技の差。
間に合った……とはとても言えんやろね。
集落に入ってからこの場所に辿り着くまでに、多くの死体が転がっていた。どれもが一撃、見事な切り口で誰がやったのかは明白。
ロミやんの姿が見えんけど、カー君の性格からして見届けさせとるんやろね。どんな心境で見てるのやら、ちょっと気になるわ。
「宿題は終わったか?」
「……ん」
ヨドっちから奪ったブローチをカー君の方へと投げる。それを受け取ると、それまで猛っていたカー君の雰囲気が少し静まるのを感じた。
「――そうか。奴は逝ったか」
「いや殺してへんよ?」
「そうなのか?すると……互いに本気を出す前に終わったか」
カー君、うちとヨドっちが本気で殺し合う前提で仕込みしとったんか?いや、ヨドっちを殺していないことにも然程驚きを見せていないし、結果に重みを持たなかったんやろね。
うちがヨドっちを殺す可能性があると理解した上で、けしかけた。その結果ヨドっちが生き延びようが死のうが、どっちでも良かったと。あの子も扱い雑やね。ま、忠誠誓っているわけでもなし、互いに利用関係ならそれもありか。
「どうしてこんなことをしたのか、理由を聞いてもええ?」
「長共が俺とお前を同格と宣った。だがその態度に差があったのでな、不敬として斬ることにした」
「そんなこじつけの理由とちゃうよ。鬼魅を敵に回して、何が狙いなん?」
怒りは感じない。義務感もない。カー君はこの状況をやりたいからやっている。次期魔王として足場を固めたいのなら、こんなとち狂った真似をする意味がない。
「偽りのつもりではないのだがな……そうだな。お前が納得する理由を述べるのならば、お前の本気を出してみたいといったところか」
「そんなもん。殺し合いありの手合わせでも挑んでくれたら、いつでも出してあげるのに」
「お前に本気を出してもらいたいわけではない。お前の本気を出してみたいと言っている」
「……どう違うん?」
「この状況の方が、俺に全力を出さざるを得ないだろう?」
そりゃあ手合わせとかなら、適度にお茶を濁して終わらせたりするけども。うちが思っている以上にカー君が戦闘狂ってことで結論づけるには引っ掛かりが多い。
けどまあ、鬼魅の領地で好き勝手にやって、これ見よがしな挑発。領主としてこの状況を見逃すことはできんよね。
「仲良くなれそうな気がしたんやけどね。残念やわ」
「これから仲良く戯れるのだから、残念がる必要はないさ」
対話で止めることは無理。ヨドっちくらいに頭がキレてるのなら、二枚舌でどうにかできるかもしれんけど、うちにはそんな技量ないもんね。
一足で踏み込み、素手の間合いまで入る。カー君が死ぬかどうかはロミやんの裁量に任せて、殺すつもりで止める。
「っ!?」
拳を振るおうと思った矢先、首に衝撃を受けて体ごと跳ね飛ばされた。受け身を取って体勢を立て直し、首に触れてその原因を知る。
僅かだけど切れている。うちの飛び込みを完全に見切って、躊躇なく首を撥ねにきとるね。他の鬼魅のもんと違って、魔力強化が数段高いことを想定して、鋭さだけじゃなくて威力も上げてる感じやろね。
「……怖いなぁ、全身力んでて正解やったわ」
「ただ硬いだけならば、ジュステルと同じ様に斬れたはずなのだが……衝撃を分散できる柔軟性もあるのか」
そしてもう斬れなかった理由にも気づいてるか。外骨格のジュスじゅすと違って、鬼魅には弾力のある皮膚や肉がある。硬さとしなやかさを両立すれば、殴られ強く斬られ難い。
それでも薄皮はバッチリ斬られたんよね。もう治ったから別に平気やけど、連続で斬られたりしたら肉も無事じゃすまんやろな。
「せっかくの戦いを一撃で終わらせようとするのは、もったいないと思わんの?」
「この程度で終わる戦いなら、価値もあるまい」
「それはそうやね」
再度距離を詰め、今度はカー君の刃の間合いギリギリに入る位置まで飛び込む。既に剣が振るわれていると信じて、体を後ろに逸らす。
風圧が喉を掠める感覚。また首を狙ってたようやけど、これで剣は空振り。間合いを詰め直して一撃を――
「安直だな」
腕を振るうよりも先に、顔を掴まれた。うちの首を撥ね飛ばすつもりで剣を振って、空いた手で即座に反応できるとは思えない。
ああ、そっか。うちが攻撃を誘うのを読んで、最初から掴むつもりで剣は軽く振るっただけか。
でも顔を掴まれたってことは、うちの手も届く。いや、打撃よりもここはこの手を掴んで折りに……っ!?
顔を押され、体の重心を崩された。足を払われるのと同時に上下の感覚を失い、一瞬の浮遊感の後に後頭部に強い衝撃。
地面に叩きつけられたのを理解するのと同時に視界が開け、うちを見下ろしているカー君の姿が映る。
「やはりこうなるか」
「なん――」
反動を使って上半身を飛び起こそうとするも、それを読まれ足で踏み抜かれる。以前魔王城でガウやんの腱を切った魔力強化のずらし、肺周りの筋肉が千切れるのを感じる。
このままの位置取りは不味い。地面を思い切り叩いて、その衝撃で――
「せっかく出した宿題が無駄に終わったな」
「……っ」
距離を取るよりも先に、カー君の方が離れていた。振り上げた拳を止め、体を起こす。体の中の千切れた筋肉を修復させている間、カー君は冷ややかな目でうちを眺めていた。
「ナラクト。お前は確かに高い才能に恵まれている。特異性による強化を施したジュステルに『素』で匹敵する身体能力は見事なものだ。だがお前からはジュステルのような脅威は微塵も感じない」
「特異性を使わんからって、わけじゃないよね?」
「ひとえに技量がない。才能と直感に任せた動きだけなぞ、いくらでも先読みができる」
そんな予感はしてたけど、やっぱり相性が悪いなぁ……。ガウやんもジュスじゅすも相当な鍛錬と実戦を経て領主としての強さを身につけとる。その二人の技量を遥かに凌駕するカー君を相手に、ただ強いだけの力押しが通じるはずもない。
そりゃあ一発綺麗に入れば、うちが勝つよ?だけどこっちの動きの起こりよりも先に対処してくる相手に、何をどう当てられるのかって話やね。
うちの『我が御手への接触を禁ず』は肉弾戦の威力を更に跳ね上げる特異性やけど、攻撃を当てやすくするもんやない。むしろ当てにくくしてしまうから、より一層通用しなくなる。
付け焼き刃の小細工をしようにも、その起こりの不自然さから警戒と対応が余裕で間に合ってるし。
「まぁ……カー君に当てるのは一苦労やろね。でもそれはカー君がずっと同じ調子で戦えたらの話……やろ!」
ならやることは単純。ひたすら攻め続ける。対応される小細工もどんどん使う。
うちの攻撃は当たれば一撃で終わる威力なのは事実。一個でも対応を間違えれば終わり、当たらずともその圧でカー君の精神と体力を削ることができる。
そら捌かれて痛い反撃ももらうけど、うちが手を休めなければカー君もおいそれと追撃はできない。
切り傷や筋の切断程度、痛みにさえ我慢すればすぐに治せる。このまま持久戦に持ち込めば……。
「ハハッ!」
あ、ダメやね。多分これうちが先に音を上げることになるわ。うわーいい笑顔やな。
本能で察した。このやり方だと一時間以内にうちの方が限界くる。冷静になれ、うち。ジュスじゅす相手にボロボロになっても致命打を一回も貰わんかったカー君や、無傷の状態での持久戦なんて余裕に決まってるやろ。
ん、ジュスじゅす?そっか、ジュスじゅすやな!それなら活路はある!
「――『我が御手への接触を禁ず』!」
「……ほう」
特異性を開放。両手に『我が御手への接触を禁ず』の力を付与して、攻撃を仕掛ける。
元々消費する魔力の少ない特異性だから無駄撃ち上等。命中率も下がるけど、素の状態でも当たらんから問題なし。
地面まで届く振り下ろし、地面を抉りながら打ち出す振り上げ。当たる必要はない。必要なのはこの状態で戦うことで生まれる損害。空振りに終わった後に、どれだけ周囲を激しく吹き飛ばせるか。
うちの全力の動きから生まれる一撃なら、当然地形が変わるほどの勢いで地面は砕ける。そして派手に砕けた大地は逃げ場のない範囲攻撃として周囲を巻き込む!
「血、流れたな」
カー君の手から流血を確認。それ以外の部位にも装備への損傷あり。
ジュスじゅすは圧倒的速度と手数、そこに卓越した技能を混ぜて攻撃を繰り出し続けた。致命傷こそなかったけど、カー君はその全てを捌ききれず負傷を重ねていった。
大ぶりの拳は当たらんでも、その余波を当てることはできる。地面が逃げ場なく飛んでくるから、半端な反撃もできん。
予想通り、カー君血は止められても傷は癒せない様子。魔力に余裕がないのか、そういう機能がないのか。インキュバスやったらあるとは思うんやけどね、個体差やろか。
ま、消耗があるのなら、話は別。積み重ねられるもんがあるのなら、勝機はある。
カー君の言ってた宿題ってこれのことやったんやね。『お前の技量では話にならないから、手段の一つや二つ備えてこい』、うちの対策を万全にしとるヨドっちを相手にさせて、当てられん相手を倒す術を掴んでこいって。
「――崩す、いや砕くか。与える衝撃に比例して破壊効率が上昇する、代償付きの特異性か」
「……今知ったんか」
背筋に嫌な汗が流れたのなんていつぶりやろ。カー君、今の今までうちの特異性を知らんかった。なのに数回見せただけで完全に仕組み見切っとる。
それも十分怖いけど、一番怖いのはその目。感情も分からん目で、うちのことをジッと観察しよる。能力、思考、どこまで見透かしてるんやろね、あの眼は。
「ふむ、試してみるか」
カー君は構えを解いて、真っ直ぐにこっちに歩み寄ってくる。うっかり矛を収めてくれたんかなって思うくらいに、闘志を抑え込んどる。
でもその歩き方は完璧な自然体。素人目でも撃ち込める隙が見えへん。だからって日和って手を止めるわけにもいかんのよね。
距離を詰め、大ぶりの振り下ろしを放つ。まだ避ける素振りは見えん、え、ちょっとほんとに避けるつもりない――
「っ!?」
拳が届いたはずなのに、感触はなし。息が届く距離、抱きとめられるように体が密着しとる。視界情報の混乱で理解が遅れたけど、拳を内側に避けられた。触れたら砕かれる特異性を相手に、組付き!?
「やはり腕に触れなければ問題はないな。そして、こちらから触れる分には――いけるな」
「んなっ!?」
流れるような動きで姿勢を崩され、気づけば右腕を掴まれていた。嘘やろ、特異性開放しとるんよ!?
この特異性は相手からぶつかってきても効果はある。これまで相手の武器を何度も砕いてきた。素手で掴もうもんなら、その衝撃だけで皮膚も肉も弾け飛ぶはずなのに……って、そうか。
触れた際の衝撃に比例する特異性、衝撃が皆無なら砕く力もほとんどなくなる。それこそ舞い落ちてくる羽が触れるよりも優しく触れれば、特異性が害を及ぼすことはない。
気づけば掴まれていたってことは、もの凄い優しく掴んだってことやろね。確証もないのに、無謀過ぎるやろ。
いや、それよりもこの状況はちょっと不味い。カー君にうちの魔力が掴まれとる。ここから繰り出されるのは――
「奥義、『魄剥ぎ』」
拘束が解かれるのと同時に、掴まれたうちの魔力が引き抜かれる。右腕だけじゃなく、全身から魔力が根こそぎ引き抜かれた。『我が御手への接触を禁ず』の解除はもちろん、全身の魔力強化が全て失われている。
でも精も根も尽き果てたわけやない。そして今、この技がくると信じて備えをしていた。
「ふっ!」
よし、一息で全身に魔力を巡らせることができた。鬼魅の密偵が牙獣族で仕入れていた情報から、カー君のこの奥義のことは知っとった。
対策は二つ。一つはそもそも触れさせないこと。でもそれは相手の策次第でいくらでも崩される可能性がある。だから喰らう前提での対策が必要になる。
それは咄嗟に全身に魔力を巡らせる鍛錬を積んどくこと。領主としての仕事なんてなんもない、暇人やからね。暇つぶしでやっといて正解やったわ!
「やるな。だが、魔力強化が遅れているぞ」
「あ」
両腕が軽くなった。いや、肘から先の感覚がなくなったというべきか。そらそうよね、両腕宙に浮いとるもん。
いくら魔力が循環していても、魔力強化を施してなければ意味はない。いや、次の瞬間には魔力強化するつもりやったんよ?実際、斬られた腕、遅れてるけど魔力強化発動しとるし。
咄嗟に全身に魔力を巡らせる鍛錬じゃ足りんかった。同時に魔力強化もできるようにしとくべきやったな。いやいや、さーすがにきついわ。