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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 デュラハンのラハン
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入国審査

 ある男が、決死の思いで綱渡りしていた。

 元々盗賊だった彼は曲芸じみた動きに慣れていたし、斜めとはいえそこそこしっかりと張られたロープを伝って進んでゆくことなど容易いものだと考えていたのである。


 実際、長い長い綱渡りは上手くいった。

 しかしその極めて長い綱が、何故伸びていたのかは考えもしなかった。


 巨万の富が眠るという巨大な埋没殿。

 ある日、その外縁部に突如現れた大きな錨と、それに結ばれたロープ。


 錆びた大錨は深々と岩地に食い込み、ロープはどんよりと煙る瘴気の雲の中へと続いていた。

 錨を発見したのはとある採掘団。斥候を任されたのが、彼である。


 もしもロープが埋没殿の未探索地域へと続いているのであれば、それは大きな財産となって返ってくるかもしれない。

 もはや財宝が枯れたかに思われた埋没殿の、手つかずの部分を漁れるかもしれない。


 明日の命も知らない盗掘団にとって、そのロープを手繰らぬわけにはいかなかった。


 斥候の男がたどり着いた先は、埋没殿の中心部。

 埋没した塔の最上部であった。

 それを見た時までは良かったのだ。


「ケケケケケ」

「嘘、だろ……ッ」


 豪奢な塔の最上部、砕けた天蓋に降り立ったその瞬間。

 物陰に潜んでいたアンデッドに引きずり込まれた時になってようやく、彼はこのロープが罠であることを理解した。




「――人はいくらでも夢を見る。己に都合の良い夢をな」


 力強いアンデットたちによって体を拘束されたまま、運ばれる。

 彼はこの埋没殿の知識などなかったが、そこが玉座の間であることは理解できた。


「三枚の手札のうち、一枚が不自然に迫り出しているならば、人は警戒する。罠だろうと。だが、差し出された十枚のうちの一枚が迫り出している時、不思議と人はそれに夢や希望を見出そうとする。愚かなことに飛びつくのだ。そのあからさまな罠に」


 黄金の柱に囲まれた広い空間。

 中央へと続く十三階段。

 そしてその頂点、黄金の玉座に座る小さな異形の影。


 それが放つ気配はあまりにも禍々しく、恐ろしい。


「クカカカ……ようこそ、地上の人間よ。我がバビロニアの財をくすねる罪深き愚者よ。我が名はノール。バビロニアの至高帝、ノールである」


 子供のような矮躯。

 化け物のように歪んだ頭蓋骨。

 左右非対称の醜い眼窩。


 男は異形の不死者を前にして、そこから発せられる莫大な魔力の波を感じ取って、ただ体を震わせることしかできなかった。


「この大空洞に時折生きた人間が現れることは知っていた。その奇妙な装備で瘴気を防いでいることもな……クカカ、いや実に興味深い……」

「あ、あ、あなたは……一体……」

「カカカカ……何故貴様が我に問いかける?」

「え、あっ、がッ」


 ノールが緩慢な動きで手を上げた。

 すると男のする側に控えていたスケルトンたちが、男の顔を冷たい階段に押し付ける。


「い、痛い! 痛い痛い……や、やめてくれ……!」


 人外の力によって段差の上に押さえつけられた男は苦悶の声をあげる。

 ノールは男が苦しむ様を静かに眺めていた。


「実を言えば、こうしてやってきたのは貴様が初めてではないのだ……わかるか? 前例はある。今後も続く……貴様の命には微塵も価値などない」

「はぁ、はぁ……」


 拘束が弱まり、男はわずかに顔を上げられるようになった。

 そこにいるのは玉座に腰掛ける恐ろしい異形。逆らおうなどという気持ちは、もう残っていない。


「さあ、いくつか訊ねようか……まず。貴様は盗掘者だな?」

「……はい。盗掘……採掘者……です」

「錨を辿って来たな。貴様の徒党は何人の規模だ?」

「徒党……俺らの、チームは……三十人以上……います……」

「ほう? それは規模が大きいか。最近、貴様らの仕事は増えたか?」

「え……はい……洞窟の中に宝が現れたって、採掘者は盛り上がっていて……それで……」

「カカカカ……」


 ノールが嗤う。面白そうに。しばらく顎が打ち鳴らされた後、ノールは飽きたように静まった。


「……それで? 今この大空洞に貴様の同業者は多いか?」

「は、はい。多い……と、思います……俺は、昔の時の事は知らないけど、十数年ぶりの勢いだって話で……色々な人が街に戻ってきて……」

「……そうか、そうか。であるか、であるか」


 ノールはおもむろに玉座から立ち上がり、男の目の前にどかりと座り込んだ。


 至近距離でマスク越しの男の目を見つめ、ケタケタと笑い声をあげる。


「のう、愚かな罪人よ。国とは、民あってこそのものだとは思わぬか?」

「え……は、はい」

「民とは国力そのものよ。民あってこそ富は生まれ、家が建ち、剣が打たれ、道が敷かれ、兵を養える……ああだがしかし、それ故に民とは国に牙を剥き得る存在なのだ……為政者は常に民の牙が己に向かぬよう、頭を悩まさなければならない……」


 大きさの違う眼窩の向こう側が、赤い輝きを灯す。


「飴と鞭が必要なのだ。飴で民を呼び込み、鞭で抵抗の気を削ぎ落とす……我はその鞭の扱いをうまくやってのけたぞ? 国は巨大に膨れ上がり、民は我に逆らうことをやめた……周辺諸国は全て滅ぶか傀儡と化し、バビロニアの長い影に怯え続ける日々よ……クカカカ……連中が最後の望みと放っていた流言をばらまく害鳥共も、我が手ずから羽根をむしり取ってやったわ」

「……」

「まぁ、それも民あればの話。生憎と今は、民がおらぬのだ。鞭の前に飴をやらねばならぬ……目も眩むような、甘美な飴を」


 ノールが握った拳をゆっくりと開き、その中にあった三枚の金貨を男の前に落とす。

 それは呪われていたが、紛れもなく金貨だ。

 男はそれに見覚えがある。

 最近になってこの埋没殿でよく見るようになった、価値の高い……。


「ま、まさか……まさかそんな……さ、最近増えている宝っていうのは……!」

「クカカカ……クカカカ……!」


 震える男の様子を見て、ノールが嗤う。


「のう、わかるだろう? 我がバビロニアには多くの民が必要なのだ。何百人も。何千人も。何万人でも。再び我が国を興すためには、周辺国を圧倒するだけの力がいるのだ……これはな、そのための甘い夢よ。クカカカ……カカカ……!」

「ど、どうするつもりなんだ! お前は……俺たちを……!」

「案ずるな、我がバビロニアの民よ」

「違う! 俺はこんな……!」

「いいや、貴様はバビロニアの民。これから“そうなる”」


 重い足音が響く。

 男の真後ろに、大きな影が現れた。


「ひっ……」


 男は不吉な気配に震え、振り向いた。


 そこに立っていたのは首なしの騎士。

 全身に呪いの靄を立ち上らせる、最悪のアンデッドの一種。

 悪名高き、首なしのデュラハン。


「クカカカ……おめでとう。貴様はバビロニア周辺の近況報告の功が認められ、我が国の民として認められた」

「やめろ! やめてくれっ! 頼む、俺を生かしてくれれば、もっと……!」

「貴様に永遠をくれてやろう。我が国と共に歩む、不死の永遠を!」


 デュラハンが呪いの剣を振りかざす。

 押さえつけられた男はただ、命が尽きるまでの僅かな間、ほんの少しだけ暴れることしかできなかった。



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