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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 バンシーのエバンス
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花の咲かない場所

「この原石を授けましょう。磨くかどうかはあなた次第です。」

 ――技神ミス・キルン

 ネリダは死に、坑道から再び生者の気配が失われた。

 彼女の魂はゴーストとなることもなく、死体も遺言通りに適切な処理を施され、なけなしの燃料とともに火葬された。


 死体の処理は主にルジャによって行われ、その工程はレヴィに見せることはなかった。

 レヴィは燃料となる木片を集め、リチャードは見知らぬうちに石組みの竃を作り上げていた。


 分担作業による火葬は1日で終わり、残ったものは防護服だけという有様だ。


「……もう、会えないんですね」

『……はい。彼女はきっと天に召されたのでしょう』


 見上げれば分厚い瘴気が壁のように空を覆っている。

 焼き上げたわずかな煙は、果たしてあの暗がりの中を通り抜けられたのだろうか。

 レヴィにはどうしてもそのようなイメージが湧かず、燃え残った煤を見て俯くばかりだった。




「なあ、リチャードさん」


 ルジャはリチャードがこれから作業に戻ることを知っていた。

 彼はネリダの死後、思いついたように作業に没頭することが多かった。今日火葬用の竃を組んだのはその休憩か気晴らしなのだろう。それはわかっていたが、彼と話すならば今しかないと、ルジャはどうしてかそのように考えていた。


「俺、外で騎士さんをやってたからよ。仲間をアンデッドにしないように、そのな。今日みたいに頭や背骨を砕いたりすることって、結構あったんだ」


 リチャードは立ち止まり、相槌を打つこともなく聞いているようだった。


「俺、どうしてもそれが苦手でさ。副団長になってからもその仕事だけはいつも吐きそうになるんだよ。すげえ辛くてさ」


 ルジャは自分の手を広げてみた。

 白骨の手。傷も肉もない、不死者の手。


「けど今日あのネリダさんの始末をした時……俺、なんとも思わなかったんだよ」


 頭を砕き、背骨を折り、あるいは他のさまざまなアンデッドに転ずることを防ぐように、さまざまな加工を施す。

 それは不死者を生み出さないための洗練された技術であったが、苦手とする者は多い。


 だが今回、ルジャは何も感じなかった。

 単純に潰して、終わり。それだけ。それだけだったが故に、今の彼は恐怖している。


「リチャードさん。俺たちはやっぱり人間じゃあないんだな」


 その言葉にリチャードは返答しなかった。

 メモ書きを見せることもジェスチャーすることもなく、彼はただ無言で去っていった。


「……はは。まぁ、見りゃわかるよな」




 ネリダの墓は火葬に用いた竃をさらに石組みで封じ、その中に作られた。

 墓標はパトレイシア監修の下レヴィによって刻まれ、それは坑道の前にひっそりと佇んでいる。


 彼女のために捧げるための花は、埋没殿に存在しなかった。




『……ネリダさんの話から、地上に人の営みがあることが判明しました。ここがバビロニア無き世界であることには驚きましたが、それは些細なことです。むしろバビロニアに恨みを持つ周辺諸国が存在しない分、地上の進出には有利かもしれませんね』


 調度品の増えた坑道の会議室にて。

 パトレイシアはこれからの行動指針をより明確なものにしようと提案し、ここに皆を呼び集めた。

 リチャードは作業に没頭しているために来なかったが、それは今に始まったことではない。


「地上か。……ネリダさんが落ちてきたルートを使えば、少なくとも不可能は無いように思えてくるな。脚を折る程度で済む高さってえと、きっとそう難しいものでもないはずだ。で、横穴を見つけてそこから地上に出る。前まではただの推測だったが、確定したのはデカいよな」

『はい。彼女からはドラゴンの話題も出なかったので、遭遇することのないルートなのだと思います。ドラゴンゾンビをやり過ごせるならば……きっといけます。地上に』


 忍耐の地下坑道へと続く横穴を見つけること。

 それさえできれば、あとは道なりだ。迷ったとしても水も食料も必要のない不死者であれば、時間をかけて根気だけでクリアできるだろう。

 とはいえ新たな問題もある。


「ヴァンパイア……怖い、です」

「ああ……それは、悩ましいところだよな」


 忍耐の地下坑道には飢えたヴァンパイアが潜んでいるという。

 理性を失ったヴァンパイアは腐肉であろうと牙を突き立てる制御不可能の獣だ。アンデッド達を味方とは認識しないだろうし、何よりレヴィが襲われる可能性は高い。


『ヴァンパイアは極めて強力なアンデッドです。今のルジャさんでも勝てるかどうか……』

「だよなぁ。てことは、鍛えるしかないなぁ」

『はい。私はそのように考えています』

「え、マジでそうなのか」

『至って大マジですよ』


 坑道内に潜んでいるならば遭遇する危険性は高い。となれば、真正面から対抗することも考えなくてはならないだろう。


『そのために地下の不死者を討伐することも、念頭に入れるべきでしょうね。もちろん、襲いかかってくる相手や魔物の類に絞るべきではありますけど』

「……私もやります」

『はい。レヴィさんにも罠にかかったスカルベを駆除していただければ何よりです。まだ大空洞からはスケルトンハウンドの遠吠えが聞こえてきますから、警戒は大事ですよ』


 今の所、より多くのアンデッドを討伐しているのはルジャだ。

 既に彼の力や剣技は生前の頃に匹敵し、日々哨戒の範囲を広げている。

 レヴィもスカルベ駆除によって身体能力を上げており、より重いものを持ち上げられるようになっていた。

 パトレイシアもたまにはぐれたスケルトンハウンドに対してレッサーフレアを用いているが、攻撃のためには浮遊力を犠牲にすることもあるせいで、研鑽は極めてスローペースだった。

 リチャードは特に何もしていない。


「外に出たら……ネリダさんの伝言。伝えたいな……」


 レヴィは手の中の金貨をいじり、ぼそりと呟いた。


 今際の際、ネリダから託された伝言。

 その意味は誰にもわからないが、それが軽い言葉でなかったことはわかっている。


 もちろん地上に行くのは簡単なことではない。

 やらなければならないこと、対処すべき相手。問題は様々だ。

 それでもやるべきことは見えてきた。それは彼らにとって、確かな光だった。


「……よし。それじゃあいつも通り外の探索、行ってくるか!」

「わ、私もいきます!」

『私も横穴の捜索に出かけましょう。レヴィさん、お気をつけて。ルジャさん、よろしくお願いしますね』

「おう、まかせてくれ」




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