誰が最たるか。
◇
「それで、散々暴れまわって負傷した挙げ句、ナラクトをより脅威にしてきたと」
「いやごめんて」
ナラクトの勝負が決着した後、魔王城から直帰してきたアークァス。両足が砕けており、地を這いながら転移してきた時には何か妙な感覚に目覚めそうになりましたが、今はおおよその治療を終え、彼はベッドの上で療養しています。
鬼魅族は遠見の魔法の対策はしてありましたが、そこは私女神です。アークァスの鎧に周囲の情報を録画録音する機能をこっそりと付与していたので、彼が魔界でどのような無茶をしてきたかなんて簡単にわかります。
そして今はそのデータを確認しつつ、果物を食べている彼を睨みながら問い正している状況です。
「私に治療をさせる前提で、無茶をし過ぎなのですよ。なんで生きているんですか、貴方」
「だからごめんて。ところでナラクトの様子はどうなんだ?って、遠見の魔法で覗けないんだっけか」
「長達が死んだことで、遠見の魔法に対する防衛が温くなりましたからね。様子見くらいはできましたよ。無茶な魔力出力の後遺症で、軽い冬眠状態になっていますね。貴方の完治とどっこいどっこいで目覚めますよ」
「それはなにより」
「……貴方はこうなる結果を本当に狙っていたのですか?」
「『価値観の違いが距離を作る』……師匠の言葉ではあるんだけどな。距離を縮めるのなら、共通の価値観を持たせるのが手っ取り早いからな」
鬼魅族にとって、鬼磨の儀は歴史を紡いできた神聖な儀式。それを台無しにしたナラクトと彼らの間には明確な溝があった。
ナラクトからすれば有象無象のごっこ遊び、騒がしいだけの無価値なもの。彼女にいくら鬼磨の儀の大切さを学ばせたところで本質的な共感は得られない。
だからこそアークァスはナラクトに本気を出させて戦い、遥か高次元の鬼磨の儀を執り行って見せた。
ナラクトには強者と戦い、自身を磨き上げることの喜びを教え、鬼魅族にはナラクトの強さを、彼らにとっての価値へと昇華してみせた。
両者にとって鬼磨の儀の価値観を高め、距離を狭めることに成功したわけです。
これが人間社会ならカークァスという存在は敵として認識されたままでしょうけど、魔界は実力主義なところがありますからね。
これまで強過ぎるナラクトを理解できなかった鬼魅族は、彼女の本当の強さを知った。そしてそれを引き出してなお勝利してみせたカークァスが本物であると思い知らされたでしょう。
「結果としては鬼魅族の脅威は増した形になるのですが」
鬼魅族は魔族の中では中堅所の強さでした。
領主と民衆との距離感のせいで士気などは低くても、鬼魅族は同種族間でも多様な特異性を持っています。
そして強さしか持ち合わせていなかったナラクトも、その強さが十二分にあったので、総合的には中堅所といった形です。
しかしナラクトの覚醒を目の当たりにしたこと、民衆の代表である長達の大半が殺されたことで、民衆のナラクトに対する依存度は確実に増すことになるでしょう。
まあ民衆はオマケです。問題なのはナラクト本人。才能だけで領主達に並んでいた彼女が、心身共に成長してしまった。現時点で彼女は魔界で五本の指に入るかもしれない実力者になったわけですからね。
「それはごめんて。でもナラクトに恩は売れたんだし、配下に入ってくれる可能性はそれなりにあるぞ」
「撫で斬りにするとか抜かした人がよくそんな台詞を言えますね。それはそうと、いくらリュラクシャ出身だからと、まさか『神技』まで使うとは思いませんでしたよ」
「二回とも失敗だったけどな」
「当然ですよ。元々神技は勇者の為に編み出された技なのですから」
アークァスがナラクト戦で見せた技、神技『時渡り』。言葉の通り、私がこの世界に与えた技です。
魔界の勢力に合わせ、均衡を保つ能力を与えられる勇者。その基礎能力は全ての生物を超える存在ではありますが、ベースとなるのは人間。その力を使いこなすには相応の技術を身につける必要があります。
しかし常人の技では勇者の能力を活かしきれない。そこで勇者のスペックを前提とした技をいくつか用意したわけです。
勇者は自身の存在を世界に誇示するため、人間界で巡礼を行う。その時に各地に封印された装備を手に入れ、口伝で伝えられている神技を習得し完成していく。
「理論だけなら、できそうな気もするんだけどな」
「超圧縮した魔力を脚部内で高速循環させることで、脚の機能そのものを神域に届かせる技ですからね。勇者クラスの肉体強度と魔力強化密度があっての技です。常人が使えば足が爆ぜていてもおかしくなかったですよ」
口伝で残せる技ではあれ、人間に可能な技ではありませんからね。リュラクシャ出身ですし、知識くらいは知っているだろうと読んでいましたが、まさか実戦で使用するとは。
ただアークァスほどの練度を持っていても、『時渡り』の使用は無理がありましたね。まあ窮地を救う二度の超速移動と考えれば、足の犠牲も安いと言えば安いのでしょうが……。
「姉さんでも使おうとはしてなかったしな」
「それはそうですよ。まあ私としては『時渡り』よりも、奥義、『核穿ち』の方に興味がありますね」
神技『時渡り』による神速の移動により不意を突けたとはいえ、ナラクトを一撃で失神させた新たな奥義。
見栄えの良い技ではありませんでしたが、領主クラスの意識を奪う技ともなれば仕組みが気にもなるというもの。
「還らずの樹海で使っていた技、あれを昇華させた感じだな」
「あの技は……衝撃をコアに届けるものでしたね。ですが自在にコアの位置をずらすことができる魔族相手ともなると上手くいかず、コアを狙うにしても魔族の場合『魄剥ぎ』等で魔力を再出力させるなどで場所を特定していましたよね」
「ああ。魔物相手でも相当数と戦って、体の構造や本能の在り方を理解する必要があるからな。魔族相手にはちょっと勝手がな」
高い再生能力を持つ魔界の生物を相手に、コアを直接狙える技は相当な脅威ですからね。その条件だけで使えるのなら、十分過ぎではありますが。
「魔族相手にもコアを狙えるようにしたと?」
「厳密には違うんだけど……まあ、見せて説明した方が早いか」
そういってアークァスは皮を剥いていない果物を掴み、それを数度程揉むと台の上へと置きました。そして私の使っていたフォークを借り、フォーク二刀流。
「――奥義、『核穿ち』」
それを左右から果物へと叩きつけました。見た目としてはシュールな光景です。
「……ま、こんな技だ」
アークァスは私にフォークを返し、新しい果物を食べ始めました。どうやらこれで終わりの模様。
私が首を傾げつつ、奥義を放たれた果物へとフォークを突き立てると、そこからは夥しい量の果汁が吹き出しました。
驚きつつその果物の皮を剥くと、果肉が全てすり潰されたかのような状態になっていました。
「衝撃を内側に広げる技だとは思っていましたが……薄皮や筋はほとんど無事。これは……最も柔らかい果肉だけを潰すだけの衝撃を、果実内部全体に……?」
「相手の魔力強化量を把握すれば、全身の内側にある程度の衝撃を加えられるって技だな。条件が緩い分、正直威力は微妙で、コアを砕くにも足りないんだが……あの状態のナラクトになら効果抜群だったろうからな」
ナラクトは自身の特異性を覚醒させ、さらに短期決戦の為に魔力を無理に出力し続けていましたからね。コアへの負担も相当な状態だったでしょう。
そこに軽くとはいえ、全方向からの衝撃。コアは魔力を生み出す心臓でもあり、魂を宿す脳でもありますからね。限界まで脈動を早めていた脳と心臓を突然鷲掴みにされるようなものですか。そりゃ気絶もしますね。
「地味にエグい奥義ですね。ところでふと思ったのですが、神技や奥義を使う際に技名を口にする必要はあるのですか?」
奥義についてはアークァス個人のものなので、好みの問題で済むのですが、神技という言葉を口にするのは魔王候補としてはあまり芳しくありません。勇者が扱う技だという知識を持っている領主も何名かいることでしょうし、余計な疑いを生みかねませんからね。
「それなぁ……。奥義も神技も結構神経使う技でさ」
「でしょうね。理論上誰にでも使えますが、理論上でしか存在できない次元の技ばかりですからね」
「だから技の名を口にすることで、体をその奥義に適した状態に持っていく必要があるんだよ」
「なるほど、魔法における呪文のようなものですか」
「そんな感じそんな感じ」
言葉には力が宿る。これから使用する魔法の名を口にすることは、相手に情報を与えるデメリットこそありますが、自身の精神や魔力等を最適な状態に移すことでその質を上げられる恩恵が得られたりします。
普段から境地に踏み込んでいるアークァスが、更に奥へと踏み込む武人ならではの必要な所作といったところでしょうか。奥義を使っている際のカークァスの様子はどこか人ならざる存在の風格も感じましたし。
しかしそうなると、彼にとって奥義と神技は親しい存在なのでしょうか。身体的な関係で失敗にこそ終わっていますが、使用そのものはできていましたからね。
代償を支払えば、勇者と同じ技を扱える可能性が……いえ、流石になしですね。
彼の四肢が潰れても、私が治療すれば良い。そんな考えで彼に無茶をさせれば、きっと彼はどこかで擦り潰れることになる。
アークァスには魔王として魔界の足を引っ張ってもらいたいだけであって、彼に勇者と同等の強さを誇ってほしいわけではありませんからね。
「神技を知る魔族もいるのですから、とりあえず言い訳は自分で考えておいてくださいね。あと使用もなるべく避けてください」
「分かってるって。今回は本当に死にかけたからな。手段を選ぶ余裕もなかったんだよ」
「ナラクトは本来下側から数えた方が早かったですが、覚醒後だと五番目位までは上がっていましたからね」
「そこまでか。じゃあ一番強いのはどいつなんだ?」
順番付けの話は避けるべきでしたか。話題への食いつき具合が目に見えてわかりますね。まあある程度の忠告にもなりますし、言っておくべきでしょうか。
「そうですね。実績だけで選ぶのであれば、炎族のレッサエンカ=ノーヴォルです」
「強いのか?」
「本当、少年のように輝いた瞳で聞いてきますね。そんな顔で言い寄られたら私も満更ではないのですが……強いですよ。対人能力もそうですが、特に対軍能力に秀出ています」
「炎族ってくらいだから、火を使う感じなのか?」
「はい。レッサエンカがその気になれば、一帯が一呼吸で肺の焦げる灼熱地獄となりますよ」
レッサエンカ=ノーヴォル、火の精サラマンダーの魔族。その身に纏う熱気は炎に耐性のある同種族でさえ共に戦場を歩くことを許されず、彼が前線に出るだけで敵の陣形は崩れたと報告にあります。
同種族の戦いでこれですからね。対人間との戦いになれば、その被害は相当なものとなるでしょう。
「うげー、戦ったら全身火傷になりそうだな」
「火傷で済めばいいですけどね。消し炭の方が可能性高いですよ。間違いなく人間界に進出させてはいけない魔族の筆頭ですね」
「確かにな。森とか綺麗になくなりそうだ。でもその評価は絶対じゃないんだろ?」
「――そうですね。レッサエンカの強さを否定するつもりはありません……が、領主の半数近くが手の内を隠していますからね」
私がレッサエンカを最も危険と判断しているのも、手の内を隠さない者達の中でという話ですし。全員アレくらいシンプルに実力を誇示してくれていれば、もう少し気楽に女神をしていられるのですが。
女神相手にも実力を隠し通せているあたり、一癖も二癖もある方々なのは間違いないんですよね。まあ私個人に対して隠すというよりは、他領主への牽制なのでしょうけど。
全ての領主が歴代最強といっても過言ではない状況。そしてその上限はほぼ未知数……本当、奇跡にしては出来すぎなんですよね。
「レッサエンカ……レッサエンカ……ああ、あの真っ赤な奴か」
「忠告でもあるのですから、下手な挑発はしないでくださいよ。魔王城が焦げたら、誰が掃除すると思っているのですか。貴方の業務に含めますよ」
「それはきついな……」
「――貴方的に、危険そうだなと感じた方はいますか?」
バトルジャンキーなアークァスにとって、領主達は皆強そうで戦いたいと思えるような相手なのでしょうけれど、彼の危機察知能力は中々のものです。もしかすれば、何か感じ取っているのかもしれませんね。
「目先の相手に気を取られていたから、顔と名前を覚えていないんだよな」
「少しはリストを見て覚える努力をしてください。はい、どうぞ」
当人が目の前にいないのであれば、やる気もでない。そう言いたげにアークァスは渋そうな顔でリストをパラパラとめくっていきます。
「ん、こいつだな」
「この方は……理由を聞いても?」
アークァスが選んだのは水族、クアリスィ=ウォリュート。スノーフェアリー、雪女、それらに類する氷の因子を持つ魔族。
ただ私の見立てでは彼女は歴代最強の水族ではあるものの、傑物揃いの領主の中では最弱だと思っていたのですが……何故アークァスは彼女を危険だと判断したのでしょう。
「手の内を隠している連中は多かったけど、こいつだけは『自分はこの中で一番弱い』ってフリをしていたからな」
おや、ひょっとして私わりと騙されやすいタイプなのでは。