土。
◇
両断されたルーダフィンだが、コアは無事で気を失いながらも止血は行われている。戦士として身につけてきた習性が本能的に生存への処置を施しているのだろう。
空と地、それぞれを支配する特異性による全方位攻撃。しかしイミュリエールはその攻撃が発生しきる前に間合いを詰めてルーダフィンを襲った。
その移動速度は転移魔法を使用したものとなんら変わらない。超広範囲の斬撃はイミュリエールを中心に放たれる。見えてさえいれば距離を取りながら戦えなくもないのだが……あの速度で間合いを詰められては、回避することは難しいだろうな。
「レッサ、今の足運び見えた?」
「いや、予兆を感じた時には既に移動済みだった。原理としては魔力強化の類いなのだろうが……あそこまでの密度は初めて見たな」
「それだけ見えていれば十分よ。普通なら足が壊れる次元の魔力強化。それが正体よ」
頭の中に文献で読んだ内容が呼び起こされてくる。『時渡り』、勇者が得意とする神速の歩法だったか。勇者の持つ魔王殺しの剣を持ち、勇者の技を扱う……か。可能性としてはいくつかあるが……。
「貴様、今の技……神技と言ったナ。何故勇者の技を扱えル」
「あら、知ってたの?別に不思議な話でもないわ。勇者が世界に認められるために人間界を巡礼し、その際に勇者であることを証明するために習得していく技……それが神技。『時渡り』は私の里に伝わる神技。だから私も理論は知ってる」
ゴアガイムのおかげで答えは絞られたか。勇者の生態についてはある程度魔界にも文献が残されている。勇者は人間界の領地を支配するようなことは行わず、ただ魔王を討つためだけに存在する旧神ウイラスの使者。
人間界を巡り、その実力を示しながら各地に伝わる旧神ウイラスの恩恵を身に受けながら成長し、完成すると。
勇者の神技を代々伝える一族、そうなると魔王殺しの剣を所持している理由にも納得がいく。
イミュリエールは神技と共に旧神の剣を封印されていた土地の一族……ということだな。
「ゴアガ――」
「レッサエンカ。助太刀は不要ダ」
「……」
「言われずとモ、既に状況は理解していル。我は負けル。だが約束は果たス。引き出しは二つ以上引き出して見せル。ルーダフィンを頼ム」
「――ああ、任せたぞ」
ルーダフィンを倒され、内心一番憤っているのはゴアガイムだ。自身を捨て駒とする覚悟を決めている以上、口を挟むのは野暮だろう。
倒れているルーダフィンの周囲の土が動き、その体をこちらの方へと運んでくる。気を失っているルーダフィンを見て、クアリィは小さくため息を吐きながら応急処置を始めた。
「そんな顔で乙女の秘密を暴こうとするのはどうなのかしら?」
「抜かセ」
ゴアガイムが仕掛けるよりも先にイミュリエールの脚部に魔力が集中しているのが見える。遠距離からの斬撃は既に不可視ではない。距離を詰めてから逃げ場のない包囲攻撃を行おうとしているのだろう。
「――ッ!?」
しかしゴアガイムはそれを読んでいた。驚きの表情と共に、イミュリエールの身体が地面へと沈み込む。
ゴアガイムの特異性『空際よ、我が手の侵食を受けよ』は視認できる範囲全ての大地を操作できると聞いている。
それは攻撃や防御だけではなく、戦場を操作する上でも有益な能力だ。そういった利便性では俺の特異性よりも遥かに使い勝手は良いと言えるだろう。
今イミュリエールの周囲の地面はぬかるんだ泥のような状態。神速の踏み込みであれど、踏みしめる大地が不十分ならば……いや、まだイミュリエールにはさっき見せたアレが――
「読んでいるゾ」
「――ッ」
瞬きと同時にイミュリエールの姿が消え、ゴアガイムの遥か後方へと現れた。
イミュリエールは空中で軌道を変えていた。それに空中にいたルーダフィンの正面に『制止して現れた』のだ。
あの『時渡り』は速度もそうだが、目的地点でブレーキを行う技術も内包しているのだろう。音よりも速く動くのならば、空気も立派な障害物。蹴ることのできる大地となる。
空気ですら蹴ることができるのであれば、泥と空気を同時に蹴るだけでも十分な速度は出せる。
だがゴアガイムが周囲を泥に変えた理由は別。イミュリエールに『問題ない』と単調な突進を行わせることと姿勢のブレによる視認性の低下だ。
ゴアガイムの正面には棘を持つ透明な壁が展開されていた。神速で飛び付こうものなら、自らの速度で全身を貫かれていただろう。
イミュリエールの肩には僅かな出血がある。恐らくは『時渡り』による移動をする直前、ゴアガイムの罠に気づいた。そこで移動先を変更し、壁を避けた。だがその過程で壁に肩を掠ってしまったのだろう。
ゴアガイムの読み勝ちと言える負傷。ゴアガイムは透明な壁に塗られているイミュリエールの血を見ながら鼻を鳴らす。
「フン、油断はせぬカ」
「ビックリしたぁ……負けるとか言ってた癖にー!」
「見えぬ攻撃を繰り出せるのは貴様だけではなイ」
ゴアガイムの戦闘は大地を動かす派手なもの。自然と視線は大地へと釘付けにされてしまう。
だが大地とは様々な物質の集まり。石の粒もあれば鉄や鋼、水晶と言った物質も存在する。ゴアガイムはその成分を選り分けることもできるわけだ。
「良いわよね、あの特異性。財源確保し放題じゃない」
「確かに……」
ゴアガイムの特異性ならば、希少な金属や宝石を自由に選り分ける事ができる。更には操り、任意の形にも変化させられるわけだ。地族と友好的な姿勢を示す魔族が多い理由はそこにもあるのだろう。
「んー……近づかずに斬るしかないかぁ」
白い軌跡がゴアガイムへと刻まれる。ゴアガイムは足場の大地を動かし、その巨体を凄まじい速度でスライドさせる。
続く白い軌跡は真横の薙ぎ払い。しかしそれもゴアガイムは体ごと地面に潜るように回避してみせた。
「わぉ、器用ね!」
そして返す反撃でイミュリエールの周囲を大地の隆起が襲う。イミュリエールは遙か上空に飛び上がり、ゴアガイムを見下ろす。
「翼も無き者が空を駆けるカッ!『空際よ、我が手の侵食を受けよ』!」
その名の通り地平線を侵食する無数の大地の手がイミュリエールへと迫る。
しかし次の瞬間、伸びた腕の全てに白い軌跡が刻まれ、一拍置いて全てが同時に両断される。
「視界に入った全てを斬れる。ゴアガイムやルーダフィンの特異性と似た攻撃よね」
「軌跡は途中で変化しない分回避こそできるが、イミュリエールを中心として放たれている以上こちらの攻撃を届かせるのは一苦労だな」
イミュリエールは間髪入れずにゴアガイムへと白い軌跡を飛ばすが、地上にいるゴアガイムの移動速度は空を駆けるルーダフィンにも引けを取らない。周囲の大地は隆起していてまともに歩くことすら難しく見えるが、ゴアガイムが近づけば自動的に整地された足場へと変化していく。
「あの巨体であの速度って気持ち悪いわよね。もうちょっとどっしり動けって感じ」
「クアリィ……」
ちょっと内心思っていたが、口にはしなかったことをずけずけという彼女。しかし口はふざけているが、その視線は常にイミュリエールの方へと向けられている。
彼女もまたルーダフィンとゴアガイムの捨て身の奮闘を無駄にしないように最大限努力しているのだ。
「――っと」
大地から伸びる腕を全て切り落としたと思った矢先、空中で軌道を変えたイミュリエールの服が少しだけ破れたのが見えた。
迫りくる腕の中に、透明な水晶で創られた棘が含まれていたようだ。視界を埋め尽くす土の中に紛れ込む不可視の刃、それを空中で捌き続けるのは中々に骨が折れるだろう。
「――む」
我々のいた足場が移動を開始する。これは我々……というよりは動けないルーダフィンをより遠くに運ぶ必要がある技を使用するつもりなのだろう。
イミュリエールはその様子に気づいているようだが、休みなく這い上がってくる腕を斬り落としながら棘を回避する作業に追われている。
普通ならば剣技だけであそこまで凌ぐこと自体異様なことではあるのだが、思ったより我々の感覚が麻痺しているようだ。理由は……魔王を目指す者の中に、似た類いがいるせいか。
足場は魔力強化されている視力、肉眼で両者の表情が辛うじて確認できる距離まで移動する。
両者の声の波長を拾いやすくするため、魔力強化で聴力を調整。ゴアガイムには然程必要性はないが、イミュリエールは新たな神技を扱う可能性がある。少しでも情報を得る機会を無駄にするわけにはいかない。
「透明な棘、空気の流れで読み取ってる感じかしら」
「そのようだな。ただ大地の腕の圧力で感知の精度は低そうだ」
「硬度もそれなりのはずだけど、流石に硬さを無視した斬撃の前にはガラスも同然ね」
やはり注意すべきはその切れ味か。どれほどの厚い壁であっても、白い軌跡は容易く両断してくる。
鉱石よりも硬いゴアガイムの腕を斬り落としている以上、斬撃の威力は『当たれば絶対に斬れる』くらいの認識で良いだろう。
「大技狙っているわねー。別に待っててあげてもいいから、この腕は一回止めない?」
「生憎だガ、これらの攻撃ハ……貴様を空に繋ぎ止める為のものダ」
地平線が動く。無数の腕どころか、視界に映る地平線全ての大地が隆起し、イミュリエールの下側左右からトラバサミのように閉じようとしている。
「わお、派手ね!じゃあもっと上に――」
「既に包囲は済ませてあル」
左右から閉じようとしている地平線から新たに大地の腕が伸び、イミュリエールの逃げ道を覆い塞ぐ。
地平線は左右から伸び上がり続け、発生した腕を圧し潰しながらイミュリエールへと迫り、遙か上空までそびえたつ巨大な山となろうとしている。
切断することは可能だろうが、その奥には延々と続く大地が残っている。斬った先からさらなる物量が押し寄せる大地の包容。イミュリエールの身体が人間、魔力強化程度では耐えることはできない。
「ふーん。斬っても無駄って言いたいんだ。でも斬るわよ」
「――ッ!?」
驚愕の表情を浮かべるゴアガイム。いや、これは仕方ない。俺も驚かざるを得ない光景だ。
これまでの白い軌跡はどこまでも伸びる薄い斬撃の形を模していた。長さという概念が無視されてはいたが、少なくとも今イミュリエールが握っている剣から放たれている斬撃だと理解ができた。
だが今我々が視認しているのはゴアガイムの全長を飲み込む厚さを誇る巨大な軌跡。巨大な樹木のような剣でも振り回さなければ存在しえない斬撃の予兆。
「ウオオオッ!?」
ゴアガイムは全力で移動し、白い軌跡から離れる。だが完全に逃れる前に斬撃は現れた。
イミュリエールを飲み込もうとしていた地平線は両断され、ゴアガイムの右胸から先が消し飛んだ。
ゴアガイムの特異性が解けたのか、隆起していた大地は巨大な土煙と地響きを立てながら崩れていく。
両者の姿はそのまま飲み込まれ――
「よいしょっと」
「ッ!」
イミュリエールがすぐ真横に現れた。恐らく『時渡り』を使用しての離脱なのだろう。
その傍らには右半身を失ったゴアガイムが倒れている。あの状況下でゴアガイムを掴み、救出をしたというのか。
「半分でも重かったぁ……起きてるわよね?まだやる?」
「……いヤ、もう十分ダ。……レッサエンカ、あとは頼む」
右半身を失ったということは、コアのある左半身の回避を優先していたということ。岩族である以上失血死等は問題ないが、半身の損壊は即座に回復できるものではない。今イミュリエールの眼の前で回復しようものなら、戦闘続行の意思があるものとして追撃を受けることになる。
いや、そもそも助けられた時点で戦闘続行を口にするような無様な真似はできまい。それが岩族領主ゴアガイム=スアオンザだ。
「良い健闘だったぞ、ゴアガイム。あとは俺に――」
「引き出せてないじゃない、この馬鹿」
「グオァッ!?」
地面から突き出した氷柱がゴアガイムを跳ね飛ばす。宙を舞い、回転しながら再度地面へと落下するゴアガイム。全身が微かに痙攣しているが、意識はないようだ。
普通ならばあの程度で意識を失うことはないのだろうが……イミュリエールの一撃で限界ギリギリだったのだろう。
「クアリィ……さん?」
「さん付けしないでよ。なに?」
「いえ、その……頑張ります」
「貴方は戦わなくていいわよ、レッサ。私がやる。どうせ勝ち目薄いんだし、新しい情報も引き出せないでしょ」
「えぇ……」
ああ、それでゴアガイムの意識を断ったのか。それにしても……こう、治療をしながら優しく眠らせるとか……頑張ったんだし……。
「二人掛かりでも良いのよ?」
「レッサが視界にチラつくと集中が途切れるのよ。一人の方がまだ戦えるわ」
それは俺が足手まといだということだろうか。彼女の実力を知っている以上、否定しきれない事実ではあるのだが……。次は俺の番だと想定して、頭の中で色々と策は練っていたのだがな……うん。
「……わかった。クアリィがそう言うのであれば、俺は黙って下がっていよう」
「応援」
「ん?」
「応援の言葉くらいないの?」
「え、あ……任せ……る?」
「やり直し、もっとやる気が出る感じで」
やる気が出る感じ……。相手は俺でも油断のならない相手だ。もしもクアリィが敗れるようならば、それは事実上俺の敗北でもある。つまるところ――
「俺の未来はお前に預ける。信じているぞ」
「――及第点ね」
よし、台詞のやり直し要求はこれが初めてではない。経験が活きたな。……活きたのか?
タイトル的に次はレッサだと思ってた人は多かっただろうに。
ちなみにクアリィ、内心歓喜会場満員スタンディングオベーション。