適正。
弓とは未来の刹那を見るもの。矢が放たれ命中する一瞬の光景、その未来へと矢を導くのが弓を引くという行為。弓を身体の一部とし、矢を理解する。風を読み、距離を得て、軌跡を描く。
「――」
敵の間合いへと踏み込み、急所を狙う。そんな刹那の感覚に近しいが、それでも弓を扱うのは独特な気持ちになる。
この感覚そのものは嫌いではないのだが、余分な感情が削ぎ落とされるのはいただけない。相手と肉薄し、闘争の先に得られる高揚感。それを失ってはそもそもこの武器を握ることに意味はあるのか。
「あるのでは?ご飯にお肉は必要ですし」
「うん、まあ、そうなんだけどな?」
射抜いた鹿の解体をしていると、いつのまにか横でウイラスがそれを観察していた。一応この世界を創った女神なんだから、自分の星の生命がバラバラにされていく光景を見て涎を垂らすんじゃない。
「失敬、貴方が解体中にこの鹿をどう料理するのか、その思考が読めてしまいましたので」
「美味しいからなぁ、捕れたての鹿肉……」
「それにしても、随分な格好ですね。ギリースーツかと思いましたよ」
「ギリースーツ?」
「迷彩服の一種をそう呼ぶのです。まあ、別世界の知識なので忘れて結構ですよ」
変装の衣装を考えるにあたり、弓を射る姿を見られるのはなるべく避けたい。そうなると景色に溶け込む格好が良いかなということで、葉や苔で全身を覆う感じにしておいたのだが……どこの世界も考えることは同じなんだな。
ニアルア山に籠もって約一週間。野営にも慣れ、順調に生活基盤が整いつつある。とりあえずは仕留めた鹿を拠点へと持ち帰る。
「手頃な洞窟内部を削り、居住スペースを作っているとは。しかもお風呂にトイレ付きって」
「山の中に水脈が伸びていたからな。一々川の近くまで降る手間が省けた」
「これ、パフィードの家よりも――」
「ここに闘技場はない。それが答えだ」
そりゃあ十分なスペースに自由に物を置けるんだから、快適さだけならそのへんの賃貸にも負けないだろうよ。ただここは未開の山の中。闘技場もなければ市場もない。火の扱いも面倒だし、身体を洗うお湯を用意するのだってひと手間掛かる。
「そもそも無許可の居住ですしね」
「一応ケッコナウの旦那に手紙は送ってるから、事後承諾くらいの感覚ではいるけどな」
「ケッコナウってヴォルテリアの大臣でしたっけ」
「そうそう『ニアルア山で魔族を狩る。危ないので気をつけて』的な内容を送っといた」
「そんな内容で良いのですか」
「まあ、あの旦那なら大丈夫だろ」
あの師匠の同類みたいな男だからな。想定外のことはされても、邪魔をしてくるようなことはしないはずだ。
「……?」
「どうかしたのか?」
「いえ、今貴方はそのケッコナウと師匠であるセイフ=ロウヤのことを想像しましたよね?」
「ああ、したぞ。ナルシストっぽい方がケッコナウの旦那だ」
「……意図的、ではないのでしょうね。以前にもセイフ=ロウヤの名前を出した際、貴方の脳内からセイフ=ロウヤの顔が上手く読み取れなかったんですよ」
「――あー、そりゃ多分師匠の仕業だ」
師匠はあらゆるものを隠匿する術に長けている。当人との関係が深い俺から情報が漏れることを避けるために、何かしらの魔術を埋め込んでいるに違いない。女神の読心魔法を妨害するあたりは流石というべきか。
「弟子に魔術を埋め込むて」
「別に、副作用とかなけりゃ文句は言わないさ。あったら蹴るけど」
「軽くどのような師弟関係なのかが見えましたね。そうだ、今日はこれを持ってきたんでした」
そういってウイラスがどこからもなく取り出したのは俺の腕の長さよりも短い小型の弓。装飾がややゴテゴテしいが、肌で感じる感覚から普通の弓ではないことが伺える。
「魔弓か。でも小さくないか?」
「まあまあ、とりあえず使ってみてください」
言われたままに弓を手に取る。魔力を流し、強化をしてみるが……これは凄いな。鳴らずの剣にも負けないほどに魔力の浸透が良い。けどもう少し大きい弓の方が――っ!
それは一瞬の出来事。握っていた弓の長さが、今脳裏でイメージした希望通りの大きさに変化していた。
「これは……」
「はい。それは持ち主の意思に呼応して大きさの変わる弓です。弦の強度もある程度自由に変えられるはずですよ」
試しにといろいろな大きさに変化させてみる。小弓サイズから大弓と呼ばれるサイズ、弦の張りもイメージ通り。魔力強化を乗せれば、弓も弦も更に硬くなっていく。
そしてこれが魔弓ならば……。弓を構え、矢があるものとしてイメージをする。身体と一体化した弓の中央に一本の矢ほどの空白ができている感覚がある。そこに魔力を流し込むと、構えた弓の位置にイメージした通りの矢が現れた。
入り口付近の壁へと矢を放つと、イメージ通りに壁へと突き刺さる。続いてもう一射、二射、三、四、五、六……連射性も悪くない。
最初に射った矢が消える。持続時間も込めた魔力に比例する感じのようだ。
「……凄いな」
「いやいや、貴方の腕の方が大概かと。マリュアがここにいたら固まっていますよ」
「そうか?」
「継ぎ矢を六連続で成功させるのは普通に化物クラスですよ」
魔力で作った弓だから、問題ないとやったが、普通の弓で同じことをすると矢が壊れるんだよな。
「この距離で風もないんだ。腕がブレなきゃ問題ないだろ」
「普通はブレるのですよ。射った反動とかで」
「そこは魔力強化で固定するだけだし」
「魔力強化ってそこまで万能じゃないはずなのですが。その弓の名は『呼応の弓』だそうです。持ち主の意思に呼応して変化するので、そのままなのですが」
呼応の弓か。悪くないどころかかなり良い。武器に好き嫌いをする主義はないが、ここまでしっくりとくる武器はなかなかお目にかかれないだろう。
「すごく貴重な弓なんじゃないのか?」
「貴重と言えば貴重ですね。魔王が創った弓ですし」
「魔王が創ったの!?」
「はい。魔王控室の衣装箪笥を創った方と同じ魔王です。『なんかこう、歴史に残る武器創りてーなー』って感じで色々産み出してくれちゃいまして」
「そうなのね……」
衣装箪笥の中にあった衣装や鎧も百を超えてたしな……。こういった武器とか創っていても不思議じゃないな……。
「魔界に普及している名だたる武器の半分くらいはその魔王が創ったものですね」
「その魔王暇を持て余し過ぎてない?」
「暇というよりは力ですね。魔王としての力を得ると、やれることがドドンと増えますからね。ただ勇者を待ち続けるのは退屈だったそうですよ」
「あー……まあ色々な魔王がいるんだな」
「そうですね。先代の魔王とかも、勇者に求愛とかしていましたし」
「求愛してたんだ……先代の魔王」
まあ気持ちも理解できなくはない。魔王としての力を与えられ、他の魔族とは比べ物にならないほどの絶対性を持った魔王。それに並べられるのは、同じ女神から力を授かった勇者くらいのものだ。
時と場合さえ選んで、歴史に載らなければ、求愛したとしても問題はないとも。
「その魔王の創り出した武器は事ある毎に魔界の領主や、その周囲の功績を残した者に与えられたりしていたのですが……領主クラスやその側近で弓使いは相当なレアケースでして。魔王城の宝物庫を漁ったらそれが奥の方に埃を被っていました」
「余ってたんだな」
「強い魔族達って遠距離は魔法や特異性でカバーしていますからね」
「弓も弱くはないと思うんだがな……」
魔王の創った武器というのは問題かもしれないが、誰も知らない武器なら大丈夫か。うん、それくらい全然目を瞑れるくらいにはいい弓だし。
「そうそう、魔界で動きがありました。人間界と魔界の境界線の上空を強大な魔力を持つ存在が横切っていますね。移動速度的に、明日明後日くらいにはここに到着するかと」
「お、きたのか。天竜族あたりか?」
「ええ。シューテリア=アルトニオ、天竜族の領主ミーティアル=アルトニオの兄ですね」
「姉の次は兄か」
「相手は最初から貴方を始末するつもりで向かってきています。ロミラーヤの時とは……あまり変わらないですね……」
ロミラーヤの実力は十分領主クラスに匹敵するレベルだった。そのシューテリアという奴も天竜族の中で上位の存在であることには違いないだろう。
「他に兵は?」
「近衛兵が四名ほど。少数精鋭での偵察ですね。あと……その一行の背後を尾行している存在がいます。意図的に魔力を隠しているのか、特定はできませんが」
「――そうか」
おそらくはヨドインを警戒している天竜族が、誘導されたシューテリアの監視をしているとかか。領主のミーティアルあたりが用意した暗部とかだろう。
本来なら先遣隊となるシューテリア達を襲い、その脅威を帰還して伝えてもらいたかったわけなのだが……そうなると先遣隊を生かしておく必要もないか。
「物騒な考えをしていますね。一応相手は天竜族、純粋な戦闘力だけなら魔族の中でも上位層です。弓だけで戦うことの不利は分かっているのですか?」
「勿論。そのために『惨殺の断崖』で弓の鍛錬をしてきたんだからな」
本来なら上手く山の付近に誘い込んで罠にでも掛けてやろうと思ったのだが、この呼応の弓があるのであれば、小細工なしでも戦えそうではある。いや、むしろこの弓だけで戦ってみたい。
「やる気に満ちあふれていますね。持ってきたかいがありました」
「ああ、旧神の使者の質って奴を見せつけてやるさ。ただその前に……弓の礼として、鹿料理のフルコースといくか」
「わーい」
「でもこんな弓の対価が鹿料理って、良いのだろうか」
「良いのですよ、魔王城の宝物庫は魔王の資産。私がしたことは倉庫から使わない道具を取ってきた駄賃程度のようなものです」
「魔王として認められていないのに、魔王の資産を勝手に使うのはどうなんだろうな」
ま、今回は女神が勝手にやったことだからヨシ。
◇
菓子好きたるもの、パフィードに訪れたのならばカフェ『とろける頬』のパフェを忘れるなかれ。
そんな言い伝えがあるほどに有名な店、どれほどのものかと思い昼食後に訪れたのだが……。
「ふぅ……これほどとはな……。流石だった」
休日を満喫しているなぁ、私。
アークァスがヴォルテリアに転移紋を用意したことで、実家の方に金銭を取りに行くことが出来る算段がついた。
資金面に余裕も出てきたということで、こうして昼過ぎにカフェでスイーツを堪能することもできるようになったわけだが……。やはり私も同行すべきだったか?
とはいえニアルア山の地理に詳しいわけでもないし、魔界からやってくる精鋭と戦うことになる可能性を考えると留守番が鉄板ではある。もっともケッコナウ様に会いたくないというのが一番の本音ではあるが。
さて、この後はどうしたものか。そうだ、この前アークァスの同郷であるネルリィが私の住まいに現れ、何故か飲みに誘われたついでに整体院のフリーチケットをくれたんだったな。日々の疲れをほぐしてもらうのも――
「やぁ、鎧のお嬢さん。ちょっと良いかな?」
「……私のことか?」
声を掛けてきたのは隣の席に座っていた男。お嬢さんなんて呼ばれ方をされるのはあまりないが、『鎧の』とつけられては心当たりが生じてしまう。
歳はアークァスや私よりも多少年上かどうかといったくらいか。世間一般的に言えば美しいとも言える顔立ちをしている。こういう女性が好みそうな店の雰囲気にも馴染めるタイプの好青年といったところか。
「そうだとも。君はちょうど席を立とうとしている。だから頃合いを見計らって私は話しかけたんだ」
「ま、まあ会計をするつもりではあったが……なにか用だろうか?」
「あいにくと持ち合わせがなくてね、少しばかりお金を恵んでもらえないか?」
「無銭飲食か。なら衛兵を呼んでやろう」
「まあまあ、落ち着いて話を聞いてもらえないだろうか。私には財布を預けている連れがいてね。その子が一緒に食事をした後、少し周囲を見てくるといったきり戻ってこないんだ」
「ならその子が戻ってくるまで待てば良いではないか」
「かれこれ六時間が経過していてね」
「朝からいたのか……」
「モーニングもランチもここで座り続けて食べるのは中々に居心地が悪かったよ」
「そりゃ悪いだろうな」
なんだろう。この男、関わらない方が良い気がする。そう、この肌に感じる独特の感覚はアレだ、ヴォルテリアで最も会いたくない男、ケッコナウ様のそれに近い。
「そういったわけで私の三食分の支払い、頼めないだろうか」
「なにがそういったわけだ。食後のデザートも満喫しているじゃないか」
「君が美味しそうに食べている姿を見てね。つい追加注文をしてしまったんだ」
「……まあ、美味しかったからな」
「頼むよ、マリュア。このままではディナーもここで食べることになる」
「だからなんで私が……待て、なぜ私の名前を知っている?」
これだけ特徴的な男ならば、一度会えば忘れることはない。私との知り合いという可能性はない。ならば私のことを間接的に知っている者だ。
ヴォルテリアの関係者でないことは明らか。そうなると可能性は……アークァス絡みということになる。
「『優しき雨を望む者』……。私の符丁を使い、君は潤ったのだから、私のためにお金を出しても良いはずだろう?」
「ッ!?まさか、お前はセイ――」
「せぇぃ」
「んのふっ!?」
目の前にいた男が突如現れた少女の飛び蹴りを食らって吹き飛ぶ。少女はその場で華麗に回転し、ふわりと着地をした。
「まったく、お師匠さまはすぐ人様に迷惑を掛けるー」
「……いや、その、迷惑というか」
「……?てっきり、お師匠さまが貴方に食事の支払いを要求するために、絡んでいるように見えましたがー、違いましたー?」
「いや、あってるけども……」
「……ノノア、レディが飛び蹴りと言うのは良くないよ?ましてや君はスカートだ」
「ドロワーズですのでー。おやー?そちらはもしかして、あのマエデウスのお気に入りというマリュア=ホープフィーさんー?」
「お気に入りかどうかはさておき、その通りだが……」
とりあえずこの状況を一度整理というか、落ち着かせる必要があるな。昼過ぎで周囲には人も多い。突如少女が男性に飛び蹴りを入れれば嫌でも目立つことに……って、あれ?
誰も私達を見ていない。隣にいる客も、視線を向けるどころか優雅に友人達と談笑をしている。
「ああ、そのへんは心配しなくても構わないよ。私は自身に隠匿の魔法を刻んでいてね。私が直接干渉しない限り、周囲の者は私と私に関わった者の動向には意識を向けられない。視界に映っていても無意識に避けてしまい、そのまま忘れてしまうからね」
「……っ」
そうだ。この男は私が食事をしている姿を見ていたと言っていた。だけど私はそれに気づいていなかった。隣の席に誰かが座っていたという感覚もなかったし、声を掛けられるまで認識もしていなかった。
これだけの美丈夫ともなると、好みでなくとも意識くらいはして当然だ。私がしていなくても周囲が反応していなくてはおかしい。
異常性に気づくと同時に、嫌な汗が流れ始める。ここまでの隠匿術、並大抵の暗部にもできることではない。
「だからこの状況に反応しているのは私達と、向こうにいる私の注文を受けていたウェイトレスさんだけだ」
「騒動に気づいている一般人いたぁっ!?」
とりあえずウェイトレスさんに頭を下げて、謝る。周囲の反応がないことに困惑していたウェイトレスさんだったが、なんとか上手くごまかすことができた。
謝罪がてら、新しく現れたノノアという少女にパフェを追加注文しつつ、三人で席を囲うことに。
「んまんま。絶品ですー」
「改めて、セイフ=ロウヤだ。この子はノノア、私の弟子兼世話係をしている」
「世話してやってますー」
「……アークァスの師匠で、あの大詐欺師のセイフ=ロウヤで間違いないのだな?」
「大詐欺師というのは些か語弊があるな。確かに私は多くの者達に借りがある。だが、返却期限を設けられなかったのは相手の方だ。返せる時がきたのならば、返すつもりはあるとも」
「うわぁ……返さないタイプの言い分だぁ……。しかし、アークァスの師匠、育ての親としては随分若いというか……」
「老けにくいタイプでね。こうみえてもマエデウスよりも年上だよ?」
「嘘だぁ……」
ケッコナウ様は四十代だったはず……それよりも年上って……。ただ顔立ちからしてエルフの血筋が混ざっている可能性は大いにあるのか。
「エルフの血筋とか考えているのだろうが、まあ君の推測でおおよそ正解だ」
「……アークァスの師匠というのは本当のようだな。それでどうしてパフィードに?」
「君が私の符丁を使ったからだよ?」
「あ、はい。そうですよね」
「別に君に責任があるというわけじゃない。アークァスの入れ知恵なのは明白だからね。ただあの鍛錬と闘技場観戦さえあれば一生幸せに生きていけるアークァスが、私に借りを作るような事態はなかなかに面白そうだと思ってね」
酷い言われようだが、事実なのでなんとも言えない。一度アークァスに闘技場の良さを語ってもらったが、アレは本物だった。多分専門書一冊分くらいの文章を休まずに言えるレベルだ。
「結構面白かったですよー、闘技場見学」
「……ノノア、君、闘技場観戦してたの?私放って置いて?」
「お師匠さまが横にいたら、始まる前にどっちが勝つかネタバレしちゃうかなとー。施設の修理中で見学だけでしたがー」
「否めないけどさ、せめて代金くらいは置いていって欲しかったな」
「お師匠さまをその辺に解き放つと、ロクなことにならないのでー」
「否めないけどさ」
「否め否め。……ただアークァスは今パフィードにはいないぞ」
私がアークァスよりも先にセイフと接触することになるとは想定していなかった。正直どこまで説明したものだろうか。アークァスの師匠だ。半端に誤魔化そうとしてもすぐに見破られてしまうのだろう。
「おや、女神の使者を演じるためにヴォルテリアのニアルア山にでも向かったのかな?」
「――な」
「アークァスが女神に選ばれ、魔王候補として活動していることは知っているからね。ただ一歩遅かったかぁ」
「お師匠さまが道草食ってるからですー」
「いやぁ、貴重な外出だから、道行く縁は大切にしたくてね」
「……手紙等でアークァスから聞いたのか?」
「いいや?それくらい推測できる情報は自分で集められるからね」
私が様々な事情を知っているのは女神ウイラスのうっかりからだ。セイフの符丁を使った私のことならまだしも、あのアークァスの周辺から情報を集められるというのか?
しかもニアルア山については私だってこの前聞かされただけだ。アークァスが他の人間に話したとは……いや、獲物を誘い出す為に魔界の領主の一人、ヨドイン=ゴルウェンには情報を伝えているはずだ。
ならばセイフは魔界側から情報を得ている?魔界側の情報とアークァスの素性を知っていれば、今の彼の現状を推測できると……?
「考えるだけ無駄かとー。お師匠様が誰よりも秀でた詐欺師なのは、誰も知らない手法を持っているからなのでー」
「……それもそうか。私が詮索したところで意味もないしな」
私の知らない要素があるのであれば、考えたところで答えは出ない。そもそも世界が手を焼いている詐欺師を私がどうにかできるわけもなく、する理由もないのだ。
うん、すごいなーって気持ちだけで終わりにしておこう。それが一番だ。
「割り切り方が素敵ー」
「マエデウスが気に入る理由にも納得だ。それにしてもアークァスは弓術使いとして向かったのだろう?弓……かぁ……」
「当人の口ぶりでは大丈夫そうではあったが……何か問題が?」
「アー兄が弓を使っているところ、見たことないですー」
「ノノアはそうだろうね。アークァスを引き取って間もない頃、あの子に向いている武器を探させるために、色々与えてみたんだ。アークァスは目を輝かせながら試していたよ」
「想像に容易いな」
不覚にも幼い頃のアークァスを想像して、可愛いと思ってしまった自分がいるのだが……そもそも武器を振り回す少年を可愛いと思うのはどうなのだ。
「けれど弓だけは違った。すぐに私に返してきたんだ。つまらなそうな顔でね。あの子曰く、『伸びる余地がほとんどなさそう』だそうだ」
「……向いていなかったか、才能がなかったということか?」
「――逆さ。あの子は一度たりとも矢を外すことがなかった。『矢を当てる』という鍛錬を必要としていなかったんだ」
「……は?」
「弓を扱う上で重要なのは矢を射る状況を『見る』ことだ。アークァスの『見』の才能は、天才である姉のイミュリエールですら認めるほどだからね。こうも言えるか。こと弓に関しては、アークァスはイミュリエールに並ぶ怪物になりうる、と」
そりゃあ最初から当てられるようなら伸び代は少ないだろうし、成長大好き修行マンには不人気でしょうよ。