1 8歳になるということ
7歳のメリナは、夕方に出かけて朝帰ってくる母親の代わりに、洗濯をしたり、掃除をしたりしていた。時々母親のくれるお金でパンを買ったり、お城のまわりの原っぱで薬草をとって薬師のおばあさんに買ってもらったりして、なんとか毎日食べていた。
アパートの管理人のおばさんは、毎日必ずパンをくれて、それでなんとか生きていけた。
4年前まで兄も一緒だった。兄がパンや少しのおかずを買ってきてくれた。その兄が突然いなくなってしまい、メリナは自分で食べるものを探さなくてはならなくなった。
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「はんっ!お前も初等学校の年かいっ!あんなもん何の役にもたたないってぇのにさぁ!昼間に仕事のできない奴は、いてもしょうがないんだよ」
ある日、母親にわけもわからず怒鳴られた。まあ、いつものことなので、怒鳴られたことは気にしないけど、メリナには、母親の言っている意味はわからなかった。
しかし、翌日、必ず帰ってきていた母親が帰ってこなかった。さらに翌日、玄関ドアが開いた。母親だと思ってメリナは飛び起きて玄関へ向かった。だが、そこに立っていたのは、母親ではなかった。
「メリナ!あんた、まだここにいたのかい?
全く、出てくって手紙1つでいなくなって、メリナを置いていくなんて」
毎朝、パンをくれていた管理人のおばさんが、箒を持って立っていた。
「ふぅ。気が付かなくて悪かったね。昨日は腹ペコだったろう。
でもね、メリナ、うちにはあんたを食わせてやれるだけのお金はないんだ。悪いね。一緒に行こう。付いてってあげるよ。荷物をまとめな」
おばさんがくれた袋に荷物を詰め込んだ。おばさんの指示で、石鹸やコップなども持った。
「家賃の他に、あんたの毎朝のパン代を、あんたの母親から受け取っていたんだよ。それだけは、母親に感謝してもいいかもね」
8歳になったメリナが、おばさんに連れてこられたのは、孤児院だった。
「また8歳の子ですか。初等学校はお金はかからないのに」
「それでも、昼間の働き手でなくなることには違いないですから。うちにも余裕がなくてすみません」
管理人のおばさんが、院長先生に頭を下げた。
「そうですか。国王陛下の決めたことです。わたくしたちは、それを受け止めるだけですわ。ご苦労さまでございました。お預かりいたしますわ」
孤児院では、すぐに同じ年のケイトと仲良くなった。ケイトもここへ来たばかりだった。
ケイトが町での話をしてきた。
「何年か前に、遠くに住んでる金持ちの人が、子供を買いに来てたんだって。ご飯を食べさせてやるって言って、男の子たちが攫われたんだよ」
ケイトはメリナより街のことに物知りだった。
「ケイトはなんで知ってるの?」
「逃げてきたって子がいたんだよ。馬車に乗せられる前に逃げたんだって」
メリナには、兄以外の子供を誰も知らなかった。時々、王城の原っぱで見かける子供はいても、話したことはない。
メリナは、なんとなく、ケイトが言っているのは、兄がいなくなった理由ではないかと思ったが、確認のしようがない。
メリナにとって、孤児院は天国だった。お腹いっぱいにはならないけど、3回もパンを食べることができたし、とても難しいけどお勉強もできた。孤児院では、午前中はお勉強、午後から夜はお手伝いと決まっていた。
それに、ケイトというお友達もできた。アパートで一人でお掃除をしているより、ずっと楽しかった。
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もうすぐメリナとケイトが孤児院に来て、一年になる頃、面倒を見てくれていたお姉ちゃんたちがいなくなった。メリナは、兄がいなくなってご飯を食べることが大変になったことを思い出した。怖くなったメリナは院長先生に聞きにいった。
「メリナさん、今夜、みんなにお話するわ」
そして、夕食の後、10歳と11歳の子が食堂兼勉強部屋に残った。
「何度かお話しているので、知っている人もいるでしょう。でも、もう一度聞いてくださいね」
子供たちが頷く。
「この孤児院では、11歳を迎えた春までしかいられません」
メリナもケイトもびっくりした。びっくりしているのは、10歳の子供たちだけのようだ。それは、初等学校卒業とともに、ここにはいられなくなるということだった。
「なので、10歳になったら、お昼1時〜3時は、お外に出て、お仕事を探したり、お仕事をしてきても構いません。お仕事によっては、6時までできます」
そういえば、最近、孤児院のお手伝いでは、メリナたちが1番上なことが多かった。
「遠くのお仕事などは、この掲示板に貼っておきますから、見ておいてね」
院長先生は言うが、そこに何かが貼られることはめったにない。
ケイトのお誕生日の次の日から、メリナとケイトは、昼間にお仕事探しに行ってみた。1日に1件か2件しか回れない。二人は3時に必ず戻った。二人が孤児院のお手伝いをしないと孤児院が困ることは、よく知っている。
それでも、毎日、いろいろなお店をまわった。そうして、何軒かまわると、『孤児院出身』というだけで、断られていることがわかった。市場の親切そうなおばさんに、自分たちを断った理由を聞いた。
「孤児院では、初等学校を出る分の勉強が足りてないんだよ。それだと任せられる仕事も少ないんだ。だって、お客さんに出すお釣りが、多くても少なくても困るだろう?
だからね、こういう『商売』のところじゃなくて、『職人』ってところに行ってごらん」
その夜、院長先生にも聞いた。
「みんなのお勉強が足りないのは本当よ。ここでは午前中しかお勉強できないからよ。小さい頃からいる子供たちは、8歳より早くにお勉強を始めるようにしているの。それでも、時間が足りないのはどうしようもないわ。ごめんなさいね」
院長先生はとても困った顔をした。
「先生、『職人』さんって何ですか?」
「そうね、大工さんとか、料理人さんとか、髪結屋さんとかかしら?どうして?」
メリナは、昼間におばさんが教えてくれたことを話した。
「確かにそうかもしれないわ。でも、女の子で『職人』さんねぇ。あ、そうだわ、お針子さんならお弟子さんを募集しているかもしれないわね」
次の日から二人は仕立て屋さんを回った。
『あら、去年雇ったばかりなのよ。ごめんねぇ』
『今は、足りてるわ。いつか州都にお店を出す予定なの。その時、いらっしゃい』
『うちは、雇えて一人ね。後、一年勉強が残っているのでしょう。一人が決まったらいらっしゃいな』
二人は仕事が決まらない。それでも、諦めるわけにもいかず、一生懸命に歩いた。
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