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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 ヴァンパイアのパイル
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自分のための歌

 坑道に棲むリチャードたちは、その活動範囲をすっかり狭めていた。

 ヴァンパイアが発見されたことに加え、今まで壁際で串刺しにされたまま放置されていたベーグルがある日無残な姿で発見されたことが、一番の理由である。


 付近にヴァンパイアがいる。しかも、定期的に動き回っているらしい。

 対抗策を持ち合わせていない彼らは、自然と洞穴暮らしを余儀なくされたのだ。


 とはいえ、彼らはアンデッド。食の必要はなく、水も空気も睡眠も排泄とも無縁の身だ。

 坑道の入り口を廃材で塞いでも、自衛し続けることは可能であった。


「いっそこのまま地上まで穴掘っていった方が楽かもなぁ。道具だってあるし、時間も腐るほどある」

『穴掘りですか……僕も協力できたら良いんですけど、この体じゃ無理ですね……』

「冗談だよ、冗談。気にするなよエバンス。俺らみたいな素人が掘り進めても、途中で崩落して死ぬのがオチさ。伊達に昔から死の底だなんて呼ばれてねえわけだ」


 今、この場にパトレイシアはいない。

 彼女だけは宙に浮かぶことができ、目のないヴァンパイアに襲われる危険性がほぼないことが理由であった。

 エバンスは幽体だが空を飛べないので、魔力を帯びたヴァンパイアの攻撃に晒される危険があり、外出を控えている。

 近頃のルジャとエバンスは、すっかり会議の間でだらだらと会話するだけになりつつあった。


「本当は、パトレイシアさんみたいな人はここでじっとして、参謀をやってるのがお似合いなんだよな。それがやむなく斥候やらされて……人材不足で参っちまうよ、ほんと」

『パトレイシアさん、頭が良さそうですからね。凄いと思います』

「ああ。困った時はなんでもあの人に聞くといいよ。俺は学がないからな。何も考えずに体を動かしてるのが一番良い」


 実はルジャも機転は利く方なのだが、自分よりも優秀な人間がいるならば判断はそちら任せにすべきだと考えている。


『人材不足……あの。僕を正気に戻したように、他の人……たとえばこの坑道にいるスケルトンの方々を戻したりは、しないのですか』

「あー……まぁ気になるか。実を言うと、まだはっきりとはわかってねえんだ」


 ルジャは骨椅子の背もたれを軋ませ、天井を仰いだ。


「この坑道をうろついてるのは、ほぼ全てが大昔に死の底で奴隷をやってたアンデッドらしいんだ。リチャードさんの作品は物によっては人の意識を正気に戻すけど、なんつうのかな。古い人たちも怖がりはするんだが、戻るところまではいかないんだよな」

『怖がりはする……でも、自我は戻らない。……昔の人々だからでしょうか』

「可能性は色々あるから、なんともな。パトレイシアさんが言うには、作品の内容が綺麗にヒットしなかっただとか、既に呼び戻せるだけの自我が摩耗し、無くなっているだとか……」

『……時間とともに自我を失って、二度と人としての意識を取り戻せなくなるのだとしたら……大変ですよね』

「そうだな。時間をかけすぎたアンデッドは殺すしかなくなる。……救う手立てがあるのにな。パトレイシアさんにとって、それはつらいだろうな」


 かつてのバビロニアの民を救いたい。パトレイシアのその想いは、ルジャもよくわかっている。

 だから彼女が今現在、身動きもろくに取れない状況を歯痒く感じているのも理解しているつもりだ。

 その上で何もできないのだから、遣る瀬無いものだ。


「あの、すみません。ルジャさん、エバンスさん」


 二人が頭をひねっていると、入り口からレヴィが顔を出していた。


「おお、どうした?」

「ちょっと、来てもらえますか」


 どことなく彼女の顔は嬉しそうだ。


「ひとまず防音室ができたので、見て欲しいそうです」




 リチャードはここしばらく、無響室作りのために尽力していた。

 元々彼はバビロニアの民の救済には興味がなかったので、当然とも言える。


 そして今日、手先がそれなりに器用なレヴィを助手として働かせた甲斐もあり、無響室の前段階とも呼ぶべき防音室が出来たのだった。


「お、すっげえ。部屋じゃん」

『うわぁ……!』


 彼らが踏み込んだ大広間は、それまでの四角いだけの無機質な空間から一変していた。

 部屋の全面には中空素材が敷き詰められ、その上で木材による層が空気の隔たりを作っている。

 今までの石だらけの部屋ではない、上下四方を板張りにした人間味のある空間が仕上がっていた。


「あとはまた石綿をつけて、布で形を作った石綿の楔を貼り付けていきます。こんな風に……」

「お、それが完成図か。絵上手いなレヴィ……ああいや、これリチャードさんのか。ふうん……へえ、なんかギザギザしてて、面白い部屋になりそうだな」

『凄いなぁ……こういう風にできてるんだ……』

「入り口は、このドアで蓋をします」


 レヴィが傍から持ち上げたのは、分厚い木製の扉だ。

 石綿をふんだんに使ってあるので、体積ほど重くはない。縁にはタールのような黒っぽいものが塗布してあり、それがパッキンのような役目を果たすらしかった。


「このドアをはめ込んで、ここを動かすと閉まります。そうやって閉じないと、音が漏れちゃうらしいです」

「はー、普通の扉ってわけにはいかねえんだな」

「はい……それで、あの。エバンスさんに、防音室で声を出してみて欲しいんです」

『僕に?』

「リチャードさんが、試す必要があるって言ってました。現時点で音がどれほど軽減できるのかって」

「あの人音のことになるとうるさいからな」


 ルジャの言葉にくすりと笑い、エバンスは胸に手を当てた。


『……ありがとうございます、レヴィちゃん。歌えることもそうだけど、みんなのために役立てるのが一番嬉しいよ。その役目、しっかりと果たさせてもらうね』

「はい!」

『ところで、リチャードさんは……? ここにはいないみたいだけど……』

「リチャードさんは今資材置き場に行ってます。まだ作業がたくさんあるみたいなので」


 とはいえ、防音室は使ってもいいらしい。

 リチャードに礼を言わずに使うのは少しだけ気が咎めたが、しばらく歌っていなかったこともあり、エバンスは逸る気持ちで部屋な中央へと進んだ。


「じゃ、閉めるぞ。聞こえないかもしれないから、時間が経ったらこっちから開けるからな。壁抜けできるなら頑張って出てくれてもいいが」

『はい』


 扉が壁に嵌め込まれ、空間を密閉する。

 灯りも換気もない部屋は人間にとってあまり上等な空間ではないが、ここにいるのは一人のアンデッドだ。気にするのはあくまで音だけでいい。


『……ふふ』


 エバンスは一人きりになった空間で、久々に歌声を上げ始めた。





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