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一騎当千。

「――ないね。青い花……」


 早いとこカー君達に合流しようと思って、ちょっと急ぎ足で山の中に突入したのは良かったけど、地図に印をつけられた場所どころか、山中探し回っても青い花は見当たらない。

 適当な嘘でも言われたのかと思いつつも、山にはカー君が入り込んだと思われる痕跡がいくつか見つかっていた。

 監視の魔法から逃れるために、こういった視界の悪い場所に潜り込んで移動していたんやろね。迷わないようにと木々につけられた独特な印はまだ新しい。

 実際に山に入っての言葉となると、うちが見つけられてないだけかもしれん。そもそも宿題言うてたからね。


「かといって、山の中全部見て回ったし……?」


 微かだけど半鐘の音が聞こえた。即座に移動し、山の頂上付近の見晴らしの良い場所まで移動する。

 半鐘はカー君達が向かった先の集落から鳴り響いていた。鬼魅の半鐘は空気中の魔力を利用して音をより遠くに届けることができ、隣接する山でも音を遮る木々の少ない場所ならこうして聞くこともできる。

 音のパターンは敵襲や賊などの敵意を持った存在の出現。


「心当たりがあの二人しか浮かばんなぁ……」


 カー君のあの態度を考えるに、変なことはしないと思ってたんやけど……ロミやん辺りがキレた?あの子も短気そうではあったけど、牙獣族の二番手としての立場は弁えていたと思うたんやけどなぁ。


「何やら騒がしくなってきたようだね」

「――なんでここにおるん?ヨドっち」


 横に視線を向けると、ヨドっちこと、ヨドイン=ゴルウェン。黒呪族の領主の姿がそこにはあった

 野次馬のように現れるのとは違う。最初からそこにいたかのように、音もなく現れた。隠密系の魔法を使用してたんやろうけど……なんにも感じんかったなぁ。


「もちろん支援さ。まさかロミラーヤにメイド服を提供するだけで、僕の仕事が終わりだとでも?」

「……思うてたわ。良い仕事やったよ」

「えぇー……とりあえずありがとう……。コホン、鬼魅族の覗き癖は知っていたからね。こうして目の範囲外で待機していたのさ」


 この様子、ヨドっちはうちらの監視魔法の仕組みを熟知しとるね。鬼魅族の監視魔法は、不可視の目玉を造り出し、その目玉の視界を得るというもの。

 広いところや建物のように構造がハッキリしている場所なら問題ないけど、こうして不規則な木々が並ぶ山奥ともなると目玉が上手く造れない。上空からある程度は見れるけど、当人の視力に依存するからなぁ。


「へぇ。うちらを覗きにきたと違うん?」

「あれ、カークァスさんから聞いてた?」

「覗きにきてたんやね」

「……うん、そうだよ。カークァスさん、山奥なら監視されないだろうって直感的に入り込んできて、ついでに僕の気配にまで気づいちゃってさ」

「カー君が山の中に入って、偶然ヨドっちを見つけた……ちょっと苦しいね。他に要因あったんちゃう?ああ、そっか。ロミやんのメイド服、あれ細工されとるね?盗聴?」

「――ただの小娘として育てられたわりに、そういう勘は鋭いね」


 領主クラスのロミやんから漏れ出す魔力は相当なもの。その魔力を利用して遠くに情報を飛ばすとかそんな感じのやつ。服全体でその機能があるのなら、飛ばしている情報は音声やろね。

 監視されとる感覚に反応していたカー君なら、その中で情報を受信していたヨドっちの存在にも気づき、接近することもできた……そんなとこやろか。


「ヨドっちの独断やろ?んで、釘を刺されたと」

「そうだよ。『盗み聞きは自由だが、山の中からは出るな』って、事後承諾は得ているよ」

「女の子達の夜を盗み聞くなんて、変態やね。ロミやんに言っとこー」

「ご自由に。その時は黒呪族の贈り物に袖を通した警戒心の甘さを指摘させてもらうよ」


 どっちにしてもロミやん可哀想やな。それにしても違和感が拭えない。こうしてヨドっちから情報を引き出せてはいるものの、情報の優位を失っているヨドっちには俄然余裕がある。

 こうして会話をしていることが目的?時間稼ぎが狙いか。


「盗聴しているなら、知っとるよね?向こうで何が起きとるん?」

「ああ、これが中々面白い展開でね。ついさっきカークァスさんが部族の長達を五名ほど斬り殺した」

「なん――っ!?」

「それだけじゃない。鬼魅族全員を斬り殺すと宣言して、今は逃げた長達を追っているよ。今は集落に控えていた鬼魅族の兵がカークァスさんと戦闘に入っている」


 半鐘が鳴り響いている時点で、何か揉め事が起きた可能性は想像していた。だけど全員斬り殺すってなんやの。いくらなんでも理解に苦しむわ。急いで集落に向かって、場を収めんと――


「僕の存在を忘れてないかい?」

「っ!」


 足元から夥しい呪いが吹き出してくる。跳躍しようとするも、地面はあっさりと足を飲み込み、一気に両膝が地面まで飲み込まれた。

 両腕を思い切り動かし、風圧で地面を吹き飛ばして、その反動を利用して近くの木々の上へと飛び乗る。


「いい反応だね」

「ヨドっち。足止め頼まれてないやろ?」

「ないよ。でも面白いから、様子見したいんだよ。カークァスさんがどこまで本気か、確かめてみたいし」


 ヨドっちは既に臨戦態勢。得物は持ってないけど、その周囲には夥しい呪いがまとわりついている。


「領主が他の領地に干渉してええん?大事になるよ?」

「大事にするかどうかは君の領民達が決めるんだろう?君の領民達は君の話を聞いて、君に証言をしてくれと話しかけてくれるのかな?」

「悪趣味やね……ん?」


 横目で見てた時には気づかなかったけど、ヨドっちの胸元のマントには青い花を模したブローチがついている。普段魔王城で会う時には見ないアクセサリーだ。

 直感が告げている。あれはヨドっちの隠密魔法の起点となるアーティファクトなのだと。

 ははぁ、そういうこと。カー君、こうなること分かって言ってたんやね。


「領主との戦いは久しぶりだからね。本気は出さないけど、それなりには楽しませてもらうよ」

「悠長に宿題をやってる暇はないんよ。パパっと推して参るわ」


 ◇


「あそこの建物の陰だ!」

「くっ、やるな!」


 なーにが『くっ、やるな!』よ。めちゃくちゃ楽しそうに笑ってるじゃない。いや、面倒な状況なのはそうなんだけども!

 長達を追いかけ建物の外に移動した時には、カークァスさんの蛮行は周囲へと広まっていた。そして集落中に鳴り響く半鐘の音に、集落にいた鬼魅族の兵士達が皆武装し大挙して押しかけてきたのだ。

 カークァスさんが長達を呼び集めた際、彼らは少数ではあったけど戦力を揃えてやってきていた。それが九部族分、さらには元々この集落にいた全兵力……鬼魅族の総兵数二割近い数が私達を取り囲んでいることになる。

 鬼魅族はカークァスさんが特異性を使用した私やジュステルに打ち勝った情報を知っている。だから近接戦は一切仕掛けてこず、遠距離攻撃を主体にしてきている。

 現在は矢と魔法が雨あられと降り注いでいる状態で、私達は建物の物陰に隠れてやり過ごし中。

 とりあえず言いたいことはあるのだけれど、黙っていろと言われた以上、身振り素振りで訴えてみる。


「……っ(訳:あの、もう喋っても?)」

「格好がつかないから却下だ。大体は読み解けるから、その感じで続けてくれ」

「……(訳:分かるのですね。それで、どうするつもりなのですか?)」

「本格的な軍と正面切って戦うのは初めてだからな。心が躍る」

「……っ!?(訳:感想は求めてませんわよ!?)」


 私達の時とは事情が違う。同じように殺意こそ孕んでいたけれど、私達の時はその実力を確かめるという名目があった。

 だけど今回仕掛けたのはカークァスさんが先。彼らは明確に敵として私達を排除しようと構えている。


「さて、そろそろ兵の展開も終えた頃か」

「……っ(訳:こうなった以上、私も手伝いましょうか?)」

「いらん。お前は安全な場所で見ていれば良い」


 大軍に包囲され、戦局的に言えば非常に宜しくない状況ではあるけれど、私からすればなんの問題もない。

 特異性を開放すれば矢なんてまず当たるわけないし、魔法による広範囲攻撃も雷撃で一点突破することができる。弟でもこれくらいの窮地、問題なく突破できるでしょうよ。

 ただカークァスさんにあるのは武術だけ。圧倒的な物量を前に魔法も特異性もなしに挑むのは狂気でしかない。……狂気の権化みたいな方だから今更ではあるのだけれど。


「……っ(訳:弟に任されたのですから、いざという時は助けに入りますわよ)」

「承知した。せいぜい危なげなく楽しませてもらうとしよう」

「……っ(訳:この戦闘狂……)」


 牙獣族はカークァスさんの下についた。これは実質牙獣族と鬼魅族との戦いでもある。だから私が戦う理由はあるのだけれど……この方はどうしても一人で遊びたいらしい。

 一瞬だけ特異性を発動し、近くにある大きな建物の中へと移動する。内部はカークァスさんのいる地点から近いだけあって、既に避難は済んでおりもぬけの殻。

 本当なら屋根の上から見下ろしたいところだけれど、鬼魅族は私も狙っている都合上姿を見せるわけには行かない。窓から覗き見るだけに留めておくとしよう。

 カークァスさんは剣を抜き、ゆっくりと物陰から大通りへと姿を晒す。周囲に満ちていた敵意や殺気が一斉にそちらへと向く。


「メインディッシュが到着するまでもう暫く猶予はある!準備運動といこうじゃないか!」


 そんな独り言を口にしている間にも、無数の矢と魔法が全方位から迫っている。え、これ本当に大丈夫よね?いきなり牙獣族の未来を託した相手が即死したりは――


「奥義、『空抜き』」


 遠くから見ていたからこそ、辛うじて目で追うことができた。カークァスさんは飛んでくる魔法の上を滑り、凄まじい速度で魔法を放っていた兵士の側面へと到達しており、ついでにその兵士の首も落ちていた。

 その移動に気づけたのは首を落とされた兵士の近くにいた者だけ。他の方角にいる者達は攻撃の着弾の余波で彼の姿を見失っている状態のままだ。


「――っ!?」

「魔力の圧縮がイマイチだな。まあジュステルと比べるのは酷ではあるか」


 弟から聞いてはいたけど、アレが『空抜き』……。鋼虫族の領主、ジュステル=ロバセクトを倒した神速の居合術。

 相手の魔力に剣を滑らせ、その速度をそのまま抜剣の速度に加えて放つとか。私の特異性に使ったら、私の最高速度を上乗せして居合できるってことでしょ?原理どうなってるの?直接見ても、頭が混乱するだけなのだけれど。


「この――」

「相手の剣の間合いで弓を構える奴があるか」


 カークァスさんの移動に気づいた兵士達が攻撃を行おうとするも、瞬く間に皆殺しにされていく。

 彼らの練度も十分にはある。けれど所詮は一般兵。おそらくはナラクトに殺された部族の代表達が、私達でいう『八牙』クラスの戦士だったのでしょうね。

 今日斬り殺された長達も、それなりではあったけれど……誰一人として叔父上に敵わない程度。

 軍としての質は大差なくとも、それを導く将が致命的に欠けている。鬼魅族に対する所感はそんなところね。


「でも――」


 彼らとて対策の一つや二つ練ることはできる。移動に気づいた兵士達はそのまま遠距離攻撃を続けた。

 ただ矢はそのままに、攻撃魔法の種類が切り替わる。直線的な速度を重視したものから、弧を描き遥か上空から爆撃するような魔法にだ。

 明らかにカークァスさんとジュステルとの戦闘内容を加味した行動。周囲が一斉に対応していることから、何かしらの情報伝達手段もあるようね。

 あれなら直線的な抜刀術である『空抜き』は使えない。仮に使っても空高く飛び上がるだけ。


「『空抜き』」

「使いやがりましたわっ!?」


 結果は私の想像通り。その斬撃は当然空振り、誰もいない上空へとカークァスさんは舞い上がった。

 飛行能力を持たない彼が宙に放り出されたら、それこそ良い的に……ってそうか。あの状態、狙いやすくはあるけれど魔法は使えない。あの位置のカークァスさんに魔法を放てば嫌でも直線的な攻撃となって、次の『空抜き』で一気に距離を詰められてしまう。

 それでも攻撃は行われた。鬼魅族の弓術は落下する相手であろうとも的確に射抜いてくる。攻撃の密度は下がっても、下方から無数に迫る矢は健在のまま。


「素早い対応、素晴らしい。だがおかげでおおよその位置は把握できたな」


 落下しているカークァスさんが空中で加速した。紫電になれる私なら、任意の方向に自身を飛ばすこともできるけど、あの方の移動はそんな特異性を利用したものじゃない。

 彼は空を蹴った。厳密には空気を魔力で包み、それを足場として跳躍した。

 そうだったわ、あの方は魔力を掴めるんだった。そりゃあ自分の魔力を掴んだり蹴ったりすることだってできるでしょうよ。

 空中での急加速に急旋回。位置がずれることで精確に放たれていた矢の弾幕にムラが生じ、カークァスさんは薄くなった幕をその剣で払う。

 そのまま地上へと急降下し、兵士達が固まっている場所へと着地する。


「くっ、総員距離を――」

「空を駆ける想いで会いにきたのだ。逃げてくれるなよ」


 一対一の戦闘において、カークァスさんが強いことはこの身を以て思い知らされていた。けれどこの光景を見れば誰もが認める他ないだろう。

 あの方は私や弟のように単身で戦場を駆け抜け、敵を殲滅する力を持っている。それも特異性や魔法を使わず、鍛え上げられた肉体のみでだ。

 これが侵攻戦なら、彼を無視して拠点を破壊したり、他の兵士を無力化したりすることで勝利も得られるでしょう。

 けれどこれは防衛戦。敵が単身で攻め込んできている以上、その単身を迎撃できなければ勝機はない。

 私達がそうであったように、彼らは自ら展開した檻の中で怪物に身も心も食い尽くされていくのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 身振り手振りのロミやん可愛いです。
[良い点] ロミやん不憫可愛い [一言] 魔王になったものに従うという戦力潰しをし、根絶やしにすると見せかけてナラクトを歯向かうように仕向け戦うという趣味と実益を兼ねた完璧なお仕事...!お仕事だよね…
[良い点] アークァスさんが楽しそうで何よりです(笑)。 [気になる点] ヨドインとナラクトの戦いはどうなるのか……。 次話が楽しみです!
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