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掻き回す者。その一

 ◇


「いくらなんでもそれは無茶ですっ!」


 あの御方の行動に最も動揺を見せているのはララフィアであった。

 彼女は試練の内容を知っており、その先の可能性を唯一想像できていた人物。

 自身と同等以上の複製、その使い魔の一撃をまともに受け止めることは、戦いにおいて決定打なりうるもの。

 普通ならば受けるような真似はしない。けれどカークァス様なら、自身との戦いに長けているあの御方ならば正面から迎え撃ってくれるかもしれないと、試練の成就の可能性を夢見た。

 されどそれはララフィアの大きな見誤り。カークァス様が試練を達成しながら勝利を目指していると考えていたがゆえの誤算。

 あの御方は勝敗など既に眼中に無い。純粋な想いで試練に挑んでおられるのだ。


「……やっぱカー君やねー」

「……流石でございます、カークァス様」

「ガウやん、心配?」

「それは己が内の代弁か、ナラクト」

「ちょこっとね。でも妬ましい気持ちの方が強いわぁ」


 ナラクトの気持ちはどちらも理解できる。忠誠を誓う部下として、あのような行動にはハラハラしてしまう。

 けれども妬ましさを感じる気持ちもまた、この胸の内にある。あの御方をあそこまで笑顔にできるのは、こうして対峙している好敵手だけなのだ。

 腹の探り合いを続けているヨドインを除き、カークァス様と関わった者達は皆あの御方と本気で戦っている。あの御方を心から楽しませてきたのだ。特異性を封じた状態のまま負けを認めた吾輩と違って……。

 いや、いかんな。安直な欲に飲まれるな。確かに闘争はカークァス様への贈り物としては最高峰であっても、それは相対する者として贈れるもの。

 あの御方の味方として捧げられるものは他にある。闘争を超えるものはそう簡単に見つからなくとも、それを探すことを投げ出すは配下としての役目を捨てるも同義。

 今はあの御方に相応しい配下としての振る舞いを心がけよ。主を信じ、進む選択を尊べ。


「ああっ!ラーフス、ダメっ!止まってーー」


 ラーフスがララフィアの制止を無視し、動く。彼女の特異性は儀式魔法に近しいもの。強すぎる影響力故にその理を捻じ曲げることは使用者本人にとっても難しい。

 今のラーフスは試練の執行者。例えば自身を生み出した親であろうとも、優先するのは試練の成就。


「ああっ!」


 その姿が消え、次に現れたのはカークァス様の懐の中。横から見ていた我々にはどのような結果になったのかがハッキリと見える。

 それは想像通りの光景。カークァス様はラーフスの刺突をその身で受け止めたのだ。

 ラーフスの剣がカークァス様の腹部を貫通している。剣は血で濡れており、傷口からは血が溢れ出している。されどーー


「……良き一撃だったぞ、ラーフス」


 カークァス様は広げていた両腕でラーフスの体を抱きしめた。ゆっくりと、優しく慈しみを込めて。

 その光景にはかつて吾輩や姉者を子として愛してくれていた両親の姿が重なるほど、想いに満ちていた。


「凄いね、カー君」

「ああ。あれほどまでに完璧に受けるとはな」


 領主クラスでさえ目で追えぬ神速の刺突。それを正面からただ受け止めて、あの程度で済むはずがない。普通ならばその衝撃で体躯は吹き飛ばされ、受け止めたとあれば胴が四散していただろう。

 ラーフスの速度は落ちてはいない。手加減をしたということは絶対にない。考えられるのはカークァス様があの一撃の威力をその身を以て軽減してみせたということだ。

 想像こそできなかったが、予感はあった。姉者との戦いの最中に頭部への雷撃を読み、耐えてみせたあの御方の姿を見ていたからだろう。

 ラーフスの速度、突きの威力、そして狙う箇所。その全てを完璧に見切った上で、全身を使い衝撃を殺しきった。


「ーーとはいえ、流石にか」


 衝撃は殺せても、放たれたのは剣による刺突。ラーフスを抱きしめていた腕がだらりと落ち、数歩下がるカークァス様。

 口より、真っ赤な血が流れ出ている。体の動きがたどたどしい。再生能力の低いカークァス様にとって、あのダメージは致命傷とも言える。

 眼前にはラーフス。神速の移動による反動で、その片足は無惨なまでに破壊されているものの、それ以外は全くの無事。

 さらには胸に咲く最後の白き花の色が変化している。ついに揃うは青き三輪の花弁。ララフィアの特異性、その試練が完璧に成就したことを指し示している。

 最後の試練を経た後、生還者はいないとされる特異性。これ以上の強化を待たずとも、深手のカークァス様には荷が重すぎる相手。

 止めるべきだ。既に先程の戦いでララフィアは敗北を認め、勝敗は決している。吾輩達が乱入したとて、一族への罰は生じないはず。

 目的であった試練の成就も果たした。この先にカークァス様の命を脅かす結末が待っているのであれば、配下として止めるべきなのだろう。


「これは……」

「なんやの……これ……っ!」


 されど踏み出せぬ。隣にいるナラクトも同じ考えなのか、特異性を解放し飛びかかる姿勢を取っているが動きはない。

 動けない。助けに駆けつけるという判断をとってなお、体が前に出ようとしない。まるで夢の中に囚われているかのような、そんな感覚が場を支配している。

 間違いない。これは試練の成就による結末の強制。部外者は舞台に立つことすら許さぬという理からの抑圧。


「ラーフスっ!」


 唯一その縛りを受けていないララフィアが二人へと近寄る。その接近に気づいてか、ラーフスはゆっくりと彼女の方へと振り返る。

 そこで違和感の正体に気づく。カークァス様とラーフスの距離は既に離れている。されど、あの御方の胴には深々と剣が突き刺さったまま。ラーフスは剣を手放しているのだ。

 ラーフスはララフィアへと向き直り、静かに口を開く。声はない。だが、それはまるでララフィアに向かって語りかけているかのようだ。


「……っ!?」


 そして最後にラーフスの口元が柔らかく動く。それが感情なきはずの使い魔が初めて見せる優しい微笑みであることに気づいた瞬間、その体は一気に崩れ去った。

 少しの間の静寂。カークァス様とララフィアはラーフスの立っていた場所をただ見続けていた。


「っ、カークァス様っ!」


 我に返り、体が動くのを確認しカークァス様の元へと駆け寄る。

 ラーフスが消滅し、吾輩達が動けるということは、ララフィアの特異性がその効果を失ったということ。戦いの完全な終わりを意味している。

 ララフィアは何やら放心しているのか、吾輩達の接近にも特に気にする様子もなくラーフスの消えた痕を見つめたままだ。


「そう喚くな。傷口に響く」

「も、申し訳ございません……この傷は……」

「ラーフスだ。去り際に一つ孝行していった」


 カークァス様の腹部に突き刺さっていた剣も崩れ去ってはいたが、どういうわけか一部が残り、その傷口が塞がれている。

 敵を屠るために産み出された使い魔が、敵を治療……普通ならば考えられぬことではあるのだが、どこか受け入れられる自分がいる。


「青の花は試練通過の証。その全てを青で染めきったことでカークァス様は試練に完璧に合格したのか……」

「なんや、思ったよりもあっけないね。もっとこう、パーっとした感じで盛り上がると思ったんやけど」

「特異性の本質を考えれば、こんなものだろう」

「本質?」

「ああ、ララフィアの特異性はーー」


 カークァス様の動きが止まる。それが驚きによるものだと、即座にわかるほどにカークァス様の目は見開いていた。

 この御方がここまでの反応を示したことがあっただろうかと、新鮮さを感じるのも束の間、吾輩の視線もカークァス様と同じ方向へと向く。


「……?カークァス様、いかがーー」


 そしてカークァス様が一体何を見て驚いたのかを理解し、納得した。

 その先には死が存在していた。白く、美しい装飾の剣を手にし、空気すら歪ます漆黒の殺気を振りまく、歪ながらも美しい死が。


 ◇


 クアリスィの拘束は十分だった。僕の見立てでは完璧だったし、それでも足りないと語る彼女の用心深さも相まって、もう問題はないと判断していた。

 あとは戦いを終わらせたカークァスさんに諌めてもらえれば、なんとか収められるのだと。


『あ』


 カークァスさんがラーフスの一撃を受けた時、クアリスィの拘束が斬られた。両手足と関節全てを拘束されていながら、あの女は自身の拘束を切断してみせたのだ。

 体内からの抜剣なんて、聞いたことがない。しかもその剣がよりにもよって、魔界における最大の脅威。勇者が持つとされる魔王殺しの剣だなんて。想定外にも程度を設けてほしいとしか言えない。どこまで世界に対しズルをすれば気が済むのか。

 拘束を破壊した女は静かに立ち上がった。自由を得ていながら即座に飛び出さなかったのは、既に眼前で起きている事にそれ以上変化がないからと悟ったからなのか。

 僕も四族も、事の絶望を受け入れるよりも先に動いた。動くことはできた。拘束を破り、暴れかねないと恐怖していたからこそ、無意識でも前に出ようとすることができたのだろう。


『邪魔しないで』


 けれど、その意志すら女は一瞥するだけで斬り伏せた。これまでカークァスさんの戦いにしか意識を向けていなかった者が、初めて見せた障害への敵意。

 前に出ようと踏み出していたゴアガイムとルーダフィンが無様に転倒する。僕やクアリスィ、レッサエンカが構築していた魔法も勝手に分解された。

 何かの干渉を受けたわけではない。その行動が自身の死に繋がると理解し、生存を願う本能が無意識のままに妨害したのだろう。


「ーーよくも」


 剣を手に、自由となった女がクアリスィの結界を切り裂く。その瞬間に女の殺気がこの場にいる全ての者へと伝播する。

 もう直前までの戦いの余韻を噛み締めている者など存在しない。そんなものを意識する余裕など、今この時には微塵もない。


「よくも……っ!」


 女が踏み込み、前に飛び出す。思考はできる。何をする。傍観で良いのか。

 最初の狙いはわかりきっている。ララフィアは死ぬ。まず助けられない。だがそれだけで終わるとは思えない。

 カークァスさんは流石に大丈夫として、他の者達はどうだ。あの殺気の量、もののついで皆殺しにされかねない。

 傍にいるというだけでガウルグラートも、ナラクトも殺されるだろう。いや、この場にいる全て、それこそ女神ワテクアすら……っ!


「まぁまぁ、落ち着こうか」


 女が消えた。夥しい殺気を放っていた、この場を支配する恐怖が音もなくいなくなった。

 体が軽くなる。まるで意志を持たされ、僕らの体を抑えていたかのように重苦しかった空気が、本来自我すらない存在だったことを思い出したかのようだ。

 何が起きた。まずは現状の把握が最優先だ。女が消えた。あれほど殺気を放ちながら、自身の意志でこの場を離れたとは到底考えられない。

 考えうるのは何者かによって移動させられた。移動、そうだ、今の消失の仕方は転移魔法。何の用意もない場所で、自身でもない存在を転移?そんな馬鹿げた魔法を使えるものなんて、それこそ女神ワテクアくらいしか思いつかない。

 けれど女神ワテクアは動いていない。視界内には捉えていたけれど、魔法を発動させる素振りなんて全く感じなかった。

 理解が難航したところで、ようやく思考が不可解な存在に気づく。今の声は誰だ。殺気に支配されていた空気の中、穏やかな口調のままに語りかけていた存在は。

 背後から声がしたことを思い出し、振り返るとそこには一人の男が立っていた。外見こそ若々しいが、その佇まいにはどこか熟れいた風格を感じる。カークァスさんと同じく、ほとんど魔力を感じ取れず、目を開いていなければすぐに見失ってしまいそうな程に希薄な存在。


『まさか貴様が表舞台に顔を出してくるとはな』


 男に向けて声を発したのは不死族領主、ハンヴァー=ルブックル……ではなく、その彼が手に抱えている水晶。

 それは忌眼族、ソロス=ディーパイが領主会議の際に現地に赴かずに参加するために使用されているものだ。

 現れた男は水晶に向かって微笑みながら手を振る。


「やぁ、ソロス。お父さんは元気かい?」

『領主としての役割を放棄した貴様が、今更なんの真似だ』

「懐かしの職場を見たくなっただけさ」


 ソロスの知人……領主としての役割……この男……元忌眼族領主……っ!ということは、やはり、この男、この方は……っ!


「さて、知っている子もいるだろうけど、一応は名乗っておこう。私の名はオウティシア=リカオス。先々代の忌眼族領主であり、先代の魔王でもあった者だ。今はそこの彼、カークァスの師という立場でもあるけどね」


 先代の魔王、生きていたのかっ!?それ以上にカークァスさんの師……っ!?


「ちょ、ちょっと先生!これはどういうことなの!?」

「先生っ!?」

「あ、そうそう。そこのクアリスィの先生でもあるよ」

「雑なカミングアウトッ!?」


 情報量多いねっ!?先代魔王で、先々代忌眼族領主で、カークァスさんの師で、クアリスィの先生!?

 大概が過ぎる気はするけれど……カークァスさんの異質なカリスマ性や、クアリスィの異常な魔法の精通さ、それらが先代魔王の影響だったのであれば、自然発生したよりかは納得できるというもの。


「今回は私以外にあの子を抑えられそうになかったからね。ちょっとしゃしゃり出させてもらったよ。クアリスィも頑張ってはいたけれど、詰めが甘かったからね」

「う……」

「……過保護が過ぎるぞ、師匠」

「そう邪険にしないでおくれ。君の楽しみを一つ守ってあげたのだから」


 オウティシアは唖然としたままのララフィアへと近寄り、彼女の肩へと手を置く。


「え、あ……?」

「ララフィア。一応私は君の命の恩人だ。恩返しは気が向いた時で良いからね?」

「恩人……」

「そう、私がいなかったら今頃ーー」


 轟音が鳴り響く。その方向は魔王城の麓から見える険しい山々……だったのものだ。

 先程まで覚えていた地形が、大きく変わっていた。あったはずの山が、消えている。

 それが一体何が原因なのかは、考えるまでもない。つい先程まで、山すら吹き飛ばしかねない存在がここにいたのだから。


「ああなっていたからね」

「は、はい……」

『相も変わらず方々で手を回しているようだな』

「跡継ぎが優秀なおかげで、気楽に済んでいるよ。君としては積もる話もあるだろうけど、また今度だ。まずはあの子を鎮めなきゃだ。クアリスィ、一緒に行こうか」

「えぇ……」

「別に何もしなくて良いさ。アレくらい、私一人でどうとでもできるからね。あの子を鎮めたあとの引取先が欲しいだけさ」

「ええ、わかったわ……」

「あ、君達も一緒にね」

「ウ、ウム……」


 クアリスィはため息を吐きながら、オウティシアへの傍へと歩み寄る。それに続き他の四族の三人も戸惑いを見せながら続く。

 四族、そして僕が五人掛かりで抑えられなかった存在を、魔王殺しの剣を握った化物を前に『アレくらい』って……。

 魔王殺しの剣だよ?自分を殺せる剣を持った相手だよ?あ、でも死んでないということは殺せてないってことだし……ややこしいな!?


「師匠、俺もーー」

「君は傷を癒やすんだ。彼女が怒っている理由がわからないわけじゃないだろう?彼女のためにできる最善を、だ」

「……わかった。頼んだ」

「頼まれたよ」


 あのカークァスさんですら、素直に従っている。それだけで眼の前にいる男が本物の先代魔王、オウティシアであるのだと実感できてしまう。


「それじゃあ皆、今日は解散だ。また後日、色々と話をしよう。お土産も用意しておくから、楽しみにね」


 オウティシアは全員に対し、柔らかい笑顔のまま手を振る。そして次の瞬間には四族と共に転移魔法でその姿を消した。


オウティシアことセイフ、顔が多い。先代魔王を百年も放置したら仕方ないね。


次回ララフィア編〆でございます。イミュリエール編はもう少し続きます。

四族「そもそも今のイミュリエールの傍に近づきたくない件」

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― 新着の感想 ―
[一言] お姉ちゃん舌戦苦手そう
[一言] クアリスィの強さに納得はしたけど、だとしてもチートが過ぎる姉をアレ呼ばわり出来るチートっぷりは流石というかなんというか……。
[良い点] >その光景にはかつて我輩や姉者を子として愛してくれていた両親の姿が重なるほど、想いに満ちていた。 ここで「あっ、ララフィア死んだわ」って思った俺は悪くない!! [一言] つまり、セイフ師匠…
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