表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/99

対峙する化物。

「コ、コクジョ様……このままでは……っ!」

「お前に言われずとも分かっている!」


 十人の長のうち、五名が容易く斬り殺された。鬼磨の儀の最中にナラクトによって殺された代表達にこそ及ばないが、私を含め全員腕に覚えはあったというのにだ。

 さらにはこの現状、完全武装した鬼魅の兵達が次々と鏖殺されていく光景に、悪い夢でも見ているのかと現実逃避をしたくなる。

 個は軍には勝てない。数こそ最も単純で効果的な策である。そう習った常識が、嘲笑われるかのように否定されていく。

 相手が近接戦に特化しているからと、遠隔攻撃主体の装備を整えさせた。相手の奥義の性質を知り、その対策を講じてみせた。

 だがその結果がこれだ。魔法も使えず翼も持たないような奴が、地を滑り、空を駆け回る。

 既に多くの兵士が殺され、中継を担っている長からの返信も何名か途絶えている。


「的確に狙わず、周囲を爆撃しその余波で消耗させろっ!」

「ダメです!奴の方から嬉々として魔法に飛び込んできますっ!」

「――っ!なんなのだアレはっ!?何がしたいのだ!?」


 カークァスがただの戦闘狂ではないことは理解している。あのヨドイン=ゴルウェンと協力関係になっている以上、意思疎通のできる相手であることは確かなはずだ。

 普通ならばこんな展開はありえない。鬼魅族の進退を担う我々長に攻撃を仕掛ける利がない。それに本当に不敬だというのならば、その態度が声や表情に出ていなければ不自然だ。

 つまりこの状況は最初から奴の狙いで、我々長……鬼魅の判断能力を奪うこと?いや、それにしては手際が悪過ぎる。

 確かに一息で半数を奪えてはいたが、逃げ出す我々を本気で止めようとはしなかった。長の皆殺しを企てていたのならば、隣りにいた紫電の金狼が何もしないことがありえないのだ。


「喚けば答えは見つかるのか?」

「っ!?」


 足元に投げ込まれたもの。それは私と一緒に逃げ出した長の一人、その首。

 それに視線を向け、ふと風が肌を撫でたと思った時には、私を囲むように守っていた兵士達の首が皆同じように地へと転がっていた。

 首がなくなり、見通しの良くなった兵士達の先に見えるのは、先程の対談の姿のままのカークァスだ。これほどの戦闘を行っておきながら、まともな傷一つ与えられていないというのか。


「兵士達に入れ知恵をしていたのはお前だな」

「……っ!」


 奴の視線が私の懐の内にある水晶に向けられているのが分かる。

 長の半数を失い、この集落に集めた兵士達の指揮系統は残りの長達が引き継いだ。突発的な連携を可能にするため、私が全体の情報伝達を任されていたが……その通達に使用されていた魔力の流れを察知されたのか。

 この男は我々の監視の術にも気づいた存在。戦場で通達を行っている手段だけではなく、その発信元まで見破っていても不思議ではないが……。


「――名を聞こうか、鬼魅の長の一人よ」

「……は?」

「昨夜はお前らを呼び出すことだけを考えて移動していたからな。一々名前を覚える気もなかった。だが今日はこうして中々に楽しめている。功労者の名くらいは覚えていてやろうと思ってな」

「ふ、ふざけるな!お前は一体どれほどの蛮行を犯して――」


 声が出なくなる。カークァスの剣を握る腕が僅かに動いたことから、その理由が喉を斬り裂かれたことによるものだと気づく。喉奥へと溢れる血が肺に流れ、思わずむせる。

 追撃はなく、代わりに失笑にも近いため息をつくカークァス。


「が、ご、あ……」

「お前達の糾弾を聞くとは言っていない。最後だ。名を聞こうか」


 そうだ。今私の命はカークァスに握られている。なのにこうしてしまっているのは、奴から殺気等を微塵も感じないからだろう。それでも奴は躊躇なく殺しにくる。道端に生えている雑草を引きぬくのと然程変わりはないと言わんばかりに。

 ここで名を名乗らなければそれで終わりだ。私の首も同じようにそこに転がることになる。だが喉は斬り裂かれ、声として出す空気は喉から漏れてしまう。浅くはないが綺麗に斬られている以上、再生はそう難しくはない。しかしそれまでの間、この男が悠長に待ってくれるとは思えない。

 傷口を抑えていた手に力を入れる。爪を針に、指を糸に、傷口を手という部位で縫い合わせるかのように、空気の逃げ道を塞ぐ。


「……コ……ク……ジョ」

「コクジョか。ではコクジョ。お前に一つ褒美を与えよう」

「……?」


 カークァスは手にした剣を鞘へと納めると、その空になった両手を広げてみせる。


「お前の持てる力、その全てを注いで仕掛けてこい。その一撃を入れるまではその首を落とすのを待ってやろう」


 これは慢心か戯れなのか。ただ分かるのは奴が武器を手放し、無防備な姿を私に晒しているということだ。

 侮られていることに対し、怒りは湧いてこない。それだけの実力差があるのは確かであり、これが奴からの施しであると理解しているからだ。

 咄嗟に思いつく選択肢は二つ。

 一つ、全身全霊の一撃を放つ。カークァスの魔力量は未知数ではあるけれど、他の領主達に比べれば少ないであろうという結論に至っている。私の一撃をまともに受ければ即死はなくとも、片足の破壊などで戦闘続行不可能な状態に持っていける可能性は大いにある。

 一つ、このまま時間を潰し続ける。ナラクト様は近くの山に誘導させられている状態。この集落の半鐘の音は耳にしているはずだ。本来ならばもう駆けつけていてもおかしくない状態。カークァスがこの展開を狙っていたのであれば、多少の足止めは受けているに違いないが、それでも間に合う可能性はある。


「ぐ……」


 そのどちらにも確実性はない。相手はジュステル=ロバセクトやロミラーヤ=リカルトロープのような領主クラスを相手に、特異性を使用させた上で勝利している。私程度の一撃をまともに受けたとして、本当にこの状況を打破できる成果が得られるのか。

 ナラクト様にしても、普通ならばこの場に到着していてもおかしくないはず。それが姿を見せないとなると、本格的に足止めを受けている可能性もある。

 そもそもこのカークァスはナラクト様が招いた客人。ナラクト様は『鬼魅族の姿を次期魔王候補に見せたい』とカークァスをこの地に招いた。我々としても交渉の余地ありと判断し、受け入れてしまったのだ。

 これがナラクト様の想定内の事態ならば、助けが入らないことすらありうる。


「あまり長く待つつもりはないぞ」


 それに待つと言っても、こちらが攻撃をする素振りを見せないままなら『仕掛けてこい』という指示を無視したものとして斬り殺される。ならば取るべき手段は私の――いや、そうではない。


「う、ご、ああああっ!」


 この状況で私が取るべき選択は最初から一つだった。領主クラスに劣ると分かりきっている実力に賭けることも、ナラクト様の助けを期待することも、長である私のすべきことではない。

 カークァスの鎧を掴み、自身の特異性を発動する。『鉄塊身』、全身を瞬時に鋼鉄のごとく硬化する特異性。基本的には身を守るためのものだが、打撃の瞬間に合わせたりすることで威力を上げることもできる力だ。

 しかし領主クラスを相手に鉄の塊程度、武器にも防具にもなりはしない。ただ今はこの特異性のデメリットのみを利用する。


「――ほう」


 組み付かれたカークァスが、私を振りほどこうと僅かに体を動かして状況を察する。

 そう、この特異性を使用している間、私は全身が鉄塊となる。関節から何まで全てが固定され、さらには自重も遥かに増える。


「(――やれっ!)」


 指示と同時に兵士達が一斉に魔法と矢を放つ。矢ならばまだなんとかなるが、夥しい魔法の爆撃に耐えられるほどの特異性ではない。このまま一緒に巻き込まれれば、無事ではすまないだろう。

 だがそれでも、私はこの男をこの場所に繋ぎ止める枷だ。鉄塊並の重さである私が掴んでいれば、あの異常な剣技での移動はできまい。

 私が今なすべきは、現状最も信頼できる最大戦力を、その身を犠牲にしてでも叩きつけることだ。


「良き覚悟だ。面白い」

「――っ!?」


 カークァスが私の体を掴み、押してくる。全身が固定され鉄塊並の重さとなっているはずの私の体が簡単にグラつく。これは地面を支点として、私の重心を傾かせて――


「多少無骨ではあるが、こういった得物を扱うのも一興だな」


 気づけば私の体は宙に浮き上がっていた。鎧を脱ぎ、拘束から外れたカークァスが私を持ち上げていたのだ。

 掴まれた状態から瞬時に鎧を脱ぎ捨てて脱出したことも、私を宙に浮かせていることも困惑するしかないのだが、それでも奴があの奇怪な技による回避ができないという現状は変わってなどいない。

 このまま私を降り注ぐ矢と魔法の盾とするつもりなのだろう。確かに矢は弾けるだろうが、魔法は無理だ。一緒に焼け死ぬことに違いは――っ!?

 全身に魔力が流れるのを感じる。自身の鍛錬の時とは比較にならないほど滑らかに、私の四肢の全てにムラなくカークァスの魔力が満たされていくのを感じる。

 一体何を、まさか、こいつ、私を魔力強化しているっ!?


「得物だと言っただろう」


 カークァスはそのまま私を地面へ一気に振り下ろした。その激しい衝撃に周囲の瓦礫や大地が爆ぜ、飛び上がる。

 そして次の瞬間。それらの浮き上がった物達と、降り注ぐ魔法がぶつかり合い、全てが光に包まれる。

 全身を熱い熱が覆う。それでも意識が飛ぶようなことはない。視界が徐々にはっきりとし、周囲の情況が見えるようになってきた。

 私達のいた場所は魔法により吹き飛んでいた。衝撃の影響か、全身の筋肉がズタズタになり、衣服や肌も焼けていたが……それでも私は生きていた。

 特異性もいつの間にか解除されており、私の体は地面に倒れた状態だ。そしてそれを見下ろしていたのは、脱ぎ捨てていた自身の鎧を着直しているほぼ無傷のカークァスの姿だった。


「長としては及第点だが、武器としては落第だな」

「ば……げ……もの……」

「実感するのも、言葉にするのも遅いぞ」


 奴を止める術が思いつかない。近距離も遠距離も通用しない。決死の覚悟で道連れを狙っても、即座に機転を利かせて対処してくる。

 耐久戦を狙おうにも、これだけの時間を一人で戦っていたというのに息切れを起こすどころか、より一層やる気に満ちあふれているように感じる。

 各集落の兵士を集めれば……いや、無駄だ。相手は単身、その気になればこの領地に潜伏しながらの殺戮行動も行える。

 それに同伴していたロミラーヤ=リカルトロープも今は動いていないが、カークァスが指示すればすぐにでも動き出すだろう。

 そもそもの話。領主クラスという理不尽の権化、二番手以下であった私にそんな化物を倒す策など思いつくはずも――


「随分と派手に好き勝手やってくれてるね。ま、探す手間は省けたけど」

「――っ!」


 穏やかで透き通る声が耳の奥にまで響く。

 私はこの声が苦手だった。私の憧れを、尊敬していた兄を奪いながらも、飄々としていたこの口調。その音を聞くと、いつも沸々と自身の心が濁るのを感じていたからだ。


「そろそろ現れる頃だと思ってな。良き目印になれたのであれば幸いだ」

「女の子を呼び出すにしては、ちょーっと猛り過ぎやね。もう少し雰囲気大事にしよな?」


 けれど今、この化物を前にしても少しも揺らがぬ姿には、私がかつて兄に抱いていた暖かな想いに似たものがこみ上げてくるのを感じた。

 ナラクト=ヘスリルト、鬼魅に生まれし惨烈たる化物。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] カークァスが悪者になって、ナルクト良いやつやん計画かな… 泣いた赤鬼的な… ………無理あらへん?これで鬼魅族ナルクトと和解したら 逆に不安になるわ、手のひらクルックルすぎて、裏切りそう。
[良い点] 自滅覚悟で相手を足止めに掛かったら自分が武器にされるの、あまりに救いようがない。 [一言] ナラクトきたー!
[良い点] 名前が色々と面白いです。虫の新人兵士くんが最高。 女騎士さんの上司である両刀変態大臣のキャラ [気になる点] ワンコお姉ちゃんは紫電の金狼?銀狼? 女騎士さんは常にポンコツ? [一言]…
2022/04/15 21:04 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ