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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 デュラハンのラハン
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支配者の命令

 スケルトンの集団は荷物を抱えていた。

 それは大きな革袋であったり、木箱であったり。種類は様々だが、中身がそれなりに嵩張っていることはそれらのサイズから明らかだ。


 彼らは大荷物を担ぎ、リチャードらの近くを通りかかる。その際、ジャラジャラと金属が擦れ合うような音と、何かが落ちる音がした。


 その硬く澄んだ音に人一倍強く反応したのは、レヴィだった。

 床に硬貨がぶつかって跳ねる音。貧民たちにとって否応なく反応せざるを得ない、魅惑の音であった。


「……運んでいたのは、宝物ってことか?」


 スケルトンたちは床に落ちた金貨を一瞥することもなく、塔の外へ歩き去っていった。レヴィは残された金貨へとおそるおそる近付き、拾い上げる。


「金貨……」


 それは紛れもなく金貨であった。縁に損耗はあるものの、カロン金貨と同じ貨幣価値を持ち、金資源として扱うこともできるバビロニア金貨。


『レヴィさん、手を離してください。その金貨は呪われています』

「!」


 パトレイシアが注意するのと同時に、金貨から黒い靄が立ち上る。

 手放したレヴィはどうにかその靄を受けずに済んだ。


『金貨に宿っている呪い……あれは、誘引の類でしょう。持ち主を惹きつけ、誘う力。宝物の近くで亡くなった人間の執念は、時として小さな貨幣にさえ宿ります。さほど危険はないはずですが、持っていると金貨に対する愛着が病的なまでに深まったり、金銭欲が深まるとも言われます。この埋没殿でそういった欲があったところで問題にはならないでしょうけど、気をつけてくださいね』

「……はい。ごめんなさい」


 思えば金貨が落ちた瞬間に目が向いたのも、体がすぐさま金貨の方へ惹かれたのも、貨幣に宿る呪いのせいだったのかもしれない。

 レヴィは浅ましい自分が少し恥ずかしくなって、地に落ちた金貨から数歩遠ざかった。


『でも、どうしてあんな宝物を運んでたんでしょう。僕はスケルトンがそのようなことをするなんて、初めて聞きますけど……』

「俺もだな。……いや、使役されてれば話は別だ。スケルトンはアンデッドの中でも特別使役しやすい連中だろ? ちょっとした死霊術師が命じてやれば、荷物運びをするくらいのことはできるはずだ」


 ルジャは遠征中、何度かそのような死霊術師と遭遇したことがある。

 伏衆神クーアの加護を授かった者はテイムの力を持ち、小動物や魔物を操ることができる。特にスケルトンはある程度融通の効く人型でありながら、自我も薄く操作がしやすいためによく使われていた。

 戦場跡や古戦場から死体を盗み出す不届き者を討伐するのもまた、ルジャたち騎士団の仕事である。


『……死霊術師が、斜塔内に存在する宝物を集めようとしている……? いえ。そのようなことがあるのでしょうか……』


 リチャードは呪われた金貨に近付き、躊躇なく拾い上げた。レヴィはその仕草に小さく声を漏らしたが、リチャードの種族は莫大な魔力を持つリッチである。金貨に宿る些末な呪いにかかることはない。

 リチャードは金貨を様々な角度から見回して、やがてそれを遠くに放り投げた。


「あ……」


 金貨は大きな放物線を描き、遠く離れた床に落ちる。

 甲高い音が響き、遠くで蠢く気配。


「お? あれは……」


 しばらくして、金貨の落ちたであろう場所から一体のスケルトンが歩いてきた。

 そのスケルトンは一枚の金貨を持ち、先程の集団と同じように塔の外に向かっているらしい。


「ここにいるアンデッドの全員が、死霊術師に操られてるのか……?」

『いえ。ありえません。考えはしましたが、死霊術師といえどこれほどの数を操ることなどできないはず。ましてここは埋没殿の中央。瘴気の無い安全な外部から不死者を使役するには、あまりにも距離が離れすぎています』


 死霊術師が不死者を操り、宝物を運ばせる。それは非常に賢い手段のように思えるが、実現させるのは非常に難しい。相当な訓練を積んだ死霊術師が湯水のように魔力をひねり出せば、一体だけならば操ることも可能かもしれないが、それでは先程の集団の説明がつかない。


 だが、スケルトンは間違いなく誰かに操られているはずなのだ。

 それは一体誰に? 


 彼らが頭を悩ませていたその最中、異変は起こった。




 ──聞け、バビロニアの下民共よ




 塔に、声が響いた。

 嗄れた老人の声。しかし魂を震わせるような、力強い波動を湛える命令。


『ひっ……』

「ぐ、おっ……」

『……!』


 たったの一言の誰かの声が響き、それだけで彼らは立ちすくんだ。

 エバンスは身を掻き抱いて縮こまり、ルジャは大きくよろけ、パトレイシアは身体に影響を及ぼさないまでも、響き渡る声に大きく目を見開いた。


 リチャードはその声に聞き覚えがあった。懐かしくも、ほんの少しの間聞いただけの声。粘ついた悪意の中に強い意志を感じさせる、覇気に満ち溢れた男の声。


『……ああ、そういうこと。そういうことなのですか、“眇の狂王”……!』


 塔の内部に犇めく不死者達が声とともに姿勢を正し、待機する。

 その姿は死霊術師の指令を受けたようでいて、大きく異なる。



 ──宝物を探し、集めよ。宝物を掲げ、(坑道)に投げ入れよ



 声に導かれるようにして動き出す不死者たち。

 それまで意志なくふらつくだけだった集団は目的を持って稼働を始め、床の上に乱雑に散らばった財宝をかき集めてゆく。

 そして両手をいっぱいにした者から歩きだし、外に向かって進んでゆくのだ。

 それだけが自分の存在目的であるかのように。



 ──外の人間を誘い込め


 ──餌を与え、近づけよ


 ──そして人が集まったならば


 ──我がバビロニアの栄華が、再びやってくる



 声が響く先は塔の真上。

 リチャードは天井を見上げ、かつて自分が跪いた玉座の光景を思い返した。


 きっとそこに、彼がいるのだろう。

 自分の作品に憤り、死罪を与えた狂王が。

 死の底へと突き落とし、それをじっと観察していたであろう暴君が。


 リチャードは懐から立方体の彫刻を取り出し、それを眺めた。

 生前に作り上げた、良作のひとつ。己の死のきっかけにして、真上から響く声の主とも関わりのある芸術品。


『不特定多数のアンデッドを強制的に操り、動かす……! そのような種族は多くありません! 間違いない……これは不死者の王(ノーライフキング)による能力……! そして、この声の主は……バビロニア最期の暴君、“眇の狂王”ノール!』


 不死者の頂点に君臨する支配種族、ノーライフキング。

 それは不死者に満ちた埋没殿においてはまさに王と呼ぶにふさわしい存在だ。

 かつて王であったノールがその座に収まるのも、ある意味当然だったのかもしれない。


 だがパトレイシアにとってノールとは暴君であり、決して相容れない悪の象徴であった。


 彼の手によって何人の民が首を断たれ、いくつの芸術作品が破棄されてきたことか。

 バビロニアの支配領域は急速に拡大されたが、善政とは決して言えない彼の統治下において、民は誰もが苦しみ、怯えていた。


 そんな時代を、死しても尚取り戻し、再現しようというのか。

 パトレイシアは歯噛みし、空を睨む。


「あ、ああ……!」


 その傍らに、“声”の力に苦しみ蹲る少女がいることも気付かずに。



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