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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 レイスのパトレイシア
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一人だけの慟哭

 人は死を恐れる。

 同様に、アンデッドも本能の奥底では終わりを恐れている。


 それはリチャードが立てた仮説であり、大きく間違ってはいないと、彼自身も考えている。

 しかし、死や終わりを恐れるが故に、そこから逃げようとするのもまた当然の反応であった。


「……幽霊、逃げちゃうね」


 ふわりふわりと燭台から逃げ去ってゆくウィスプを見上げ、レヴィは退屈そうに零した。

 立像の完成から二日。それ以降、立像に反応するウィスプは多かったが、それらは一箇所に留まらず、即座に逃げてゆくばかり。

 今や立像は、ただの魔除けとしてしか機能していなかった。


 “なるほど、こうなるのか”


 リチャードが計算に入れられなかったのは、幽体系アンデッドの身軽さであった。




 リチャードはアンデッドの退治については長じていたが、おびき寄せたり封じ込めたりといった対処法には詳しくない。

 集中して考えればそれまで積み上げたノウハウから思い浮かぶ可能性もあっただろうが、リチャードはそのようなことに思考を割く男ではなかった。


 ウィスプは立像に近づいて即座に離れてゆくばかりでそれ以上の進展はなかったし、高く飛ぶレイスは立像を無視し、ウィスプの集う場所を通り過ぎてゆくだけ。

 ウィスプが立像の周りの燭台に灯り続けているならば、それに近付くレイスが立像を目にして反応する……ということもできたかもしれないが、今のところウィスプを一箇所に留める方法が見つかっていない。


 なので、リチャードはレイスをどうにかすることを早々に諦めた。

 彫刻については一切の妥協をしない彼だが、それ以外の工夫は即座に切り捨てる潔さを持っていた。


「……他の所で、作業するんですか?」


 レヴィの言葉にリチャードは頷いた。

 彼は完成させた作品についてはさほど愛着を持たないが故に、さっさと次の作品作りに取り掛かりたいらしい。

 既にレヴィの手伝いによって、燭台の荒野に他にも石柱が存在することがわかっている。

 反応する可能性の低いレイスの観察に時間を費やすよりは、一つでも多くの作品を手掛けたいというのが彼の本音だった。


「……私、まだここにいてもいいですか?」


 だがレヴィの方は、どうしてもレイスが気になるらしい。

 死の底でも滅多に見られない人らしい姿のアンデッドに親近感でも湧いているのだろうか。リチャードは首を捻ったが、特にレヴィを無理矢理連れ回す理由もなかったので、すぐに頷いた。

 リチャードにとって、レヴィは他人である。作業の手伝いを買って出るので助手のような扱いをすることもあるが、邪魔をしない限りには基本的に彼女の意志を尊重している。


 “これを”


 とはいえ、相手は子供だ。

 リチャードにも少なからず、子供の手助けをしようという考えはあった。


「これは……?」


 リチャードはレヴィに一本のメイスを差し出していた。

 短めで、子供のレヴィでも扱いやすいサイズ。飾り気の少ない、手作りのものだった。


 リチャードは実際にメイスを振って見せ、扱い方を教えた。

 振り回す。叩きつける。足元に転がる頭蓋骨を砕いて見せれば、レヴィはそれが護身用の武器であることを察した。


「あ、ありがとうございます」


 レヴィは武器を扱ったことなどないし、坑道のスケルトンを倒した事さえない。

 リチャードもそれを知っているだろうが、それでもメイスを渡したということは、この燭台の荒野がそれなりに危険であってもおかしくないということなのだろう。


 護身用の武器を渡すと、リチャードはすぐさま歩き去っていった。

 花嫁の像の傍に取り残されるのは、レヴィ一人。


「……」


 レヴィは花嫁の像を見上げ、そこに映る僅かな不気味さに身震いし、それとともに一抹の寂しさも感じ取った。


 奇妙な感覚だったのだが、この花嫁の像は恐ろしくもあるのだが、それと同じくらい同情の念も湧いてくるのだ。

 一人寂しく荒野に佇み、近付くウィスプからもすぐさま逃げられる花嫁。もしもレヴィまでもがここを離れてしまえば、花嫁像は真の意味でひとりぼっちになってしまう。


「せっかく作ってもらったのに、嫌だよね……」


 レヴィは初めて目にする緻密な石像に対し、等身大の感情を抱いていた。




 それから、レヴィは石像の周りにさらなる燭台を立てるようになった。

 燭台の荒野には各所に金色の燭台が突き刺さっており、探そうと思えばレヴィでもほとんど労せず拾うことができる。


 燭台にはウィスプが宿る。ならば、石像の周りにもっと燭台を並べれば、ウィスプが像を見てくれるのではないか。そう思っての行動であった。


 が、そもそもウィスプは石像を感じ取った瞬間に離れてしまうので、燭台の数が増えたからといってその行動が変わることはない。レヴィは数日間ほど燭台集めに奔走してみたが、その結果は渋いものであった。


「どうして、立ち止まって見てくれないんだろう」


 虚空に慟哭を上げる、ひとりぼっちの花嫁。

 悲しそうにしている孤独なそれを見ていると、レヴィはどうしても他人事のようには思えず、心をかき乱されてしまうのだった。


 あるいは、自分が感じ取ったものを共有できる相手を無意識のうちに求めていたのかもしれない。




 レヴィはそれからも、石像を良く見せようと奔走していた。

 石像についた砂埃を丁寧に払ったり、燭台を磨いたりもした。レヴィの身に纏うボロ切れのワンピースは更に裾が短くなっていったが、それを気にする者は本人を含めて誰もいなかった。


 燭台は磨けば鈍く金色に輝くものもあれば、真っ暗が銀色に様変わりするものなど様々で、宝石や丁寧な研磨を施した金属に縁のなかったレヴィにとってその作業はそこそこ楽しいものであった。


 しかしどれだけ調度品が増えても、磨いても、ウィスプが特別動きを変える様子はない。


 諦める時が近づいている。

 レヴィは声には出さなかったが、そろそろリチャードのもとへ行くべきだと考え始めていた。


 そんな時だった。


「あっ」


 ぽつりと、空から雫が垂れてくる。

 それはバビロニアに居た頃はほとんど浴びることのなかった雨。

 雨足は緩やかに増し、宙に漂うウィスプの動きがにわかに激しくなり始めた。


「……そっか、火だから」


 ウィスプは雨に弱かった。今はまだ雨足も弱いために消えることはないが、激しく降ればたちまちウィスプは消滅するだろう。


「……なら、屋根を作れば……?」


 屋根を作り、ウィスプが雨宿りできる場所を作る。

 そこに、燭台と石像があれば……ウィスプはずっと、そこにとどまってくれるのではないか。


 レヴィが閃いたその瞬間、雨足は途絶えた。


「……むぅ」


 どうやら通り雨か、薄い雨雲であったらしい。

 ウィスプの動きも普段通りに戻り、どう見ても雨宿りを必要としているようには見えない。


 しかし、レヴィは雨宿りできる場所を作るというアイデアはさほど悪くないように思えた。

 ならば、屋根になるものを見つけてこよう。これは名案かもしれない。そう思い、立ち上がった。


 その時。


 大空洞の中央に立つ斜塔、その頂上から、ドラゴンの咆哮が轟いた。


「……!」


 怒りに満ちたドラゴンの咆哮。

 全ての生命を萎縮させる、絶対強者の雄叫び。

 それは大空洞の中で何度も反響し、地下空間全体を震わせるものだった。


 レヴィはドラゴンの声など知らなかったが、即座に理解した。

 その声は、自分を殺せる者の叫びであるのだと。


 そしておそるおそる塔を見上げれば、幽かに見える。

 遠目からでもわかる、大きく広げられたボロボロの双翼が。


 塔の頂上で死んだドラゴンもまた、アンデッドと化していたのだ。



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