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罪な女。その三

『一応聞きますが説明は』

『必要ない。ワテクアは場を眺めていれば良いさ』


 十の力を持つ者を倒すには、十の力を持つ者を用意し、そこに一を加えれば良い。そんなシンプルな勝ち筋を再現できるのがララフィアの特異性、『共に祝福を、これは愛しき貴方の子』。

 相手の魔力を元に、その能力を複製した分身体を使い魔として産み出す力。それが自身を凌駕する性能であっても、創り出すことができるというもの。

 公には知られていない力ですが、ララフィア自身が懇意にしている種族の領主には説明していたおかげで、私にもその情報は届いていましたが……こうして見ると……中々にモヤっとする能力ですね。

 両者の魔力を使って産み出されたとはいえ、その容姿の大半は相手の姿が反映されたもの。

 幼少期の自分自身を彷彿とする姿に、色々と思うところも出てくるのでしょう。


「――なるほど」


 アークァスは対峙する使い魔の性能を看破したのか、改めて剣を構え直しています。あのバトルジャンキーからすれば、まるで自分とララフィアの間に生まれた子供のような姿の使い魔でも、余計な感情もなく好敵手として認識できそうですね。


「……私の特異性をご存知でしたかぁ?」

「いいや、初見且つ初耳だ」

「……隠し事がお上手なのですねぇ?」


 ララフィアの反応の正体、それはアークァスの魔力から肉体情報しか得られなかったことに対するものでしょう。

 なにせあの特異性は本来他者の特異性をも模倣可能。なのに生まれた使い魔に特異性が何一つ備わってないことは違和感でしかないでしょう。

 私がアークァスの魔力に細工をしているため、彼が人間であることは悟られませんが……ララフィアには特異性を一切持たない魔族として認識されているはずです。

 普通ならそんなことはあり得ない。ゆえにララフィア目線ではアークァスが自身の魔力に隠匿の処置を施しているように感じたのでしょう。実際ほぼ正解です。


「さぁ、まずはご挨拶しましょ?」


 一本の植物が使い魔の足元から生成される。使い魔がそれを手に取ると、その植物は自らの役割に合わせその姿を変えていく。蔦は絡み合いながら柄となり、薄く鋭い葉は真っ直ぐと芯の通った刃となる。微細な模様は違いますが、その形状はアークァスの握る鳴らずの剣と同じ。

 使い魔は剣を手にアークァスへと斬りかかる。その駆け出す姿はまるで彼がもう一人いるかのようにさえ見えますね。


「自身との戦いか。ならば評価は厳し目にいくぞ」


 剣同士がぶつかり合い、これまでの戦いでは聞いたことがないほどにハッキリとした金属音が周囲に響き渡る。

 アークァスは敵の攻撃を剣で受ける際、衝撃を上手く逃がすように振るっていましたが、今回は正面から受け止めるつもりのようです。

 二度、三度、うねるような剣戟が間髪入れずに放たれるも、それらを全て弾くアークァス。剣筋まで本当に瓜二つ。それが見せかけだけではなく本物であることは、彼の歪んだ口元を見れば明らかですね。


「私もお忘れなくぅ……」


 使い魔の背後からララフィアの植物による追撃。彼女の攻撃を一切視界に入れていないのに、使い魔は無駄のない連携を行っていますね。恐らくララフィアと使い魔はある程度感覚を共有しているのでしょう。

 拮抗状態からの援護攻撃、流石に捌ききれないと判断したのかアークァスは一度距離を取ります。


「……能力は互角以上まで再現可能なようだが、経験や知識までは再現できないか」


 ふむふむ。先程ヨドインがアークァスの勝ちを確信しているような素振りが見られましたが、これが理由ですか。

 アークァスは練磨の権化。身体能力の高さ以上に経験や技術で相手を圧倒するタイプの技巧派。同程度の能力の使い魔を生み出したとして、それはガウルグラートやジュステルにも及ばない。

 記憶まで複製されるようならば、ララフィアにはある程度の口封じを施す必要があったのですが、私の出番はなさそうで何よりです。

 ところで今の攻防でどう気づいたのやら。自身ならもっと完璧に連携できるという自負でもあったのでしょうか。


「ええ。この子はまだ幼いのでぇ……」

「成長の余地あり、子供の姿をしているのはそういうことか。目安は胸の蕾か」


 樹華族の姿を取り入れている使い魔の胸元には、まだ開いていない白い小さな花の蕾が飾りのように備え付けられています。

 その数は三つ。元々領主クラスの創り出した使い魔ということで、相応の異様さは感じていましたが、あの蕾からは特にそれを感じます。


「――そろそろ一つ目の開花、試練の時でございます」


 使い魔の蕾が一つ開花する。同時に理への干渉をも見抜ける万能の女神アイが、蕾とアークァスにつながる因果を検出。

 これは対象に何かしらの制限を与える能力でしょうか。特異性の名を考えると、単純な使い魔というわけではないでしょうから……ふむ。


「この感覚は……儀式のようなものか。……条件によって、独自の成長を遂げると」


 ララフィアの特異性の対象となっているアークァスにも、彼女の使い魔の『ルール』とやらが自動で認識されているようですね。ある程度の理解を与える公平性により、より強い効果を得るのが目的なのでしょう。

 制約魔法や儀式魔法などでよく用いられる手法ですが、特異性でその効果が発生するというのは中々に珍しいですね。

 使い魔は時間を経て相手に試練を与える。その試練の結果内容を反映した成長を成し遂げると……。


「第一の試練、『共に祝福を、これは愛しき貴方の子。この子に名前をお授けになって』」


 あ、これは不味いですね。相手に条件を突きつける類の能力には二種類の傾向があります。

 一つは相手に不利を強制的に背負わせていき、行動に制限を付与していくもの。こちらは純粋に戦闘を有利にするための目的があり、搦手で戦う術師などが好んで使うものですね。

 そしてもう一つは分岐を与えることによる効力の拡大。相手に対する制約は二の次。能力の『らしさ』をより強めるためのもの。

 ララフィアの試練は明らかに後者。彼女の特異性、『共に祝福を、これは愛しき貴方の子』をより明確に体現することが目的。


「……名付けない場合は保留のまま、とはならないか」

「その場合は私が付けることになりますぅ……」

「ではラーフスと。こういうものは二人の名をもじった方が愛着も湧くだろう」

「まぁ……」


 もやり。アークァス、あえて従順な選択肢を選んで『どうなるか』をちょっと楽しみにしていますね。でもこの場合、正解だったりするので悪いとは言えないのですが。

 名を授けられたことで、開花した花の色が徐々に青色へと変化する。色による分岐の可視化といったところでしょうか。頬を染めるララフィアの反応を見るに『良』判定だとは思いますが……さて。

 ラーフスの身体が僅かに脈動を始めています。これは……少しだけ外見の年齢が成長しているのでしょうか。先程までは十歳前後、今は十二から十四そこらでしょうか。


「さあ、どのように育――っ!?」


 珍しく驚きの反応を見せるアークァス。まあその理由にも納得せざるを得ませんね。

 ラーフスと名付けられた使い魔は突如姿を消し、アークァスの目前へと現れました。そして遅れて響く剣戟の音。

 音を超える神速の歩法、『時渡り』。それは私の目から見ても間違いなく本物であると断言できます。

 神速の斬撃を受け、吹き飛ばされるアークァス。いえ、わざと吹き飛びましたね。あの速度の一撃をまともに受ければ、魔力強化だけでは衝撃から身体を守れませんからね。


「まぁ……っ!」


 しかし驚きの表情を見せたのはララフィアも同じ。斬りかかったラーフスはそのまま地面へと転倒しています。

 見ればその右足は『時渡り』の反動で無惨な形にひしゃげており、普通ならば再起不能なレベルのダメージを受けています。

 アークァスの肉体能力と『時渡り』を同レベルで再現すればこうなりますよね。

 ここで思考すべきことは一つ。ラーフスが何故『時渡り』を使用できたのか。

 アークァスが『時渡り』を使用したのは二度、鬼魅族の里でナラクトとの戦った時だけ。その時の目撃者から情報が漏れることはないでしょう。

 つまりララフィアは知りもしないアークァスの技を使い魔に使用させたということになります。


「肉体の記憶から、最近使用した技を再現したか」


 知識を読み取っていない以上、考えられるのはそのへんでしょうね。アークァスを模倣し、その肉体の情報、その体でどのような技が使われたのかを解析。自動で再現したというのが妥当でしょう。

 ララフィアはラーフスへと慌てて近寄り、足の再生を行います。元々再生能力の高い魔族ですが、樹華族はその中でも上位クラスですからね。自他ともに再生を行うことには長けています。

 ラーフスの足は瞬く間に再生。何事もなかったかのようにすっと立ち上がってみせました。アークァスとしては嫌な光景でしょう。自身と全く同じならば、『時渡り』は使えて二度の大技。しかしララフィアがいる限り、ラーフスは『時渡り』を何度でも使用することが可能なのですから。


「こんな無茶な技を使っていたのですかぁ……?」

「諸事情でな」

「他者の上に立つのでしたらぁ、あまり痛々しい光景は見せるものではありませんよぉ?」


 ララフィア、もっと言ってやりなさい。遠くで私の代わりに大きく頷いているガウルグラートもいますよ。

 それはそうと、『時渡り』が領主達全員の目前に晒されたのは芳しくありませんね。知っている者は知っているでしょうし、色々と……おや。

 それぞれの領主が各々に反応を見せている中、四族とイミュリエール、そしてその傍に移動しているヨドインからは目新しい反応がありませんね。

 ……結界。いえ、幻影ですか。使用者はクアリスィ=ウォリュート……。この次元の隠蔽魔術……アークァスが言っていましたが、実力を隠していたのは本当だったようですね。

 内部の様子も気にはなりますが……大方イミュリエールが乱入したがってゴネているのを宥めているとか、そんな感じなのでしょう。まあ、今は些細なことです。


「花の色は二色、いや三色か。最終結果は組み合わせというより、最優と最悪、それ以外の評価と言った形か」

「ええ。ただ最初から青い花を咲かせたのはぁ……貴方様が初めてですぅ……。普段は赤色、良くて黄色ですのにぃ……」


 普通に考えれば、自身の複製を使い魔として創造され『これは二人の子です。名前をつけてあげてください』と言われてもドン引きしますからね。拒否したり、適当にしたりすることはあっても、前向きに名付けるようなことはしないでしょう。


「赤い花三つの結末には多少興味が湧いたな」

「その結末を知ることができるのはぁ……私だけですのでぇ……」


 相手と同格の使い魔を創造する。それだけの情報ならば漏れても構わないレベルということですね。彼女の特異性の本当の強みは試練の先の結末。

 一つ目を終えた状態でも、中々に厄介な状況です。これは早めに決着をつけるべきなのでしょうけれど……。


「生き延びた者はなしか。この先はどうなるのだろうな」

「実はぁ……青いお花が三つ並んだ結末はぁ……私も知らないのですぅ……」

「なるほど、楽しみは尽きぬか。良いだろう」


 剣を構え、ラーフスへと距離を詰めるアークァス。相手に『時渡り』がある以上、あらゆる距離が常に間合いの中となります。敵に速度と威力を与えないようにするには接近戦をするのが最善ですからね。

 肉体から技の記憶を読み取れるということは、『時渡り』に限らず、彼の奥義や技が相手にもあるということ。

 幸いなのはララフィアがラーフスに持たせたのがただの剣ということでしょうか。鳴らずの剣の特性を活かした『空抜き』は使えませんし、ミーティアルとの戦いで披露した技の数々も弓ではないので再現は不可能なはず。

 それでも剣で相手の魔力を掴んだり、打突で相手の体内まで衝撃を届けたりする技などは当然再現されるでしょう。魔族のコアを的確に破壊する技、人間の身体でも十分に脅威ですからね。


「素敵な子。丁寧に、丁寧に磨き上げてこられたのですねぇ……」

「――そう思えるのか?」


 両者の間を入り乱れる剣戟。時折斬り裂かれる植物の蔦や葉がその光景を飾り付ける様はまるで動く絵画を見ているかのよう。

 ララフィアはラーフスを通し、アークァスの剣技がどれほどの練磨の果てに磨き上げられたのかを知ったのでしょう。

 けれど、そんな彼女の言葉にアークァスの表情が僅かに曇りましたね。


「……?そう見えるのですが、違うのですかぁ?」

「客観的な意見を否定するつもりはないのだがな。ただ、少しばかり複雑な気持ちだ」

「それはどういう――っ!?」


 突如ラーフスの剣が止まる。止めたのはもちろんアークァス。けれどその方法があまりにも異常な方法。彼は片手、指のみで刃を受け止めていたのです。


「完璧な模倣というのも考えものだな。速度も角度も、嫌というほどに見知ったものではこういう芸当も許されることになる」

「けれど、それはお互い様ではぁ……」


 動きの止まったラーフスへと放たれる剣。彼の動きを完璧に学習しているのであれば、十分に回避可能な一撃。

 けれどその刃は届く。紙一重で避けたように見えた攻撃はラーフスの肩から腹にかけて深い傷を与えた。


「この程度で驚いてくれるなよ。ただ剣を浅く握ったに過ぎん」

「……っ!」


 ララフィアが攻撃によってアークァスを下がらせ、ラーフスの再生を行う。今のやり取りの成果はほぼ無しにされてはいますが、それでもララフィアの表情からは自身の使い魔の不利を感じ取ったことが伝わっています。

 同じ身体能力、同じ技を扱えるというのにこの差。アークァスの強さが何処にあるのかを如実に物語っていますね。


「傍観を楽しんでくれるな。この儀式は三人で行うものなのだろう?」

「その通りですねぇ……ではぁ……っ!」


 現状の使い魔ではアークァスに倒されると判断したララフィアの攻撃が激しさを増す。このまま油断させておけば、隙を突いて一撃で倒せた可能性もあったのですがね。


「そうだ!死力を尽くせ、ララフィア=ユラフィーラ!そうすればお前の願いを叶え、その奥にある懐疑心を晴らしてやろう」


 ララフィアの願いについては先程のやり取りの際に、彼女の心を読んだので理解はしていますが……懐疑心ですか。

 彼女は何かを知りたいと思っている。そのことにアークァスは気づき、伝えようとしている?

 アークァスの心を読めば分からなくもないのですが……ギアが入り、テンションが上がり始めている状態なのですよね。こうなると真横で闘技場観戦をしている彼以上に煩いんですよね。うーむ。


 ◇


 樹華族の中では植物を創り出し使い魔とする能力自体は然程珍しいというものではない。

 けれど私の特異性はどうも他者のものとは勝手が違っていた。相手の模倣に特化し、不確定要素過ぎる儀式を必要とする。

 不便と感じることは多々あるけれど、それでもこの特異性はあまりにも強過ぎた。

 単純な戦闘能力だけで言えば私よりも優れている者はそれなりにいたけれど、この特異性の前には誰もが膝を屈してきた。

 これまで私が見てきた結末は二つ。

 一つは『紫』の結末。この結末を迎えた者は皆敗北を受け入れた。

 一つは『赤』の結末。この結末を迎えた者は皆死に絶えた。

 未だに『青』の結末だけは見たことがないけれど、きっとこれまでと同じで私の想像を超える結果となるのだろう。

 強いことは紛れもない事実。だけどどうしてと思うことはあった。


『自身の特異性の意味……だと?』


 かつて懇意にしていただいた鋼虫族の領主、ジュステルさんに私の特異性の力を説明した時、私はそんな質問をした。


『はいぃ……。強いことは確かなのですがぁ……どうしてこんな風になったのかぁ……私にも分からないのですぅ……』


 特異性に目覚めた時、発動までに満たすべき条件、その後に行わなければならない儀式の内容等私は力の使い方を直感的に把握できた。

 そこに練度なんて概念は存在しない。私は特異性に目覚めた瞬間に樹華族最強の存在になっていた。

 突然不相応で強大な力を授かったようなもの。私自身でさえも『どうしてこんな力になったのか』理解が及んでいなかった。


『そんなことか。せいぜい悩め』

『えぇ……酷いですぅ……』

『勘違いをするな。悩めるのならば悩めと言っているのだ』

『……どういうことですかぁ?』

『――我等が不変なる志』


 ジュステルさんは自身の特異性を開放し、顕現した旗を大地へと突き立てた。輝く旗の光が私の身体を包み、内側からふつふつと力が湧いてきた時の安心感は今でもハッキリと覚えている。


『ジュステルさん……?』

『この特異性は仲間を護るための力。志を不変とし、共に歩む為の力。ゆえにこのように名付けた。特異性の名はその力を語るものだ』


 私の特異性、『共に祝福を、これは愛しき貴方の子』の名は力に目覚めた時に自然と口にしていた。

 相手を殺すための力だというのに、まるで子供のままごとの延長で名付けられたような特異性。

 その名に意味があるというのか。殺し合う相手と共に祝福をすることなどあり得ない。殺める相手を愛することなどあるはずもないのに。


『特異性の固有名は他者から与えられるか、自身で名乗るもの。私は自身で名乗りこそしたが、仲間に名付けてもらったとしても同じ名となっただろう。何故かわかるか?』

『……どうしてなのですかぁ?』

『特異性とは因子(ココ)の本質だ。魔族が魔族足りうるのは因子を持つからに他ならぬ。同じ因子を持つものならば、その名を間違うことはない』


 私の特異性は私の因子、私の本質なのだと。ジュステルさんは自らの胸に手を当てつつ、私の胸元を指さしながら言った。


『それだと私は……自分自身をわかっていないということになるのですがぁ……』

『ああ。領主としては未熟だと言わざるを得ないな』

『えぇ……』

『だがお前は変わる途中だ。悩めるのならば悩め。答えを知りながらも、その理由を求め続けることにも意味はある。その懐疑心はお前という花にとっての水であり、土なのだろう』

『……なるほどぉ?』

『微塵も理解していない顔だな……』

『いえいえぇ……なんとなくはぁ……といったところですぅ……』

『むう……ではそういうことにしておこう。精進することだな』


 特異性の名は因子が語る。ジュステルさんは私達樹華族を友好種族として迎える旨を不確かな言葉ではなく、自身の本質で示してくれた。

 あの時、私には志を抱く者と共に歩くため、その道標となる旗を打ち立てたいという彼の願いが伝わってきた。

 ジュステルさんの特異性に触れ、求めているものが少しだけ理解できた。

 彼は魔王や領主に対し、あるべき格を求めていた。私に対する助言も、精神的に未熟な私に対する激励の一つだったのだろう。でもその言葉や行動には確かな友愛の感情が育まれていた。

 私にとってジュステルさんは心の内を話せる数少ない友人。私は恩を受けた。ならばその恩を返したいと思った。

 けれどジュステルさんは私の知らぬ間に逝ってしまった。恩を返すこともできなければ、看取ることすらできなかった。

 対等な友人を初めて失い、与えられたものを返せない虚無感を抱いた。

 そんな途方に暮れていたところを、カークァスさんの言葉が目を覚まさせてくれた。


『俺が鋼虫族領主と認めるのは剣を交わしたジュステル=ロバセクトただ一人。俺の心を踊らせてくれた奴の死を悼むことはあれども、その代替品を受け入れるつもりなど毛頭もない』


 ついこの前、二人は本気で殺し合っていたというのに、この方はジュステルさんを認めてくれていた。彼の死を嘆いてくれていた。

 ジュステルさんのことだから、こんな言葉を聞いてもカークァスさんを認めるようなことはないだろう。

 だけど私がこの方に挑むことならば、きっと喜んでくれるに違いない。友として怨敵に挑む戦いならば、きっと彼への手向けとなる。


『花は任せる。俺からはコレを送ろう』


 そんな私の想いを受け入れ、カークァスさんは快く一騎打ちを受けてくれた。ジュステルさんを追悼する戦いに、自身の全てを賭してれた。

 ジュステルさん、これは私とカークァスさんから贈る貴方への手向けの華と舞です。私にはカークァスさんを憎むことはできませんけど、それでも全力で、私の特異性を以て、戦ってみせます。


「さぁ、ラーフス……合わせて……っ!」


 本当は言葉なんて要らない。私の特異性で産み出された子は私の意思を全て汲み取ってくれる。

 だけど今は声に出したい。惜しむものを何一つ持ちたくない。私にできる最高の戦いを捧げたい。

 第一の試練を終えても、カークァスさんは経験と知識だけでラーフスを超える強さを発揮してくる。

 なら足りない部分は私が補えば良い。決定打を狙う術をほとんど持たない私だけれど、相手の勢いを削いだり、崩したりする手段ならばいくらでも磨いてきた。

 ラーフスの身体の上に蔦を奔らせ、その先に蕾を生成。生み出した花から魔力を込めて硬質化させた種を放つ。

 単純な私の攻撃ではカークァスさんに届くことはない。けれどラーフスの速度と技量が加われば……っ!


「手緩いぞ!」


 剣の防御を抜け、届くと思った種は逆の手に握られた鞘によって弾き落された。

 ラーフスで模倣されていない箇所を的確に有効利用している。この子と自身との違いをしっかりと見極めてくれている。


「まだ……まだですぅ……っ!」


 種を開花させ、成長する蔦でカークァスさんを拘束しようとする。けれど私の植物を操作する癖は既に見抜かれている。

 彼は視線を向けることなく蔦を切り裂き、さらには蔦を経由して魔力の起点を破壊してくる。

 その行動の隙間を狙うようにラーフスが斬りかかるも、自分自身の剣技を知り尽くしているが故にできる無謀とも言える先読みが待っている。

 完璧に初動を読んでから掌底で姿勢を崩され、追撃の一撃でラーフスの腕が斬り落とされる。

 もしも読みがズレればラーフスの剣が深々と突き刺さるということになるのに、一瞬の迷いもない。

 蔦を伸ばしてラーフスの腕を回収し、繋げて再生をする。カークァスさんはそんな隙を突こうとはせず、こちらの動きを待っている。


「足りないな!死力を尽くせと言ったはずだ!」

「これでも必死ですぅ……」


 自分で組み立てられる攻撃手段を全力で実行しても、カークァスさんに攻撃がまともに届かない。

 ラーフスと私の二人の攻めでは特異性で強化されたジュステルさんよりも質が低い。あの猛攻すら捌けたのだから、私達の攻撃程度余裕があって当然。

 第二の試練までもう少し掛かる、けれどこのままではラーフスが倒される方が先になりかねない。

 カークァスさんほどの観察眼なら、ラーフスの身体にコアに近しいものがあることは見抜いているはず。

 再生はなるべく私が外部から干渉しているから、その位置を正確に特定されてはいないだろうけれどそれも時間の問題――


「手本は見せたぞ!ラーフスの限界をもっと信じてやれ!」


 ……ああ、この方は本当にこの手向けの戦いを楽しんでいらっしゃる。勝負に勝つことに少しも固執していない。本気で私の想いに応えてくれている。

 私も応えなければ。だけどどうやって?手本は見せた?私は何を見て……。


「――ラーフス、好きなだけ無茶をしなさい」


 私の言葉に応え、ラーフスが仕掛ける。その攻撃はシンプルな薙ぎ払い。けれどカークァスさんはその一撃を剣と鞘の両方を使い全力で防いだ。

 それでもラーフスの一撃は剣を跳ね飛ばし、鞘を破壊してカークァスさんの身体を吹き飛ばした。

 その代償は剣を握った腕の破裂。先程ラーフスが使用した超高速の歩法技術、それをただ一度の剣戟に応用させた。

 カークァスさんはラーフスとの違いを活かし、攻防を繰り広げて見せてくれた。それが手本。

 二人の明確な違い、それは私。ラーフスの傷を再生できる私の存在だ。


「ハハッ!実に羨ましいな!そんな無茶をして戦えたらと、何度夢見たことか!」


 ラーフスが傷つく姿を見ると胸が苦しくなる。けれど、同時にこの子にはカークァスの持つ限界を超えることができる力がある。

 可愛い子が傷つく苦しみ、まだ先があると証明してくれる高揚感。この板挟み、普段の私なら前者の方が勝っているはず。

 なのに今は高揚感の方が強い。きっとカークァスさんに引っ張られているに違いない。

 この方の子なら、きっと大丈夫。まだまだこの子は素敵に成長できると。


「――っ!」


 昂ぶる想いに押し出され、きたるべき時が早まったのを感じる。ああ、こんなにも早くくるなんて。なんて、なんて――


「ほう、ようやく次の試練か!」

「ここまで早いのは初めてなのですがぁ……」

「さぁ、次の試練はなんだ!?」


 カークァスさんにも試練の時がきたことは伝わっている。これまでこの力の対象となった者達は皆、恐怖や警戒を強めるばかりだったというのに、なんて嬉しそうにしているのだろう。

 ラーフスの胸に咲く二つ目の蕾が開き、白い花弁が広がっていく。この方ならひょっとして、本当に私に『青』の結末を見せてくれるのかもしれない。


「――第二の試練、『共に祝福を、これは愛しき貴方の子。この子との一時を楽しんで』!」

「とっくにだ!」


 彼の歓喜の声と共に、二つ目の花も青く染まっていった。


いやー、二人が幸せそうでなにより。


『時渡り』パンチが存在しているということは、『時渡り』斬りも可能ということ。なお常人だと腕は消し飛ぶ。

更にここから強化&成長。そろそろヨドインも(見てる余裕があれば)勝利の確信が揺らぐころ。


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― 新着の感想 ―
この主人公、ナルトのイタチの声で再生されているなぁ
[気になる点] この特異性確かに強いけど結婚した後とかはパートナーの心中色々複雑になりそう
[良い点] >いやー、二人が幸せそうでなにより。 観衆は全く幸せとは程遠い心境なんですよ!!!! 敢えて直接的な描写を行わないことで読者の想像をかき立てる表現技法が実に見事だと思いました。まる。 信…
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