四族と。
ルーダフィンの駆る大鳥に乗り、鋼虫族の領主の館と向かう傍ら、持参した食事の説明を行った。
「ほう、弁当か!その気遣い、ありがたいぞレッサエンカ!」
「我々ハ、ジュステルに問いただす為に向かっているのだゾ」
「ゴアガイムよ!ワシ等は何も争いに行くのではない!弁当片手に推参した方が相手側の緊張も解れよう!些事であったのならば、四族総出は大山鳴動であるからな!」
「……なるほド。だが我等が気遣う必要性があるのカ?」
「あるとも!余裕を見せることも強者の努めであるからな!ウワハハッ!」
ゴアガイムは私と思考が似ている傾向にある。小言を言われる可能性は想定していたが、ルーダフィンが一緒にいるのであれば気にする必要はないと全員分の食事を用意していた。
空を駆る風族と土を這う地族。それぞれの優れていると感じる点が異なることもあり、歴史で見るのであれば、両者の関係はあまり良好ではなかった。
その関係を一足飛びで改善したのがルーダフィンだ。風族最強となったこの男は、忌憚のない純粋な尊敬の念をゴアガイムに向けていた。
ゴアガイムと地族はその姿勢に感服し、今ではもっとも交流の深い種族の組み合わせとなっている。
「納得しておくとしよウ。しかしルーダフィンヨ、この鳥はもう少し速度は出ないのカ?」
「ワシがお前さんを抱えて飛べば確かに速い!その気になれば全員抱えることも問題はない!が、光景が滑稽であるからな!」
「……珍光景ではあるナ」
バランスを考えるのであれば、ルーダフィンは足でゴアガイムを掴み、俺とクアリィを両脇に抱える形になるだろう。
その様な姿で鋼虫族の領土に入れば……珍光景として見られるのは避けられないだろうな。
「なに、帰りはレッサエンカとクアリスィをコイツに乗せて送り届ける!ワシの最高速で連れ帰ると約束しようではないか!」
「最高速は止めロ。我が領土が荒れル」
「ウワハハッ!かもしれんな!」
ゴアガイムを相手にこの温和な空気を維持できるルーダフィンの社交性は、外交を行う領主としても優れている。それでいて当人は先陣を切り、兵としても一級品だ。
単純な戦闘では負けるつもりはないが、総合的な面では俺もまだまだ見習うところの多い相手だ。
「……」
「……あー、レッサエンカよ……。ワシ等、煩かったか?」
しかしそんなルーダフィンやゴアガイムも、無言で俺達を睨んでいるクアリィには弱い。
どちらもクアリィの本当の実力は知らない。客観的な目線で言うのであれば、四族の中で最も評価の低い領主とされている彼女だが、俺達は皆彼女を軽んじることはない。
寡黙でありながら、一切無駄な発言をしない彼女の姿勢を評価しているのもあるだろう。本当の実力を知っている俺が、彼女には素直に謝罪をしている姿を見ていることも理由なのだろう。
だがそれ以上に彼女はよく相手を睨む。静かに、あらゆる気配を感じさせないままに。
明確な嫌悪や敵意を向けられているのなら、まだマシだ。だがクアリィからはそういった意思はまるで感じない。彼女を視界に入れていなければ、睨まれていることにすら気づけないほどだ。
それでも睨んでいることは事実。明らかに不機嫌そうな表情で睨んでいるのだ。その異様な不気味さが皆苦手なのだ。
「それは……クアリスィに聞いたらどうだ……」
「あー、うん。そうだな。クアリスィよ、そのだな……何か気に障っただろうか」
「別に、気にしていないわよ。もう鋼虫族の領地に入っているというのに、平常時のままでいられる貴方達をどう褒めるか考えていただけよ」
「……自粛する」
「うム……」
「どうして?それはどっち?褒められる『こと』が嫌なの?『私に』褒められるのが嫌なの?」
「いや、その……」
そしてこの独特な言葉責めも、真っ直ぐに語るルーダフィンの調子をいとも簡単にたじろがせている。まあ俺もルーダフィンのことは言えないのだが、正直ルーダフィンに矛先が向けられている今は安堵できる状態だ。
「レッサエンカ?」
「……ナンダロウカ」
「いえ、ため息を吐いていたから、気になっただけよ?理由を聞いても良いかしら?教えてくれるわよね?」
「……そろそろ領主の館に到着するからな。気を入れ直していた」
「そう……。どちらかというと安堵の息のような気がしたのだけれど……」
「ソンナコトハナイ」
そう。もう間もなく領主の館へと到着する。既に伝令の魔物は送っている。相手からの返事はないが、既に我々が領土内に入ったことくらいは把握済みだろう。
黙認されていることは確かだが、出迎えが来る様子もない以上ジュステル側に動けない事情があるのは確かなようだ。
「――む、領主の館の前に妙な建築物があるぞ?」
ルーダフィンの言葉に、各々が視力を強化して確認を行う。領主の館の敷地内と言える区画に、不釣り合いな建造物がある。
形式としては鋼虫族が遠征の際に仮設する兵舎の造りのそれだ。側近の待機する施設は別に存在している。戦闘用と思われるスペースが設けられていることも考慮するに、新規の兵の訓練施設だろうか?
「我々の目的には関係ないだろウ」
「どのみち領主の館の目の前に着陸するわけにも行くまい?着陸の場として利用させてもらいつつ、覗いてみようではないか」
「余計な干渉をしようとするナ」
「だが誘われておるぞ?」
「なニ?」
「看板がある。『四族の領主様方、こちらにどうぞ!』と」
流石にこの距離からはルーダフィンにしか見えないが、彼が嘘をつく理由はない。場所を指定してきた以上は無視するわけにもいかないだろう。
「本当、汚い字ね。よく読めるわね」
「クアリスィ、見えるのか?……なんだそれは?」
クアリィの方を見ると、彼女は一枚のハンカチを取り出し、それを筒状にした状態で凍らせている。前後には氷の膜が貼られており、それを覗いているようだ。
「望遠鏡。厚みの違う氷を使えば代用できるもの。乾かしておいて」
「あ、ああ……」
渡された氷の望遠鏡をそっと溶かし、ハンカチに戻して焦がさないように慎重に水分を飛ばす。意外と力のコントロールを磨く鍛錬に有効な気がしないでもないな。
特に反対する者がいないと判断したルーダフィンは、大鳥の進路を変更し着陸へと向かう。領主の館内部には鋼虫族の姿が見えるも、こちらを視認しても動く様子はない。
ジュステルがこの先にいるのだろうか。どちらにせよ、異様さは感じざるを得ない。
「四族が領主の皆様方、ようこそいらっしゃいました」
降り立った先にいたのは一人の鋼虫族。感じられる魔力から一般兵程度の実力者であることは確かなようだが……妙な貫禄を感じる。
「これは何の真似ダ?」
「手順を省く為でございます。領主の館へ直接赴かれても、結局はこちらに足を運んでいただくことになると思いましたので、こうしてご案内させていただきました」
「説明はしてもらえるわけだナ。名を聞こうカ」
「サロナイトと申します。説明をする前に、先に証拠として私の特異性をお見せしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「――許可すル」
サロナイトは一礼し、魔力を練る。そして特異性を発動した。
それは鋼虫族を象徴する一本の軍旗。魔力を帯び翻るその姿を見て、我々の脳裏には同じ者の姿が浮かび上がっているのだろう。
「――『我等が不変なる志』ッ!」
「……っ!」
旗の輝きと共に、サロナイトの周囲を覆う結界が展開される。サロナイトに施されている魔力強化の質が数段上のものとなっているのが確認できる。
効果範囲、強化量は明らかに劣っているが、その効果や感じる性質は確かにジュステル=ロバセクトの特異性、『我等が不変なる志』そのものだ。
「何故お前がその特異性を扱えル?」
「ジュステル様は亡くなられました。その折に、私に自らの意思と共にこの特異性を託してくださったのです」
「ジュステルが……死んだ……だト?」
「はい。そして現在、ジュステル様を倒された方が、新たな鋼虫族の領主となるべく、反対派と争っているのがこの領地の現状でございます」
嘘をついている様子はない。ジュステルがサロナイトに特異性を託した理由は定かではないが、本人の意思がなければ不可能な術であることは理解している。それに今の状況に対して説明もつく。
「その話を信じるならバ、領主の館……本来のジュステルの部下達は中立状態というわけカ。そして我々が確認の為にここに足を運ぶことになるト」
「ご理解が早くて助かります」
「ジュステルが自身を殺した者ヲ、領主として推薦したのカ」
「はい。その御方こそジュステル様にとって理想の魔王と成りうると」
わざわざここに誘った理由はその領主候補と我々を引き合わせるのが目的か。反対派の動きがないのも、我々が干渉することを期待しての行動と考えられる。
「――どうすル。ルーダフィン」
「どうもこうも、領主の館が中立状態になっているのであれば、その者がジュステルの意思と特異性を受け継いでいることは真実なのであろう。領主がいないのであれば、領主間会議に出席できないのは当然のことだな」
「それハ、我々の干渉することではないト?」
「いや、鋼虫族としては賛成派反対派どちらにも干渉して欲しいのだろう。恐らくその領主候補は反対派の手に余るのだな」
ルーダフィンと同じ判断ということは俺の推測は間違えていないだろう。サロナイトからは多少の驚きの反応がある。現状を見透かされたことに対する動揺か。
「領主を決める争いニ、我々が利用されるのを良しとするのカ?」
「ジュステルを殺した者ならば実力は確かだ。見ておきたくはないか?ワシは会ってみたいぞ!」
「……良いだろウ。レッサエンカとクアリスィも構わぬカ?」
俺とクアリスィは静かに頷く。ジュステルを殺めた存在がいる。やがては我々の前に現れることになる存在、領土の問題だからと看過するわけにもいかないだろう。
「その者は今どこに――」
「はーい!こっこでーす!」
物陰にでも隠れていたのか、その者は気の抜けた声を出しながら姿を現した。
そしてその姿を見た瞬間、俺達は全員が即座に臨戦態勢へと入った。本能が目の前にいる存在が強者であることを理解している。相手はその実力を微塵も隠そうともしていない。
体つきからして女なのは間違いないのだろうが、明らかに鋼虫族ではない。悪魔族の容貌に近いが、この匂いはそもそも魔族のそれではない。
「――人間カ、貴様」
「ええ、そう!私は人間、名前はイミュリエール!現在鋼虫族の領主を目指して頑張ってまーす!」
否定どころか肯定をしてきた。人間が魔界にいる。それだけでも異常な事態なのに、領主を目指しているだと……。思考の放棄を止めるな。まずは状況を正しく理解する必要がある。
「何故領主を目指ス」
「んーと、一番の理由は魔王城に行きたいから。あと一応うっかりここの領主さんを殺しちゃったから、領土をまとめるため?でも人間が領主になるって言ったら、結構反対されちゃって。殺しちゃった領主さんは推薦してくれたのに、酷いわよね?」
「反対されて当然ダ」
「そうみたいね。だから手っ取り早く実力を示すのが一番かなって。だから手合わせしましょう?私の実力を認めたら、鋼虫族の領主として相応しいって皆に言ってほしいの」
「断ル」
「えー。じゃぁハンデあげるわよ?四人がかりでも良いわ!お友達と一緒なら、怖くないでしょ?」
「――愚物ガ」
イミュリエールの左右の大地が隆起し、彼女を飲み込んだ。いや、圧し潰したというべきか。
ゴアガイムの攻撃に予兆はなく、瞬きより速い。並の存在ならば、これで即死だろうが……俺達の誰もが警戒を解いてはいなかった。
「ちょっと!いきなり始めないでよ!ここ一応私の仮住まいなんだから!」
イミュリエールは隆起した土の上に立っていた。攻撃が発生した瞬間、奴の目が反応していたのを全員が捉えていた。やはりあの一瞬で脱出していたようだ。
「挑発に乗ってやっただけダ。貴様に気遣う理由など――」
「はーい、場所移動ー!」
「――ッ!?」
イミュリエールの姿が揺らめいたと思った矢先、ルーダフィンの正面に現れた。そして鞘に納められたままの剣による打突がルーダフィンへと直撃した。
そして音が耳に届くよりも速く、ルーダフィンの体が吹き飛ばされる。ゴアガイムが応戦しようとした時には、既にイミュリエールは吹き飛ばされたルーダフィンの方へと駆けていた。
「飛ばしやすそうだから、狙われたわね。ルーダフィン」
「鳥頭で翼が生えているからナ。アイツも場所移動を受け入れてワザと吹き飛んでいタ」
「でしょうね」
イミュリエールの打突をルーダフィンは自身のランスで防御していた。そもそも飛べるルーダフィンが吹き飛ばされたところで即座に空中へと旋回できただろう。
領主クラスの戦いともなれば、その余波は地形そのものを変えてしまうことになる。気遣いのできるルーダフィンらしい立ち振舞ではあるが……こちらの移動の手間も考えてほしいものだ。
「追うゾ。ルーダフィンだけに遊ばせるわけにもいくまイ。アイツは査定が甘いからナ」
「そうだな。さっさと――」
「ゴアガイム、レッサエンカと少しだけ話しておきたいことがあるの。先に行っててもらえる?」
動こうとした俺とゴアガイムを制止するように、クアリィが口を開いた。ゴアガイムは少しだけ沈黙していたが、静かに背を向け地面へと沈んでいった。
傍にいたサロナイトも役目はこれまでだろうと頭を下げ、この場を離れていく。残されたのは俺とクアリィだけだ。
「……どうして止めた?」
「一応忠告しておこうと思って」
「ジュステルを倒している以上、油断をするつもりはないが」
「それだけしか分かってないんでしょ。だから忠告。いいから聞く」
只者でないことはわかっているつもりだが、クアリィはそれ以上の何かを掴んだのだろうか。
「……わかった。聞こう。だが何故俺だけ?」
「あの二人だと、すぐには信じないことだから」
「俺はお前の言う言葉なら、嘘でも信じるぞ」
「――ありがとう。それで、驚かないで聞いてほしいの」
「ああ、驚かない」
「あの人間、魔王殺しの剣を持っているわよ」
「……」
「流石レッサね。眉一つ動かさないなんて」
いやまぁ、ビックリしてコアの動きが止まりかけたんだが。