小雨が降る日には
小雨の日は嫌いだ。出かけようにも傘は必要だし、家で過ごそうにもジメジメするし、どんよりとした気分になる。最後には何も手がつかなくなる。それならまだ嵐の方がいいと思う。
「ただ、このままだらだらと家で過ごすわけにもいかないので少し散歩に出かけることにしよう。」
そう思い、部屋着から着替えて外に出かける。外は上空の雨雲せいか少し薄暗かった。
無数の雨粒が傘に跳ね返り音を立てる。この音を聞いていると憂鬱な気分から開放されていくように感じた。
「そう思うと小雨っていいかもしれないな。」
小雨が少し好きになった。
そんなことを考えていると商店街の裏道で気になる店を見つけた。そこは町一番の紅茶が飲めることで有名なカフェだった。自分も話だけは聞いていたが、実際にいこうとは思わなかった。これもすべては小雨のおかげなのかもしれない。
「まあどうでもいいか。とりあえず中に入ろう。」
外見は現代風のカフェといった印象だったのだが、中は意外にも木目調で統一され、いかにもレトロな喫茶店を連想させる雰囲気だった
。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
店主だろうか。貫禄のある男性の店員が迎えてくれた。店の制服は燕尾服を模したもので店の雰囲気とも合っている。また店主の声も大人な雰囲気を漂わせるのでとてもリラックスできそうだ。
「一人で。」
そう言うと店主は無駄にしゃべることもなく席を案内してくれた。
その店で噂の紅茶とおやつがてらケーキを注文し優雅でリラックスした時間を過ごした。
「さて、もう一回り町を回るか。」
店を出た僕は独り言をつぶやき、上機嫌で歩きはじめる。
今日で小雨に対する気持ちが大きく変わった。今ではもはや好きになってしまった。しかしなぜあんなにも小雨が嫌いだったのだろう。
そんなことを不意に思ったときだった。公園にいたある女性に自然と目がいった。
「あの人は確か…」
思い出してしまった。
それはまだ僕が高校生だった頃、彼女は同じクラスメイトだった。
はじめはただかわいい子だなと思っていた。しかし恋心を自覚したのは卒業式した後だった。クラスメイトとして毎日見かけていたのだが会えなくなり急な喪失感に駆られたのだ。このとき初めてこの喪失感こそが恋だったのかと理解した。
それから2年の歳月が経ち、成人式の日になった。僕は今度こそ彼女に本当の思いを伝えるべく気合いを入れて式に臨んだ。しかしそこに彼女はいなかった。話によると、海外に出張しておりどうしても参加できなかったらしい。だが幸運にも彼女の女友達から連絡先を手に入れることができた。
その晩、彼女所にデートのお誘いをした。確かメールの内容はこんな感じだった気がする。
「○組○番の○○○○○○です。今度、二人でどこかに出かけませんか? 連絡待っています。」
しかし彼女から連絡が来ることはなかった。
今となってはトラウマとなってしまった過去を思い出してしまった。少し水を差された気分になった。
「話しかけてみようかな。」
不意にそんなことを思った。これもすべては小雨のせいかもしれない。
「もしかしたら告白なんてことも…そうしたら…」
かすかな希望が頭の中によぎる。そのうち行動せずにはいられなくなってしまう。忘れていた興奮が体中を駆け巡る。鼓動がだんだんと早くなる。
「あの…」
勇気を出して声をかけようとしたとき彼女の指にふと目がいった。
(正確には彼女のしていた指輪にだが…)
そんな悪いタイミングで彼女と目が合ってしまった。どうやら向こうも僕が誰なのか気がついた様子だ。そうして話しかけようと近づいてくる。
対処に困った僕は彼女に頭を下げるだけして走ってさっき歩いてきた道を戻ることにした。曲がり角を上がる直前、彼女の顔がチラリと見えたがどこかさみしげな様子だった。
しかしそんな様子をきにする暇もなく、全力疾走で家へと帰る。
「どうしてあんな顔をするんだよ。ずるいじゃないか。あれじゃまるで僕を好きだったみたいじゃないか。くそっ!」
家に帰った瞬間、感情が爆発した。
僕の目からは水滴が落ちてくる。これは汗なのか、雨なのか、はたまた涙なのかわからない。むしろ分かりたくないと思ってしまう。分かってしまったら…
そこで考えることを放棄してベッドへと倒れ込む。
「やっぱり小雨は嫌いだ。」
孤独な叫びが1DKの部屋の中へと消えていった。