは退屈だろう」
「……お前はいないのか?」
「表向きは冒険者だ。人間界でも仕事はしている」
確かに考えておかねばならないことだな。この家の中は確認したが、驚くほどに物が少ない。本などの趣味や娯楽に使われているようなものが一切ないのだ。
私のように外に趣味を持つタイプなのだろうが、それにしても何もない。そんな家で療養とはいえ一人で居続けるのは確かに暇な時間だらけになるだろう。
外出も極力控えなければならない。ヌニアの用意した腕輪で一般人は誤魔化せるだろうが、どこに認識阻害が通用しない相手がいるかもわからない。
時折の外出ならば問題なくとも、なるべくはこの家で時間を潰す手段を用意しておくにこしたことはないだろう。
「ふむ。本などは出費や置き場所の問題もあるからな……」
「趣味はないのか?」
「たまの外食くらいだな……」
普段は領主の仕事だけで一日が潰れる。あの馬鹿どもの相手も日夜している関係で、息抜きには一人で外食に出かけ、静かに酒を飲みたくなるのだ。
「酒くらいなら差し入れはできるが、日中から飲まれるのはな」
「私もそこまで落ちぶれたくはないな。あとは鍛錬くらいか」
「療養中だろ。あと人の家を汗臭くされても困る」
「それはそうか。体が鈍るのは避けたくはあるのだが……」
私も執務室に戻った時、あの馬鹿どもが汗だくで腕立て伏せをしていた光景を見た時は問答無用で雷を落としたくらいだ。自重しておくとしよう。
「鍛錬っぽいつぶしなら……ならそこの薪で像でも彫ってみたらどうだ?」
「そこのって……ああ、これか」
物置に残されている薪を見つける。あまりにも均等に揃えられていることから、薪割りの要領で割られたものではなく、おそらくはアークァスが鍛錬ついでに斬り分けたものなのだろう。
直ぐ側にはナイフもあり、やろうと思えば今すぐにでも取りかかれそうではある。
「心を研ぎ澄ます鍛錬には悪くないぞ。質が良ければ小遣いにもなるしな」
「素人の彫った像が小遣いになるわけないだろう。だが……そうだな。他に案もないし、やってみるとしよう」
小遣いになるとは思わないが、無心で時間を潰すには悪くなさそうだ。なにより、精神集中の鍛錬はどこかで取り組みたいと思っていたところだ。
あのケッコナウという男、奴の剣に私は敗れた。魔力量では私の方が秀でていながら、その魔力強化の密度で劣っていた。
あの剣を破るには今のままでは足りない。より限界の先へと昇華していかねばならない。
「……アークァス。お前はケッコナウ=マエデウスという男を知っているか?」
「ああ。ヴォルテリア国の大臣であり、ユリラシア=リリノールの子孫。性格以外は完璧な傑物と言える人物だ」
「会ったことがあるような言い方だな」
「師匠と縁がある人物でな。その折に多少な。その師匠をして、正面切って敵対したくないと言わしめた存在でもある」
「人間界における要注意人物ということか……というより、お前には師匠がいるのか?」
「ああ、そうか。お前は知らなかったな。俺の師匠の名はオウティシア=リカオスという」
「オウティシア……先代の魔王か!?」
「お前がヴォルテリアで敗れてから、魔王城で起きたことを簡単に説明しておくか」
アークァスは調理中の雑談として、私がいない時に起こった出来事を説明してくれた。カークァスとララフィアの戦い。ジュステルを殺し新たな鋼虫族の領主となったアークァスの姉、ミュリエールの登場。そして先代魔王として姿を現し、次の魔王候補争奪戦にて勝者を魔王にする術を与えると宣言したオウティシア……。
先代魔王の弟子というのならば、ワテクアがアークァスを次の魔王候補として選んだ理由としては十分な理由ともなる。
ただ気になる点も多い。ケッコナウは旧神の使者との関係について『知人ではあるが、仲間ではない』と語っていた。アークァスとの関係性もそれに近しいものだろう。
アークァスは旧神の使者について我々に警告を促していた。ならばアークァスは旧神の使者とも何かしらの関係性があるのではないのか?
異常な強さを持つアークァスとその姉ミュリエール……旧神の使者……先代魔王や女神ワテクアが人間界にいる意味……。
……憶測で考えすぎるのも良くない。そもそも今下手にアークァスを探って揉め事を起こすわけにはいかない。
「いろいろと起き過ぎで考えることが多いな……」
「厳密にはお前がいた時にも起こっていたわけなんだがな」
こうなると不在でいることが悔やまれるが、今の最善はワテクアの治療を受けることだ。戦えるようにならねば、ケッコナウはおろか、眼の前にいるアークァス相手にも敵う道理はない。
「しかしあっさりと情報を話してくれるのだな」
「得をするのであれば、隠し事はする。嫌がらせ程度で得られる満足では得とは呼べないからな」
「小物でないことには感謝しておこう。それでお前は暫くの間、姉に打ち勝つべく先代魔王から指南を受けることになったと。難儀な話しだな」
「なに、ただ隣に並び立ちたいだけさ」
「そういうものか……ん?」
荷物の中に封をされた手紙が紛れ込んでいた。封をしたのはあの二人のうちのどちらかなのだろうが……アークァスに内緒で私に伝えたい情報でもあるというのか。
「ああ、そういえばあの二人からの手紙が入っていないか?どうしてもお前だけに伝えたいことがあるとさ」
「……ああ、見つけた。律儀に開封せずに運んでくれたのだな」
「随分と真面目な顔で頼まれたからな。こういう時、普段からふざけている奴は得だよな」
手紙を開封し、一枚の紙を取り出す。そこにはあの日、私がケッコナウに敗れてから何が起きたのかが簡潔に記されていた。
兄上があの二人を逃がすために一人残り、ケッコナウに立ち向かった。自身の命よりもあの二人を、天竜族にとってなくてはならない存在だと言いきって。そして兄上があの二人に託した、最後の言伝――
『隣に並べなくて、すまなかった』
脳裏に浮かんだのは、私が領主となった日。私を認めてくれた兄上からの握手に応じた時にかけてくれた言葉。
『立派になったな、ミーティアル』
『我欲なれども、お前は力を示し証明した。ならば天竜族の未来をもその我欲で背負い続けてみせろ』
『そんな顔をしてくれるな。なに、俺も直ぐにお前に並んでみせるとも』
ああ、そうだったのか。兄上はあの時から何も変わっていなかったのだ。私に並ぶために、己を磨き続け、地位を高めようとしていた。それを私は、私が領主の座を奪ったことに対する当てつけだと……。
「……アークァス。少しだけ……聞きたい」
「なんだ」
「お前は先程、姉の隣に並び立ちたいと言ったな。それは何を想ってのことなのだ?」
「感情的な話かよ」
「頼む。教えてくれないか」
「――姉さんは俺に対して罪悪感を抱いている。けれどそれは俺自身が望んで背負った道だ。誇れる姉に罪悪感なんて背負わせたくはない。だからこそ、隣に並び立ち、共に生きていけることを証明したい。俺の一方的な欲張りだな」
そう語るアークァス。その声には覚悟を帯びた真剣さと同時に、慈しみの想いが込められているように感じた。
「……そういうものか」
「秀でている側のお前からすれば、隣に並び立ちたいという想いは共感し難いだろうな」
「――そうだな。それでも、少しだけでも共感することが出来ていれば……今見ている景色も違っただろう」
兄上がどれほどの想いを私に向けていたのか、それを確かめる術はもうない。それでもこの言葉に託された想いは確かにこの背に乗っている。
兄上が叶えられなかった欲。その重さは体を縛るのではなく、背中を押してくれる手のようでもあった。
ギャグとシリアスの緩急は書いてて楽しいです。
ステちーからするとカークァスはミーティアルの面倒を見てくれるし、領主クラスなのに威圧的でもないし、まともに接してくれるので好感度高め。でも敵対関係の領主を領主の館に放置するのは良くないぞ。
ちなみにアークァスの彫刻レベルはかなり高め。常時境地に踏み込み、器用さと観察力特化なのでその手の職人として十分に食っていけるレベルです。
ただし本気で取り組むと目立つことは避けられず、かといって手を抜くことがあまり好きでないため本腰を入れる気はなし。トルゼルが見たら勿体ない連呼間違いなし。
さて、今年も終わりましたね。来年にはコミカライズの具体的な情報なども公開できそうですので気長にお待ち下さい。
それでは良いお年を。