2 やりたいこと
ノーリス17歳、ケイト16歳。二人は恋人棟であるステラ棟に住むことにした。しかし、一日目に、ケイトにとって、驚きの提案をノーリスにされた。
「僕、ケイトのことは大好きだよ。だから、ステラ棟に住むことを賛成したんだけどね。やっぱり、ベルデ棟に移らないかい?」
ノーリスは真面目な顔でケイトに告げた。
「どうして?ノーリスは私と一緒にいることが嫌なの?」
ケイトはノーリスの腕をギュッと掴んだ。
「違う!ケイトとは一緒にいたいよ。でもね、僕、やりたいことがあって、ここを出ていこうと思っているんだ」
「え!うそ…」
ケイトは聞いたことのない話に呆然とした。
「アルさんたちがあと2ヶ月で帰ってくるよね。そうしたら、相談しようと思っていたんだ。僕は、年長である僕たちが独立しなければいけないのではと思っているんだ」
ノーリスはさすがに勉強してきただけあって、経済や生活、自立について自分で考えられるようになっていた。
「つまり、自分たちで食べていけるようになるってこと?」
「そうだよ。他の3人は仕事上、ここを離れての独立は難しいだろう。だけど、僕なら、できる!」
「何をするの?」
「パン屋になろうと思う。どこかで技術や経営を学んで、ここで店を開くんだ」
「でも、ここの人たちはお金はないわ」
ケイトは不安なことはすべて聞いてしまおうと決心していた。
「小麦がある。僕たちが町へパンを売りに行って、『ビアータさんの家』から小麦を買うんだ」
「ノーリスのやりたいことはわかったわ。でも、なぜ私といれないの?」
「今は赤ちゃんを作ることはできない。赤ちゃんがいるケイトをここに置いていけないし。ケイトと赤ちゃんを守るために、パン屋を始めてから、赤ちゃんを作りたい」
「ノーリスは、私との赤ちゃんがほしいの?」
「え?もちろんだよ!ケイトは違うの?」
ノーリスにとっては当たり前のことすぎて、もしかしたらケイトに嫌がられるかもなど考えたこともなかった。
「嬉しい、嬉しいわ」
ケイトがノーリスに抱きついて泣いた。
「あ、あの、ケイト…」
ケイトはしばらく泣いてから、さっぱりした顔で笑った。
「ノーリス、じゃあ、そういうことは、パン屋さんになってからにしましょうね。今は、キスだけ、ね。それならいいでしょう?」
「ケイトがそれでいいなら」
二人はキスをした。
この約束は男の方がツラいことに気がつくのは、数週間程先になる。だけど、ノーリスは約束通り、ケイトに手を出すことはなかった。
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ノーリスは、コルネリオの実家ファーゴ子爵領のパン屋で1年修行した。ケイトは、ファーゴ子爵邸で、接客や計算や家庭料理を勉強した。ノーリスはその後1年間、ファーゴ子爵邸で、サンドイッチなどのパンの調理と経営について学んだ。
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2年後、ノーリスとケイトが『ビアータの家』改め『ソベルデスバー』に戻ってくると、関所の割と近くに数軒の家が建っていて、そのうちの一軒がパン屋だった。
ご近所には、テオとバレリラ夫婦、ウルバとカーラ夫婦、デジリオとフランカ夫婦、オルランドとパスクも北から来た女の子たちと家を持っていた。バレリラと北の女の子たちはお腹に赤ちゃんがいるそうだ。
「カーラ、もう少しだけ待とうな。カーラは体が小さいから、オレ、不安なんだよ」
「オレはフランカがいなくなるくらいなら、赤ちゃんは諦められるよ。フランカが17歳になってから、な」
ウルバもデジリオも一生懸命に説得していた。赤ちゃんに憧れる若いお嫁さんたちを説得するのも大変そうだが、リリアーナの教えはキチンと生きているようだ。
ジャンとメリダは、ステラ棟に住んでいて、将来はソル棟の管理者になるそうだ。メリダは自分の赤ちゃんを背中であやしながら、いろんな場所の手伝いをしている。
チェーザとダリダ夫婦とコジモとフェリダ夫婦もノーリスたちの近所に住んでいる。ダリダとフェリダは、毎朝、赤ちゃんを抱いて、ソル棟へ出勤していた。リリアーナが自分の子供とともにベビーシッターをしてくれているそうだ。
ビアータとサンドラの出産はバレリラたちより先の予定だそうだ。
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みんなは、今では給料をもらい、昼食以外は家で食べて、ソル棟で食べる時にはお金を払っているそうだ。そして、その給料の中から、少しずつ、家を建ててもらったお金を払っているという。家での調理の分はソベルギルドで買えるという。
ノーリスたちは、もっと独立しているので、ソベルギルドから、商売の分の小麦やハムや肉や野菜を買い、ソル棟へパンを卸して、馬車で関所内へ、パンやクッキーを売りに行った。その中から、家のお金と馬車のお金を払っていった。それでも、パン屋の親方に聞いていた小麦の値段よりずっと安いし、ハムは質がいいのに安い。野菜も新鮮でこちらも安い。
関所内では、ハムサンドやハンバーグサンドなど、ファーゴ子爵邸の料理長に習ったサンドイッチが飛ぶように売れた。料金はガレアッド男爵領都のパン屋にならって決めているので、かなりの利益になった。
少しだけ砂糖水を入れたクッキーも大人気だ。『甘く作ってはいけない』とサンドラにも言われている。だから、なんとなく旨味を感じるふしぎなクッキー、という程度にしているが、それでも充分人気になった。
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翌年には、グラドゥルの指導で、『ソベルギルド』販売部が立ち上がり、野菜やハムなどを関所内にノーリスと一緒に売りに行くようになった。
ビアータの提案ですでに初等学校はできており、孤児院をまねて、6歳から初等学校に通うことにしたそうだ。
「ベビーシッターも兼ねてくれているから、嬉しいわね」
ダリダのような意見もある。ダリダとフェリダの子供が1番上になるので、この子に合わせて学校などの設備を整えていくことになるようだ。
とにかく、ノーリスも含めて、商売を始めてから、発展が著しい。
アルフレードたちの元クラスメイトの数人が嫁とともに引っ越してきたことも、発展の一部を担っているようだ。
元孤児たちではできないような役所仕事も彼らならできるし、建築部をトーニオと彼らに任せ、コルネリオがグラドゥルのいう販売部を取り仕切れるようにもなった。彼らが来てくれたお陰で、サンドラが中等学校の教師になることができ、格段と勉強能率が向上した。サンドラは、品種改良にとれる時間が増えたことを喜んでいた。
その他、いろいろと分割させた各事業の経理や在庫管理は、元クラスメイトたちの嫁さんたちが、たいへんよくやってくれた。
ファブリノも、その担当から外れて、念願のハムやベーコン作りとチーズ作りに精を出している。
アルフレードは今や村長だ。相談事も村として決めていくこともたくさんある。でも、傍らには、ビアータがいてくれるので、アルフレードには、何の心配もなかった。
でも、村になったとしても、ビアータが元々のやりたいことは同じであり、アルフレードはもちろんそれが第一である。すでにいろいろな孤児院とはつながっているので、院長先生や神父様から連絡があれば迎えにいくようにしている。まだ、スピラリニ王国に所属できるだけのものはないので、信用できる領地の孤児院にしか声がかけれないことが、ビアータの悩みだ。
「急ぎすぎて、今ここにいる人たちを苦しめることはしたくない。ゆっくりやっていこう」
ビアータは、アルフレードがビアータの気持ちをわかってくれているだけで、将来に夢が持てた。
さらに、ビアータは、いろいろな町へ商売に行くグラドゥルに頼んで、路地裏に住む浮浪孤児も助けるようにしていった。
しかし、アルフレードたちは、浮浪孤児になる前に『ソベルデスバー』に連れてくるので、数年後にはアルフレードたちが携わる領地では、浮浪孤児はかなり減った。
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ノーリスは、最近、町へ商売に行く馬車に一人である。お腹に赤ちゃんがいるケイトには、馬車の揺れはキツイからだ。ケイトは、店で、クッキーを作ったり、近所の仲間がパンを買いに来たりする接客をしている。
「お金を貯めて、裏にもう少し部屋を作ってもらおう。赤ちゃんはたくさんいた方がいいもんな」
ノーリスの将来は、幸せしか浮かばなかった。
〜小さなノーリス fin〜
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