当人は真面目にやっているだけなんです。
「さぁ、暫定魔王軍定例会ーはーじまるよー!」
「ドンドンぱふぱふー!」
「……」
元気の良いヨドインに対し、ガウルグラートがなんとも言えない表情をしている。それもそのはず。本日は俺ことカークァス派の領主達が集って今後の相談を行う暫定魔王軍定例会。その場所にさらに元気で見慣れない人物がいるのだ。
「ヨドイン、今日は妙にテンションが高いな。どうした?」
「あ、そっち聞きます?こっちじゃなくて」
ヨドインがこっちと言って視線を逸した先には、領主の一人らしき女がいる。外見から鬼、鬼魅族の領主なのだろう。
明らかにツッコミ待ちで、ワクワクと聞こえてきそうな顔でこちらを見ている。
「いや、名前も知らぬ相手のことを詮索するのはどうかと思ってな」
「うちの名前知らんかったの!?」
「何故名乗りもしない相手の名前を知らねばならん」
「えぇー……。まぁそうかぁ……。うちの名はナラクト、ナラクト=ヘスリルト!鬼魅族の領主やってます!」
確かそんな名前の領主だったか。十三人も知らない相手の名前を覚えるのは中々の苦痛だったので、直接手合わせをするか、配下になったやつから覚えていこうというのが俺のスタンスだ。
「そうか。俺の名はカークァスだ。初めましてだな、ナラクト」
「いやいや、もう四回は顔合わせしとるやん!?あれだけ熱い視線送ったのに、いけずやわー」
「話すのはという意味だ。それにどいつもこいつも癖のある視線を向けているのでな。一々気にするのも馬鹿らしい」
「あー……殺気とかと比べたら、微々たるもんかぁ……」
興味の視線と殺気を込めた視線では後者の方が意識せざるをえない。そういう類の視線が累計十数人分ともなれば、多少熱烈な視線を向けられたとしても覚えていられないのである。
「――それで、何故ナラクトがここにいる」
「あ、ガウやん喋ったー。そらもう、カー君に用があるからに決まっとるやん?」
「貴様、カークァス様を――」
「現段階ではまだ下についてないんやし、渾名くらい大目に見てや。ヨドっちだって忠誠を誓ってるわけでもないんやろ?」
「絶対の忠誠はないけど、支持派且つ協力者ではあるよ」
「魔王の座は諦めたん?」
「僕の理想を叶えるにあたり、魔王という立場に拘る必要がないというだけさ。手段の一つではあるけどね」
ナラクトを連れてきたのはヨドイン。いや、彼女がヨドインに頼んでこの場に顔を出させてもらったのだろう。
突然頼まれて、ヨドインが面白そうだと連れてきた……そんなところか。
「貴様ら――」
「落ち着けガウルグラート。脱線に一々触れていては話が伸びるだけだ。どうせヨドインも事情を聞かずに連れてきたのだろう」
「へぇ、ヨドっちに話してないこともわかるん?」
「その程度の雑談を始めた事を考えれば察しはつく。ヨドインは俺に対して機会を提供しようとしているに過ぎんのだろう」
「話が早くて助かります。女神ワテクア様のいる場所では皆中々口を開きませんからね」
試用期間が伸びても、他の領主達との交流がなければ魔王として認められていくことはできない。領主としては創始の女神ワテクアや、他の領主達の耳がある状態では簡単に相談することはできないのだろう。
「まぁ……そうやね。魔王としての資質を見極めるのなら、色々な問題を解決してもらうことが一番なんやろけど……自分ちの問題を語るのは弱点を言っているようなもんやし」
「僕みたいに要求を吹っ掛けるのも、色々とリスクはあるからね」
「現段階では俺を支持する領主を相手に、接触しこういった席を設けようとする者の対応くらいがちょうどだろうな」
「もうちょっと積極的に動いても良いとは思いますけどね?」
正直、ろくに話したこともない相手に『へい、何か困ってる?助けになるよ?』なんて話しかけたくはないのである。
「領主達が俺を見定めているように、俺もお前達を見定めなければならんのでな。多少の見は必要経費だ」
「そういって、本当は領主達と戦う口実が欲しいのでは」
「それもある」
「アッハハッ!魔王を目指しながら、領主とも喧嘩したいなんて、想像以上の戦闘狂やね」
「それで用件の内容はなんだ?手合わせなら今すぐにでも構わないが」
「それも楽しそうやけど、ふつーの相談事なんよ。大した事ないんやけど、うちじゃ解決しにくいって感じの」
「ふむ」
ナラクトは少しだけ言い淀む。だが元より決断はしていたのだろう。頭を掻きながら、その内容を口にした。
「ちょーっと部下との関係が悪くて、思うように政できへんというか。あはは……」
「なんだいそりゃ。君なら言うことを聞かない部下くらい、問題なく粛清できるだろうに」
「まぁ……できるよ?でもな、人材を減らしたいわけじゃないんよ。うちは腕っぷしだけで領主になったようなもんやし、そこまで机仕事が得意言うわけでもないからね」
各種族の領主となった者達は歴代最強の天才だとウイラスは断言している。ただその天才にも意味合いはある。戦闘能力の高さは言わずもがな、内政力や人望、その要素は様々だ。
ヨドインは総合的な面での最高峰。特異性による制圧力や適度な恐怖による人心掌握。領主としての仕事も卒なくこなしている。
ナラクトはどちらかと言えばガウルグラートよりだろう。特異性の優劣や戦闘能力の高さから、『他種族に侮られない存在』としての価値を優先されている。
ただガウルグラート本人にはそれなりに人望もあり、領民を上手くまとめ上げられる姉、ロミラーヤが支えていることで安定した内政を行えている。
「相談する相手が同族にいないと」
「そうなんよ。カー君魔王として色々世話してくれるんやろ?ちょっと助けてもらおうかなて」
「わかった。後日そちらの領地に向かい、状況を確認。その上で納得のいく解決策を提示する形で良いな?」
「ほんま!?よろしく頼むわ!」
領主が領主として政を滞りなく行えるようにサポートをする。魔王の仕事らしいと言えばらしい。
そもそも他の領主達が動きを見せない以上、暇なのだ。ここでこの相談を拒否して鍛錬をしていてはウイラスからの小言は避けられないだろう。
日程などの打ち合わせを済ませると、ナラクトは満足そうに帰っていった。
「僕等は直接向かえませんけど、ある程度のサポートは用意させていただきますよ。ね、ガウルグラート」
「言われずともな」
「ではナラクトの用件はこれでよしとして、カークァスさんに報告しておきたいことがあります」
「なんだ?」
「『槍の潜伏者』によって奪われた僕の隊の装備ですが、どうも人間界の市場に流れているようなんですよ」
おっと。マリュアに少しずつ売らせていた黒呪族の装備の件、もう捕捉されたのか。ヨドインは人間界の各国の情勢をそれなりに把握している。魔界産の装備の流通はそれなりに目立つ行為ではあるが、それにしても発覚が早い。
「アレが一般的な交流を行うとは思えんが……協力者がいるな」
「ええ。そのようです。行商人と接触しているのはマリュアという女です」
「そうか……」
名前まで特定されてるじゃん。おめでとうマリュア、魔界の領主に名前覚えられて、知名度上がってるよ。
可能性の考慮。ヨドインはどこまで情報を手に入れているのか。マリュアの素性を調べている最中なのか、既に調査済みなのか。
販売後の金の受け渡しがまだなことから、俺ことアークァスとの繋がりまでは辿り着いてはいないだろう。ただ既に現在のマリュアの住処まで調べ上げられている可能性はあると見て行動すべきだ。
「カークァスさん、何か心当たりでも?」
「ヴォルテリアにある女だけで構成された騎士団。そこの団長がそんな名前だったなと脳裏に過ぎった程度だ」
マリュアは普段から小綺麗な騎士の格好をしている。その名前のまま調べ上げられた場合、すぐに細かな情報も特定されることになる。ならばいっそ真実を叩きつけることで情報の真偽を揺るがした方が良いだろう。
「ヴォルテリア……ですか?」
「ああ。グランセルで活動している男の協力者が、他国の華やかさを売りにしている騎士団長というのも妙な話ではあるがな」
「そうですね。あからさまに偽名を使っていると考えるのが妥当ですが……」
「ただその繋がりが本物である場合、旧神の使者の存在に奥行きが出てくるがな」
旧神ウイラスの用意した光の加護を受けた者が、一国の騎士団長を協力者として行動している。それが真実だとすれば、人間達は魔界に対抗する術を想像以上に巧みに隠しているということになる。
ありもしない先入観ではあるが、槍の潜伏者(俺)に痛い目に遭ったヨドインが慎重になるには十分な仮説だ。
「――下手な探りは入れないほうが良いでしょうか?」
「いや、その協力者についてはそのまま続けて構わないだろう。『魔界の装備を扱う者』は魔族人間問わずに興味を向ける存在だからな」
「なるほど。変に手を引けば、余計に警戒されると」
この様子からして、ヨドインは旧神の使者の背景をより壮大なものとして認識しつつある。いい傾向ではあるが、ボロが出る前に何かしらの新事実を一つ二つ捏造しておく必要があるだろうな。いっそ槍の潜伏者の格好で黒呪族の領地にでも奇襲してしまおうか……いや、流石にないか。
「ヴォルテリアといえば、弓術使いの情報は何か手に入ったか?」
「いえ、直接的なものは……ただ妙な噂話ならいくつかありましたね。一夜にして小さな丘が消失しただとか、巨大な鳥の死骸に群がる獣の群れを目撃しただとか」
ビンゴ。やはりそのへんが良い感じに噂話として広まっていたか。どちらも原因を知っている噂話だが、その真実を知っているのは極わずかな者達だけだ。
勿論存在しない弓術使いとは全く関係のない要素だが、旧神の使者という規格外の弓術使いがいるのならば、何かしらの関連があるのではと邪推してしまうものだ。
「近況としての情報はなしか」
「そうですね。噂話を聞きつけその詳細や真実の確認やらで、思った以上に進展が遅いですし」
「表立って行動している相手ではないからな。仕方ないと言えば仕方ない」
「いっそのこと、こちら側の誰かが気がはやって問題でも起こしてくれたら、出現したりしませんかね?なんて冗談――」
「ありだな」
「えっ」
ヨドインが唖然とした顔でこちらを見ている。いや、実際にありではあるんだよな。槍の潜伏者もヨドイン本人を人間界に連れて行ったおかげで用意出来た嘘なんだし。
適当に反カークァス派の領主を上手い具合に誘導できれば、問題要素の排除ついでに嘘の上塗りもできる。
「お前だけが襲われているのも、不平等だとは思わないか?」
「……カークァスさん。僕貴方のそういうところ、結構好きですよ」
そういうヨドインも良い表情をしている。これくらい堂々とあくどい表情をしてくれた方が、好感を持てるというものだ。
◇
「おかえりなさいませ、ヨドイン様」
「ただいまハルガナ」
定例会が終わり、転移紋から帰るとハルガナが出迎えてくれていた。槍の潜伏者の一件以来、彼の周りの空気がより張り詰めているように感じる。おそらくこっそり鍛錬の量を増やしているのだろう。
かくいう僕も暇を見てはアレとの再戦を考慮した鍛錬を積んでいる。僕にとってもハルガナにとっても、アレとの遭遇は中々のトラウマになっただろうから仕方ないと言えば仕方ない。
「反応の方はいかがでしたか?」
「カークァスさんらしいって感じ。変な様子はなかったかな。仮説は否定しきれてないけど」
一つの仮説。それはカークァスさんがあの槍の潜伏者であるという可能性だ。
仮説に至った理由の一つとして、僕を始めとしてハルガナや部下達は誰一人として命を落とさなかったことが挙げられる。これは槍の潜伏者は魔族を殺すことに躊躇いがあったのではないかと推察される。
体の魔力を光属性に変化させること、あの場で協力者による妨害を演出すること、必要な要素はいくつかいるだろうけど……正直あれほどの妙技を駆使する槍の潜伏者のような存在が複数人いるということを信じるよりも、カークァスさんの自作自演であることの方がまだ信憑性がある。
だが今もその裏付けは一進一退で、確信的なものは何一つ得られていない。
牙獣族の領地での戦いを観察し、カークァスさんの槍捌きも確認させてもらったけど……槍の潜伏者の技とは明らかに型が違っていた。
ただ違ってはいたが、あれだけ多彩な戦い方ができるのであれば、槍の潜伏者の動きもできる可能性は十分にある。
奪われた装備を流通させていた人物についてもだ。槍の潜伏者の協力者と思わしき人物……マリュアという名の人間。実のところ、その人物がマリュア=ホープフィーというヴォルテリアの騎士であることも裏は取れている。
カークァスさんにはあえてそのことを伏せたが、あの人にはその協力者を庇ったり隠したりするような素振りは見せなかった。それどころか僕等が調べ上げた情報と一致するヒントを僕に与えてきた。
巧妙さとワザとらしさ、肯定と否定が入り混じっている。これを意図的に行っているのであれば、実に見事と言う他ない。
「――ヨドイン様。仮にカークァス様が槍の潜伏者だったとして……貴方様はそのような人物に利用されることが……平気なのですか?」
「平気だよ?正直あの人が槍の潜伏者かどうかは、僕の今後には大して大きな影響はないからね。むしろ僕等を容易く追い詰めた存在だ。味方の方が嬉しい誤算というやつだよ」
「そ、そうですか……」
仮説が真実だとして、自作自演で恩を売り、僕を手駒の一つに加えようとしただけだ。実際にあの人には実力があり、僕が追い込まれた事実には変わりない。今こうして調べ続けているのは純粋な好奇心ゆえだ。
勿論、あの人の言葉が全て真実だった場合の想定も忘れてはならない。旧神の使者が一国の騎士団長を協力者として利用できるのであれば、人間界の裏には相当な真実が隠されているということになる。その真実を掴んでいたカークァスさんの下に付くことは悪い話じゃない。
「それでは引き続きということで?」
「うん。カークァスさんの話を信じつつ、あの人の事をもっと探っていこうかなって」
カークァスさんには謎が多すぎる。あの人に関する要素は何一つ見落とすわけにはいかない。これは直感のようなものだけど、あの人の裏にはとてつもない事実が潜んでいるような気がしてならない。
仮説の真偽を抜きにしてもカークァスさんはとても面白い人だ。結果はどうあれ彼はこの魔界を大きく変えてくれるだろう。そう考えればあの人に騙されたままというのも悪くはない。あの人の騙る真実を鵜呑みに世界を掻き回すのも一興というものだ。
「承知いたしました。それで、武器を流通させていた人間につきましては如何しましょう?」
「僕等の装備を使って甘い汁を吸っている輩であることには違いない。その落とし前はしっかりととってもわらなきゃ……なんだけど……。いや本当、あっさりと尻尾を掴めちゃったし……どうみても罠なんだよなぁ……。普通本名で闇市場に魔界の装備を流すかい?」
「流さないでしょうね……」
商人から得た情報では、マリュア=ホープフィーという人間は自らの身分を偽ることなく交渉していたそうだ。立場的な信用を得るためと言えばそこまでなのだが、だからといって魔界の装備なんて人間界で流通させようものなら、人間界側に目を付けられることになる。
立場ある人間がそんな後先を考えないような愚行をするはずがない。これは明らかに詳細を探ってくれという僕等に対する撒き餌だ。
「旧神の使者である槍の潜伏者の協力者なのか、次期魔王候補であるカークァスの協力者なのか、どちらにせよなんだよね……。ハルガナはどうしたい?」
「……もう少し、丁寧に探りを入れるべきかと」
「うん、僕も同意見。細心の注意を払ってね。どっちの縁者にしても、ロクな奴じゃないのは確かだろうし」