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埋没殿のサイレントリッチ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 レイスのパトレイシア
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静かな安楽椅子

「揺蕩う魔を法にて律する。元来、そこに信仰などは要らぬのだ。」

 ――法神アトラマハトラ

 バビロニアは崩れ落ち、地中深くに埋没した。

 今やその原型のほとんどは瓦礫の中に消え、残された面影は、かつて雲を貫いていた最上層部の一部のみとなっている。


 黄金や霊銀、希少な資材たちを組み合わせた、華美極まる斜塔。

 内部にいた者たちは落下の衝撃と内装の倒壊による死を免れなかったが、塔上層部の外壁に施された綺羅びやかな悪趣味だけは今この時も尚、生き残っている。


 バビロニア歴606年、タロイフ・レイヅ設計。

 “不滅の宮殿”。




「……」


 レヴィは足下に転がっていた大腿骨を拾い上げ、胸の前に掻き抱いて、遠くに聳える埋没殿を見上げた。

 大穴から覗く空は瘴気に阻まれ見えないが、暗闇の中でもレヴナントの暗視は問題なくその斜塔を見通せる。

 陽が当たっていないにも関わらずギラギラと煌めく塔の名残。生前には一度も見ることのなかった、確かに美しいものであるはずなのだが。


「……こわい」


 キラキラと光る黄金を見ると、どうしても貴族という存在が連想されてしまう。

 貴族はレヴィにとって、間違いなく天敵とも呼べる存在。


 レヴィは日課の骨集めをする時も、なるべく塔には近づかないように気を付けていた。




 リチャードと出会ってから、レヴィの生活はほんの少しだけ変化した。


 大きな変化は無かった。

 リチャードがあまりにも無口であったがために。


“うるさい”


 人恋しさの故に、レヴィは何度かリチャードとの会話を試みていた。

 だが作業中に帰ってくるのは決まって、黙っていろとのジェスチャーである。

 音を煩わしく思っているその仕草や、彫刻の最中に考え込む様子は間違いなく理性ある人間そのものであったから、レヴィも彼が“人間”であることは疑っていなかったのだが、リチャードはレヴィとの会話を求めなかった。


 しかし、リチャードが“うるさい”と表現するにも声を出さないのは、何か喋れない理由があるのだろう。そう考えると、レヴィは“少しくらい良いじゃない”と拗ねるのも自分勝手なような気がしていた。


 作業中の会話はきっぱりと断られる。

 だがリチャードが作業をしておらず、椅子に座っている間などは、レヴィが言葉を出しても遮ることはない。


 それでもリチャードの方からは言葉が返ってこないので、“会話”というには一方通行に過ぎたのだが、独り言でも自分の言葉を聞いてくれる理性的な存在が、レヴィには確かに心の支えになっていた。


 リチャードが椅子に座ってぼんやりしている時、レヴィはそこから少し離れた場所で、ぼそぼそと話をする。

 自分の名前。怖いアンデッドに追いかけられたこと。ここに居たいということ。

 リチャードはジェスチャーを返すにも極めて寡黙だったが、“ここに居たい”という言葉には頷いていた。

 レヴィも知らない大人と話す経験や社交性などは成熟していなかったし、子供らしく甘えたりねだったりする習慣はなかったので、それ以上のコミュニケーションは求めなかった。


 二人の距離感はそのようなものである。


 リチャードは無関心に近く、レヴィも少し離れた場所でひっそりとしているだけ。

 それでもレヴィはアンデッドを遠ざける芸術を作るリチャードのそばにいることが安全なのだと知っていたし、愛想は皆無だが“人間”であろう彼を見失うことは怖かった。

 早い話がレヴィはリチャードに依存していたのだ。


 そしてレヴィは、自分よりも上の立場の存在のために働かなければならないという考え方を持っていた。




「あ、あの。これ……」


 ある日、リチャードが芸術製作のための道具集めに勤しんでいると、少し離れた場所に骨を抱えたレヴィが立っていた。

 彼女の抱きかかえるいくつかの骨はリチャードが拾った覚えのない不健康そうな子供の白骨であり、それは彼女が自分で用立てたものであることがうかがえた。


「最近、ずっと……貴方が拾ってるの、見てたので……あの、だから集めてきたんです……」


 無言で見つめてくるリチャードは決して怒っても呆れてもいなかったが、自発的な行動に自信を持てなかったレヴィは勝手に窄んでいった。

 リチャードはその姿を見て、特に彼女を慰めようだとか、褒めようだとかは考えなかったが、レヴィが手にしていた骨には価値を感じた。


“あちらに置け”


 リチャードは無言で、部屋の片隅に積まれた細い骨の山を指差した。

 レヴィは指さされた先とリチャードの間で何度か視線をさまよわせると、急に表情を明るくさせて、頷いた。


 こうしてリチャードは作品制作の助手を入手し、レヴィは少しだけ安心できたのだった。




 レヴィはそれから、精力的にリチャードの手伝いをこなしている。

 相変わらずリチャードは寡黙で、助手になっても作業中に喋れば“うるさい”のジェスチャーが返ってくることに変化はなかったのだが、それでもレヴィは充実した日々を過ごしていた。


 自分のやっていることは小間使いに過ぎなかったが、自分がひろってきたそれらを使い、リチャードはこの世のものとは思えない綺麗なものや、恐ろしいものを作ってみせる。

 単調な自分の働きが芸術作品へと昇華する一連の流れは、レヴィにとって体験したことのない、何か崇高な達成感が得られるものだった。


 次は何を拾ってこよう? 次は何を作るんだろう?

 大空洞の埋没殿付近はまだ怖くて踏み入ることができなかったが、目的を手に入れたレヴィの散策は、少しずつ新たな場所を開拓していくのだった。




 レヴィが探索から戻ってきた。

 ここしばらく、リチャードは山積みになった骨から大きめの大腿骨を指差して“これ”と言うので、彼女の仕事は専ら大腿骨集めが主になっていた。

 近場の材料はほとんど綺麗に掃除してしまったので見つからなくなったが、広い地下にはまだまだ無数の骨が散らばっている。少し散策範囲を広げれば、見つけ出すことは容易であった。


「も、戻りました……」


 リチャードがいる場所は、一緒にいる時間が増えてからなんとなくわかるようになった。

 それは彼の体から漏れ出る強大な魔力が原因なのだが、レヴィはまだそれを知らない。


「あ……はい、これ……持ってきました……?」


 リチャードはいつもの資材部屋の奥にいた。が、いつもと少しだけ様子が違う。

 彼はレヴィの姿を見るや、珍しく“こっちにこい”手招きをしてきたのだ。


 彼はおずおずと近づいたレヴィから大腿骨を受け取ると、それを傍らにあった造りかけの空き部分に差し込み、縛り付け、位置を調節し……そして、完成させた。


 それは白骨製の、子供用の椅子だった。


“これ”


 リチャードが椅子を指差し。


“お前”


 次にレヴィを指差した。

 そして、頷く。それだけで、レヴィが意味を汲み取るには十分だった。


「あ……ありがとう。ありがとうございますっ」


 レヴィは思わず笑みをこぼして、おそるおそる人骨の椅子に腰かけた。

 それは人間の価値観で言えば明らかに悪趣味な家具であったが、レヴィは自分用に設えられた座り心地の良いそれを、大いに気に入っていた。


 ゆったりとした背もたれ。貴族のような肘掛け。

 感触こそ硬質で、悪趣味でもあったが、レヴィは自分専用のその椅子にすぐさま愛着を持った。


 リチャードはすっぽりと椅子に収まったレヴィを見て、その椅子に目立ったガタつきや軋む音が出ないことを確認すると、レヴィの様子よりは椅子の出来栄えに満足したように一度だけ頷いて、再び作業へと戻っていくのだった。


 今日も死の底に、作業の音が鳴り響く……。




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