表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/152

51. 訪

 

 パナケイアの中庭にて。車椅子では雪遊びが難しいと分かった私は、肩を落とした朝凪と小夜から少し離れた場所に居た。眺めているだけで十分だと私が言ったのだが、しかし孤立している訳でも無い。


 踊るように雪を踏み、遊ぶように手を広げて。


 楽し気な棗雲雀が、私の周りを舞っているから。


「……どうして貴方はこちらに?」


「んー? ほら、私って涙ちゃんと話す機会なかったからさ。親睦を深めましょー的な!」


「へぇ……」


 マフラーの端が揺れる。青みがかった黒髪は、雪景色の中で良い意味で浮いていた。


「向こうの雪だるま制作に混ざらないんですか?」


「今はだいじょーぶ!」


 棗から視線をずらす。視線の先では男子四人が雪だるまを作ると言う、正に子どもの遊びを行っていた。


「……雪だるま作っても、涙の傍には行かせてもらえない気がする」


「んなことねぇから。姉の所に行きたいなら、早く永愛よりデカい雪だるま作れよな」


「なんでよりにもよって竜胆君? 背が高いのに」


「俺もなんでとは思ってるけど、鶯君よりマシかなぁと……」


「永愛なら、百八十㎝の雪だるま。俺なら……百九十二㎝の、雪だるま」


「……竜胆君で良かった」


 しゃがんで雪を集めては塊に押し付ける流海達。竜胆の身長分の雪だるまにするのは骨が折れるレベルではないと思うが、それを男子だけで作る光景はなかなか面白い。


 流海も普通に学校に通っていたならば、もっと無邪気に笑っていたのかと思う。男友達とでも集まって私に分からない話題で盛り上がったりするのだろうか。そんな流海は想像できないけど。


 棗が車椅子の持ち手を握り、私は点滴スタンドを掴む。雪に車輪の跡を残しながら雪だるま部隊の近くを通り、直ぐ脇で雪兎を作っていた小夜と朝凪の元で止まった。


「小夜ちゃんそれ雪兎? 可愛いねー!」


「可愛く出来てますか? 嬉しいなぁ。今日はこれからもっと寒くなる空気をしてるから、外に飾れば暫く大丈夫な気がするんですよ~」


「そっかそっか! 小夜ちゃんの予報当たるからなー、私も作ろ! いばらちゃんは何匹作った?」


「ま、まだゼロ匹……この、フォルムが、全然綺麗に出来なくて……」


 器用に雪兎を並べる小夜の隣で、真剣な空気を纏う朝凪。気迫があると言っても過言ではない彼女は、雪を足したり減らしたりを繰り返していた。


 たかが雪兎とか言ったら怒られそうだな。ちょっと歪んだ兎でも可愛いだろうに。


「今でも十分綺麗では?」


「いえ駄目です。まだ左右非対称ですし、向かって右側に土が混ざってます。もっと新雪に近い所から足して……でも大きすぎると可愛くないと思うので、まずはこの汚れた所を――」


 ……へぇ。


 語る朝凪の手元を黙って見つめてしまう。それから彼女の服装からペストマスク、頭の天辺まで確認し、今日も全身が美しい少女に感嘆した。


 身なりや立ち姿に朝凪は気を配っているように見えるけど、まさか自分が作るものにまでこだわりがあるとは。恐れ入りました。妥協って言葉は無いらしい。素晴らしいな。


 雪を持った棗は「あ、握りすぎた!」とか叫んでいるのに。なんだあの石みたいな雪玉。兎の核か何かにするのだろうか。


 対照的な二人を視線で見比べる。そうしていれば隣に小夜が立ち、私の手に可愛らしい雪兎を置いた。


「ねぇねぇ涙さん、この兎はかわいく出来てますか~……?」


「えぇ、とても。可愛いですよ」


 赤い南天の瞳を親指で撫でる。そうすれば小夜は少しだけ間を作り、かと思えば花でも飛びそうな雰囲気を浮かべていた。


「良かったで~す! かわいく出来た()()は分かったんですけど、実際はどうかな~って思ってたんで」


 スキップして場所を変え、新しい雪兎を作り始めた小夜。「その兎はあげますね~!」と手を振られたので、私は車椅子の肘置きに兎を置いた。こじんまりとした兎が、私の手袋や体温で溶けてしまわないように。


 飾り葉を撫でてから小夜に目を向ける。彼女の足取りにも行動にも、困惑は見られなかった。


 いつもそう。あの子はいつも迷いなく、()()()()()空気を読む。


 私は雪兎を見下ろして、伊吹の声に顔を上げた。


「流海、そんなに力入れたら雪が潰れる」


「え、でも固めないと崩れるよね」


「固くし過ぎたら必要な雪の量も増えるだろ? もっと柔く付けても問題ねぇって」


「へぇ」


 あちらも真剣な様子で雪だるまを作っている。愛しい片割れは雪を集めて塊に叩きつけており、その加減を伊吹に教えられていた。ゆっくりと瞬きした流海は自分の両手を暫し見下ろしている。


 私も流海も雪遊びなどしてこなかった。それ以前に同年代と戯れることだって約十年ぶりだ。


 流海からは居心地の悪さと、立ち振る舞いのぎこちなさが伝わってくる。今まで隠れながら歩き、私や先生達以外とは関わらなかったのだから当たり前だ。


 私達は急に手を引かれても、正しい歩幅の合わせ方など分からない。


 目を細めれば小夜の雪兎の隣にデコボコの兎が置かれた。頭上からは陽気な声が伊吹達に向けられる。


「男子高校生って馬鹿可愛いよね!」


「聞こえてるぞー棗」


 素手で雪を集める伊吹。棗の言葉に反応した彼は雪だるま制作の発案者でもある。


 流海は指先を少し赤くしながら雪を固め続けた。手袋が濡れたりするのは嫌いだから。


 物差し役もする竜胆は立ったりしゃがんだりを繰り返しており、彼と相反して動作が穏やかなのは椿だ。


 頭の先から足の先まで遮光性の布で覆った男。今日の天気を見る限り、椿鶯のヤマイ――自然光を浴びると眠るヤマイは、発症しないように見えるのだが。


「曇っている日は眠らないんですよね、椿は」


「そうだね。だから今日みたいに雪降ってる日は最高! 雨も最高だけど、やっぱり雪の方が楽しいよ! ねー鶯!」


「最高、楽しい」


 振り返ったペストマスクから緑の毛先が覗く。体を揺らす彼の空気は和やかで、こちらが眠りに誘われる声をしていた。


 片足立ちになった雲雀がその場で回る。ペストマスクのバレリーナは、椿について話す声が一番弾んでいた。


 彼女のヤマイは――同じ場所に留まると酸欠になるヤマイ。


 私は踊る少女を見つめて、その声に耳を傾けた。


「晴れてる日は頑張っても頑張っても、ちょーっとでも日の光りに当たったら鶯君寝ちゃうからね。私も眠れたら良いんだけど、私は添い寝出来ないし。難しいよね!」


 くるくると、くるくると。回っていた棗が再び車椅子を押していく。私の肩や頭に薄く積もった雪を払い、置いた雪兎たちが落ちないように気遣って。


 貴方はどうやって日々眠っているのかなど、私はまだ聞けなかった。


 雪があまり当たらない木陰に入る。棗の顔は椿に向かい、私も同じ方へ顔を向けた。


 流海と伊吹が作った雪の塊と、竜胆と椿が作った雪の塊をどうやって重ねるか話しているらしい。そういうのって、作った体の上に作るわけではないのな。知らなかった。


 流海の顔に仕方なさそうな色が浮かんでる。けれども一瞬だけ笑いそうになったと、私が気づけない筈もない。


 片割れが私以外と共にいる。その現状にもっと別の感情を抱くかと思ったが、その予想は外れていた。


 私は、流海を見つめているだけで心地いいのだと学ぶ。


 違う、流海が誰かといる光景が心地いいのか。


 流海は指先に息を吹きかける。その横顔を見れば黒い目が動く気がして、私は口角を上げた。


 笑顔が出来たと同時に流海と目が合う。


 片割れの口角が揺れる。笑いかけたのだと知ったから、私は笑顔を深めてしまった。


「……棗、貴方はどうして私の傍に?」


「え? さっきも言ったよね? それは――」


「いいえ、今の話ではありません」


 流海に微笑んだまま手を振ってみる。流海の空気が温かくなるから、私は肩を揺らして笑うのだ。


 片割れの視線が一瞬だけ棗に向かう。私は視線で頷き、首を傾ける少女を見た。


「貴方が私に友好的である理由が分からないんです。朝凪達は私や流海と友達になりたいと言ったけれど……貴方まで同じ理由だとは思えないので」


「あー……なるほどねぇ」


 頷く棗が歩き出す。彼女は背後から私の頭を軽く撫で、かと思えば動物の顎を撫でるように指を滑らせてきた。マフラーの中に指を入れられたら驚くでしょ。


 喉まで出かかった反応を飲み込んでおく。少しだけ不安げな棗の空気に気が付いたから。


「沢山のお節介とちょっとの憐れみ、って正直に言ったら……涙ちゃんは怒る?」


 ペストマスクが私を覗き込む。私は鳥頭を見つめ、首を横に振っておいた。


「他人を気遣える正直者は、好感が持てますよ」


 正直者にも嘘つきにも種類がある。


 相手の反応を考えずに思いを吐き出す正直者も、建前やプライドから嘘をつく者も、私にとっては同等だ。


 正直者と嘘つきのどちらが良いかではない。どんな正直者がいいか、どんな嘘つきに好感を持てるかと言うだけの話だ。


 だから私は棗に好感を抱ける。


 今の彼女はいくらでも嘘をつく時間があった。はぐらかす選択肢もあった。それでも彼女が選んだのは、私を気にかけながらも正直でいる姿勢だ。


 ならば私も、彼女に応える為に素直でいよう。


 棗は私の正面に回り込み、薄いくちばしで額を軽くつついてきた。


「やっぱりなぁ……。涙ちゃんは別に悪い子って訳でもなさそうなんだよねぇ。だから、うん、私は懐かない猫に構いたくなる気分なんだよ」


 棗は「にゃー」と鳴いて私の鼻を叩く。私ではなく、まるで自分に言い聞かせるように。考えをまとめるように。


「猫と言われたのは初めてです」


「そうなの? 私は最初からそう思ったんだけどな~」


「最初とは」


「最初は最初だよ。初めてイヤホン越しに喋った日。声や喋り方も優雅な猫ちゃんみたいだし、パッと現れて、サッとペストマスク達を相手して、ふらっと消えちゃうのも猫だなぁって思った」


 棗は右手の親指、中指、薬指を合わせて動物の顔を作る。「にゃあにゃあ」と鳴き続ける彼女は左手でも同じジェスチャーをするが、それは狐ではなかろうか。


 私は料理をする手を思い出し、猫の手を作ってみる。気づいた棗は両手の狐を猫に変えていた。


「でもね、本当に猫だって確信したのは……初めて顔を合わせた時かなぁ」


「……あぁ、あの台車でぶつかった日」


「あれは本当に申し訳ございませんでしたッ!」


「いや、私のヤマイのせいなのでお気になさらず」


 腰を九十度に折る棗。そんなものをされても良い気は微塵もしないため、顔を歪めて見せた。


 姿勢を戻した棗は察してくれる。気を取り直すようにステップを踏む彼女は、正直者ではあっても楽観的ではない気がした。


「涙ちゃん知ってる? 猫は死んだ姿を飼い主には見せないって言われてるんだよ」


「……へぇ」


「だから涙ちゃんもねー、同じになりそうって思ったかな」


 車椅子の背後に回った棗。彼女は小夜が巻いてくれたマフラーを結び直し、肘置きにある自作の兎を持ち上げた。


 私を猫だと表す棗は、雪兎を両手で軽く掲げている。


「きっと君は、私達が予期しない時に死んじゃうんだろうな。私達にそんな空気は感じさせずに、気づかせずに、見つけた時には死んでましたって感じ。そんな雰囲気があるから、あぁ……嫌だなぁって思って、後味悪い経験をする前に構い倒しときたいな~って言う、ね」


 棗の両手が離れていく。間から雪兎が滑っていく。


 南天の目と葉の耳を飛ばした雪兎は、白い大地に埋もれ落ちた。


「つまりはエゴだよ。優しさってやつじゃない。言った通りお節介で、憐れみで、私が気持ちよくなっていたいだけのー……私の為の善意ってやつ」


 棗の足が兎を地面に馴染ませる。踏みにじるのではなく、馴染ませる。


 その動きを見つめた私は、桜色の子に貰った言葉を口にした。


「素直な方ですね、棗は」


「まぁね。だから駄目だよ、私を良い人って思ったり、優しい人だって思ったら。優しいって言うのはいばらちゃん達のことを言うんだし。私は自分と鶯が一番大事! だから涙ちゃんや流海君のヤマイに巻き込まれそうになったら速攻で逃げるから! 心配ご無用ってね!」


「それを隠さず伝えてくれる方が、私も楽で助かります」


 両手を広げて棗は歩く。素直な彼女は言葉を選んでいるのだろうか。それとも何かしらの勘で並べたのだろうか。


 どちらにせよ、棗の言葉は私の不安を拭ってくれたと、彼女は知らないのだろうな。


 棗は私の背後へ舞い戻り、再び車椅子を押した。


「隠し事はいつか零れて、誰か傷付いちゃう気がするし、私も傷つく気がするからねー! 素直が一番!」


 語る棗が不意に足を止める。彼女を見上げれば建物の上階を見ており、私も視線を追った。


 そこには銀色の髪を揺らす中年の男、柊がいる。彼は私達の様子に気づいたらしく、棗は窓を開けるジェスチャーをした。


 窓を開けた柊は軽く身震いしたように見える。いつも通りのスーツでは寒風が体に染みるでしょう。


「よーすけちゃーん! いーっしょに雪で、あっそびーませーん!?」


「公共の場で大声を出すな! そして俺はバイト中だ! 終わって時間があれば行ってやる!!」


 声を張り上げた棗に対し、眉を吊り上げて怒鳴り返した柊。どちらかと言えばお前の方がうるさい。そしてバイト終わったら参戦するのな。マジか。


 勢いよく窓を閉めた男は建物の奥へ消えていく。仕事熱心な事だ。


「やっぱ彼面白いよねー! 真面目にふざける感じ、嫌いじゃない!」


「え……それは俺、嫉妬する」


「やっだ鶯が一番に決まってるじゃーん! 好き好き大好き、アイラブユー!」


「俺もー」


 公衆の面前でハグをする棗と椿のカップル。そのまま彼女を抱き上げて回る彼氏は、見た目に出さずに今を楽しんでいるらしい。


 上がる笑い声を聞いても、それは私に向いていないから事故は来ない。


 私は所謂いわゆるバカップルから朝凪へ視線を向け、柊がいた窓を見つめる少女に気づいてしまった。


 彼女は直ぐに手元に嘴を戻し、雪兎を作り続けている。既に非の打ちどころがないほど綺麗に見えるのに、まだ納得できないとでも言うように。


 私は視線を再度動かす。流海達の雪だるまがどこまで完成したのか確認するつもりで。


 顔を向けると、流海が急に背中を向けて建物に入っていく姿を見た。何も言わず、何も感じさせず、足音も気配も消して――隠れるように。


 私の心臓が強く脈打つ。


「……流海?」


 呟きが雪に吸われて消えていく。足の先から頭に向かって不安がせり上がる。


 冷たい空気を吸った肺は震えており、腕も足も上手く動かすことが出来なかった。


 伊吹が流海の後を追っていく。何か言い争った訳でも無さそうなのに。


 ただ黙って、二人は建物へ消えたのだ。


「竜胆、流海と伊吹はどこへ?」


「……え?」


 声をかけた竜胆が意識を私に向ける。彼の反応は今まで別の場所に集中していたと伝えていた。


 彼の体が向いていたのは、真剣に雪兎を整え続ける少女の方。


 私は胃の中に溜まる不安を掻き出せないまま、周囲を確認する竜胆を見つめた。


「あれ、ほんとだ。ごめん涙さん、ボーっとしてて気づいてなかった」


「あぁ……いえ、別に」


 胃が落ち着かなくて気持ち悪い。流海の様子が不安で冷や汗が浮かぶ。確信の無い嫌な予感が背中をう。


 車椅子を操作しようと右手を動かすが、震えた腕がタイヤを回す前にスマホが鳴った。その場にいた実働部隊(ワイルドハント)のメンバー、全員の。


 小夜以外の全員が素早くスマホを取り出す。イヤホンを持っていない私はスマホの音量を上げ、それでも視線は流海の向かった方から離せなかった。


「北区三ブロック目にてアテナの戦闘員を確認。実働部隊(ワイルドハント)は至急行動を。相手戦闘員は二名、ヤマイは路地に誘導されている模様。ヘルスを巻き込むことは決して無いように」


「三ブロック! 近いね! 行くぜぃ鶯!」


「あぁ」


 雪を踏みしめて駆け出した棗と椿。その素早さを羨ましく思う自分がいると気づき、動かせない左足に奥歯を噛んだ。


「あ、雪だるま残しといてね!! 戻ってきたら私も一緒に作りたいから!!」


「永愛、逃げてくれるなよ」


「分かったよ、いってらっしゃい」


「気を付けてくださいね」


「いってらっしゃ~い」


 急ぐ二人の背中を竜胆達が見送る。黙る私の体内には、不安感が募るばかりであった。


「二人なら大丈夫、よね」


「大丈夫だよ。樒さんが返事しなかったのはちょっと心配だけど」


「今日はね、集中講義があるって言ってました~! それは出席しないと困るんだって」


「あ、なるほど」


 竜胆は小夜の頭を撫でる。集中講義と聞き、皇は大学生だったのかと頭の片隅で区分を増やした。私の落ち着く材料にはならないが。


 私は胃の上を握り締める。そこで、車椅子の背後には朝凪が立った。


「涙さん、何か温かい物でも買いに行きましょうか」


「……流海が戻って来てからでも良いですか」


「はい、勿論」


 ペストマスクの奥で朝凪が笑った気がする。想像は発病を促さず、私は流海が早く戻って来ることばかり願ってしまった。


 そこでまた、スマホが鳴るとは思わずに。


 同時に――パナケイア全体に警鐘が響く。


 その場にいた全員の緊張感が跳ね上がり、私は建物の屋上を見てしまった。


「パナケイアにアテナの戦闘員、三名の侵入を確認。至急実働部隊(ワイルドハント)及び補助員は行動を。職員はその場に留まり、抑制部署の職員は待機命令。これより防護シャッターを下ろします」


 響く放送は今日もヘルスを守っている。


「皆様!」


 窓にシャッターが下ろされる中、駆け出してきたのは桜だ。彼女は勢いよくサーベルを投げ、続けてロング・ボウと矢筒も投げる。


 竜胆と朝凪はそれを素早く受け取り、私は右手で小夜の腕を引いた。


 屋上に立っているのは、銀世界で浮いた三人のペストマスク。黒い上着に黒いつば広帽を身に纏い、一人は右手でリングダガーを回している。


「――嘉音」


 口の中で名を呟く。


 彼の半歩後ろには二人のペストマスクが立っており、私はその背丈から――ほたる空牙くうがではないかと判断してしまった。


 朝凪が矢を引き絞り、竜胆が両手に長刀を構える。


 桜は手の中から紐に繋がった球体を落とす。重りのように揺れるそれを少女は回し始め、私はその光景を知っている気がした。


 嘉音の足が動く。


 屋上から飛び降りて、壁を蹴り、近くの木に受け止められる。


 朝凪は引き絞った矢を静かに離した。しかし嘉音は矢をナイフで叩き折る。


 白銀に着地した彼はリングダガーを回し、その目は私に向いていると分かってしまった。


「会いに来たよ――死にぞこないの涙」


久しぶりだね、殺したがり。


***

次話投稿は1月4日(月)を予定しています。

本年は、涙ちゃん達を見つけてくださってありがとうございました。

来年も見守って頂けましたら幸いです。


それでは皆様、よいお年を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ