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掻き回される者。その二

 呼吸を整えつつ、全身の魔力の流れを意識する。コアから溢れる魔力はあまりにも微量で、全身に巡らせきることはまだ難しい。

 我ながら感心する肉体の再生効率のおかげで、ケッコナウに斬られた傷そのものはおおよそ回復した。問題は旧神の使者に撃ち抜かれたコアの損傷の方。

 常時ならば出力をせずとも体外へとこぼれ落ちていた魔力が、今では宝石と同等以上の価値のある状態だ。貴族が一気に一文無しに没落した時の気持ちとはこういうものなのだろうか。

 できることはそんなくだらない思考を巡らせる程度。少しでも長く安静にし、快復を待つ他ない。


()()、起きているか?」

「ああ」


 部屋の扉をノックする音に返事をすると、一人の人間が姿を現した。彼の名はトルゼル。各地を転々とする冒険者。

 その等級は四級のシルバー上位。一般人では不可能と判断される猛獣や魔物との戦闘、希少な品の採取依頼等を受けられる階級であると、あの二人の人間界の調査による報告書には書かれていたか。


「傷の調子は……大丈夫そうだな。魔族ってのは本当に再生能力が高いんだな」

「ああ……。静かに休める環境というのが、ありがたかった」


 あの日、ケッコナウに斬られた私はどうにか自力で川から上がることに成功していた。けれど流石に傷が深く、ほとんど身動きのできない状況だった。そんな時に出くわしたのがトルゼルだ。

 トルゼルは任務の過程で近隣の村に世話になっていた。雨が降り出した際、村人の一人が川に釣り道具を忘れていた旨の話をしたそうで、川の増水があるから危険だと代わりに川へと向かい、川の傍で瀕死の私を見つけ保護したという経緯だ。

 ここは過去に村に貢献したトルゼルがヴォルテリアでの依頼をこなす際に自由に利用して良いと村人に与えられた仮拠点。

 私は自身の素性の大半を隠したまま、彼らの治療や世話を受けた。名もミーと偽った……一応ちゃんとした偽名を考ようとはしたが、咄嗟に脳裏に浮かんだのがあのバカどもが口にする『ミーちゃん』と『ステちー』くらいだったのだ。


「食料は口に合っているか?本当なら病人食でも用意したいところなんだが、仕事の最中だったんでな。とりあえず追加の果物と干し肉だ」

「……助かるが、どうしてここまで?私は魔族だぞ」

「瀕死の奴を見つけて、衝動的に助けちまったんだ。その後で『魔族だから』って見捨てたら、後味が悪いんだよ。折角助けた命が勿体ないしな」


 世話はトルゼルの仲間の治癒魔法使いが行ってくれており、トルゼルは時折様子見に現れていた。

 いつも一言二言だけ私の様子を確認し、多くを聞くこともなく『快復に専念しとけ』と去っていた。

 態度はやや横暴さを感じるが、根は他者に対する思い入れが強いタイプなのだろう。


「四級の冒険者なら、魔族の脅威は十分に理解しているのではないのか?」

「まあな。でもお前は人間殺してないだろ。同族はそれなりに殺してるようだけど」


 トルゼルの片目が変化している。異様な魔力を帯びた瞳、魔眼の一種とも呼べるもの。彼は自身の目を『罪読みの眼』と説明した。その眼は他者の犯した罪の種類や大きさを見極めることができるのだとか。

 トルゼルの先祖には名のある聖職者がいたらしく、その人物が開眼した『罪読みの眼』が遺伝で子孫に現れることがあるらしいとのこと。

 その遺伝で発症した本人曰く、劣化が重なった粗悪品で精度は不安定なのだとか。それでも『人間を殺したのかどうか』くらいは判断ができるらしい。


「……その便利な眼に私の安全は保証されたというわけか」

「自力で開眼した先祖や、鍛錬でモノにしてきた爺さん達に比べりゃ、出来損ないの三流品だけどな。ま、冒険者として相手の安全確認ができるし、ありがたく使ってる程度だ」

「同族を殺めた経歴については、安全の是非は問わないのか?」

「その魔力量を見りゃ、立場上仕方なくってのはわかるさ」


 トルゼル達は私を低級の魔族として見ていた。治療の際に私のコアの損傷に気づいていなかったのか、そもそもコアに対する知識がなかったのか。尽きかけていた魔力の量で、私の実力を誤認識しているのだ。

 魔族は潜伏行為を行わない限り、自身の魔力を隠すような真似はあまりしない。コアを損傷し、魔力量が制限されたこの状況が『非力な天竜族』としての偽りの身分の偽装に役立つとは、なんとも複雑な気分だ。

 確かにこんな魔力量では、同族を殺めることなど不可能だろう。それを可能にするということは『あまり好ましくない立場』で『無理やり殺めさせられた』と思われても仕方のないことなのかもしれない。

 その認識のおかげで、私が人間界で負傷して川を流れていたことについても『何かしらの理由で使い捨てられた哀れな天竜族』と判断されたのだろう。


「その立場で、いずれは人を殺める可能性もあるだろう」

「人間だって人間を殺すんだ。いつか人間を殺すかもで一々殺してたら、心が荒んじまうだろ」

「あー!やっぱりトルゼルったら勝手にミーちゃんに会いに行ってたー!」

「怪我人の前でうるさいぞ、ヌニア。お前が道草食ってるから置いていっただけだろうが」

「ぶーぶー!怪我人の女の子の部屋に一人でずかずか入って、デリカシーないんだー!」


 ヌニア、トルゼルの冒険者仲間で治癒魔法等を担当する女。ここ数日、私の手当や着替え、食料の運搬を担当してくれていた者だ。親切な相手ではあるのだが……若干あのバカどもと空気が似ているので、トルゼルとは違った意味で警戒心が働いてしまう。


「……それは……まぁ、うん。確かに悪かった」

「(素直だ……)」

「でも重要なことはちゃんとリーダーの俺が説明しなきゃだろうが」

「重要なこと……?」

「ああ。ヴォルテリアでの仕事が終わったんでな。俺達は一度本拠点のパフィードに帰るつもりだ。それでお前も一緒に連れて行くことになった」

「このままここで休んでもらっても良いんだけど、私達がいなくなると村人さん達がお手入れにきちゃうからねー」


 私のことを知っているのはトルゼルとその仲間達だけ。村人には人を保護したとだけ伝えて、私が魔族であることは伏せられている。このまま私を放置して置いていくわけにはいかないだろう。

 可能ならば『誘いの砂漠』を自力で越えられるまで回復するか、あの二人が私を探し当てるのをここで待ちたかったが……ここに残り続ければ私の存在が明るみに出かねない。

 パフィード、位置的にはグランセルにある都市。確かカークァスがヨドインの実力を測るために向かわせた地方もその辺だったか。

 あの近辺の十二魔境には『還らずの樹海』がある。本来ならば誘いの砂漠にも並ぶ厄介な魔境ではあるのだが、ヨドインの報告を信じるのであれば、大隊までならば問題なく移動できる程の道が確保されているはず。

 道中の『槍の潜伏者』のこともあるが、それはヴォルテリアでも同じこと。多少の危険は残るにせよ、『誘いの砂漠』を単身で越えるよりかは安全に魔界に戻れるルートの一つではある。


「……わかった。お前達の負担を増やすわけにもいかないからな」

「まあこのことに関しちゃ、無理矢理にでも連れて行くしかないんだけどな」

「それもそうだな。では他に重要なことが?」

「ああ。俺達はパフィードに帰った後、またすぐに別の国で依頼を受けることになっている」

「テニグラーンかライラストだったよねー?」

「そこはパフィードに帰ってからの判断になるんだが……。どの道怪我人のお前をこのまま連れ回すわけにもいかないからな。信用できる奴に預けることになると思う」

「ふむ……信用できるとは?」

「金に執着がなく、出世欲もない、女遊びもしない。目立つことが嫌いで、頼み事は基本快く受け入れてくれるムカツクくらい大らかな奴だ」


 どこか高慢さを感じるトルゼルが『信用できる』という程だ。第三者から見ても無欲そうな人物なのだろう。若干嫌悪感が混じっているような気がしないでもないのだが。


「魔族である私を預けて大丈夫なのか?私がその人物に危害を与えるとは思わないのか?」

「……問題ないな。日夜人気のない森で鍛錬ばっかりしてる奴だ。実力だけなら俺と変わらない」

「七級のブロンズ冒険者だけどねー。危険な依頼とか一切受けようとしない人なのー」

「本当に出世欲がないのだな。世捨て人か何かなのか?」

「……似たようなもんだな」

「含みのある言い方だな」

「悪い奴じゃないってのは俺が保証する。ただまぁ……過去に色々あったんだろうな……勿体ない奴だよ」


 トルゼルは『罪読みの眼』を解除しながら、開いていない窓へと視線を向けた。彼なりになにか思うところがあるのだろうか。


「勿体ない……か。他者を気にかける性分なのだな」

「う、うるさい!俺はただ適材適所という言葉が好きなだけであって――」

「勿体ないって、トルゼルが格好つける時に言う口癖の一つなのよねー」

「格好つける時は余計だ!……ま、ケチ臭い性格なのは自覚している。だからこそ、ミーを助けられたわけだけどな」

「こんな美人さんを死なせるなんて勿体ないって?さいてー」

「釣り具が雨で流れたら勿体ないよなって思ったから外に出たんだっての!」


 仲睦まじく会話する二人の様子を見ていると、どこか和やかさすら感じる。

 これが人間同士の会話。魔族と何ら変わらない。知識では知ってはいたが、理解はしていなかった。

 この二人が心優しき者達であることは確かだ。だが同時にそんな二人が、私に気遣いを見せるほど、人間と魔族との隔たりは深いのだと伝わってくる。

 トルゼル達の実力ならば、魔族である私を見ても嫌悪感は抱かないのだろう。だが、村人達に素性を隠そうとしたということは、そうしなければならないと感じる何かがあるということ。

 人間は本能的に魔族を忌避する。武人のように己を律することができる者ならば問題はないが、並以下の者達は魔族の内に根付く闇の因子を恐れるように造られている。

 けれどそれは魔族も同じだった。コアを損傷し、微々たる魔力しか持てなくなったこの肉体は、トルゼル達から漠然とした脅威を感じてしまっている。

 力なき魔物や魔族は、この脅威を敵意として人間に向けざるを得ないのだろう。人間達もまた、同じ……。

 滑稽な話だ。強者ならば互いに理解することはできるだろうに、それぞれが守るべき弱者達は互いを否定してしまうのだ。

 異なる者同士で歩み寄るには弱者を排除し、弱者を守るためには異なるものを排除しなければならない。

 全ては創世の女神の思惑なのだろうが……この光景を見てしまうと、なんとも言えない気持ちになるものだ。


ミーちゃん襲来(予定)。


最低賃金魔王周りの作業、最近は執筆以外にも、世界設定やらちょくちょくエクセルやらに書き込みつつの作業をしております。

大抵漠然とした内容が頭に入ってはいるのですが、いざコミカライズ化の進行が進む際、作画担当さんの資料として必要になったりするわけですので。

細かい容姿設定とかもそうですが、女キャラのスリーサイズとかそうそうぽっと出てくるわけでないので地味に頭を使ったり。




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― 新着の感想 ―
[一言] ミーちゃん、どうあがいても苦労枠……
[一言] そんな世捨て人みたいな暮らしをしているなんて一体、何ークァスなんだ・・・
[一言] 金に執着がなく、出世欲もない、女遊びもしない、目立つことが嫌いで、頼み事は基本快く受け入れてくれるムカツクくらい大らかな、危険な依頼とか一切受けようとしない七級のブロンズ冒険者……一体誰なん…
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