罪な女。その一
「ウワハハッ!これならばどうだ!」
ルーダフィンの楽しそうな声が空に響き渡る。もう少し静かに戦えないのかしらあの風馬鹿は。
そんなルーダフィンが嬉しそうに戦っている相手は自身の半身を吹き飛ばしたイミュリエールだ。普通の戦士ならトラウマとか抱えて再戦とか出来ないと思うのだけれども。
イミュリエールと一度目の邂逅の後、私達は彼女を他領主に紹介するために臨時の領主間会議を開こうとした。
けれど黒呪族、鬼魅族、不死族、忌眼族、悪魔族、天竜族が出席を拒否。私達を除けば八種族のうち六種族が欠席となっては意味もなし。まあ私もレッサ以外の呼び出しとか基本無視したい派だし、とやかく言うつもりはない。
そんなわけで暫くは鋼虫族の内政の手伝いをしつつ、次に全員が集まるであろう女神ワテクアの招集を待つことになった。
そして今日が前回の女神招集から二ヶ月後、二回目の魔王候補争奪戦の日。
私達はイミュリエールを推薦するという意思を表明するため、同じ転移紋を使って集合しようということになった。
提案者がルーダフィンやゴアガイムなら唾でも吐いて拒否したかったのだけれど、レッサが提案した以上は無下にもできないのよね。
そんなわけで私達は鋼虫族の領土に集まり、女神ワテクアの呼び出しを待っている。
レッサとゴアガイムは鋼虫族のサロナイトと今後の内政についての相談中、暇を持て余したルーダフィンとイミュリエールは手合わせ。
私はというとうっかりイミュリエールがルーダフィンを殺したら洒落にならないということで、見たくもない手合わせを見守らされている。
あれから何度か目の手合わせ。回数を重ねるごとにルーダフィンは善戦するようになっている。レッサから白い軌跡を自力で見る方法を学んだからというのもあるし、何より領主クラスの戦闘センスを持っているのだから、強者との戦いで磨かれているのが大きいのでしょうね。尤もイミュリエールの方がそれら全てにおいて秀でているわけなのだけれど。
「んー、必殺『時渡り』パンチ!」
「ぐほぁっ!?」
言葉通り神速の突進から繰り出される拳がルーダフィンの鳩尾を比喩なく貫いた。腹を撃ち抜かれたルーダフィンは地面へと落下し、軽くピクピクと震えている。
一瞬で間合いを詰めてくるのだから、回避は諦めて一撃を耐えるか防ぐ手段を用意しないとダメよね。これでそろそろ累計十敗かしら。
「はい、イミュリエールの勝ちー。にしても雑な勝ち方ね」
「ルーダフィンって距離を取って大技を繰り出す時、隙が大きいのよね。だからつい」
「そりゃあ大技の隙を消す為に距離を作るんだもの。まあイミュリエール相手にあの程度は距離でもなんでもないのだけれどね。『つい』で倒された感想はどうかしら、ルーダフィン」
「ウ、ウワハハ……。やはりもう少し小技を磨くべきか……。ワシ!じゃなくてヨシ!もう一度――」
「その辺にしておケ。そろそろ時間ダ」
傷を再生させ、元気に再戦をしようと起き上がったルーダフィンの頭をゴアガイムが掴む。隣には愛しのレッサもいる。ゴアガイムが岩族というのもあって、ちょうどいい背景で絵になっている。これは今晩用にちゃんと目に焼き付けなきゃ。
「目立つ怪我はしてないだろうな、ルーダフィン。クアリスィが見ていてくれたのならば問題はないだろうが」
「腹を貫かれた程度ね。鎧は変えときなさいよ」
「ウワハハッ!予備はもちろん用意してあるとも!」
「そ、そうか……。まあ許容範囲ではあるか」
準備を整え、転移紋のある部屋へと移動する。元ジュステルの私室だけれど、あのでかい図体の割に整頓の行き届いている部屋だ。
四族の私達はいつも通りだけれど、イミュリエールには鋼虫族の領主として新たな服を新調した。特段目立つのはカークァスの仮面と同じように顔を隠すフェイスヴェールだろうか。
「一応おさらいしておくわね。貴方が今装着しているフェイスヴェールには私が色々と魔術を施してあるわ。ザックリ言うと、それを付けている間は貴方を人間だと認識できる魔族はいないわ。絶対に外しちゃダメよ?」
「背格好だけを見れば、悪魔族や鬼魅族に見えるな」
「うーん。綺麗なんだけれど……綺麗すぎて妙に落ち着かない……」
「ただでさえ鋼虫族でないのが一目でわかるのに、田舎者丸出しの芋臭い格好までされちゃ、推薦する私達まで舐められるのよ」
「芋臭い……お気に入りだったのに……。でも魔界の衣装も素敵ね」
「ちなみに衣装はゴアガイムが作ったわ」
「そうなの!?」
適当に発注しようと思ったのだけれど、ゴアガイムが自分で作ると言って用意したのよね。実際にプロ顔負けの出来栄えだし。今度私の服も作ってもらえないか頼んでみようかしら。
「ウワハハッ!地族は認めた相手に手製の贈り物を行う習慣があるからな!皆並の職人よりも器用だぞ!」
「へぇー。風族にもそういう習慣はあるの?」
「風族はあまり物を贈らんが、代わりに自身のお気に入りの場所に連れて行き、分かち合うというものがあるな!」
「わぁ、ちょっとロマンチックね!」
「ウワハハッ!一番のお気に入りは将来の嫁と生涯最高の親友にだけと決めておるが、二番以降ならば今度見せてやろう!」
「楽しみにしているわ!ね、ね、水族と炎族は?」
「水族は……気に入った相手とする行為なら、一緒に水浴びや湯浴みとかかしらね」
「炎族は共に日光浴や焚き火をして語り合うことが友好の証となるな」
「……なんか地味ね」
「傾向があるだけマシなのよ……っと、きたわね」
転移紋が輝く。女神ワテクアの招集にレッサ達の周りの空気が一気に張り詰めたものになる。普段の態度はさておき、領主としての自覚だけは立派なのよね。
「しかしダ。女神ワテクアにはイミュリエールの正体を隠し通せるのカ」
「そこはカークァスがイミュリエールの弟であるという彼女の確信を信じる他にないわ」
カークァスは女神ワテクアが連れてきた男。その正体がイミュリエールの弟というのであれば、カークァスは人間だということになる。
人間を魔王候補として連れてくることの意味は不明だけれど、その姉を並べる分にはカークァスや女神ワテクアも強い指摘はできないだろう。
私達四族はイミュリエールの実力を知り、人間であれども領主として相応しいと認めた。だからこそカークァスが人間であってもそれを受け入れるつもりはある。
けど他の領主達はそうはいかないだろう。当然より強く反対する領主もいるし、カークァス派の中から離脱者が出る可能性もある。
女神ワテクアも無意味に信用を失うような真似はしてこない……と思いたい。
「そこは大丈夫!私が弟の血の匂いを嗅ぎ間違うことなんてないもの!」
「……牙獣族として紹介した方が良くないか?」
「ブレないの。ちゃんと悪魔族、サキュバスとして対応するわよ。ほら、行くわよ」
ボロが出にくいようにカークァスと同じく人間界で生きてきた『外れ者』という設定。これは他の領主に素性を探られないためでもあるし、カークァスへのアピールでもある。
イミュリエールの傍に集まり、イミュリエールに転移の指輪を起動してもらう。指輪と魔法陣が共鳴を起こし、転移が行われる。
他の領主達とはほぼ同じタイミングでの到着。私達が五人同時に転移してきたことに全員が気づいている様子だけれど、それ以上にジュステルではなくイミュリエールという謎の存在に意識が向けられている。
それでも直接問いただしてくるような者はいない。今私達は女神ワテクアに呼び出された存在。イミュリエールが問題行動を起こさない限りは、大人しく女神ワテクアの登場を待つ他にない。
そのイミュリエールはというと、私の指示通り鋼虫族の領主の待機する位置で静かに跪いている。それを確認し、私達も本来の場所に移動し女神ワテクアの登場を待つ。
暫くして女神ワテクアが玉座の間の奥から姿を現した。そのすぐ後ろにはカークァスの姿もある。
「面を上げよ」
女神ワテクアの声に全員が顔を上げる。ここでようやく女神ワテクアとカークァスの顔を直視できたわけだけれど……特にイミュリエールに対し反応を見せている様子はない。
領主の一人が見知らぬ存在に代わっていたら、リアクションの一つでも見せるとは思っていたのだけれど。
「さて、再び二ヶ月が経過した。報告を済ますとしよう」
カークァスが口を開く。視線は既にカークァスに注がれていたが、声を聞きイミュリエールの身体が僅かに反応したのがわかる。
というか眼だけでも明らかに嬉しそうなのが伝わってくる。どうやらカークァスが彼女の弟というのは間違いなさそうだ。
「以前より成果は少ないがな。新たに鬼魅族の領主、及び領民が納得の行く形で傘下に加わった」
「異議はないよ」
「――」
怖っ。一瞬、イミュリエールの姿がなんか別の存在に見えた。これはカークァスへの反応ではなく、異議はないと返答したナラクトに対するもの。いや、ナラクトだけじゃなくもしかすれば女神ワテクアに対しても……。
流石に現状を理解して自制できているっぽい……うーん、独占欲の強い子だとは思っていたけれど、これは対策も考えておかなきゃ不味いかも。
「明確に報告できる内容としては以上だ。問題が少ないことは魔界としてはありがたい話なのだろうが、俺としてはやりがいがなくて困るな。では次に移ろう」
皮肉気味に笑うカークァス。報告が終わりということは、これから反対派の領主との魔王候補の座を賭けた一騎打ちが行われることになる。
私達が事前に考えたプランはこう。領主が名乗り上げる前にイミュリエールの紹介行い、私達四族の推薦及び支持があることを宣言。
次にイミュリエールがカークァスを支持する旨を宣言。これで私達五つの領主がカークァス派に加わる。
これで牙獣、黒呪、鬼魅、鋼虫、そして四族、十三のうち八の領主がカークァス派となり、過半数を超えることになる。
勢力的な面を意識する領主ならば、ここで大人しくしてくれるだろう。それで収まれば万事ヨシ。名乗りを上げる者がいるようならば、カークァスの代わりにイミュリエールが戦うと宣言し、その実力を示してしまえば良い。
魔界の勢力の過半数以上を占め、イミュリエールという怪物が加わったカークァス派を否定することは容易にはできなくなる。
あとは次の二ヶ月までに残りの領主を説得していければ……最悪でも一つ二つの領主との戦争程度で魔王の座を巡る戦いは終わる。
「その前に一つ」
レッサが声を出す。女神とカークァス、そして領主達の意識が彼へと向けられる。
四族の中で最も高い評価を得ているのはレッサ。彼が説明し、イミュリエールを支持する旨を宣言すれば、多少なりとも影響力は増す……はず。
私達四族の中で魔王を目指していたのはレッサくらいだし、そのレッサも魔王を目指していたのは自身の目的のための手段の一つに過ぎない。効率よく魔界を統治できるのならば悪い手段ではないと理解を得てもらっている。
「……炎族領主レッサエンカ=ノーヴォルか」
「反応から見るに、お前はある程度の事情を知っているようだが、他の領主にも説明をしておくべきだろうと思ってな」
「必要ない。お前の言葉に価値はない」
あの男、私のレッサになんて言った?マテ、マテよ、私。私が冷静さを失ったら本末転倒よ。そう、若干カチンときているレッサの横顔を堪能することで冷静になるのよ。あー私には絶対しないようなレアな表情!これはこれでアリ!
「……この状況を説明する必要はないと言うのか?」
「そこの者がジュステル=ロバセクトを殺めた。それだけのことだろう?」
反応を見せる領主達。やはりカークァスはジュステルの死を知っていた。もちろん鋼虫族の情報が外に漏れないように色々と徹底させてもらっていたけれど、女神ワテクアから完全に隠すのは難しいと判断していたから、この可能性は考慮していた。
けれどナラクトやガウルグラートだけじゃなく、ヨドインまで僅かな動揺が見えたのはどういうこと?カークァス派の領主達には情報が共有されていなかった?
「……そうだ。だからこそ、領主達は詳細を知る必要が――」
「先に宣言しておく。俺が鋼虫族領主と認めるのは剣を交わしたジュステル=ロバセクトただ一人。俺の心を踊らせてくれた奴の死を悼むことはあれども、その代替品を受け入れるつもりなど毛頭もない」
「な……っ」
あ、あの馬鹿!なに全部台無しにしてくれてるの!?そんな宣言されたら、傘下に加わりたいなんて言えなくなるじゃない!?領主の過半数の支持を得られれば、ほぼ間違いなく魔王の座を手に入れられるのよ!?
レッサが視線をこちらに向ける。気持ちはわかるけれど、今はなんとか話を続けて私達の意思を宣言していくしか――
「仲間内の内情で盛り上がりたいのであれば、俺のいない時にでもしろ。これより口を開くは、俺の敵として名乗りを上げる者だけだ。さぁ、誰かあるか!」
間違いない。この男、私達の意図に気づいていて、承知の上で叩き切っている。つまり話を聞かないのではなく、聞く気がない。
不利益を防ぐのならまだわかるけれど、自身の利益が出ないように釘を刺す意味なんてあるの!?
とりあえず考えなきゃ。そもそもこの男はどこまで事情を知っているのかしら。目の前にいるのがイミュリエールだと気づいていない?フェイスヴェールの効果で人間だと判断できないのはそうなんだけれど、イミュリエールが気づいたようにカークァスの方も気づいたりできないわけ?
それなら邪険に扱う理由もわかるけれど……なら正体を明かす?いやいや、それは絶対にダメ。
カークァスとイミュリエールの関係を明かせば、他の領主がどう動くか分かったものじゃないし、それを支持しようとした四族も面倒な立場になる。
話を聞かせるにはどうすれば……いっそ一騎打ちに名乗りを上げる?いや、イミュリエールに相談もなくカークァスへの敵対行為を取るのは不味い。レッサと戦った時のような状態になられたら、止めるのも難しい。
ならいっそイミュリエールに一騎打ちに名乗りを上げてもらう?剣を交えればカークァスも姉のことに気づくかもしれないし……そうだ、彼女は――
「……っ」
あ、ダメ。明らかに動揺して固まっている。状況が理解出来てないというより、弟に拒絶されたことにショックを受けてるっぽい。そりゃあ愛する弟との良い感じの再会を期待していてこれじゃ、当然と言えば当然なんだけれども。この状況で弟と戦ってこいとか、追い打ちにしかならないわよね。
「それではぁ……私がぁ……」
そして更なるダメ押しの一声が響く。私が迷っている間に名乗り上げてしまったのはイミュリエールでもなければ四族でもなく、明確な反カークァス派でもない。
魔界の領主の中でも最も穏健派と思わしき樹華族の領主、ララフィア=ユラフィーラだった。
レッサのことになると脳内ピンクのクアリスィさんも、普段は真面目に物事を考えているのです。
抱えている爆弾が危険過ぎるからね、仕方ないね。
女が会話に混ざっただけで嫉妬心が滲み出る姉、それをよそに計画を盛大にダメにしてくる弟。
さらにそこに弟と一騎打ちしたいととっても美人なのほほんお姉さんが登場!
戦いの中に愛情を見出す弟の姿に、姉の我慢はどこまで持つのか!
次回、『クアリィ、胃に穴が!』、お楽しみに。
内容は本当ですがタイトルは嘘です。




