どいつもこいつもマイペース。
「ふっ、ふっ、ふっ」
家の中でできる柔軟と軽い運動で体をほぐし、体の体温を自覚していく。
これから自身を鍛え上げるのだから、それに適した体調に調整しなくてはならない。
心の在り方次第で寝起きや仕事終わり、どのタイミングでも最高のパフォーマンスを発揮できるようにはしてあるが、有限の時間の中で鍛錬を積むとなればそれなりの準備は欠かせない。
「こんなもんか」
全身の感覚を確かめつつ、物置へと移動する。とりあえずヨドインから貰った鳴らずの剣は調整に持っていくとして、あとはこれとこれと……そうだ、弓も持っていくか。
適当に風呂敷でまとめ、転移魔法で魔王城へと向かう。
「流石に格好はもう少し軽い感じにするか」
カークァスの仮面を装着し、衣装棚の中にあったインナーを拝借して着替え、荷物を持って再び転移紋へと乗って移動をする。
次に移動するのは牙獣族の領地へと向かった際、こっそりと刻んでおいた転移紋の場所。
そう、俺にとって牙獣族の領地を訪れる一番の理由はこの場所に転移紋を刻むことだったのだ。
「うおおお……前に来た時にも感動したが、これはっ!」
牙獣族の領地の奥地にある魔境。ウイラスが星の仕組みとして創り出した、魔界と人間界を隔てる天然の結界。
その名を『惨殺の断崖』、歪な形の崖は獲物を抉り取る猛獣の乱杭歯を彷彿とさせ、周囲には木々の存在を許さない暴風の竜巻が吹き荒れている。
俺が今立っているのはその入口でしかないのに、握っている風呂敷ですらその風で飛ばされそうになっている。
とりあえず近場の岩を切断し、荷物と風呂敷が飛ばないように重石として置いておく。
「良し」
「良し、じゃないんですよ」
振り返るとそこにはワテクアの姿に着替えたウイラスの姿がある。いやワテクアでもあるのだからワテクアと呼ぶべきなのだろうか。
「貴方は人間なのですから、ウイラスで良いですよ。近くに他の生命反応もありませんし」
「でも万が一を考えてその格好できてくれたんだろ?ならその時はワテクアと呼んだほうが良いかなーと」
「――それもそうですね。習慣づけておけば間違うこともありませんか」
形から入るのは大事だもんな。じゃあ自分もちょこっと意識を変えて付き合ってみよう。見た目と名前を関連付けて、意識的に切り替えられるようにしてっと……それはそうとなんでここにワテクアがいるんだ?
「うわ、本当に脳内でも私のことをワテクアと認識していますね」
「然程長い付き合いでもないからな。この仕事の雇い人が二人いると思えば難しくはない」
「それはそれで薄情だと文句を言いたいところですが……。マリュアへの報告の際に、特に含まれていませんでしたが、転移紋を作成する道具の使用痕跡がありましたので」
「言うはずもないだろう。マリュアに説明して『来るか?』と聞いても首を横に振られるだけだろうからな」
「振るでしょうね。こんな場所、創った私でも好んで訪れたくはないですし」
暴風に煽られ、ワテクアの髪は前後左右へと荒ぶっている。これがウイラスの格好だと服も色々と危うかっただろう。
「どうせこれから適当に断崖を下っていって修行するだけだ。帰って良いぞ?」
「良くないから、忠告をしにきたのですよ。この暴風は隣り合う魔境の気温差と、この複雑な形状の崖によって生み出されています。空を飛ぶドラゴンですら、その翼を捻じ曲げられ、断崖へと誘う魔境です。人の身で入り込めば、風の圧だけで肉塊になりますよ」
「大丈夫、大丈夫。魔力強化を維持し続ければ耐えられるさ」
「どれだけ魔力強化を施しても、その体重は人間の成人男性のものでしょうに。牙獣族の戦士でも吹き飛ばされるのですよ」
「そこも問題ない。このへんは大地に含まれている魔素が濃いからな」
論より証拠と近くの岩場へと進み、足で岩の魔力を掴む要領で足を岩へと固定する。あとは重力程度、魔力強化によって体幹をしっかりと支えれば問題なく真上へと歩いていける。
「な?」
「せめて特異性や魔法とかでやって欲しいのですが。魔力操作だけでなんでもかんでも補われると、色々と創造した私の立場がないのですよ」
「特異性なんてあるわけないし、魔法は……適性はそれなりにあるらしいが、習熟に時間を割くからな」
師匠にも『今から人生の全てを魔法の習熟に注げば、それなりの地位につくことはできる』とは言われたこともある。もちろん武芸の鍛錬や、冒険者としての仕事、趣味である闘技場観戦、それら全てを犠牲にした上でだ。
そこまでして地位が欲しいのなら、とっくにそうしている。そんなものよりも今の充実を大切にしたいところである。
「発想は若者なのですが、どこか引っ掛かるところ」
「とりあえず、この通り問題はない。そもそも前回来た時も半刻ほど降りた先で軽く遊んでいたしな」
「下手をすればそのまま行方不明なのですが……仕方ないですね。許可は出してあるわけですし。危険性を説明した以上、私の義務は果たしたものとします」
「なんだ、説明をするためにわざわざ来たのか」
「仕事相手が何も考えずに魔境に飛び込むのを、黙って見送れるわけがないでしょうに」
「親切なことだ。心配せずとも、仕事に役立てる鍛錬にするさ」
そろそろヨドインの人間界での情報収集もそれなりの成果が出始めるころだ。
ヴォルテリアには旧神の使者である弓術使いがいるという流れになっている。そろそろ具体的な行動をして、信憑性を増していく必要があるだろう。
弓術にもそれなりにではあるが、旧神の使者を騙る以上はやはり何かしら目玉となる技の一つくらいは編み出しておかねばならないだろう。
「今から奥義を編みだすつもりなのですか……」
「奥義は既存の技を昇華させて生み出すものだからな。この断崖を見て閃いたものがあるし、後は形にするだけだ」
「そういうものですか。ところでこんな場所で弓術の鍛錬を積めば、矢の消費が馬鹿にならないと思いますけど、貧乏冒険者のお財布事情は大丈夫なのですか?」
「抜かりないさ。ヨドインの部隊から奪った弓矢のうち、矢だけは手元に置いてあるからな」
「魔王城に何か持ち込んでいたのは、奪った矢だったのですね……」
弓矢は鍛錬の際、矢の確保がネックとなる。毎回刺さった場所から引き抜くのも面倒だし、壊れる可能性の高い消耗品で、そのくせ売るとなるとそこまで高値では売れない。
なので矢については鍛錬に使おうとまとめて魔王控室の衣装棚に放り込んであり、今回はその一部を持参済みだ。いやぁ、気兼ねなく消耗できる矢があるなんて、凄く贅沢だよなぁ。
「それと次の戦いは殺し合いになるだろうから、この剣を体に馴染ませる必要もあるからな。いやぁ、実に楽しみだ」
「――相手の能力も力量も分からず、勝算も正しく見いだせない状況。それなのによく命を賭けて戦うことを楽しめますね」
「未知を楽しめなきゃ、成長はないからな」
ワテクアは小さくため息をつくと、そのまま去っていった。
これまでは延々と一人で鍛錬を積んでいた。それでも十分に満たされていたが、ガウルグラートを始めとした魔族達と手合わせをしたことで得られたものは確かにあった。
自分が剣を振るっていては、相手の人生を観ることはできないと思っていた。だが魔族達との戦いの中で、俺は確かに彼等の真髄を垣間見ることができていた。
俺は強者との戦いに喜びを見出している。それは紛れもない事実なのだが……同時に引っ掛かりも覚えている。
そう、今更になって見出すのは遅いのだ。そうなったのは姉さんや師匠が原因なのだろうが……いや、考えても仕方のないことか。
「さて、やるぞー!」
俺は気持ちを切り替え、断崖へと歩んでいくのであった。
◇
「我々が生きる星、ピリストは球体だ。魔界と人間界に二分され、その境目には十二魔境と呼ばれる地域が存在している。その魔境のどれもが並大抵の存在では通り抜けることは出来ない危険地帯、それ故に我々魔族も人間共も、残された一つの地域を足掛かりにするしかないのだ」
「ほえー」
「もう少し真面目に聞かんか!お前が振った話題だろうが!」
今年度に加わった新兵と共に魔境近辺の警備。新入りの『そういえば結局魔境ってなんなんすか?』という驚きの常識知らずっぷりに説明を施すことになったのだが、現時点で理解する様子がほとんど見受けられない。
「聞いてるっすよ。でもその話だと、魔界の領地の一つには魔境が存在しないってことなんすよね?危ない場所がないのって狡くないすか?」
「逆だ。その地域は人間界の侵攻の際に各地から集まった魔族達が移動のために押し掛けることになる。だから他領地の魔族達を受け入れられるようにしなければならないし、人間界から時折現れる厄介な人間共の相手も行わねばならない。魔境ならば歴史で学んだ対応策通りに監視していれば大丈夫だが、意思を持った厄介者には常に臨機応変な対応が求められるのだ」
「あー」
こいつ。相槌が非常に腹立つな。しかし聞いているには聞いているようだ。
「魔境を越えて敵軍が現れる心配はない。だが迂闊に近づけば犠牲者が出てしまう事も珍しくない。だからこそ我々はこうして魔境を日夜監視しているのだ」
「つまりはアレっすか?魔境から来る奴じゃなくて、魔境に向かう奴を止めるのが仕事ってわけっすか?」
「そうだ。我々鋼虫族の管理する領地の奥に存在する魔境、『誘いの砂漠』。一面の砂漠であり、一見すれば人間界への侵攻に適したルートにも見えなくはない。だがこの砂漠は外見上危険に見える魔境よりも遥かに恐ろしい場所だ」
魔境の多くは足を踏み入れることすら躊躇われるような景観となっている場合が多い。それに対し、この誘いの砂漠は逆に多くの者が足を運ぼうとする。
「昔から壁で見えもしない砂漠なんすけど、こうして物見櫓の上から見る分にはなんの脅威も感じないすよね?具体的にはどんな感じで危ないんすか?」
「名前の通りだ。あの砂漠は生物を招き入れようとする意思がある。一目でも見てしまえば、幻惑魔法に掛かってしまったかのように吸い寄せられてしまうのだ」
「えー?でも俺達って今こうして、普通に見てるっすよね?」
「物見櫓に登る前に説明したろうが。この物見櫓には精神への干渉を阻害する結界が貼られている。だから我々は結界の中から誘いの砂漠を監視しているのだ」
「あー。だから魔法陣を踏むなっていってたんすね」
「そうだ。何人もの監視兵が踏み歩いたせいで、魔法陣が削れてしまい、登った監視兵が誘いの砂漠へと取り込まれた事件も何度かあったくらいだからな」
先人達の築いた長壁によって視界が遮られているから、平地を歩く上では誘いの砂漠は目に入らない。だが鋼虫族の中には空を飛ぶ者もいる。そういった者達が近場を飛行した際に、うっかり誘いの砂漠を目にしてしまい、誘い込まれる事故が年に何度か起きてしまっている。
歴代の領主様の命令で、この辺一帯での飛行には細心の注意を払うようにとのお達しがあるのにもかかわらず、こういった事故が起きる。
誘いの砂漠が視線を介さなくても我々を誘おうとしているのではないかという研究者もそれなりにいるほどだ。
「取り込まれるとどうなる……というか、奥には何かあるんすか?」
「過去に精神干渉への対策を徹底した調査団が派遣されている。その報告では、砂漠の奥に進めば進むほど、精神への干渉が強まり、完璧だと思えた対策を施した調査団員が数名誘われてしまうほどらしい」
「じゃあ分からず終いすか?」
「いや、当時の鋼虫族領主様もその調査には同行していたらしい。領主クラスにもなれば、誘いの砂漠の干渉にも耐えられたそうだ。そしてその御方は誘いの砂漠の中央にあるものを観測した」
「砂漠の中央に何かあったんすか?」
「――曰く、砦すら一飲みにするほどの巨大な虫がいたそうだ」
当時の領主様はその怪物を目撃し、迷うことなく撤退した。領主様だけではなく、魔王様ですら誘いの砂漠を侵攻ルートにする計画を論外と断言したそうだ。
誘いの砂漠はその怪物の餌場。獲物が誘い込まれるのを日夜待ち続けている。我々にはその怪物の餌となる存在を魔界側から一人でも減らすことしかできないのだ。
「へーやばいんすねー」
「そうだ。もしも誘われた者を見かけても、慌てずに精神干渉阻害の装備を整えてから救助に当たるんだぞ」
「そうっすね……あれ、先輩、噂をすれば早速誘いの砂漠の方になんかいるっすよ」
「何っ!?どこだっ!?」
慌てて誘いの砂漠の方へと視線を向け、人影を探す。新入りへの講義に気を取られていて、誘いの砂漠に取り込まれてしまうのを見過ごしていたなどと、そんな報告をしていれば私の査定にも響きかねない。
数秒ほど確認が遅れたが、確かにいる。誘いの砂漠の奥の方に何かしらの異物が動いているのを確認できた。
「どうするんすか?」
「この距離では姿を確認するのは難しいな。望遠鏡を……」
鋼虫族の視野は広いが視力はあまり良くない。動くものを捉えるだけならば裸眼で十分だが、遠方を観察するには望遠鏡は欠かせない道具となっている。
位置は把握したので早速望遠鏡を使い、その動く物体の方を見る。
そこにいたのは女だった。姿形的には悪魔族や鬼魅族を彷彿とさせるのだが……角や尻尾等は見られない。
それよりもその様子の方へと意識が向く。まるで紫の液体を頭から大量に浴びたかのようにずぶ濡れだ。水っ気すらない誘いの砂漠の奥だというのに、いったいこれは――
「っ!?」
望遠鏡で観察していると、その女と目が合った。この距離でそんなことがあるのだろうか?いや、風族などはこれくらいの距離でも獲物の姿をしっかりと認識できるというから、可能性はなくはないのだが……。
女は笑顔を見せ、静かに口を動かしている。何かを喋っている?
「ええと、『そこにいくから、まっててね』だそうすよ?」
ちょっとだけ驚き、望遠鏡を外して新入りの方を見る。新入りも望遠鏡で女の方を見ていたようだ。
「お前、鋼虫族のくせに人型相手の読唇術ができるのか……意外と優秀だな」
「一時期は暗部目的で入隊しようと思ってましたんで。つか、あれってどこの種族すか?話で聞いた人間にも見えるんすけど」
「馬鹿言うな。人間が誘いの砂漠を横断してきたなんて話、歴史上でも存在せん――」
突如、女のいた場所からここからでも観測できるほどに高く砂柱が上がる。そのことへの驚きを抱くよりも早く、次々と砂柱が発生している。それは恐ろしく速くこちらの方へと接近しており、そして物見櫓の少し前でより一層大きな砂柱が舞い上がる。
そしてその砂柱が砂漠へと戻るよりも早く、物見櫓の柵の上に何者かが降り立った。
「お待たせー!」
望遠鏡で覗いたままの姿、間違いなく先程遥か遠くにいたはずの女だった。頭の中で導き出された答えは、この女が砂柱を巻き上がらせながらここまで跳んできたということ。
その速度たるや、並大抵のモノではない。
「な……な……」
「良かったー!ずっと真っ直ぐに向かってたはずなのに、ずっと一面砂なんだもの!ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、今ってこの地図のどこらへんかしら?」
そういって女は腰に装着していた鞄の中から、一枚の地図らしきものを取り出し、私達へと見せた。地図の方も女の風貌と変わりなく、紫色の液体でべっとりと汚れており、読むことすら難しいほどだ。
「うわ、ベチャベチャっすね」
「わ、本当だ!?どうしよ、あとでネルリィに返さなきゃいけないのに……ま、いっか」
「お、お前……」
新入りは驚きつつも、地図を確認している。こいつ、こんな状況でもいつも通りとか、将来大物になるんじゃないのか。
「んんー?鋼虫族の領地の地形とは一致しないっぽいすね、おねーさん、これどこの領地の地図っすか?」
「鋼虫族?ああ、貴方達のことなのね。珍しい風貌の人達がいるなぁとは思ったけれど、近場にそんな種族もいるのね?」
「鋼虫族を知らないとか、俺よりも常識知らずじゃないっすか!」
「そーなのよ。私ずっと村から出たことなかったから、地図の読み方もよく分からなくて」
……今私の中で、一つの推測が出てきている。だがそれを脳が認めようとしていない。覗き見る地図は明らかに広大な範囲の地形が記されており、それは魔界全域の地図ともよく似ている。
だが私の知る地図とは明らかに違う。それにこの女の風貌、そこから導き出されるのは……。
「じゃー俺が教えてあげるっすよ。それにしてもおねーさんってどこの種族っすか?まるで話に聞く人間みたいすけど」
「え、人間だけど?」
「まじっすか!?ここ魔界っすよ!」
「えーそうなの!?方角間違えちゃった感じ?」
「そんな感じすね!」
この馬鹿は私の驚愕や動揺すら置き去りにしてくれるな!?人間だと!?いや、確かにそう言われて見れば紛うことなき人間ではあるが、それにしてもありえないだろう!?人間が誘いの砂漠を抜けてここまで歩いてきたと言うのか!?
「そっかー、うーん。戻った方が良いのかもしれないけど、この砂地って変な感じで歩いてて気分が悪くなるのよね。……あ!もしかしてあの砂地にいたおっきな虫さんって、貴方達のペットかなにか!?」
「おっきな虫?いや、違うすけど」
「そっかー良かったー!急に地面から飛び出してきたから、つい斬っちゃったのよね。死んじゃいなかったけど、凄く泣き叫びながら逃げちゃったから」
「へー。先輩から聞いた怪物以外にも生物を襲う虫とかいたんすかねー」
いやいや、いないから。それ明らかに誘いの砂漠のヌシだよな!?斬っちゃったの!?泣き叫びながら逃げるまで負傷させちゃったの!?砦すら一飲みにするって規模の怪物虫って聞いてるんだけど!?
そこでようやくこの女がなんの液体で全身を濡らしているのかを察した。この女は言い伝えでしか知らないような怪物と出くわし、あまつさえ撤退させるまでに追い込んだという。
あの異常な接近の仕方といい、私の理解が何かの勘違いであると否定しきれない。導き出されるのは、この女が相当に危険な人物であるということだ。
これはもう私達で手に追える存在ではない。急いで上に報告をしなくては――
「あれ、でも人間ってことは俺達魔族の敵ってことっすか?ねぇ先輩?」
おいいいいいっ!?そりゃ当然の事実だろうけど、相手を前にそんなことを確認する馬鹿がいるかあああ!?ほらああああっ!女が私の方を見てるじゃないのよさあああ!?
「い、いや、その……て、敵意も感じないからで……あって……。それにまだ戦争も起きているわけでも……ねぇ?」
「あ、そんな感じでいいんすね。じゃあおねーさん、そんな酷い格好じゃアレなんで、俺達の屯所で体でも洗います?」
「本当!?あ、でも覗いたりしたら怒るわよ?」
「大丈夫すよ!ノリは良くて好印象すけど、明らかに姿が違いすぎて欲情できるところとか微塵もないす!」
「それはそれで酷ーい!」
私は今、この新入りに少なからず尊敬の念を抱いていた。危機感が微塵もない馬鹿であることは否定できない事実なのだが、この怪物女相手にフランクに接することができるのは明らかに才能だ。とりあえずこの新入りには優しくしておくことにしよう。
方向音痴は戻るということを知らないのである。




