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ちょっと山に籠もってくる。

「弓が欲しい」


 いつものようにアークァスが冒険者ギルドの依頼に行っている間に、彼のベッドを独占してくつろいでいると、勢いよく扉が開くのと同時にアークァスからの要求が飛んできました。


「え、君が欲しい?仕方ありませんね、どうぞ」

「脱ぐな、脱ぐな。聞き間違えたフリをするなと」

「失礼。貴方が私に欲するものなんて、この体くらいのものかと思考が先走りまして。弓、ですか。貴方はあまり道具を選ばない方だと理解していたつもりなのですが」

「いやさ、朝にトルゼルと会ったんだけどさ」

「誰です?」

「顔馴染みの冒険者だ。たまに見たことあるんじゃないか?」


 アークァスの思考を読み、そのトルゼルなる人物像を確認。ああ、たまに見ますね、この冒険者。往来の場で高慢そうな態度で笑っている姿とか、微かに意識の傍らに残っています。


「貴方とは仲が悪そうなタイプですよね」

「いや、結構良い奴だぞ」

「えぇ……アレでですか?」

「口調はちょっとアレだけどな。俺みたいな万年ブロンズ冒険者にも顔を合わせる度に絡んできてくれるし」

「それ性格が悪くて、貴方を見下しているだけでは?」

「見下すだけなら、俺の仕事量とか一々把握してないさ。あいつ、パフィードの新人冒険者の名前全部覚えているんだぞ」

「あー……先輩風を吹かせるタイプですかね」

「そのトルゼルなんだが、今日は仲間揃って武器を新調していてな」


 アークァスの脳裏には、新品で輝きを放っている装備を自慢しているトルゼル達の姿が浮かんでいます。


「明らかに見せびらかしていません?」

「まあ、昇級祝いってことで仲間全員の武器代を払っているし、それくらいはな?」

「良いリーダーじゃないですか」


 それで背後の仲間達は自慢げにというよりも、嬉しさが滲んでいる顔なのですね。もっとも、アークァスに対しては高飛車な表情ですが。


「『俺達も今日から四級。やっぱりシルバー最上位の冒険者として、しょぼい装備なんてしていられないからな!』と言われてな。そういや旧神の使者として動くなら、ちょっとくらい見てくれもなんとかしなきゃなと」

「槍の潜伏者でしたっけ。不審者の姿でしかありませんでしたからね」

「それな」

「というよりあの冒険者達、四級なのですか。意外と手練なのですね」


 シルバーの最上位が四級。一般人では不可能なレベルの依頼、猛獣や魔物の集団との戦闘、希少な品の採集活動等の上級依頼を単身で受けられる資格を持つ階級。立派な中堅冒険者ですね。

 アークァスは七級のブロンズなので、猛獣や魔物単体との戦闘が想定される中級依頼までしか受けられないのですよね。その中級依頼も達成してしまうとシルバー入りしてしまうからと受けていないのですが。


「そうだな。単純な実力ならマリュアやネル姉の方が上だが、良い冒険者だぞ」

「あの二人は騎士団隊長と、リュラクシャの剣の指南役ですからね。実力だけなら国に名前を覚えられるゴールドクラスはあるでしょうね」


 しかしわりと真面目に考えておいた方が良い話ですね。ヨドインを奇襲する際に変装したアークァスの姿は旧神の使者というより、未開の地に住む蛮族のような格好でしたからね。このままアークァスが旧神の使者達を演じたとして、その装備が二束三文で買えるものばかりだと、私のイメージが崩れかねません。


「矢の消費を考えると、魔力で矢を放てる魔弓が欲しいんだよな」

「ヨドインの隊から奪ったでしょうに」

「とっくに使い切ったぞ」

「ありゃ」

「それで武器屋、魔法店、古物商、色々見て回ったんだがパフィードにはなかったんだよな」

「魔弓が人間界の市場に流れる時代なら、私ももう少し楽ができていたと思いますよ。それで今日は帰りが少し遅かったのですね。ご飯はまだですか」

「もうすませてきた」

「私というものがありながら」

「所有した覚えはないんだがな。軽いものなら作るぞ」

「わーい」


 アークァスがエプロンを身につけキッチンへと向かったので、私もつまみ食いを狙いに同行。自家製の干し肉を使ったスープ、卵の両面焼き、麦パンのスライス……つまみ食いしにくいメニューですね。


「朝食みたいなラインナップですね。いただきます」

「食材を買ってないからな。在庫整理のようなもんだ」

「ああ、そういえば明日からヴォルテリアの山に籠もるんでしたっけ」


 脆弱なる人間界が魔界の侵攻に備えるため、私こと旧神ウイラスの用意した手駒……旧神の使者と呼ばれる架空の存在。

 アークァスはその噂を本物にするため、そのうちの一人がいるとされるヴォルテリアのニアルア山に籠もって修行をすることになりました。

 ヨドインの情報網にあえて情報を流し、捜索が本格化する前に住み込みで証拠づくりというわけです。

 ちなみに移動手段は彼の師匠こと、セイフ=ロウヤの所有するヴォルテリアの隠れ家に私が直接転移紋を仕込んであります。仕込まされたと言うべきですか。


「で、弓なんだが。天使の持ってる弓とか都合つかないか?教会とかの絵画で見るアレ」

「アレですか、あれ実は弓の形をしていますけど、杖ですよ」

「杖なの!?」

「はい。イメージ的に弓の形にしてありますけど、実際は魔法を放つための媒介です。大抵の天使は肉弾戦向けの肉体ではありませんからね」

「杖じゃダメなのか?」

「ほら、絵画だと私が杖握っているじゃないですか。私と同じものを持たせたら、私が目立たないじゃないですか」

「そんな理由でか」


 そもそも魔弓は持ち主の魔力を使い、矢を生み出す武器。魔力さえあれば本物の矢を必要としないことは便利なのですが……そもそもの需要が微妙なのですよね。

 魔法が使える者はそもそも弓に拘る必要がなく、普段から弓を扱う者は魔力の消費の点から通常の矢を使った方がマシという。


「まあ弓の方はこちらでなんとかしてみましょう。それまで矢は自給自足で頑張ってください」

「わかった。いやぁ、ニアルア山は人間界の修行したい場所で五本の指に数えられる場所だからな。今から楽しみだ!」

「その数えている指は貴方だけの指ですよね。それにしても、よくパフィードを離れる決断をしたものですね」


 アークァスはブロンズの冒険者。実力だけならシルバーを飛ばしてゴールド以上はあるのですが、冒険者の昇級条件である『別の国にある冒険者ギルドの依頼を受けること』を嫌がり、ブロンズの位置に居続けています。

 その原因がここパフィードにある闘技場の試合を一試合たりとも見逃したくないというもの。


「年に数度、閑散期の時期を利用して闘技場の修繕工事が入るんだよ。それが明日からだ」

「なるほど、趣味がお預けの間に仕事を済ませておくと。闘技場に閑散期ってあるのですか?」

「あるぞ。雨の多い季節とか、暑い季節は特に」

「観客が快適に観戦できるかどうかってことですかね」

「雨にうたれながらとか、汗を流しながらの応援も乙なものなんだがな」


 この魔王、闘技場の運営スケジュールを主軸に魔王業の計画を練っていますね。ナラクトとの一件の前から、ちょこちょこ各地に転移していたのは転移紋を用意した私には筒抜けです。

 ヴォルテリアにいたヨドインの隠密部隊も結構前から見つけていたんですよね。ただその接触は最近。冒険者業を控えてまで、妙に魔王業を頑張っているなと思ったら、この時期を狙っていましたか。

 ヴォルテリアで思い出しました。マリュアの故郷もヴォルテリアでしたね。


「マリュアは連れて行かないのですか?」

「城下町に行くわけでもないからな。仕込みが終わったあとに、彼女の自宅に忘れ物を取りに行かせるくらいはしてやっても良いかもだが」

「それもそうですか。山籠りするだけですし。……ちなみに山籠りの最終的な目標はどのような感じで?」

「ヨドインが調査のために魔族を送り込んでくるだろうから、そいつらを狩る」

「また黒呪族が被害に遭うのですか」

「いや、ヨドインの性格から考えて、他の種族に情報を流し、それなりの強者を向かわせてくるだろうな」


 ふむ。槍の潜伏者との一件でヨドインは苦い思いをしています。だからこそ、次の弓術使いもまともな相手ではないと考え、反カークァス派を唆そうという感じですか。

 調査が上手くいけばある程度は自分の功績にできますし、失敗しても痛手はほとんどない。黒呪族らしいと言えばらしいやり口ですね。


「精鋭くらいならなんとかなるとは思いますが、領主クラスがやって来た場合、弓で戦えるのですか?」

「んーまあ、なんとかなるんじゃないか?」

「煮え切らない返事ですね。貴方が剣以外も扱えるのは知っていますが、一番得意なのは剣なのですよね?」

「得意というか、好きな武器が剣ってだけだぞ。姉さんにも剣技の才能はそこまではないって言われてたし」

「アレでそこまでですか」


 イミュリエールの剣技の次元と比較すれば、確かにそこまでではないのかもしれませんが、普通の人間が目指すべき頂きくらいにはいると思うのですがね。


「ああ。それに弓の方が向いているとも言われていたしな」

「そうですか。……そうなのですか?」

「鍛錬量のわりには、良い感じだとは思うぞ?」


 この人、自分のことを過少評価こそしませんけど、評価とかも全然しない方なのですよね。その彼を以て『良い感じ』というのは中々に恐ろしい発言なのではないでしょうか。

 ……まあ、見ていて飽きませんし、楽しみに待っておくとしましょう。


「ところでおかわりは」

「ないぞ」

「……しゅん」

「口で言うな。煎餅屋で買ってきた煎餅がまだ残ってるから、それで我慢しろ」

「わーい」

「それで思い出した。煎餅屋のおっちゃん、微かではあったけど本当に後光を纏ってたぞ」


 そういえば以前あそこでお土産に煎餅を買った際、中々に美味だったのでうっかり店主に加護を与えていましたね。


「神々しいオーラは纏っているかもですが、視覚的影響以外には問題ありませんよ」

「それが問題なんだよな……。いや、名物になって売上伸びて喜んでたけどさ……」


 あそこの煎餅は美味しいですからね。もっと人気になって各地に流れてほしいものです。



多分そろそろシリアスパート。

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― 新着の感想 ―
[一言] 君が欲しい。
[一言] 煎餅屋が光る… ははは、ハゲてねぇし!!!
[気になる点] 光る煎餅屋 [一言] さーて次の犠牲者は誰かな?
感想一覧
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