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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 グールのベーグル
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魅惑の黄金

 その大穴は、ある日突然現れた。


 晴れた日のことである。

 なんの前触れもなく、名もなき荒野を大きな揺れが襲ったのだ。


 揺れは遠く離れたモルドの集落にまで届き、被害を与えたという。

 揺れとともに天より微かに降り注ぐ土塊は、ミミルドルスが何かを呑み込んだ証と云われる。

 各地に住まう人々は、どのようなものが呑まれたのかを調べるため、一際揺れた荒野を目指した。


 そして人々は目にしたのである。

 誰も見たことのないような、禍々しい瘴気を放つ大穴を。


 多くの人は不死者の呻き声が木霊する大穴を恐れたが、スミスの隠し武器庫より瘴気除けの装備を探り当てていた冒険者の一団は、危険を承知で前人未到のそこへと挑んでいった。

 大穴を目指した冒険者たちを「命知らずの愚か者」と人々は嘲笑ったが、数日後に帰還した彼等が誇らしげに持ち帰ったそれを見て、誰もが笑うのをやめた。


 それは麻袋いっぱいの金貨。

 それは精巧に作られた貴金属の水差し。

 それはドワーフの剣にも劣らぬ切れ味の豪奢なナイフ。


 不死者に溢れる恐ろしき大穴は、金銀が眠る宝の山であったのだ。


 もちろん、還らぬ者もいた。最初の一度でさえ、生き残ったのは半数に満たない冒険者たちであった。

 しかし艶やかに煌めく金貨の山は、不吉な暗がりさえも黄金色に眩ませ、見えなくした。

 一生のうちに稼げないほどの財貨の輝きは人の命を軽くさせ、多くの人々を無謀な冒険へと挑ませる。


 やがて数年もしないうちに、人々は大穴に名前をつけた。


 財宝の眠る浅くも複雑な洞窟群を“成功の財宝窟”と。


 未だ手付かずの場所に深入りしようとして還らぬ者が後を絶たない深部を“忍耐の採掘場”と。


 そして、分厚い瘴気の向こう側に微かに見える、大穴の中央に鎮座する一際絢爛な神殿。

 誰も立ち入ることのできないそれを、辺りから響き続ける不死者の叫び声とあわせ、“憎しみの埋没殿”と呼んだ。




 多くの人間が大穴を目指した。

 一度財貨を得て戻ってきた男たちも、惹かれるように大穴へ戻った。


 死者の恨みが宿った金貨は人の目を曇らせる。

 醜い心を増長させ、勇み足を誘い、生者を穴へと引き込んでゆく。


 近隣都市は大穴を暴くための採掘準備都市として発展した。

 荒野を目指す人間を食らうため、多くの魔物もまたその付近に出没するようになった。

 ゴールドラッシュは人も人ならざる者も全てを大穴へと誘い込み、成功の財宝窟は生者と死者で溢れかえることとなる。


 だが財貨を巡る生者同士の骨肉の争いは止まることなく続き、やがてその争いが近隣都市内にまで広まると、アンデッドの数が増え過ぎたこともあって、成功の財宝窟を目指す者たちの足はだんだんと遠のいていった。

 より奪いやすい場所から奪う。盗掘者たちのシンプルな行動理念は危険な大穴よりも、既に財宝を掘り当てた都市の内部に向けられたのである。


 今や大穴を目指す人々の数は格段に減少した。

 しかし最盛期に財宝窟に乗り込んだ盗掘者に紛れ、居心地の良い瘴気に満ちたそこを住処と定めた一族がいた。

 彼等は今もなお上層の財宝窟に住み着き、時折やってくる盗掘者たちを襲っている。


 ヴァンパイア。

 人の血を啜り、己の眷属とする恐ろしき不死者。


 吸血鬼は数十日ぶりに訪れた採掘団を察知するや、血に渇いた狂気を暴走させ、暗く入り組んだ洞窟内で彼等を追い立てた。

 理性を失ったヴァンパイアの襲撃により、採掘団は壊滅。

 三人は肩と首を噛まれてグールにされ、残った二人のうちの一人も足を踏み外して埋没殿の底の染みとなった。


 生き残ったのはただ一人だけ。


 恐ろしきヴァンパイアから逃げ回るうちに大穴の底まで迷い込んだ若い採掘者。

 不死者の蠢く広大な大空洞にて、グールと成り果てたかつての仲間を槍で貫いた彼女は、己の死を悟らざるを得なかった。


「ミイラ取りが、なんとやらだねぇ……」


 食料も、水も、生きる気力も底をついた。

 数日前までは手つかずの金銀財宝が詰め込まれていた背嚢も、命にのしかかる重さを馬鹿馬鹿しく思い、全て捨ててしまった。


 残るものは何もない。


 飢えて死ぬか、不死者に殺されるか。

 彼女は死の底の片隅で、そのどちらかになるかを心の中で賭けて過ごしていた。


 一枚だけポケットに残しておいた呪われた金貨を弾き、表か裏を占い続ける。

 静かに死を待つだけの僅かなひと時。


 やがて彼女を目指すような足音が洞窟の方から響いてくる。

 手の甲に乗るコインは表を示していた。


「いよいよか……」


 武器はナイフのみ。だが、抗う気力も体力も残っていなかった。

 彼女はぼんやりと霞む眼差しを、近付いてくる小さな人影に向けていた。


「……ベーグルさんの知り合い?」


 血色の悪い不死者の少女は、蹲る採掘者の前でそう呟いた。


 なんじゃそりゃ。

 採掘者の意識は遠のき、やがて気を失った。




「……運ぼう」


 レヴィはそれを持ち帰ることにした。




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