忠実なる下僕
一行は埋没殿の斜塔を登ることに決めた。
ノールの声によって操られたレヴィを助け出すために、一刻も早く追いつかなくてはならない。
『“レイ・ストライク”』
パトレイシアが空中から光弾を放ち、道を遮るアンデッド達を排除してゆく。
彼らは財宝を手にしたスケルトンであり、ノールの命令を受けて“餌撒き”にゆく一団であった。
パトレイシアは彼らへの攻撃を躊躇しなかった。進行方向を遮っていたこともあるし、彼らが結果的に外の人間たちへの害となるため、という理屈もある。
だが何よりも、パトレイシアは少しでも力を付けなければならない焦燥に駆られていた。
『……さあ、道は拓きました! お早く! ルジャさんも加勢を!』
「ああ、任せろ!」
敵を斃せば、力を得られる。ノールがその仕組みを利用している以上、もはや状況は予断を許さない。
弱者は必ずしも罪ではないが、ここは弱者に厳しい世界だ。レヴィが操られた時、ルジャもようやく覚悟を決めた。
レヴィを取り戻すには、可能な限り、殺さねばならないのだと。
『キャァアアアアアッ!』
宙を舞うゴーストの群れに、エバンスが悲鳴を放つ。
強力な魔力を含んだ叫びはゴーストの隊列を中心から霧散させ、彼ら全てを容易く吹き飛ばした。
少し遅れて、ゴーストたちがいた場所から琥珀のネックレスが落ちてくる。幽体アンデッドたちもまた、スケルトンと同様にノールの声の影響を受けている。エバンスに少しの躊躇もなかったわけではないが、己の歌に無垢な感銘を受け、褒めてくれたレヴィと天秤にかけるほどのものではない。
坑道よりやってきた人の意志を持つアンデッド達。
彼らは塔の大階段を駆け上がり、上を目指す。物静かな、それでも人一倍人間らしさのあった少女を取り戻すために。
パトレイシアが遠距離の敵を魔法で打ち抜き、ルジャが近距離から切り捨て、エバンスが空のゴーストを散らし、リチャードは床に落ちた年代物の装飾品を拾い上げて細工を観察する。
皆一丸となって、かつてのバビロニアの遺構を走り抜けてゆく。
「ああ、剣を振るう度に力がみなぎってきやがる……くっそぉ!」
三体のスケルトンと一体のゾンビをまとめて薙ぎ払い、ルジャが吠える。
「俺はこんなことのために騎士になったわけじゃねえんだぞ!」
かつて民だったものを引き裂くごとに、ルジャの剣技は際限なく冴え渡ってゆく。
もはや人間だった頃の力は過去のものとなり、魔物の如き膂力が彼の剛剣を巧みに操っていた。
『! 皆さん、あちらにレヴィさんが!』
空を飛ぶパトレイシアは先んじて目標の人影を発見した。
塔の頂上を目指して歩いてゆくゾンビの群衆に紛れ、一際遅い足並みで歩いてゆく小柄なレヴナントの姿を。
「う、あう、ぁ……」
レヴィは頭を抑えながら、ふらふらと身体を揺らして歩いていた。
一団よりも何歩分も遅れ、足並みは揃っていない。その姿は、ノールからの命令に抗っているかのようにも見える。
「レヴィ!」
場所はかつての貴族街。魔金属を用いた堅牢な遺構が多く現存する、バビロニア最大の居住区だ。
しかし脆い石や木材の装飾は全て壊れて剥がれ落ち、残るは住宅の骨格ばかり。
その合間をアンデッドたちが列を作り、玉座を目指し足を引きずる。
ルジャはレヴィの後ろ姿を見つけ、駆け寄った。
『危ない!』
「!」
パトレイシアの警告が間に合った。
ルジャの頭上より振り下ろされた大剣の一撃は、辛うじてルジャの頭蓋を割ること無く、彼の目の前で石畳を砕くだけに留まった。
「な……!?」
貴族街に響く破壊音。
骨だけの家屋の上より舞い降りたのは、騎士の鎧を身にまとった大柄な鎧姿。
『首が、ない……!?』
エバンスは突然の闖入者の姿に戦慄した。
それがあまりにも禍々しい気配を纏っていたこともそうであるし、何よりも鎧騎士には、首から上にあるべき頭が無かったのだ。
『まさか……あれは、デュラハン!?』
パトレイシアはそのアンデッドを知っていた。
極めて強力な呪いによって成り立つ凶兆の不死者。
首なし騎士のデュラハンである。
「てめぇ……」
そして首が無くとも、目の前に立ちふさがる鎧に刻まれた年季と印を見たルジャにだけは、彼が何者かが理解できた。
「ラハン……! てめぇ、死んだ後までお偉いさんの命令を守ってやがるのかよ……!?」
それはルジャのかつての旧友であり、騎士団長のラハンその人だったのである。




