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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 スケルトンソルジャーのルゥジアル
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二人の仕事

「触らぬ神に祟りなしだが、義を見てせざるは勇無きなりとも云う。剣を振るうのは、常に勇ある者にこそ相応しい。」

 ――刀装神ガシュカダル

 “私は貴女の理想や展望に興味がない。”



 それが、リチャードが初めて彼女らに見せた言語化された意思表示であった。

 木片にタールじみた染料で書かれたそれを見て、パトレイシアは眉をひそめた。

 レヴィは文字を読めなかったが、その羅列が美しく整っていることに感動していた。



 “しかし、作品は作る。”


 “もしも私の作品を必要としているのであれば、材料と工具を用意してもらおう。”


 “私が仕上げた後、作品をどうするかは勝手にすれば良い。”



 素っ気ない言葉であったが、彼は決して後ろ向きではない。

 リチャードは元々、こういった話を進めることを前提に考えてレイスを、パトレイシアを目覚めさせる彫像を製作したのだ。


 空を自由に飛び回り、透過すらできるレイス。

 空から見下ろせる幽体アンデッドの協力さえあれば、大空洞の各所に散らばる材料や工具の捜索が飛躍的に楽になるはずだ。


 ノミも消耗品だし、研ぐのも何十本も纏めてやらなければ面倒だ。

 材料も多ければ多いほど良い。リチャードは自分の製作環境を整えたかった。上手くすれば、生前よりも恵まれた環境で没頭できるかもしれない。


「……パトレイシアさんが探して、私が拾い集めて……職人さんが作る、ってことですか」

『そうよ。……ごめんなさいね。私が物を動かせたら良かったのだけれど』

「ううん。お手伝いします。私も……あの、職人さんの作ったもの、見たいから……」


 二人に異存は無かった。

 役目はそれぞれが自分のやりたい事と合致していたし、意欲もある。

 それぞれの目的や理想は多少異なっていたのかもしれないが、三人の望みは概ね同じである。


 兎にも角にも、リチャードの作品製作のために。

 こうして芸術の復興運動は死の底より、本格的に始動したのだった。




 リチャードはそれからしばらく、坑道内でじっと考え込んだり、荒っぽい岩壁を前に彫刻を施したりといった、つまりはいつも通りの日々を過ごした。

 彫り味は荒野にあった滑らかな石柱とは比べものにならなかったが、それでもリチャードは度々坑道内の壁面と向き合っている。


 パトレイシアは彼が何を考えているのか興味を抱くことが多かったが、聞いても教えてはくれないだろうし、ただ彼を煩わせるだけに終わるだろう。なので、パトレイシアはほとんどの時間をレヴィと共に過ごしていた。


『そう。そこにこちらの紐を通して……ええ、上手ですよ』

「……上手?」

『ええ、とっても上手。素敵な荷物入れになりそうですよ』


 探し物はパトレイシアが行い、実際の取得と運搬はレヴィの役目になる。

 そうなると必要になるのは物を多く運ぶための道具であり、パトレイシアはまずその製作作業に着手した。

 とはいえパトレイシアも職人ではないので、詳しくはない。精々が刺繍の真似事か、練金薬の初歩程度である。それでも何も知らないレヴィに指示出しすることはできたので、簡単な肩下げ鞄を作ることはできた。


「わぁ……色々、持ち運べそう……パトレイシアさん、ありがとう」

『ふふ、どういたしまして』


 パトレイシアが指示を出し、レヴィが動く。

 元々レヴィは人の指示に従うことに慣れていたので、教えればすぐに物事を覚えたし、意欲的に実践した。


 石の簡単な見分け方や、工具の名前。パトレイシアも専門的な知識はないものの非常に博識であったので、人並み以上の疑問には答えられた。


「……パトレイシアさんって、エルフなんですか」

『はい、ハーフエルフです。人族と精霊族……エルフの間に生まれた種族ですね。レヴィさんやリチャードさんのような人間を、人族と呼びます。……って、そのくらいは知ってますか』

「職人さん、リチャードっていう名前なんですね……」

『ええ』


 レヴィは貧民街の出身であったため、リチャードの名は知らなかった。

 芸術作品を広める情報誌などが下層に広まらない以上、それは当然のことだったのだろう。


『リチャードは生前、とても有名な彫刻家でした。彼の創り出す作品はどれも刺激的で、貴族達は誰もが大金をはたいて買い求めたものです。稀代の天才と称しても、何ら劣らぬ芸術家だったのですよ』

「……やっぱりすごい人だったんだ」

『ええ。こうしてレヴィさんや私が自我を取り戻せたのも、彼の作品のおかげですから。間違いなく、すごいお人です』

「じが……って、なに?」


 レヴィの言葉に、パトレイシアはどう伝えたものかと少しだけ悩んだ。

 顎に指を当て、虚空を見やって、やがて答えが決まったのか、小さく頷いた。


『自分が……他の何者でもない、間違いなく自分がここにいるのだと。そう、自分で思えることを、自我と呼ぶ……のではないでしょうか』


 パトレイシアの言葉に、レヴィはいまいち飲み込めていないように首を傾げていた。


『ごめんなさいね。私、よく説明するのが下手だと言われるんです』


 パトレイシアは苦笑いを浮かべ、レヴィはそれにつられるように微笑んだ。




 二人の宝探しは順調に進んでいる。

 レイスの斥候は特にレヴィの安全確保において多大な効果を発揮し、凶暴なアンデッドと鉢合わせる危険はほぼ皆無である。

 レヴィもほぼトラウマになりかけているグリムリーパーと遭遇することが無くなったおかげか、大空洞を散策する意欲は高かった。


 彫刻に適した材料探しは、レヴィの持ち運びにも限界があるので大きな物の運搬はできなかったが、置き物サイズの材料はいくつも入手している。

 リチャードもそれを使って何個か作品を仕上げているので、役には立っているのだろう。


 二人のアンデッドは会話をしながら歩き、目ぼしいものを拾い集め、帰り、たまにリチャードの作業風景を眺める。

 そんな穏やかな日々が続いていた。




『……ドラゴンの咆哮が』


 ある雨の日。大空洞に再び、ドラゴンの咆哮が鳴り響いた。

 パトレイシアとレヴィが探索中のことである。レヴィは悍ましい大声量に身を竦ませ、パトレイシアも本能的な恐怖に表情を強張らせた。


「怖い……」

『大丈夫です。大丈夫ですよ』


 他の自我無きアンデッド達も、圧倒的な強者の咆哮に反応し、騒いでいる。


 塔の内部がどうなっているのかはわからないが、遠くからでも分かるくらいけたたましい音が響いているので、おそらく内部のアンデッドも恐慌し、暴れているのだろう。


 見上げれば、塔の頂点には翼の破れたドラゴンの影が見える。


『……あれさえいなければ、もっと行動範囲も広がるのですが』


 埋没殿の高所に君臨するドラゴンゾンビ。

 それは縦穴から抜け出したいパトレイシアにとって、非常に厄介な存在であった。


 ドラゴンゾンビはレイスにさえ通じる攻撃手段を持っており、リーチも長い。上を取られているのでレイスの浮遊能力も利点にならない。

 大空洞において、そのドラゴンゾンビは全ての幽体アンデッドの天敵である。


 本来ならばもっと高く飛んで探し物をしたいが、あまり高く上がればドラゴンを刺激することになるかもしれない。一度ドラゴンゾンビが動き出してしまえば、終わりだ。

 できることならば討伐したいところだったが、今のパトレイシアではそれも難しいだろう。


『……もっと高位の魔法が使えれば良かったのですが』


 精霊姫パトレイシア。生前の彼女は宮廷魔法士として、様々な魔物と戦ってきた。


 しかしレイスとなった今の彼女には、どういうわけか初歩的な魔法しか扱えない。

 いざという時にはレヴィを守らなくてはならない彼女にとって、それは致命的な弱体化であった。


「あの、あのっ……パトレイシアさんっ」

『え、あ、はい。なんでしょう……ッ、これは』


 レヴィの呼びかけに気付き、そして同じく異常を感じ取った。


「何か……こっちに来る」

『……レヴィさん、誘導します。ここから少し離れましょう』


 大空洞の上層を支配するドラゴンゾンビと、その咆哮。

 それはただ響き渡るだけでなく、地下全体に大きな波紋を生み出すものでもあった。



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