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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 バンシーのエバンス
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曰くの無さそうな魔剣

『それはバンシーと呼ばれるアンデッドですね』


 ルジャが話を持ち帰ると、パトレイシアはすぐさま疑問に答えた。

 謎の歌声。その正体について、彼女はほぼ確信に近いものを抱いているらしい。


『バンシーにも様々な種類がありますが、共通するのは泣き声や嘆き声によって他者の精神を乱す……声にまつわる能力を持っています。ルジャさんが聞いた声は、まず間違いなくバンシーかと。似た魔物にはセイレーンもいますが、埋没殿に生息しているとは思えません』

「バンシーってので間違いないのか」

『はい。幽体か実体かはわかりませんけどね。肉体を持つ者もいれば、持たない者もいますので』


 バンシーは声によって他者を害するアンデッドだ。

 その声は概ね悲嘆や悲鳴であり、生前の無念が声となっていると伝えられている。

 負の感情が込められた声は、至近距離で聞いた場合は絶命することさえあるという。


『ですがバンシーの動きはそれほど早くありません。また、声にしても近くで聞かなければほとんど影響がないと言われています。幽体であれば対処は難しいですが……私の魔法は通じますからね。あまり脅威ではないというのが、私の率直な意見です』


 荒れ狂うグリムリーパーの気をそらし、多くのアンデッドたちをざわつかせる歌声。ルジャとしては大きな脅威かと思えたのだが、パトレイシアは違うようだ。


「んー……気にしすぎだったか」

『たまに歌らしき声が響いてきてましたから、おそらくいるのではないかとは思っていました。気にするほどの相手ではないと思いますよ』

「……かなり、心にくる歌だったんだけどな」


 ルジャはその時の歌声を思い出すように、天井を見上げた。

 パトレイシアはその様子に未だ納得いかないものがあると見て、少し考えた。


『……リチャードさんの作品のように、不死者の心を揺らす歌。そう言われると、気にはなります。とはいえ、バンシーが他のアンデッドを操るような力はなかったと思うのですが』

「ああ。けどあの時は……ん?」


 話し込んでいると、通路からリチャードがぬらりと姿を現した。

 彼は無言で剣を差し出している。


「あっ、いやぁリチャードさんありがとう。悪いな、乱暴な扱いしちゃって。研ぐの大変だっただろう」


 リチャードは頷いている。実際に研ぐのは大変だったのだろう。

 しかし不満そうにはしていない。研ぐことそのものは嫌いではないらしかった。


 また、リチャードは剣の手入れのためだけに来たわけではなかった。


「ん? なんだこれ」


 リチャードはルジャにもう一本の剣を渡した。

 無骨なショートソードである。飾り気なく、刀身が暗い気配を帯びたような、それでも平凡な刃物であった。


『それは……リチャードさん、魔剣ではないですか』

「魔剣!?」

『刃物の部分が、純度は低いですが確かに……間違いありません。幽体にも傷をつけられる、魔剣です』


 パトレイシアとしては恐ろしい武器である。

 それはグリムリーパーなどの斬撃と同じように、彼女を殺し得る道具なのだから。


 リチャードはそんな魔剣をルジャに押し付けると、懐から木片を取り出し、見せた。


 “それでバンシーを始末してくれ。あれは非常にうるさい。”


 どうやら彼は遠くからも声を響かせるバンシーの存在がいたくお気に召さなかったらしい。

 彼はそれだけ伝えると、再び坑道の奥へと引っ込んでいった。


『……バンシーは脅威というわけでもないのですけどね。むしろ、歌の力を検証するために覚醒を促そうと思っていたのですが……』

「や、やべえ……本物の魔剣だ……どうしよう、俺魔剣士じゃん!」

『……どうしてそんなに嬉しそうなんですか、ルジャさん……』

「だって魔剣士だぜ!? 男なら誰だって一生に一度は夢に見るだろ!? 片手に聖剣! もう片手に魔剣を握って、二刀流で闘いたいってのはよぉ!」

『そういうものですか……』


 パトレイシアは自分を殺し得る剣を手に大喜びするルジャの姿を、とても複雑そうに見つめていたのであった。




 幽体アンデッドを殺す武器、魔剣。どうやらそれはレヴィが拾ってきたものらしい。

 ルジャは魔剣を手にしばらく少年のように浮かれていたのだが、その姿を見たレヴィがぽつりと“あの時の柵だ……”とこぼしたのがきっかけである。


「ん? なんだレヴィ、柵って」

「えと、あれです」


 レヴィは廃材置き場に積み上げられたものの、黒い鉄柵を指差していた。

 それは元々貴族街に存在した門の一部であったのだろうか。槍のように鋭い上部を持つ、見事な作りの金属である。だがそれは大きくひしゃげており、かつてのように貴族の館を守る用途は果たせないように見える。


「リチャードさん、その柵の壊れかけの部分を切り取って、刃物にしてました。ルジャさんのそれ、多分同じやつですよね……」


 ルジャが無言で魔剣を柵に並べてみると、なるほど。確かに材質は同じである。太さもそこから削り出したものに違いあるまい。


 貴族の住まいを守る堅牢な魔法金属の柵。

 それがルジャの振り回していた魔剣の正体だったのだ。


「……柵かよぉ……」


 彫刻家リチャード手製の魔剣と言えば聞こえも良いかもしれないが、貴族街の廃材から作り出した刃物というのはなんとも、ルジャの男心には響かなかったらしい。


 レヴィは落ち込むルジャを不思議そうに眺めていた。



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