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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 デュラハンのラハン
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抗議のための遺構

 天に向かって幾度となく増改築を繰り返されてきたバビロニアだが、その増築は極めて綿密な計画を下地として行われてきた。

 今でこそ倒壊し無残な姿を晒しているバビロニアの残骸であるが、当時の建築技術の粋を集めた巨塔の威容は凄まじいものであり、遠くからも望める長大な姿は、強大な国の象徴として畏敬の念を集めていた。

 高くとも10階建てがせいぜいの世界における話である。現在傾きつつも未だ現存するバビロニアの名残に過ぎないものが、それでもモルド有数の高層建築物であると言えば、技術力の高さが伝わるであろうか。


 とはいえ、バビロニアの全てが完全な計画や計算の上で建てられたものではない。

 中には時の権力者により、頑強な魔金柱の耐荷重性にもたれ掛かるような、無遠慮な増築が施されることもしばしばであった。

 とりわけ中層から高層の狭間辺りで見られたそういった遺構は、時代の移り変わりによって封じられたり、庭園とされるか万年倉庫の扱いを受けるなど、衆目に晒されないように隠されてきた。


 今や隠されてきた遺構のほとんどは崩れ去り、影も形も見られない。


「わぁ……」

『これは……珍しいですね。このような古い文字の壁画がバビロニアに残されていたとは』


 だがレヴィ達の目の前には、崩れ去ったが故に露出した壁画の一部が横たわっている。

 それはちょっとした館ほどの大きさでありながら、一枚の頑強な素材によって作られた壁画であるらしい。角の部分は損耗しているものの、菱形状になって大地に突き刺さったそれは、見慣れぬ文字を彼らに晒している。


「でっかい壁画だな。下手くそな絵だけど、文字もあるか。なんだろうなぁ、地形と……軍略図に見えるが」

『大きいです……』

『これは、そうですね。軍略図なのでしょう。文字は……どうやら、古い時代にあった出兵の記録みたいです』

「出兵の記録? どうしてそんなもんを壁画に残しておくんだ?」

『読む限りでは、アールバルド家がライカリオル平野における戦いに赴いた際、ラフマン家が助力せず陣を動かさなかったことに対する抗議や……えー、罵詈雑言のようなものが記されていますね』


 内容は告発に近いものであるらしい。

 これほど大きな壁画に図と共に残している辺り、当時のアールバルド家の怒りが相当なものであったことが窺える。


「そんなもんをここまでデカデカと残しておくかぁ……こいつの重みで塔が崩れたんだとしたら、死んでも死に切れねぇぞ……」

『死んでますけどね、僕たち……』


 このように、初めて踏み入る埋没殿中央付近の平野には、それまでに見かけなかった遺構が数多く点在しているのであった。

 それなりに凶暴なアンデッドも徘徊しているし多少の危険もあるが、今のところは安全に、塔に向けての歩みを進められている。


 リチャードはステッキの石突きで壁画の表面を軽く叩き、それが彫刻の材料とするにはやや硬度が高すぎることを知ると、一度だけ壁画に目を向けて、すぐに興味を失った。



 バビロニア歴366年、リッケルス・アールバルド作。

 “ライカリオル戦役の真実”。

 結局のところ、この告発が世論に受け入れられたのかどうかは定かでない。

 しかし、この巨大かつ頑強に過ぎる壁画を壊すことも運び出すこともできずに困っていた者がいたことだけは、おそらく事実だったのだろう。




「あっ、また来ました」

「はいよ」


 バーサクゾンビは動体を見つけると、狂ったように襲いかかる不死者である。

 通常のゾンビであっても頭部に損傷を負ったりすることで変容することもあるという。

 今ルジャたちに襲いかかってきたその一体も、後天的なバーサクゾンビなのかもしれない。


「ほっ」

「ガァッ」


 突き出された腕を盾で弾き返し、魔剣によって頭部を突き崩す。

 シンプルな動作であったが一連の流れは極めて速く、エバンスの目には一瞬のうちに行われたものであるかに思えた。


 バーサクゾンビは崩れ落ち、機能を停止する。

 塔を目指す道中は、それなりに襲撃者が多かった。


「一体だけか」

『……はい。もう安全です。しかしこの先で奇妙なスケルトンの集団がひとかたまりになっています。念のためそちらを迂回すべきでしょう』

「直線で一気に、ってわけにはいかないか」


 パトレイシアの斥候とルジャの露払いは極めて順調に機能した。

 会敵の危険を可能な限り減らし、やむを得ない場合はルジャが仕留める。彼らは多少遠回りではあるものの、着実に目的地へと近付いている。


「リチャードさん。あの、拾ってきました。材料……」


 回り道。時々採取を挟みながら。

 それでも睡眠も疲れも知らない不死者たちの行軍は人間のそれより遥かに早い。

 周辺にはグリムリーパーなどの危険なアンデッドも確認できないこともあって、今のところはトラブルらしいトラブルもなかった。


「なぁ、パトレイシアさん。塔についたらまずはどうするんだ?」

『はい。まずは拠点作りになるでしょう。不死者の徘徊が少なく、崩落の危険のなさそうな隅の方に瓦礫で軽い砦を組んでおきます。あるいは、入った後に塔の入り口を封鎖するのも良いでしょう』

「封鎖……」

『塔が安全ならば塔の中に篭ります。外が安全ならば塔を封鎖し出入りを堰き止めます。今のところわかっている限りではグリムリーパーが最も危ないので、それをどうにか私たちとは違う場所に封印できればベストですね。理性のない不死者であれば、しっかりと固めた壁をわざわざ崩すこともないはずです』


 グリムリーパーを避ける最上の手段は、一切知覚範囲に入らないことだ。

 もしも塔によってグリムリーパーを遮ることができれば、安全はより一層確かなものとなるだろう。他のまだ見ぬ危険な不死者に対しても同じことだ。


『今はエバンスさんがいるので、グリムリーパーに発見されても多少は抵抗できます。討伐はわかりませんが、逃げるだけならば可能でしょう。その間に資材でバリケードや砦を構築し、安全を確保します。こちらから進んで討伐に乗り出すのは、それからですね』

「なるほど、了解だ。ま、俺も命は惜しいからな」

『リチャードさんの作業場も、その時に作っていけたらと思います』


 リチャードは頷いた。


 未だ危険の多い埋没殿である。グリムリーパーも脅威として潜んでいることは間違いないが、今の彼らにはいくつかの備えがあったので、過度な怯えは抱いていない。


 特に、レヴィが今背中に背負っている大きな石像。

 竜を模したその石像は、グリムリーパーを遠ざけるための奥の手である。


「じゃ、行くか」

『はい。では、こちらに進んでください』


 不死者たちが休憩とも言えない軽い休憩を終え、再び歩き出す。


 塔の袂まで、あと少し。




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