始動。
「さぁ、暫定魔王軍定例会ーはーじまるよー!」
「ドンドンぱふぱふー!」
「……」
「ぱ、ぱふぱふ……」
鬼魅族での戦いの傷……はウイラスに治してもらったので、疲れが回復したということでの暫定魔王軍定例会。
進行役のヨドイン、ノリの良いナラクト、黙したままのガウルグラート、そして今回はロミラーヤも加わっている。
「姉弟揃ってノリが悪いなぁ。もっと元気よくやらないと、人数少ないんだからさ」
「そやそやー!ノリがええのは格好だけかー!」
「煩いわね!?この格好も誰のせいだと思っているのよ!?」
ロミラーヤは鬼魅族の領地に向かった時と同じメイド姿。こうなった理由だが、発端はロミラーヤがこの暫定魔王軍定例会に参加したいとのことから始まった。
自分のいないところで、自分を使う案が出るのは納得がいかないとのこと。しかしこの魔王城に領主以外の者がひょいひょいと足を運ぶのは、反カークァス派の不満を募らせる原因にもなりかねない。
そこで出たナラクトの案が採用される。魔王城の清掃係として訪れている形を取ることになり、メイド姿続投というわけである。まあ領主達が足を運ぶくらいで、ほとんど利用されてもいない城なので汚れているといった感じはそこまではないのだが。
「姉者のメイド姿など、複雑な気分にしかならん――」
「あんたは黙ってなさい!」
「ヌグァっ!?」
むしろガウルグラートを襲う雷撃で、床とか焦げそうなんだけども。弟に対しては本当に容赦ないな、ロミラーヤ。
「……さて、ナラクト、快復したようだな」
「おかげさまで、前より調子ええよ」
「そうか。なら報告を頼もうか」
「せやね。鬼魅の皆の出した結論として……うちは領主じゃなくなったわ。アッハハッ!」
「え」
笑いながら語るナラクトに対し、ロミラーヤは硬直している。領民との関係を改善したと思った矢先、ナラクトが領主でなくなったという報告、驚きもするだろう。
「当然やろ?鬼磨の儀を再現し、うちは負けた。鬼魅の皆はカー君、きみを領主として認める言うてたよ」
「そうか」
「そういう形か。事実上の傘下入りということだね」
「な、なんだ、そういうこと……。あれ、でも貴方はどうなるの?」
「うちは副領主的な感じやね。カー君に鬼魅の里に住んでほしくはあるけれど、無理やろうからね。カー君の伝令的な感じ?」
「鬼魅族がそう望むのなら、それで構わん。他領主に対してはナラクトが領主として接すれば良い」
元々鬼魅族の領地はそれぞれの里の自己管理。象徴やお飾りの頂点が誰になったところで内政に大した影響は出ない。
俺を領主としておけば俺との対立はない。俺が魔王になることなく死んだとして、再びナラクトを領主に据えればそれで済む。それだけの話だ。
「内政干渉を行うにはもう一手間必要になりそうだけど、支持勢力が増えたのは上出来な結果と言えますね」
「それはオマケのようなものだ。ナラクト」
「うん?」
「寝起きはマシになったか?」
「――うん」
元々飄々としたナラクトではあったが、今はより軽やかな印象を受ける。身の回りのしがらみがなくなったことで、心身ともに好調そうだ。
「そうね……。ところでカークァスさん、一つ尋ねたいのだけれど――」
「神技のことか?」
「……ええ」
俺が口にした神技という単語、それを聞き取れていたのは相対していたナラクトと、その優れた聴覚をもって戦いを見守っていたロミラーヤくらいのものだろう。
ナラクトの方はあまり気にしていない様子ではあったが、ロミラーヤの方は独自で調べたりしてそれが勇者の技であることに気づいたといったところか。
「神技……勇者の扱う技でしたっけ?確か人間達に自身を認めさせるための巡礼の際、各地に封印されている旧神ウイラスの残した勇者として戦う術の一つだとか。両足とも折れたアレがそうです?」
「そうだ。技については大半が口伝で伝えられている。耳にする機会があったので、とりあえず試してみたが、見事な自滅技だったな」
「耳にしたって……」
「言葉だけで伝えられる技だ。理論上、使うだけなら誰にでも扱える。だからこそ、知るだけならそこまで難しいことではなかった。自在に扱うには勇者足り得る素質が必要ではあるがな」
治った足をさすりながら話す。あの時は戦闘の高揚感で痛みなんて微塵もなかったわけだが、終わった後は中々に痛かった。ウイラスがいなければ、両足を失っていたわけだしな。
「カークァスさんでも手に余る技ということですか」
「ワテクアの加護を貰っていれば、話は違ってくるだろうがな」
「ああ、なるほど。女神の加護を得た肉体が前提というわけですか」
「そういうことだ。奥の手としては悪くなかったがな。説明はこれで十分か?」
「ええと、勇者の巡礼の地で、技を知ったということで良いのですよね……?」
「そうだな。十二魔境の直ぐ近くにある村だ。それなりの剣客として迷い込めば、案外上手くいったぞ」
勇者にあやかり、各地を修行する冒険者や武芸者はいる。そんな彼等には僻地に存在するリュラクシャのような村を訪れ、神技の存在を知る機会がある。
神技の理論は下位互換として性能を落とせばそれなりに優秀な技にもなる。有効利用する村の者達も生まれてくるからだ。
魔力強化にある程度精通していれば『あ、こんなん勇者でもなきゃ無理だ。できるか馬鹿馬鹿しい』となる技だしな。
「人間界の僻地については、僕よりも事情通ですよね。カークァスさん」
「手広さではお前の方が上だろう。そちらの調査の方はどうだ?」
「ヴォルテリアにいるとされる旧神の使者……弓術使いについてですが、どうもそれらしき存在が修行の地に使っている場所が判明しました」
「ニアルア山か?」
「……知っていたのであれば、教えてほしかったのですが」
ニアルア山、ヴォルテリア領土内にある山脈地帯に含まれる一際大きな山。周囲の山脈が鉱山として利用されている中、急な傾斜が多いニアルア山は人の手がほとんど入っていない。
周囲よりも標高が高く、希少な動植物の存在も発見されているものの、人を襲う巨大な猛禽類の姿も目撃されており、シルバー以下の冒険者は進入を制限されている。
「こちらが見当をつけたのは数日前だ。傷を癒やす湯治のついでに調査を進めていたからな」
「近くに温泉とかあるんですか……」
仕込み自体はもっと前から行っていた。ウイラスに転移紋を用意してもらい、こそこそとニアルア山へと移動し、弓術使いとしての痕跡を用意。
ついでにヴォルテリアを調査していたヨドインの部下を見つけ、こちらの素性がバレないように間接的に噂話を伝えておいた。
いるかいないかで探すと苦労するが、いるという前提ならば密偵も案外見つけることは難しくない。
「そういえばカー君ってどこを拠点としとるん?」
「ナラクト、いくらなんでも直球過ぎるよ。そんなもの、カークァスさんが答えるわけ――」
「決まった拠点はない。表向きは素性を隠しやすい冒険者として、各地を転々としているからな」
「答えるんですか……」
「問題ない範囲でならな。各国に隠れ家となる場所は確保してある」
もっとも自前のものはパフィードの借家だけで、全部師匠の隠れ家的なやつなんだけども。使いたかったら勝手に使って良いと言質は取ってあるから実質自分のものでもある。
パフィードにも師匠の所有する物件はあるのだが……富裕層の住む区画にある家であり、冒険者と魔王を兼業していても家賃を払えないレベルの物件なので住みたくないのである。
ブロンズ冒険者がそんな家を出入りするところを見られたら、後ろ指を指されるどころのレベルじゃないからね。
「流石、人間界で情報収集する下地はしっかりと用意してあるのですね」
「お前達ほど組織だってはいないがな」
「個人で追いつかれたら面目もないですよ。ところで、この一件は僕に任せてもらえないでしょうか?」
この一件とは、弓術使いに対し深入りをするということ。ヨドインの性格からして、自身が調査に乗り出すようなことはないと断言できる。以前の会話を考えれば……まあ、狡いことを考えているのは明白だろう。
「好きにしろ。俺も暫く人間界の方でやることができた。適宣連絡は入れるが、魔界での活動は暫くできん」
「えー、カー君魔界に暫く顔出さへんのー?」
「どこの領地もお前のところのように問題を抱えているのなら、魔界に入り浸るのも悪くないのだがな」
領主達の支持を得るには実績が必要不可欠。しかしどこも歴代最高峰の領主で基盤も盤石。鬼魅族のように領主が問題を抱えている例はそうそうないと考えられる。
問題がなければ解決することもできない。魔界で問題が起きるのを待つのは非効率だし、起こそうにも土地勘や情勢の把握が甘い状態では下手な手は打てない。
ならば今できることは人間界側で魔界にとっての問題を作ることだ。旧神の使者の存在も本格的に匂わせていかなくてはならない。
「ぶーぶー。しょせんうちとは一夜限りの関係なんやね……」
「一泊二日の滞在ではありましたわね」
「しかもカークァスさん、野宿だったよね。関係すらなかったんじゃない?」
「ロミやんヨドっち、真面目な指摘は悲しくなるから勘弁してな……」
正直、鬼魅族の寝具の質の良さには惹かれるものはあった。今度十二魔境の視察ついでに泊まることも検討してないわけではない。そう、新しい修行場はいつでもウェルカムなのだ。
「これまでは力を揃えることに専念していたが、これからは組織として始動していく。牙獣族、黒呪族、鬼魅族、三種族の協力を得たことで、他の領主達もそろそろ警戒し始めることだろう。他領主同士が結託し、俺の妨害に出てくる可能性もある。備えはしておくように」
全員の表情が僅かに引き締まるのを感じる。十三の勢力のうち、三つが味方となった。味方を増やすということは脅威として巨大になるということ。全体的な戦力としても、軽視できない状態であることは確かだ。
領土内については盤石でも、他領土との争いは未知数。鋼虫族、ジュステルは明確に敵対しているし、その辺を利用して結託してくる領主も出てくるだろう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。仕掛けられた時の備えはしてありますし、仕掛ける用意もありますから」
「牙獣族も問題ありません。人間界であろうとも、魔界であろうとも、いつでも侵攻できます」
「鬼魅はー……どしよ」
「里長の一人、コクジョから既に同盟についての相談は受けているよ。細かいことはこっちで色々やっておくさ。君は必要な時に必要な力を振るってくれればいいよ」
「牙獣族の方にも連絡来てたわよ」
「あー、そんなこと言っとったね。忘れとったわ」
人間界に侵攻されると、それだけで人間界致命的被害を受けちゃうんだけどね。人間界の方もどうにかしたくはあるのだけれど、あっちじゃブロンズ冒険者だからなぁ……。
発言力もなければお金もない。対策を考えているウイラスからも、吉報がくる気配はない。薄氷の上を歩いている状態はそのままなのだ。
いっそ師匠でも巻き込めば……いや、あの人はダメだな。現状は既に知っているだろうけど、対策をお願いしたら多分人間界を魔界に売るくらいやっちゃいそうだし。
◇
「ぐらったったー、どわーどわー、ぐらったったー、べきゅばきゅぼー、しゅーわー」
今日も日課、烏達の巣箱のお掃除。それが終わったら皆から手紙を回収し、透視で解析。呪いとか付与されてるやつはポイポイと暖炉へ。カミソリの刃くらいなら問題ないからそのままお師匠さまのところへ持っていく。
今日は朝から雨。お師匠さまは雨が降っている朝はいつもテラスに出て雨音を聞いてるはず。
「お師匠さまー、お師匠さまー?」
ほらいた。椅子に腰掛け、頬杖をつきながらうたた寝をしている。私が近寄っても反応はない。とっくに気づいているはずなのに、気づこうとすらしていない。
「せぇぃ」
「んのわっ!?」
とりあえず頬杖を付いている腕に手刀をいれ、頬杖を外させる。お師匠さまの頭がガクンと揺れ、その勢いで椅子から転落した。
「お師匠さま、今日のお手紙ですー」
「……ノノア、もう少し、こう、躊躇とかさ、覚えない?もっとこうさ、風情を感じながらゆっくり呼びかけてくれるとかさ、ね?」
「時間の無駄ですー」
「私の弟子達は、どうして皆こう冷たくなるのだろうか……」
「呼びかけ続けても毎回一時間くらい平気で無視されてたら、こうなりますー」
手紙の束をテーブルの上に放る。お師匠さまは頭をかきながら椅子に座り直し、手紙の束を眺める。
「……カミソリ入ってない?」
「入ってますー」
「敵意のある手紙は処分してって言ってるじゃないか……」
「この程度なら平気かとー。さっさと読んで下さいー」
「指が切れちゃう」
「指くらい毎日切ってたほうが良いかとー。お師匠さまの場合、その程度の善行では意味はないと思いますけどー」
「そろそろ辛辣さが兄弟子に追いつきそうだよ、ノノア」
「光栄ですー」
アー兄からは『ノノア。師匠のようになるんじゃないぞ。まだ俺を目指した方が良いぞ』と言われています。全面的に同意しているのでそれは喜ばしいことです。
「物事の価値観の教え方、間違えたかなぁ……」
「完璧に教わってますー。だからこそですー」
「労りの心とかも教えたよ?」
「時と場合と相手を選べとも教わりましたー」
「……はぁ」
お師匠さまが手紙の束に手を翳すと、手紙達が浮き、勝手に封が開けられていきます。手紙達はまるで意思があり、その内容を読んで欲しいと言わんばかりに自身を広げ、お師匠さまの目の前に並んでいきます。こうやって毎回見ているのだから、カミソリとかどうだって良いでしょうに。
「――おや、異常性癖の掃き溜めで一騒動あったようだ」
「リュラクシャって、アー兄の生まれ故郷のー?」
「そうそう。君のお義姉さんが聖剣を奪って出ていったそうだ。しかも魔界の方に」
イミュリエールお姉さま。直接あったことはありませんが、とても剣術の才能に秀でているとか。アー兄の故郷出身ということは癖の強い方に違いありません。まあ癖が強かろうと、お師匠さまに比べたら真人間なのでしょうが。
「聖剣が魔界に流れるのはよろしくないのではー?」
「んー……どうでもいいかな。おっと、こっちに続報。君のお義姉さん、鋼虫族の領主を殺して領主になったみたいだ。しかも魔界の古参である四族を味方につけたとある」
「出世してるー」
中々に飛躍していますが、そういうこともあるのでしょう。お師匠さまと一緒にいれば、別に驚くほどのことでもありませんし。
どちらかといえば、そんな情報が普通に届くお師匠さまの存在のほうがどうにかしていますし。
「他に目ぼしい情報は……私の符丁を語った者がいるくらいか。ヴォルテリアの騎士、マリュア=ホープフィー……ああ、マエデウスのお気に入りの子か」
マエデウス……お師匠さまの類友ですね。『一人で遭遇したら、大声で周囲に助けを呼ぶように』とお師匠さまをして言わせるほどの御方。実際にお会いした際、言われたとおりに実行しましたが、赤面されていた時には恐怖しか覚えませんでした。あの方のお気に入りとなると、余程の変態か、余程の哀れな方なのでしょう。
「お師匠さまの符丁を使うとか、命知らずですねー。関係者とバレたら毎日が命日でしょうにー」
「命日は一日で良いと思うけどね?ということは……女神がアークァスに接触してきたか」
「なにをどう解釈すればそうなるのかとー」
お師匠さまの思考にはいつも過程がありません。断片をみたらその全体、その先の未来まで見通した結論を口にします。説明とか一切してくれません。私のツッコミも完全無視で、雨音を聞きながら考え事をしています。
「――よし、ノノア。出かけようか。行き先はパフィード、アークァスに会いに行こう」
「雨降ってますよー」
「良いじゃないか、雨。私は雨が好きだからね」
「私は濡れるの嫌いですー」
そして人の都合なんて一切気にせず、好き勝手に動きだす。お師匠さまは自覚しているのでしょうか。自身が世界中から指名手配されている大詐欺師、セイフ=ロウヤであるということを。
これにて三章終了です。
お師匠さまのクズっぷりは次章にて。