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炎。

 クアリィは本気を出す選択をとらなかった。彼女は水族に示した『水族領主のクアリスィ=ウォリュート』としての力しか使用しなかった。正体も定かでない相手を前に、奥の手まで使う必要はないと判断したわけだ。

 彼女が実力の全てを発揮するのであれば、俺がしゃしゃり出る必要もなかったのだが、彼女が力を隠すのであれば話は別だ。

 彼女は戦闘中の間、常に俺の方にも意識を向けていた。それが『次に備えておけ』というメッセージであることは直ぐに気づくことができた。

 確かにこの戦い、四族の面子を保つためには負けるわけにはいかない。だが手の内を全て曝け出す必要があるかと言われればそうではない。

 つまるところ、表立って四族最強とされている俺で〆てみせろというわけだ。

 これまでの見により、様々なプランは練ってある。対カークァス用に考案したアレも試してみても良いかもしれないな。

 石を拾い、それを握りしめながら特異性を開放する。超高温となった手により、石の表面が煮え滾り、握力によって一気に溶け爆ぜる。


「俺の特異性『参列せよ、我が導くは灰燼の道』はシンプルだ。説明は不要だな?」

「かっこいい名前の特異性なのは理解したわ。あとは超高温になるって感じで」

「そうだな。それくらいの認識でも大丈夫だろう」

「でも、それ大丈夫なの?」


 自身の熱が上がることで、クアリィに装着してもらった氷の片眼鏡が溶けていく。もともと片手間で作られたものだ。俺の熱に耐えられるはずもない。

 イミュリエールの雰囲気が変化する。先の剣術を用いて仕掛けるつもりなのだろう。


「――問題ない」


 白い軌跡が現れるのと同時に距離を詰める。既に振るっている拳をイミュリエールは認識しており、回避行動に入っている。だが関係はない、そのまま振り抜く。


「っ!?」


 イミュリエールは紙一重の回避を狙っていたようだが、咄嗟に方針を切り替えて大きく距離を作った。

 その理由は彼女の焦げた衣類が物語っている。俺の拳が巻き起こす風は熱風。俺の攻撃は当たらずとも相手を焦がすことができる。紙一重で回避しようものなら、直火焼きすることと何ら変わりない。


「判断が良いな」

「……最初から見えてたわけじゃないわよね?」

「ああ。彼女……クアリスィの技を解析し、見えるようになった」


 クアリィの片眼鏡を通して見えた白い軌跡、それは何かしらの方法で世界に存在する痕跡だ。存在しているというのであれば、見えるようにできるというのであれば、そしてその術が目前にあるというのであれば、自前でどうにかすることなど然程難しい話ではない。


「武闘派に見えて、わりとインテリだったりする?」

「読書は嫌いではないぞ」


 踏み込み、距離を詰める。だが自身の間合いまでは踏み込まない。なぜならそこは狙われているからだ。

 踏みとどまるのと同時に、あと一歩先の位置に白い軌跡が現れる。こちらが拳を振る間に発動するように、設置された罠。

 その白い軌跡が具現化するのと同時に再度踏み込み、イミュリエールへと拳を突き出す。

 イミュリエールは即座に握った剣で防ぎ、その衝撃を利用して距離を作り直す。


「あちち……。触れた部分の温度上昇が異常じゃない?」

「味方を巻き込まないよう、コントロールする必要があったからな。それに魔力の消費量も格段に効率よくなっている」


 イミュリエールは片手を冷ますように振っている。そこは衝撃を受け止めるために剣身にあてがっていた掌、手袋の部分が焦げているのが分かる。


「起こりのタイミングまで読めちゃうかぁ。視線とかだけじゃなくて、勘も入っているわよね?」

「ああ。ルーダフィン、ゴアガイム、クアリスィ、三人と戦っている間、しっかりと観察させてもらったからな」


 イミュリエールは自身の剣技に絶対の自信を持っている。不可視であり、斬ろうと思えば万物を切れるのであるのだから、その自負は間違ってはいない。

 だがそれが目視されるようになったことで、彼女は攻撃を当てる工夫を取る必要が出てきた。そこにはイミュリエール自身の癖が混在するようになる。

 ならば攻撃を見てからではなく、起こる前に読むことも不可能ではない。恐らく白い軌跡の斬撃は取り消しのできない攻撃。ならばその発動直後は付け入る隙にもなる。さらに言えば――


「通常の肉弾戦ならば――俺の方が強い」


 連発もできる神速の技を常時使わないのは負担が相応にあるということ。

 肉体というよりは魔力量の制限によるものだろう。イミュリエールの魔力量は人間としては十分過ぎるものがあるが、我々領主クラスほどではない。無尽蔵に放てる剣技と違い、神技の移動は有限なのだ。

 そして単純な体捌きは、技量的には向こうにあっても速度だけならばこちらにある。


「それはどうかし――らっ!」


 白い軌跡の籠。こちらの攻撃に合わせ、自身も巻き込むように展開している。ギリギリまで引き付けてからの『時渡り』による高速離脱が狙いだろう。

 その認識と同時に、こちらの拳が届く前にイミュリエールの姿が籠のすぐ外へと瞬間移動をする。詰めることはできるが、そうすれば回避行動が遅れてしまう状況。

 俺は迷うことなく、回避を捨てて距離を詰める。籠の中のまま、イミュリエールへと拳を放ち、その体を吹き飛ばす。


「肉体の差も歴然だ」


 白い軌跡が具現化し、俺の身体を何分割にもする斬撃が襲ってくる。だが見えている斬撃ならば、コアの位置をずらすだけでいい。

 イミュリエールは受け身を取りながら、吹き飛ばされた先で俺が刻まれていく光景を眺めていた。


「――そう、身体を炎にできるのね」

「そうだ。『参列せよ、我が導くは灰燼の道』を開放している間、俺は斬撃程度では傷一つ負うことはない」


 刻まれた身体は瞬時に再生する。コアを狙われたら別ではあるが、どうせイミュリエールには看破されているのだからあえて言う必要もないだろう。

 俺が回避する前程で距離を作っていたイミュリエールは、俺の予想外の行動により一撃をまともに受けることになった。

 腹部周りの衣服が焦げ崩れ、赤く腫れた肌が見える。通常ならば拳が腹部を貫通くらいはするのだが……今の手応えは……。


「不思議な感触だ。しなやかに揺らめく羽のようでありながら、鋼鉄のような硬さでもあった」

「羽は良いけど、鋼鉄は失言よ?」


 魔力強化の質も確かではあるが、殴った衝撃が瞬時に散っていった。熱の伝達からも普通の肉体ではないことを示している。

 天性の強靭さ、神技を扱えるのはその人ならざる肉体の恩恵なのだろう。

 少量の魔力強化でも十分過ぎる防御力を誇れている。今後上手く攻撃を当てられたとして、その箇所の魔力強化を強められてしまえば決定打にはなり難いか。

 やはり搦手は必要か。魔法を構築し、イミュリエールへと放つ。


「――水竜よ、我が目前の敵を呑み込めっ!」


 使用した魔法は大気や大地の水分を集め、水竜として相手にぶつける技。追尾性もあり、命中するまで敵を追う。


「水の魔法っ!?貴方炎族よねっ!?」

「炎族を統べる際に戦うのは同じ炎族だ。相性の良い水の魔法を覚えていても不思議ではないだろう?」

「正論なんだけど、イメージもっと大切にしない!?」


 水竜は肥大化しながら追撃を続けているが、その速度は俺の体術に比べれば遥かに遅い。イミュリエールも喋りながら回避する余裕がある。このままでは一生当たることはないだろうが、別に当てるために放った魔法ではない。


「頃合いか」

「――っ!やばっ――」


 肥大化した水竜に向け、俺は拳を叩き込む。イミュリエールは狙いを悟ったのか、『時渡り』によって遥か上空へと避難する。

 水竜の身体に俺の腕が飲み込まれることで、抑えていた『参列せよ、我が導くは灰燼の道』の熱が一気に水竜へと注ぎ込まれ、水竜の身体は瞬時に沸騰し、水蒸気の状態にまで膨張し爆発した。

 一瞬視線をクアリィの方へと向ける。彼女ならばこの程度の攻撃に巻き込まれても問題はないのだが……良かった、ちゃんとルーダフィンとゴアガイムの周囲にも結界を張ってくれていた。


「さて……」

「ふぅ、突然沸騰したお鍋のことを思い出したわ」


 イミュリエールは爆発からは逃れていた。ふわりと着地し、額の汗を拭いながら向き直っている。これで条件は満たした。あとは詰めていくだけだ。


「やはり魔法では当てるのも一苦労か。力押しでいかせてもらうぞ」

「むー!自分は斬られないからって安心してない?」


 踏み込むのと同時に、自身の進行方向に合わせる白い軌跡。このまま突進すれば、コアへの直撃を避けながら斬撃の発生と共にイミュリエールへと拳を届かせることはできる。

 だが彼女が通用しない攻撃を闇雲に振るうはずもない。ならばこれは俺のために用意した対策。

 前ではなく横へと重心を動かし、白い軌跡から離脱する。検証用に僅かに肩の一部を残し、斬撃を受ける。


「――やはりか。斬撃に魔力を乗せることもできるか」


 斬られた肩が痛む。本来ならば熱源となった俺の身体に斬撃によるダメージは通らない。だが魔法攻撃などは通常時以上に届く場合も出てくる。

 今の斬撃には魔法剣の一撃並に魔力が込められていた。もしも直撃していれば、その衝撃が全身に届き、相応の深手を負っていただろう。

 だが想定内。イミュリエールが俺の肉体にダメージを当たえられることなど、あって当然のつもりで備えていた。

 魔力を込めたものと、込めていないもの、両方の斬撃の予兆は僅かに違う。前者の方が僅かに軌跡に濃度を感じた。判断してから動くことは造作もない。

 もちろん今後の斬撃全てに魔力を乗せてくる可能性はあるが、それこそ好都合。有限である魔力を浪費すれば、『時渡り』に使用する魔力を失っていくことになる。

 機動力を奪えれば、あとは熱による広範囲攻撃で追い詰められる。

 これは俺が判断をミスせずに、イミュリエールの魔力切れを狙う戦いだ。俺の精神力と彼女の魔力、先に途切れた方が負けとなる。


「っくぅ!」


 淡々と攻め続け、反撃は丁寧に処理していく。特異性に頼るのではなく、自らの判断を優先し、怪しき被弾は必ず避ける。

 白い軌跡を正しく見極めながらの攻防は、攻め手としては半端。だがイミュリエールに攻撃と防御の両方の段取りに思考を費やさせることが重要なのだ。そうすることで集中させ、意識を俺へと向けさせ、全体的な体の動きも増える。


「――そろそろか」

「……っ」


 イミュリエールも自身の異常に気づいたのだろう。クアリィ達と戦っていた際にはほとんど息も切らしていなかったが、今は全身汗だくとなっている。

 先の水竜の爆発により、この周囲は高温多湿の状態となっている。その中を俺が動くことで、温度は更に上がっている。

 普通の人間ならば息すらまともにできない温度だが、イミュリエールほどの戦士ならば魔力強化で戦闘続行自体は問題ない。

 肌が焼かれるほどではないからと、たかを括っていたようだが、問題なのは熱ではなく湿度だ。

 熱は湿度が高い状態では外に逃げにくく、汗も残り続ける。本来ならば発汗や魔力強化で上手くコントロールできていた身体の熱の放出が妨げられ、その結果夥しい量の汗が流れているのだ。

 どれほど強靭な肉体でも、その体に含まれる水分の量は限られている。既にイミュリエールは軽い脱水症状に陥っている状態だ。


「湿度が高い場所での魔力強化は不慣れだったか?いつもと勝手が違うし、汗も抑えられないだろう」

「うちの村にはサウナはなかったのよねぇ……」


 イミュリエールは腕で顔の汗を拭い、布に染み込ませた汗を口に含んでいる。応急処置としては下の下だが、今できることの中では最善の水分補給ではある。

 まだ彼女の思考には余裕がある。それを奪っていく必要がある。


「――風よっ!」


 風魔法に自身の特異性の熱を含ませ、熱風として放つ。直撃は避けられても、周囲の空気が動くことで、その動きが彼女の身体に熱を伝える。


「いっそ周囲を燃やし尽くす熱波でも放てばいいのに、攻撃がせこ過ぎない!?」

「それでは勝負という土台から逃げられるだけだろう?」


 俺の『参列せよ、我が導くは灰燼の道』を完全に開放すれば、周囲を生物の生存を許さぬ熱源地帯へと変化させることができる。

 だがその予兆を感じようものなら、イミュリエールは即座に『時渡り』で戦線から離れ、超遠距離からの斬撃攻撃に切り替えていただろう。

 その場合、ジリ貧になっていたのは遠距離攻撃手段が乏しい俺の方だ。完全開放状態で追撃を繰り返していれば、魔力が枯渇するのは間違いなく俺の方だろう。

 だからこそ『近くで戦っても、多少不快な程度でなんとかなる』という認識を植え付けるように熱による攻撃を制限していた。


「なら今からでも――っ!?」

「いや、もう遅い」


 攻撃が直撃していないのにもかかわらず、イミュリエールがふらつき膝をつく。脱水症状が進行し、まともに立つこともできなくなったようだ。


「あ……、んう……っ!」


 魔力強化も弱まったのか、流れる汗の量も目に見えて増えている。強靭な肉体と精神の持ち主だ。並大抵の環境下では脱水症状を起こしたことなどなかっただろう。だがそれは自然界に存在しうる環境の範囲だからこその話だ。


「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……」


 浅い呼吸を繰り返し、呼吸を整え、意識を鮮明にさせようとしているイミュリエール。だがそれを許すわけにはいかない。

 特異性を解除。イミュリエールの喉を掴み、締め上げつつ持ち上げる。驚くほどに軽い身体だ。この軽さでルーダフィンの胴を吹き飛ばす蹴りを放っていたとは中々に信じがたい。

 握っていた剣を叩き落とし、腕への力を徐々に強める。首をへし折ることはできるだろうが、イミュリエールからは色々な情報を聞き出せる可能性が高い。ここは捕まえるのが正解だろう。

 ともあれ、無事に無力化することには成功した。腕から感じる抵抗からも、この先はないと伝わってきている。あとはこのまま意識を奪う。


「礼を言う。第三者が傍にいて、且つ狭い場所での一騎打ちを想定とした戦術だったが……お前に通用したのであれば、カークァス相手にも通用するだろう」

「カー……クァス?」

「そ――っ!?」


 イミュリエールの首を締めていた腕が突如切断された。白い軌跡は見えなかった。いや、今のはただの斬撃、イミュリエールの手には白く美しい装飾の剣が握られている。

 一体この剣はどこから、いや、これは魔王殺しの剣――っ!

 数歩下がる。解放されたイミュリエールは既に着地しており、だらりとした姿勢のままこちらを見ている。

 強い魔力を放っているわけではない。ただ、その異様な圧が俺の身体にまとわりついてくる。本能が特異性を発動し、自身を守ろうとしている。


「――そう、貴方もあの子の敵なのね」


 軌跡が見えた。だが、それは白い軌跡などではなかった。闇よりも深い、全てを飲み込みそうな黒い軌跡。

 その軌跡は明確な殺意を孕み、確実に俺を、俺のコアを捉えている。

 軌跡の違いはあれど、このまま受けるわけには行かない。身体を動かし――っ!?


「アッ……っ、グ……ッ!?」


 動かない。一歩を踏み出すどころか、半身を逸らすことすらできない。まるでこの黒い軌跡に身体が縫い付けられているかのようだ。

 これは……そういうことなのか!?今までの白い軌跡は『斬る』という意思を具現化したようなもの。だがこれは違う……っ!これは『斬った』という意思の具現……っ!

 距離、強度、数、様々な概念すら斬ってきたが、今のこの黒い軌跡は過程や結果を……っ!?

 勘違いをしていた。ジュステルが殺されたのはこっちの方だ。明確な殺意と共に放たれた死という結末。だからこそ、彼はこの女が魔王足り得ると……っ!


「敵なら、排除しなくちゃ」

「――ッ!?」


 黒い軌跡が具現化し、俺の命が消える。そう思った瞬間、軌跡に亀裂が走り、砕け散るのが見えた。

 黒い軌跡の消滅と共に、体が解放されるが、思うように動かずに踏みとどまれない。身も心も死を確定されていた現実が、俺の全てを混乱させている。

 意識までもが薄れゆく中、辛うじて視界に入ったのは、俺とイミュリエールにかつてないほどに真剣な眼差しを向けているクアリィの姿だった。


 ◇


「未来に干渉するどころか、未来を確定させてくるとか、剣術で辿り着いて良い次元じゃないわよ」


 はぁーっ!ギリセーフッ!セーフッ!乙女の勘で『あ、レッサなんか失言してそう』って思った瞬間に割り込む準備しておいてよかったぁー!

 まじ、この女ぶっとんでるわね。今まで『死ななきゃ殺さないわよ』くらいの感覚で戦っていたのを『絶対殺す、むしろ結果として殺してる』って切り替えてきたんだもの。


「――ふぅん。やっぱりこれも止められるんだ」


 そして奥の手の一つを防がれたのにもかかわらず、殺意マシマシでこっちを観察しているイミュリエール。手に握られている魔王殺しの剣がその禍々しさにマッチしていなくてシュールなのよ。


「止めるわよ。何が何でも万象でも」

「どうして邪魔をするの?貴方も敵なの?」


 レッサは気を失っているし、なんならこのあと私死ぬかもしれない。なら言いたいことを言っても問題はないわよね。


「貴方の敵味方なんて関係ないわよ。邪魔をするのは……愛ゆえよ」

「……愛?……へ、貴方……ソレ、愛しているの?」


 信じられないという顔でレッサを指差すイミュリエール。いやまあ、だらしなく白目で口開けながら気絶しているけども。でもそこも可愛いっていうか、むしゃぶりつくしたくなるっていうかね?


「ソレ言うな。私のこれまでの半生七割は注いで育んできた愛の結晶なのよ」

「……そっかぁ。まあ、好みは人それぞれっていうし……なら仕方ないわね」


 さっきまでのドス黒い殺気は消え、何かしらに納得しているイミュリエール。なるほど、この女も愛に生きる女なのね。納得。


「やる気なくしたんなら、剣引っ込めてくれない?」

「うーん。でもソレ、あの子の敵なのよね……」


 あ、またドス黒い殺気が溢れてきてる。日常からこんな殺気滲ませられるのって、相当な才能だと思うんだけど。


「嫌なら止めさせるわよ。それで見逃してもらえるのなら安い交渉だわ」

「敵であることを止めさせる……そんな手があるのね!」

「敵は殺す以外に手段がないと教わってきたの……?」


 イミュリエールは魔王殺しの剣を自身の胸元へと押し当てる。すると剣は瞬時にイミュリエールの体内へと吸収されていく。

 なるほど、魔王殺しの剣は持ち主を鞘として携帯できるのね。盗まれる心配もなく、いつでも取り出せる。女神達が好みそうな性能しているわね。


「はぁ……疲れたぁ……喉乾いたぁ……」

「はい、お水」


 氷の水筒を作り出し、内部にも水を精製する。レッサとの鍛錬後には欠かせない一杯として作り慣れた魔法だ。いつかはレッサの汗を混ぜて飲みたいところなんだけど、全然汗かかないのよね、レッサ。回収できる液体なら唾液……?いやいや、ちょっとマニアックが過ぎるというか……まだもう二歩くらい段階を踏みたいというか……。今度泣かして涙で試そうかしら。


「わぁい!んく、んく、んく、ぷわぁー!冷たーいっ!美味しいーっ!」

「はぁ……まさか四族全員負けるなんて」

「うん?貴方は本気出してないし、ソレには負けたわよ?」

「あら、レッサに勝利を譲ってくれるの?」

「貴方達がギリギリ死なないようにやるつもりだったのに、殺しにいっちゃったもの。ルール的には私の負けじゃない?」

「あー」


 私達四族に実力を認めさせ、後ろ盾を得るのがイミュリエールの目的。確かに殺そうとした段階で勝利とは言えないわね。まあ一人でも生かしていれば良くはあるのだけれど。


「あ、でも実力は認めてくれない?私どうしても領主になりたいのよ」

「それは良いけど……そこまで領主になりたいの?魔王城に行きたいって話だったわよね?」

「それはねー」


 イミュリエールから、彼女が魔界に渡ってきた理由とこれまでの経緯を聞かされる。彼女の弟であるアークァスに会いたいという理由で、村で封印してあった魔王殺しの剣を奪ったこと。アークァスの元へ向かう途中、道を間違えて魔界に到着したこと。鋼虫族の領地で、弟の血の匂いがついていたジュステルを問答無用で殺してしまったこと等など。


「愛ね」

「愛ゆえの暴走というやつね」

「愛なら仕方ないわよね。レッサは殺させないけど」


 そして現在、創生の女神ワテクアが連れてきた男、カークァスがそのアークァスなのではないかという疑いが強く、それを確かめるべく魔王城に行きたいと。

 名前、偽名にしても安直過ぎない?人間が魔王候補を偽るにしてももう少しまともな名前つけると思うのだけれど。でもこのイミュリエールの弟なら可能性はありそう。


「という感じかしら」

「愛という理由を知らなければ、頭を抱える展開ね。構わないわよ。実力を認めるだけじゃなく、正式に推薦もしてあげるわ。ただ人間としては面倒だから、適当な混血魔族として推薦するけど」

「わーい!」


 イミュリエールの性格はおおよそ把握できた。私のレッサに対する想いと同じ。自身の弟に対してであることと、それがちょっと拗らせている感じがアレだけど。

 サロナイトだったかしら、あの鋼虫族もこのシンプルな性格を把握できたからこそ、鋼虫族の領主になれるようにと、ここまで立ち回れてきたのね。

 暴走させるよりかは、ある程度望みを叶えさせながら舵取りをした方が良い手合。多少魔界の情勢が傾くことになりかねないけど、レッサを守るためなら安い被害よね、うん。


「それじゃあ、領主の館に向かいましょうか。伸びてる三人は私が運ぶわ。貴方は先に帰ってお風呂に入ってなさい。汗の臭い凄いわよ」

「うぐ……確かに……。あんな攻め方、乙女にするなんて酷くない!?」

「馬鹿ね、そのまま組み付けば合法的に自分の汗の臭いを相手に染み込ませられるのよ?くんずほぐれつよ?」

「えぇ……マニアック過ぎない?」


 どうにかできるといえばできそうなのだけれど、もしかすれば私の手に余る事態になる可能性もある。

 少なくとも未来への干渉を行えている時点で、神域に踏み込んでいることは確かなんだし……。先生に連絡しておいた方が良いのかしら……。でも正直、あの方とは未来永劫関わりたくないのよねぇ……はぁ……。



レッサの特異性は自身を炎、熱源とし、触れた対象に高効率で熱を付与するものです。物理攻撃無効ですが、魔力帯びなら通るし、魔法も通りやすくなるパターンが多いので防御面はデメリットもそれなり。ただ触れた対象に熱源を移せるので、近接戦の威力は相当なものです。


レッサの強みは全開状態で拠点へと攻め入る時です。空気越しに熱が浸透してくる無理ゲーなので相手はその場を放棄せざるを得なくなります。

レッサが全開だと、接近戦自体が不可能になります。なので遠距離からペチペチして、近づいてきたら距離を取り続け自滅を待つのが正解となります。イミュリエールにはできますが、「接近戦で大丈夫そう」と油断させられて術中に嵌っていました。


当人曰く「破壊する拠点とかは楽でいいのだが、奪取しないと行けない場所では本気を出せないのがもんにょり」な特異性。

クアリィ曰く「一回全開状態で抱きしめられたい」とのこと。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] クアリィとイミュリエールは本気だとどっちが強いんだろう? 魔王軍では、カークァス派閥とイミュリエール派閥で別れそうだな。 イミュリエールの強さを見た以上、カークァスが物足りないと感じて…
[良い点] 脱水症状を誘うとは、レッサエンカは知将ですなぁ。 一方のイミュリエールさんも、過程をすっ飛ばして結果だけを残せるとは……これって世界の理とかに触れないんですか?
[一言] あー、これは完全にバレるのも時間の問題ですね…。
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