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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 ヴァンパイアのパイル
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新たなる脅威

 資材集めは大成功に終わった。

 スカルベの巣材は埋没殿の各所に点在しており、集めようと思えば無尽蔵に手に入る。一度に大袋を何個も持てないのが最大の難点らしい難点だと、ルジャは上機嫌に語った。


 クロスゴーストから得られる大きな布も、パトレイシアを中心に簡単に入手できた。幽体アンデッドのほぼ頂点と言って過言ではないレイスの手にかかれば、最下級の幽体を数仕留めることは難儀でもない。

 ルジャたちに同行していたエバンスの活躍もあって、布は何枚でも入手できるほどだった。


 エバンスは魔法も剣術も扱えないが、魔力を乗せた声を出すことで指向性のある音響攻撃を放つことができる。

 彼が少しばかり息を整え、空を舞うゴーストに向かって高らかな声を上げるだけで、面白いくらい簡単に敵が墜落するのだ。


 道中、危険らしい危険もなかったので、全ては上手くいっているかのように思われた。

 何もかも順調にいくのだと。



 “ヴァンパイアらしき魔物がいた。”



 帰ってきた坑道でリチャードがそのような木札を見せてきた時、そんな幻想は砕け散った。




 リチャードは寡黙である。

 その寡黙さといえば、達筆である癖に文章を認める事すらなかなかしないほどの筋金入りだ。

 そんな彼が元々は床だったらしき大きな板材に長い文章を書いて待っていたので、坑道の住民たちは驚いたものである。

 だが衝撃はその内容ほどではない。

 パトレイシアはリチャードの文章を読み込んで、思わず爪を噛みそうになった。



 “体躯は人間。肌は青ざめ、傷はない。顔だけが酸を被ったように灼け爛れており、おそらく目は潰れ、犬歯だけが鋭く発達している。外套蝙蝠のように響かせる音を発し、周囲を認識しているようだった。”



 リチャードはヴァンパイアを見たことがない。彼は不死者の討伐に関してはそれなりの経験があったが、都市部に隠れ潜むタイプのヴァンパイアは専門外なのだ。

 だから観察した情報を可能な限り正しくまとめ、確認を取ろうとしているのだろう。見つけた時間、場所、他にも長々と、リチャードは自分が見た怪物について事細かに書き連ねていた。


 そしてリチャードの集めた情報はまさに、ヴァンパイアそのものであった。

 どういうことか分からず顔色を見回すレヴィのよそに、パトレイシアは端正な顔を歪めている。


『……傷のない肌は、再生能力を持つ種族の特徴です。長い年月を生きているのに、それを感じさせない不気味なほど綺麗な容貌……加えて、発達した犬歯。最悪ですね……ヴァンパイアで間違いありません』

「そんなに最悪なのか」

『最悪です。何が最悪かというと、私たちにヴァンパイアを殺す手段がないということです』

「嘘だろ?」

『本当です』


 ヴァンパイアは驚異的な再生能力を持っている。

 その再生能力はといえば、首を華麗に断ち切られたとしても体や首が独立して動き続け、再びくっつけば即座に再生するほど。それはルジャの剣術が効かないことを意味している。


 同じく魔法も効果が薄い。効かないことはないが、その尋常ならざる回復力の前では火で炙ったところで数秒しか時間を稼げないだろう。パトレイシアの魔法も焼け石に水だ。


 何より、単純に力が強い。

 ヴァンパイアは強靭な防護服の上から人の肩を噛み砕く咬合力を持ち、虫のように壁に張り付いて動き回るだけの四肢の力がある。

 先程はルジャの剣が当たる前提で話したが、そもそも大人しく当たってくれるかはかなり疑問だ。凡庸なスケルトンソルジャーなど、盾の上から殴り殺せるだけの力があるのは間違いない。


『ええとね、レヴィちゃん。リチャードさんはヴァンパイアを見つけたと書いているんだ。真っ白な体で……』


 ふと見れば、文字を読めないレヴィのためにエバンスが説明しているところだった。

 パトレイシアは自分の気が回らなくなっていることに気付いてげんなりしたが、それでもやはり脳裏に生み出されるヴァンパイアの脅威は無視できない。


『……おそらく、ネリダさんやベーグルを襲った昔のヴァンパイア……なのだと思います。本来ヴァンパイアは理性的な精神を持つアンデッドですが、長く吸血できなかったために想像を絶する渇きに苛まれ……きっと長い間、死ぬよりも大変な苦痛に見舞われたのだと思います。そのせいで自我と理性を失い、獣となり果ててしまった。吸血鬼から堕ちた荒ぶる獣、俗に言う人狼というものです』


 人狼とはただの狼人間ではない。不死性を兼ね備えた理性なき恐るべき殺戮者だ。

 あるのは己を慰めるためだけの破壊衝動と、血を浴びたいという逃れ得ぬ欲求のみ。交渉は通じず、おそらく出会えばそのまま襲いかかってくる手合いだろう。


 そんな恐ろしい怪物が、ついに埋没殿の中へとやってきた。

 レヴィとエバンスは震えた。


「なぁ、殺す手段がないって……弱点はないのか?」

『強いて言えばリチャードさんの作る彫刻ならばというところですが……目が見えない相手に通用するとは思いませんね』

「あ」

『顔が灼け爛れているのは、きっと慈聖神か光輝神の祝福を受けた聖水を顔にかけられたのでしょう。だからその部分だけが自然治癒せず、そのままになっている。……だから蝙蝠のように、音を使って周囲を認識している……のだと思います』


 外套蝙蝠は大型の蝙蝠型の魔物で、その名の通り外套のように大きな翼を持っている。

 耳と翼を広げてカチカチと音を鳴らし、暗闇に潜む動物や人間を奇襲する。完全な闇の中でも襲撃してくる厄介な魔物であり、闇の中でカチカチと音がなったらすぐに伏せるべきというのは、昔からの兵士の知恵であった。伏せることで音波に姿を気取られにくくし、襲われなくなるのだという。ルジャも遠征の経験から、それだけは知っていた。


『この埋没殿に聖水はありません。というより、あったらあったでアンデッドの私たちにとってはそちらの方が脅威です。彫刻により自我を取り戻すこともできない。剣でも魔法でも望みは薄い……』


 口から出るのはあまりにも後ろ向きな言葉ばかりだ。


「……パトレイシアさん。どうするの?」


 レヴィは何か打開策を期待するような困り顔だったが、現実は非情である。


『……どうすることも、できませんね。時の流れに期待し、やがてグリムリーパーやドラゴンゾンビとかち合い、潰し合うことを期待するしか……』


 願わくば脅威同士で潰しあってもらいたい。

 でなければ、脅威が増えるだけである。



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