雑談と紹介。
「なるほど、それで姉さんは魔界の方に……いつ帰ってくるんだろう」
「私にもちょっとわからないわね」
アークァスとネルリィは互いの近況報告をしている。私が女神であることに気付かれた以上、下手な誤魔化しをするよりは詳細に説明して協力してもらった方が手っ取り早いとのこと。
マリュアに至っては泣くほどまでの話だったのですが、ネルリィは落ち着いた様子。まあマリュアの方は必要以上に物事の大事さを理解してしまっているわけですからね。ネルリィは――
「アークァスも社会人として頑張っているのね」
「賃金は安いけどな」
のんびりとお茶を飲みながら日常会話状態。これやっぱりリュラクシャがおかしいのではないでしょうか。
「貴方のお姉さんが魔界に迷い込んだことに対する心配はないのですか?」
「しているだろ。あの人絶望的に方向音痴だから、一人旅とか絶対に無理なタイプだし」
「いえ、そういう心配ではなく、命的な話です。魔界には十二魔境があることをお忘れですか」
「そこは大丈夫だろ。姉さんだし」
「仮に大丈夫だとしても、魔界に辿り着いてしまえば、魔族達に見つかることもあるでしょう。そうなったら襲われますよ」
「あー……それは困るな」
「でしょう?」
「下手に魔界を荒らされると、魔王候補としちゃ対処しないとだしな」
「そっちの心配ですか」
この人、姉の命の心配は微塵もしていませんね。その幼馴染であるネルリィも同様です。その強さを全く知らないというわけではないのですが、この二人には確信的なものを感じますね。
「姉さんは剣技そのものだからな」
「剣技そのもの?」
「姉さんは斬ると決めたら斬れる。そこに学んだ技なんて存在しない。必要な動き、必要な軌跡、必要な手段、それらを体現するだけ。あの人が放つ剣が、その時に斬ろうと思った物を斬る最適な技となる」
「もう少し分かりやすく説明できません?」
「ええと……例えばここからそこの壁に掛けてあるカレンダー。それを俺が斬りたいと思えば、この場を移動するか、剣を投げるか、はたまた剣の風圧で斬るか、そういう選択肢があるだろ?」
「まあ、そうですね」
「姉さんはこの場で普通に斬れるんだ。なぜか」
腕が伸びるとか、そういった奇術の話ではないのでしょう。仮にそれが可能だとすると、イミュリエールは最低でも距離という概念を斬っているということになります。
神にもなればそう珍しくもないのですが、人の身でそれができるとなると……何かしら超えてはならない領域を超えてしまっている感じがしますね。
「ウイラス様的になにか加護とか与えていたりとかは?勇者的な奴で」
「いえ。それはありません。ですが近しい領域にあるのは確かなようですね」
「そこまで動揺したりはしない感じなんだな」
「まぁ……突然変異と呼べる天才はいつの時代にも湧いてきましたからね」
才能があるとかそういう次元ではなく、純粋に人として異なる力を持って生まれる個体。そういった存在の報告は過去にも数度ありました。
それこそ勇者や魔王、彼等のような私が直接に関与した存在が認めるほどの強者。彼等の心強い仲間や優秀な部下として。
「つまりは然程気にするようなことではないと」
「いえ、興味深いですよ。ですが干渉は避けたいところです」
「どしてさ」
「神が世界を創る理由と同じですよ」
「世界を創る理由……」
この二人は宗教のように神による救いを求めているわけでもなし、説明しても問題はないでしょう。
あまり語るのはどうかと思いますが、私が敵でないこと、私を敵に回さないことを理解させておくべき人材であることは確かなようですし。
「私達……いえ、語弊が生まれますので私と言っておきましょうか。私がこの世界を創り、人間を生かしているのは慈善事業でもなければ、娯楽目的でもありません。私自身の成長のためです」
「ウイラス様の成長?」
「はい。神は全知全能ですが全行ではありません。全てを知ること、全てを能くすることができるようになれる存在です」
「ああ、以前にも言っていた他の神様とかの話か」
「はい。神にも格差は存在します。競うことに拘る神もいますが、基本的には己をより高めることを目的としている者が大半ですね」
説明の為に手のひらの上に小さな星の模型を作り出し、ピリストの歴史を再現していく。
「生命は進化する。神が自身の姿に似せて人間を創ったわけではなく、人間が神に似てくるのです。私達はその進化の過程を観察し、より高次元の存在へと成るための礎としているのです」
「でもこの世界はお前が創ったものなんだろ?この世界で起こることは手のひらの範疇なんじゃないのか?」
「いいえ、私がお二人の異常性癖にドン引きしているのが良い証拠です」
「なんだとぅ」
「世界の規模が大きくなれば大きくなるほど、神の予想外の変化をもたらす因子が生まれるのです。極論で説明しますと、人が私の予想を外れて神になったとしましょう」
「また凄い極論だな」
「その過程を私が分析し、同じように高次元の存在に至る術を経た場合……女神である私はどのような存在になれると思いますか?」
アークァスは少しだけ考える素振りを見せましたが、すぐにそれが無意味な行為であることに気づいたようです。
「女神は女神か。ただ以前の自分よりかは遥かに優れているだろうが」
「はい。自らの力を最大限に振るった世界で、自らの限界を超えた因子の誕生を望む。それがこの世界を生み出した目的です」
「なるほど。星の味方ってわけだ」
「そうですね。個々の生き死にや是非に興味はありませんが、種の存続については救いを与えます。必要があると判断すれば干渉を行いますが、過度な干渉は私の望むモノが生まれ難くなるので極力避けたいのです」
「その必要な干渉が勇者と魔王と」
やはり詐欺師の弟子とあって、話の飲み込みは早いですね。まあ神の思考なんて要素さえ把握すれば、簡単に理解できますからね。単純明快かつ合理的、そう思えないのはその者が要素を知らないだけ。
「神々の中でも、それなりに使い古された手段ではあるのですがね」
「割と過干渉な気もするが」
「控えめな方ですよ。変化を求めるあまり、異世界の人間に干渉を行わせたりする神もいますし」
「かき乱されそうだな」
「そうですね。とある世界に至っては、神の力でも抑えきれず、世界を滅ぼすよりも手間な次元にまで強くなった勇者とかも誕生していますし」
「なにそれ怖い」
「結果が出なければ、待たずに手段を変える。そういう神もいますが……私個人としては正直面倒なので、成り行きを見守るだけです」
「この女神、世界のことを面倒とか言ったぞ」
ランダムに生成した要素の中から、価値を持つパターンを見つける。その中でより秀でたものを厳選していくという作業。それが今この世界の至る所で行われ、結果を出し続けている。
そんなものを逐一監視していては疲れるだけですからね。どこぞの神に至っては一つの星に数多の世界を創り上げて、並行して観察とかしていますし。
「どうせ私の方から探さずとも、貴方の姉のように特異な存在はどうやっても目立ちますからね」
「姉さんには価値があると」
「人でありながら人ならざる域に踏み込んでいるようですし、見届けたい程度の興味はありますよ。ただ私が関与しては、それが無駄になる可能性もあります」
「勇者や魔王を創り出したのは、本当に最終手段だったわけだ」
「絶対的な味方や敵の存在は、同種族で協力し合う上で非常に効果的な存在ですから」
神として直接干渉しない以上、私がこの世界を救うためには間接的な干渉を行う必要がある。だけど神の力はあまりにも巨大。そう安易に他者に委ねたりするわけにもいかない。
神の力を宿した勇者と魔王、それらを人間達の前で争わせることで直接その力を振るわずに不必要な戦いを牽制できる。
そうしなければ人間は互いに殺し合い続けますからね。本能的に理解しているのでしょう、神の座につけるのは一握りの存在だけだということを。
「それでアークァス、イミュリエールの説得は頼める?」
「説得も何も、姉さんは俺に会いに村を出たんだろう?じゃあ俺に会えば村に帰るんじゃないのか?」
「……意外と帰りそうね。いや、でもここに住むとか言い出さない?」
「それは断る。ここは一人暮らし用の家なんだ。客人くらいは招けるが、共に生活するには小さ過ぎる」
築七十年、日当たりも悪ければ雨漏りや隙間風も酷い家ですからね。あとなんかいわくつきですし。
「まあ結構なボロ屋だもんね、ここ。ちなみに引っ越しする気は?」
「それもない。ここ以上に安い物件なんてないんだからな。わざわざ満足している現状で高い家賃を払って引っ越すわけないだろ」
「イミュリエールがこの近辺に家を用意したら?」
「住む分には勝手だが、俺は一緒には住まないだろうな」
「ちなみに私、しばらくこっちに滞在する予定なんだけど」
「そうか。日が暮れる前に宿を見つけられると良いな」
「うわーん。ウイラス様、この魔王冷たいー」
魔王ですから冷たいのは普通なことかと。というかこの人女神相手にかなりフランクですね。数年ぶりに出会ったアークァス相手にも距離の詰め方がえぐいですし。
「当面の宿ならマリュアのところにでも訪ねれば良いかと。少し前にリュラクシャを訪れたリリノール騎士団の騎士団長です」
「あー、あの気苦労が絶えなさそうな子!イミュリエールになんか気に入られてたのよね」
「一応彼女も協力者だが、色々不憫な人だからな。ちゃんと協力し合えよ」
「わかったー」
私の感性がズレていなければ、少し面識がある程度の相手の家に泊まり込みに行く行為は結構敷居が高い気がするのですが……。私ももう少しアウトドアな神のようになるべきなのでしょうか。それなりに大胆にアプローチはしているつもりではあるのですが。
「じゃあ折角ネル姉とも再会したし、夕飯の買い出しついでにオススメの場所でも案内してやるか」
「闘技場以外に価値を見い出せる場所を知っているのですか?」
「観光案内なら読んで一通り見て回ったけど、今の時期あんまり面白いお店とかはなかったわよ?」
「そっちはそっちで、ここにくる前に満喫し過ぎでは」
「ウイラスはさておき、ネル姉にとってはそれなりに良い場所だと思うぞ」
そうして出かける支度を進めるアークァス。この人、ちょっと前まで全身傷だらけ血塗れの状態だったのですがね。とりあえず夕食の買い出しついでということで、好きなおかずを追加する名目且つ、アークァスがネルリィを喜ばせようとする場所に興味を抱いたので同行することに。
「へぇ、随分と強くなったんだね、アークァス」
「修行は続けているからな」
「今外に出かけて数十歩進んだ程度なのですが、どこにそんな判断要素が」
「体の重心とか、肩の高さとか、そゆとこ。しかもワザと崩しているわよね?」
「ネル姉も多少崩しておかないと、変に目立つことになるぞ。ここは冒険者ギルドも近いし、闘技場参加者もうろついている街だからな」
なるほど。アークァスほどの実力者にもなれば、雰囲気からその強さを感じ取れる輩もいるのではと思いましたが、彼を特別視している街の住人は受付嬢の女の子くらいでしたね。揶揄を飛ばす冒険者もいますが、その人はアークァスの擬態に気づいていない程度と。
「大丈夫、大丈夫。そもそも道行く筋肉を撫でて歩いていたら、歩き方とか気にされないわよ」
「ちっとも大丈夫じゃないよ?やだよ、俺。そんな変態と一緒に歩くの」
「私も少し距離を取りたいですね」
しかし言われてみれば、ネルリィの歩き方は一般人に比べ随分と安定しているように感じます。
アークァスの擬態にも気づけているようですし、リュラクシャで剣の指南役をやっていると言っていましたが、実力はかなりあるようですね。もっとも、その実力者が身動きすら取れない相手が彼の姉なのですが。
「さて、ここだ」
「ここは……どこ?」
アークァスが案内したのは小さなお店。食事処ではないようですが、商品が並べられているようにも見えません。
「整体院だ。最近人手不足らしくて、バイトを探しているらしい。ネル姉なら人体構造もそれなりに詳しいだろ?」
「そりゃあ詳しいけど……。オススメの場所って聞いたから期待してたのに、働き口だなんて……」
「ネル姉、ちょっと中の様子を覗いて見ろよ」
「んー?」
言われたままにネルリィが店の窓から中の様子を覗いたので、私も興味本位で少々。店の中では店員らしき人物が、客を相手に施術を行っています。風貌からするに、冒険者か闘技場参加者でしょうか。
「ここは冒険者ギルドや闘技場と提携していてな。冒険者や闘技者は割引でサービスを受けられるから、そういう類の連中が多く通う店なんだ。もちろん筋肉隆起大会の参加者御用達でもある」
「アークァス……いや、アークァス様!」
ネルリィはアークァスの両手を掴み、頭を垂れる。合法的に筋肉に触れられ、しかもお金がもらえる仕事。ネルリィにとってはこれ以上にない望んだ職なのでしょう。
その翌日、ネルリィは早速その場所にアルバイトとして就職。研修期間を飛ばして即戦力として働き始めたとか。
それにしても魔界と人間界の温度差が酷いですね。
次回はまたシリアスに入る予定。