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鋼の虫

 ついに今日は試用期間最後の日。厳密に言えば試用期間更新の日と言いますか。

 もしもアークァス……いえ、カークァスが魔王として相応しくないと思うのであれば、そう思う領主達の中から一名が一騎打ちに名乗りを上げられる。

 アークァスが勝利すれば、再び二ヶ月の試用期間が設けられ、敗北すればその勝者を私……ワテクアの選ぶ次期魔王候補として認めるというもの。


「冷静に考えると、私が彼らを認める必要いります?いっそ新しい次期魔王候補を探した方が早い気がしますが」

「そんなことを繰り返していたら、『我々を見ない女神の選ぶ魔王なんか必要ない!人間界に侵攻だ!』って痺れを切らす奴が出てくるだろ。平等に魔王になるチャンスがあるからこそ、こうして俺が魔王候補としてのさばれているんだ」

「一応私それなりに信仰はあるのですけどね」


 アークァスは着替えを早々に済ませたと思ったら、体の柔軟体操を始めています。かれこれ二十分近く。今しかする時間がないからととても念入りです。


「呼び捨てにしただけで殺意飛ばしてきた連中もいたな」

「今日は行動に乗せてくるでしょうね」

「だろうなぁ」


 あれから一週間ほど惨殺の断崖で特訓をしていたようですが、その成果を頭の中で思い出すような素振りは見られません。奥義を身に着けたのか、それとも身に付けられなかったのか。そのことに対する気負いや自信等も不明。ですが――


「鍛錬は楽しかったですか」

「ああ。やっぱり環境が変わると、見えるものや感じるものも変わるもんだな」


 本人にその自覚があるのかは分かりませんが、平常時の雑念が以前よりも減っていますね。何も考えていないというわけではなく、思考すらも自然体になっていると言うべきでしょうか。


「――よし、いくか」

「それでは呼び出しましょうか」


 私の魔力を使い、各領地への転移紋へと合図を送る。普段なら全員揃うには合図を送ってから暫くの時間を要するのですが、今日はアークァスの試用期間の最終日。呼び出される日時が分かっているのであれば、各領主も待機済みでしょう。


 私達が玉座の間へと足を運ぶと、いつものように忌眼族を除いた全ての種族の領主達が勢揃いしています。

 顔ぶれこそ変わりますが、あいも変わらず壮観ですね。しかも今は全員が歴代の中でも最強格。並の魔族では息をすることすら困難になるほどの圧迫感を受けることでしょう。


「一人くらい遅刻して現れてくれても良かったのだがな。せっかく考えておいた小粋な冗談の使い所がない」


 ですがアークァスはそんな面々を見て、愉快そうに笑います。貫禄だけなら立派に魔王なのですがね。


「さて、とりあえずは形式化したいのでな。まずはこの試用期間での俺の成果の報告といこう。該当する領主はその内容が真実かどうか返答を頼もう」


 そういってアークァスはガウルグラートとヨドインの方を少しだけ見ました。魔王としての試用期間の成果、要するに魔界でどのような活動を行ったかの報告ですね。


「まずは協力関係についてだな。牙獣族は領主、及び領民が納得の行く形で傘下に加わった。黒呪族については当面の間協力関係という形だな」

「異議なし」

「異議はないね。この調子で頑張ってもらえるのなら、傘下に入ることも視野にはあるけどね」


 報告として真新しいのは牙獣族の領民が支持者に回ったことでしょうか。以前までは領主であるガウルグラート個人が傘下に入ると宣言しただけであり、それが形になったわけではありませんでした。

 ですがロミラーヤを始めとした牙獣族最強集団『八牙』が全員賛同したため、実質全ての領民が認めるといった形になっています。


「そして以前にも説明したが、黒呪族の領地の先にある還らずの樹海、そこに人間界へと繋がる侵攻ルートを確保した。とはいえ、あそこは自動的に再生されてしまうのでな。当面は拡張せず、維持をする方向だ」


 還らずの樹海も少し放置すればそれなりに再生しますからね。毎度アークァスが鍛錬がてら維持することは可能なのでしょうが、新しい修行場にも入り浸りたいとのことで、少しばかり縮小した状態で維持をしていくことに。

 黒呪族や牙獣族の鍛錬場としても利用しようとしているあたり、脳内が鍛錬に染まっているのですよね。


「他にも水面下の活動はあるが、結果として語れるのはこの程度だな。よし、それでは本題に入ろうか」

『本題て』


 アークァスは背中に装着していたマントを取り外すと、正面へと放り投げる。


「特に問題がないのであれば、俺はこのまま追加の試用期間を設けさせてもらう。それに反対のものは前に出てそのマントを踏みにじれ。実力行使で俺を排除できる機会を与えてやろう」

『雰囲気を出す演出なのは分かりますけど、一応そのマント、歴代魔王の私物なのですが』

『大丈夫、洗濯するって』


 そんな会話の最中、様子見することなく前に出てきた者がいた。その者は以前もアークァスに殺気を向けた者。

 鋼虫族が領主、ジュステル=ロバセクト。


「貴様がどれほどの功績を上げようとも、賛成することなどできはしない。我らが創始の女神を侮辱するその舐めきった態度ではな」

「『魔王は創始の女神を崇めなくてならない』等と、本人から言われてはいないのでな」

『あー言っておけば良かったですかね。その方が私の気分が良いですし』

『梯子外してくるのやめよう?』


 ギリ、とジュステルの方から怒りで体が軋む音が聞こえてくる。

 領主ともなれば相応の教育を施される者が多い。魔界を統べる魔王、それを選ぶ創始の女神ワテクア。彼等はその存在の価値を後世にも同じように伝わるようにと、より神聖化して認識させてきた。

 その神聖化した私に対する非礼の数々、ジュステルはその理由だけでアークァスを否定している。

 他の領主の中にはもう少し様子を見ても良く、試用期間を延長しても構わないと思う者もいる。そのような中で純粋に私への非礼だけでここまで怒りを見せるのは、鋼虫族の実直な生き方らしさと言うべきなのでしょうね。


「では一騎打ちの規定を告げる。勝敗はどちらかの降参、死亡または戦闘不能を以て決定する。もしも他領主からの介入があった場合、無効試合とし後日に再戦を行う」


 ガウルグラートやヨドインが割り込むことはないでしょうが、他の領主が水を差す行為をしないとも限りませんからね。

 ジュステルは少しだけガウルグラートとヨドインの方を気にした様子を見せていますね。介入の話を聞き、その両名が動く可能性を示唆したのでしょう。


「ワテクア様、介入を行った他領主については、いかなる処罰を?」

「種族を剥奪。その者が名乗る種族はこの魔界から存在しないものとなる」


 その言葉の意味を理解した領主達の空気に緊張が走る。そのつもりはなくとも、自らの種族が皆何者でもなくなることの結末を想像してしまったのでしょう。

 種族を剥奪されれば、その領地は実質解体されることと同義。いずれかの種族の庇護下に加わらなくてはならず、種族全ての隷属化を意味します。

 この条件でアークァスやジュステルを援護しようとするものは、この領主の中にはいないでしょうね。自領地の領民全てを憎んでいれば、別なのでしょうが。


「承知いたしました。それならば、この場で無粋な真似をする輩はいないでしょう」

「では各自階下の広間へと移動せよ」


 私の言葉と共に全員が広間へと移動する。以前アークァスがガウルグラートと手合わせをした広間。またこうして私の選んだ魔王と領主が戦うことになるとは、少し前の私では思いもしなかったでしょうね。

 領主達に囲まれ、アークァスとジュステルが互いを見合う。殺意の視線を向けているジュステルに対し、アークァスは鼻歌交じりで楽しそうにしています。


「武器は持たないのか?ならば俺も素手で相手をするが」

「武器ならばここにある」


 ジュステルが自身の胸に手を上げると、魔法陣が浮かび上がる。あれは格納紋、自らの魂を鍵として異空間に道具を保存する高等魔法ですね。

 格納さえできればどんなものでも安全に運ぶことができる反面、その数や質量によって当人への負担が比例的に上昇するので、通常の運搬で安全面に工夫を施した方が効率的だったりもします。

 もっとも、決して手放したくない物を持ち歩くという面ではこれ以上にない方法の一つではあるのですが。

 ジュステルは開いた空間から自身の背丈程もある武器を取り出す。諸刃の剣の一種ではありますが、握りの先にも同形状の刃が備わっている双刃刀。あれは確か――


『説明は不要だ。何かあることくらい見て分かる。余計な知識は動きに支障が出る』

『……そうですか。ではご武運を』


 忠告しようと思った矢先、彼の方からストップが入りました。まあ説明されて対応できるわけでもないですし、直感的に対応できるアークァスにとっては判断を鈍らせる要因になりかねませんね。


「開始の合図は行わぬ。各自好きに始めよ」

「――ジュステル=ロバセクト。創始の女神を軽んじる不忠者に、断罪の刃を突き立てん」

「お前の法に興味はないが、思いの丈を込めるのであれば大歓迎だ」


 先に動いたのはジュステル。鋼虫族は虫と同じで手足が合わせて六本存在する。魔族としての鋼虫族は四本の腕として武器を扱う。

 ガウルグラートにも匹敵する身の丈、それと同等の双刃刀を四本の腕で軽々と振るう。

 ですがアークァスは紫電の速度で動くロミラーヤにも対応できる反応速度を持ちます。ジュステルの斬撃を上から剣で叩き、その上を滑るように移動。そのまま一気に距離を――


「ヌゥンッ!」

「っ!」


 双刃刀が分裂し、二本の、諸刃の大剣へと変化する。ジュステルはアークァスが滑っていない方の刃で追撃を行う。

 アークァスは刃の上でもう一度跳ね、二の撃をも回避するも、既に諸刃の大剣は更に別れており、四本の直剣となって宙で動きを終えたアークァスへと襲いかかる。

 あの双刃刀は鋼虫族の為に造られた武器。あらゆる状況下で自在に変化する分解式双刃刀『重ね羽』。

 四本の腕を使い、一本から四本の間で数を変化させながら戦うそれは、従来の近接戦を学んだ戦士達にとって曲者以外の何ものでもありません。


「とったっ!」

「短気だな」


 同時に迫る四連撃をアークァスは最小限の動きで弾いていく。四本に分裂したことで手数は増えますが、その一撃一撃は軽くなりますからね。


「まだ、まだっ!」


 ですが弾かれやすいということは、それだけ再び繰り返しやすい攻撃でもあるということ。ジュステルはその四本の腕を駆使し、アークァスが地面へと降り立つ前に無数の乱撃を放つ。


「応じようっ!」


 アークァスは宙にいながら、縦横無尽に襲いかかる刃を弾き続けます。下手に受ければ姿勢が崩れ、追撃に斬り裂かれる状況。それなのに飛んでくる攻撃を弾きながら、その反動で体を宙に浮かせ続け、余裕を持って全てを捌いていますね。

 自重を支えられるということは、四本に分裂した刃の一つ一つが彼を吹き飛ばせるほどの威力があるというわけなのですが……。


「――小癪っ!」

「小粋と言ってくれ」

「ぬかせっ!」


 アークァスが再び迫る二連撃を弾こうとした瞬間、軌道上に重なった二本の刃が一本へと戻る。腕一本分の威力を想定して弾こうとしていたアークァスは、腕二本分の剛力をまともに受け、その体が後方へと弾き飛ばされた。

 受け身を取りながら、その腕へと響いた衝撃の感触を楽しそうに堪能していますね。


「斬撃の最中に合体するか!面白い!」


 アークァスへのダメージはなし。鳴らずの剣は全ての斬撃を受け止め、どうしても相殺しきれなかった腕二本分の刃が体を押しやったに過ぎません。

 それにしてもジュステルはどういうつもりなのでしょう。力の差を示すのであれば、特異性を早々に開放すれば良い話だというのに。アークァスを剣技で捻じ伏せようとしている?


「――自惚れるだけはある。が、やはりそうか。貴様、技の冴えはあれども魔力の絶対量は並以下だな」


 そこなのですよね。なぜ始めにアークァスが領主達から全否定されていたのか、事あるごとに彼に挑むことを恐れないのか。

 それは彼が傍目から見れば弱く感じられるから。魔族にとって魔力の絶対量はシンプルにわかりやすい強さの証です。

 それなのにアークァスから感じられる魔力は探知しようとして辛うじてといったところ。漏れ出す魔力はほぼ皆無と言っていいでしょう。町娘ですら彼に話しかけることを物怖じしない程です。領主はおろか領民達でさえ、その実力を目の前にしなければ挑戦的な視線を向けようとする。

 ジュステルは今の打ち合いで、アークァスの魔力強化に使われている魔力の量を測ったのでしょう。敵意を向けながらも分析を怠らないのは流石と言うべきですが……。


「……それで、なんと見る?」

「それらの技術は素質なき者の足掻き。どれほど冴えていようとも見るに耐えんというものだ!」


 ジュステルは剣を握りしめる腕の全て、踏み込む足にも魔力を注ぎ込み、魔力強化を増していく。領主クラスともなれば、魔力の絶対量はかなりのもの。その魔力をただ暴力的に込めるだけでも純粋な破壊力は増していくことでしょう。

 全身から溢れ出る魔力は並の魔族達とは桁違いのもの、圧倒的強者であると誰もが実感できる膨大な魔力を匂わせます。

 地を蹴り、ジュステルが距離を詰める。速度の上昇もさることながら、そこに込められた腕力は先程の比ではなく、四本に分裂した剣の一本一本が、始めの一本に集約した一撃並でしょう。


「――見るに耐えんのはこちらの方だ」

「っ!?」


 何かを察したジュステルが攻撃を止め、四本の剣を束ねて防御姿勢を取る。それと同時に激しい衝突音と共にその体が後方へと滑っていく。

 今アークァスが行ったのは両手に握った剣による一撃。その一撃が魔力強化を増したジュステルの怪力を上回り、押しやった。その事実にジュステルは少なからず動揺しているようですね。


「体から漏れたり、技に使用したりする魔力量を測定して、何を分かった気になっている?俺からすれば体臭が酷いことを自慢する愚者の戯言にしか聞こえんぞ」


 まあ、分かってはいましたよ。アークァスの異常な魔力操作力からして、普段は体の中にさえ余計な魔力を溜め込んでいないことは。

 以前彼がマリュアに語った言葉、『全身に巡らせている魔力で咄嗟に強化することは、それなり以上の連中は皆できる。でも咄嗟に全身に魔力を巡らせる鍛錬を積んでいる奴は結構いないんだよな』というもの。これは奥義『魄剥ぎ』の効果性を語っただけではなく、暗に『自分は咄嗟に全身に魔力を巡らせる鍛錬を積んでいる』という意味でもあったわけです。

 魔力を体中に巡らせていれば、即座に全身で魔力を扱うことはできます。ですが、その過程で体から漏れ出す魔力も少なからず出てきます。

 彼からすれば魔力が体から漏れること自体、無駄な行為。そんな魔力が少しでもあれば、無駄なく使い、少しでも長く鍛錬に費やせられるようにしたい。それがアークァスという男の価値観です。


『なんと言いますか、魔力に対しても貧乏性なのですかね』

『倹約家と言ってくれ』


 今放った一撃は、瞬間的とはいえジュステルの魔力強化を上回るもの。見た目から判断される力量からでは決して放てない威力でした。

 先程とは逆の立場、その腕へと響いた衝撃の感触をどう思うのか。


「ふん。力を誇示せず、隠すように扱い、何が魔王か!貴様に似合うのは精々が間者程度よ!」

『それ言えてる』

「その程度の相手に力を誇示せず、探るような真似をする奴が魔王の座を狙うのか?間者仲間が欲しいのなら、素直にそう言え。鍛錬くらいは付き合ってやるぞ?」

「――っ」


 あ、これは心を読むまでもないです。ジュステルが煽られてキレましたね。

 アークァスからすれば正論で返したつもりなのでしょうが、ジュステルにとって特異性とは私から授かった宝です。

 宝を大切にすることと、小細工で弄すること、それらが同等だと言う物言いに対し、私に対するさらなる侮辱行為と受け取ったのでしょう。

 それにしてもこのバトルジャンキー、テンション上がってくると途端に饒舌になりますよね。本人にはその気は全く感じられないのに、全力で他人の神経を逆撫でしにいっているんですよね。



ジュステルの武器は元々四本の片刃剣(片面だけ斬れる)。二本を合体させると諸刃の剣(両面とも斬れる)状態となり、それを更に合体させ、双刃刀としても扱えるようになっています。

くっつく仕組みとしては磁力に近いもので、結合部に特定の魔力を流し込むことで引き合う性質、離れる性質と変化させて使います。

腕が四本ある鋼虫族が、臨機応変に戦える為に作り出された匠心満載の武器です。そもそも腕が四本ある時点で狡い。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 武器の構造や使い方が超好きです! でもアークァスの強さの示し方がもっと好きです(笑)!
[良い点] こういう変形合体ウエポン好きです。 [一言] 『スターウォーズ』のグリーヴァス将軍も腕4本使えるのに、速攻2本斬られちゃうんですよ。ジュステルさんはだいぶもってる。
[一言] その舌戦の鍛錬はいつ何処でしたんだろうか…
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