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46. 願

 

 敵を殺すことに躊躇(ちゅうちょ)はいらない。何故ならば敵だから。相手方は自分の命と平和を脅かすのだから、一瞬の隙でも見せれば命取り。命を取られる前に取ることこそが生きる術だ。


 しかし、対峙しているのが味方ならばどうだろう。血だらけの体で必死に距離を取り、こちらがどれだけ傷つけないように神経を張り巡らせても事故となる。それは決して自分達を傷つけず、相手だけを傷つける所業である。


 雲雀の鋭い回し蹴り。それは決して涙を傷つける為のものではなく、少しでも時間を稼ぐための牽制である。しかし彼女の踵からは()()()()隠し刃が零れ出て、()()()()涙の顔を傷つけた。


 怯んだ雲雀の後ろから樒が飛び出す。叩き落とされた狼牙棒は地面を砕き、涙の進行方向を妨げた。それは涙の足止めである筈なのに、飛散した瓦礫全てが少女に向かうなどとは樒も予想出来なかった。


 涙は鳩尾で瓦礫を受け止めた後に回避の姿勢を取る。地面を転がって彼らから距離を取ろうとする涙の背後には、流海が飛び掛かった。


 涙は鋭く眼球を動かして流海を視認する。彼女は瞬時に芝と土を蹴り上げ、流海の視界が狭まった。


 流海は見る。自分の片割れが、血だらけになっても笑っていると。


「涙!」


「クルなッ!!」


 どれだけ呼んでも返ってくるのは拒絶の言葉。


 きっと今では流海のことも分かっていないのに。


 涙は笑い続ける。片割れに笑い続ける。


 流海は目に痛みを覚えて素早く顔を伏せる。同時に体の中心に重たい感情を抱いてしまい、呼吸は苦しくなるだけだった。


 もはや神経が通っているのかすら怪しい左足を引きずって、涙はパナケイアから離れようとする。中庭を通り抜けようと急ぐ涙に向かって、葉介と小梅は武器を構えた。


 しかし葉介は引き金を引くことが出来ない。小梅はボーラを投げることが出来ない。


 既に血だらけの涙に銃弾が撃ち込まれたら、気道を締めてしまったらと、二人の脳裏に「もしも」がよぎるから。


「鶯お願い!!」


「ッ、いばらちゃん!!」


 雲雀と永愛が同時に叫び、呼ばれた二人は武器を振るう。


 鶯は黒い上着からテレクを取り出し投擲する。決して涙は狙わずに、彼女が足を踏み出そうとしたその先へ。


 いばらは目を細めてロング・ボウをの弦を離す。早鐘を打つ心臓を見ないふりして、涙を傷つけたくないと願いながら。


 それでもヤマイは猛威を奮う。少女が傷つくことを願って発症する。


 中庭に巻き起こった強風がテレクと矢の軌道を変えた。致命傷になる顔に向かって刃を向けた。


「ッ」


「涙さんッ」


 息を呑んだ二人の声を聞いても涙は足を止めない。覚束ない動作で突き進み、自分の顔目掛けて迫ったテレクと矢を鷲掴んだ。少女の傷ついた掌からは血が流れ、足が微かに揺らいでいる。


 右腕のギプスは血だらけになり、涙は切れた掌で顔を覆った。


 風が吹く。パナケイアの窓硝子に亀裂が入る。


 建物の中からは警鐘が響き、職員の退避命令が放送された。朔夜は舌打ちしながらトンファーを確認する。涙を止めきれずに時間を消費したせいで、プラセボが渇いてしまっていた。それは雲雀や樒も同じであり、永愛はサーベルに残るプラセボを確認する。


 少年の視線は涙に向かい、歯を食いしばりながら地面を蹴った。


「ダレもコロシたクないんダよ」


 永愛が素早く涙の後ろに回り込む。流海は正面から立ち向かい、二人は思い切り刃を振り抜いた。


「ダれモ、シンでホシくナいンダヨッ」


 涙は永愛のサーベルを右腕のギプスで受け止める。同時に流海の手首を左手で掴み、片割れを永愛に向かって投げつけた。


 マッキとなっては全てのリミッターが外れる。普段は出せない腕力すらも理性が無い状態では出現し、流海は永愛に勢いよくぶつかった。


 永愛は流海を受け止める。瞬間、目の前で涙が跳躍した。右足で地面を蹴り、体を回す。その鋭さからは強烈な怒りが感じられ、気づけば永愛は流海と共に蹴り飛ばされていた。


 少年二人が激しく地面を跳ねる。涙は宙で体を回転させることによって右足で蹴りを入れ、そのまま右足で着地も行った。彼女自身、本能的に左足は使い物にならないと理解しての行動だ。


 その背に向かって樒と朔夜が武器を振り被る。少女を止めようと躍起になる。


 涙はすぐさま反応し、少年達の向こうで木の幹に亀裂が入る様を見た。


「たノムから、マキこまレルナよッ!!」


 涙が狼牙棒とトンファーを躱す。無理やり体を捻り、奥歯を噛み締めて。少女の両掌は樒と朔夜の顔面を掴み、後頭部から地面に叩きつけた。


 腕力の制御が出来ていない。対応に理性が一片たりとも見受けられない。


 眩暈を覚えた朔夜は、それでも分かってしまった。微かに手の力が緩んだ樒から狼牙棒を奪った涙の姿を見て、察してしまった。


 自分達の背後にあった木が倒れる。勢いよく風に吹かれて速度を上げて。


 涙は血を撒き散らしながら狼牙棒で巨木を粉砕した。


 何もしなければ樒と朔夜も巻き込んでいた倒木の事故。


 涙は一人で砕けた枝葉を受け止めて、衣服を赤黒く染めていった。


「オねガイダかラ……ヒとリニ、シテくれ」


 樒と朔夜を見下ろす涙。白目を黒く染めた少女は、その目いっぱいに水滴を溜めていた。


 血だらけの、ズタボロの、ドロドロで。


 思わず朔夜は動けなくなる。樒は投げられた狼牙棒を拾えない。


 その間に再び涙は駆けた。中庭を超えて、外に出て、誰もいない何処かに行きたいと彼女の本能が叫び続けているから。


 ――空穂涙が元から冷めた性格だったかと問われれば、それは否だろう。


 彼女は上手く自分の感情が表現できない子であった。笑ったり泣いたり怒ったり、それを表に出すには表情筋が固く不器用で、言葉もちょっとずつ足りていない。


 それでも、幼少期の彼女を知る者は口を揃えて言うだろう。


 彼女は――優しい子なのだと。


 双子の弟が怪我をすれば自分の事のように痛がって心配する。怪我をしたのが他人であっても早く治ることを言葉足らずに願ってしまう。


 困っている者がいれば「大丈夫か」と声を掛けたくなり、泣いている者がいれば泣き止むまで傍にいようとして。


 優しくなかったのは彼女のヤマイとその周り。


 優しくしたって優しさが返ってくる訳ではない。誰も自分のことなど心配してはくれない。腫れ物のように邪険にして、事故に巻き込まれることを恐れて、離れて陰口を言って面倒だと視線で訴えて、検査をして化け物と呼んで、彼女が怪我をしたことを心配せずに自分が巻き込まれなかったことに安堵するのだから。


 少女はそれを学んで育ってしまった。


 だから優しい心根は閉じ込めて、自分と流海が傷つかない世界を望んだ。


 自分達を邪魔だと思うヘルスなど勝手に傷ついていればいい。自分達を化け物として検査するパナケイアなど信用しなければいい。自分達に優しくしてくれる数少ない誰かは、自分達から離れる前に近づかないで欲しい。


 幼い涙が柘榴と蓮に抱いたのは不安だった。どうして自分達を引き取ったのかと聞いても答えてくれない二人は、信頼することを恐れさせた。子どもが想像する沢山の「もしも」を涙は問えず、口にしないまま流海だけを見ようと努めてしまった。


 二人から嫌われてしまった時、事故に巻き込んでしまった時、きっと自分のことを嫌うだろうから。所詮二人は先生であり、親ではないのだから。


 冷めきった視界で世界を見て、唯一温かく見える片割れだけに溺れ続けた。


 心配しても傷つくのは自分なのだから、優しさは虚しさを助長するだけだから。期待を捨てて、周りを憎んで、恨んで、信用せずに歩き続けてみればどうだ。


 気づけば優しかった少女は()じ曲がり、()じ切れた。


 理性は彼女を酷い人に見せた。彼女を守る理性の殻が少女と周りを隔てていた。片割れにだけ依存し、防衛し、加護し、安らいで。


 けれどもマッキになれば理性の殻は砕かれる。本能を剥き出しにして――優しい彼女を引きずり出す。


 涙の上でパナケイアの窓硝子が弾け飛んだ。一階、二階、三階と降り注ぐ硝子の雨は少女を目掛け、それに思わず雲雀といばらが駆け出した。血だらけの少女が、どうかこれ以上怪我をしてしまわないように。


「バかッ!!」


 その行動に涙は激怒する。


 喉が潰れるような悲鳴と共にマッキは跳躍し、雲雀といばらを地面に叩きつけた。


 少女二人は背中から地面に倒れ込み、硝子の雨を見る。


 鶯は思わず三人の元に滑り込んで上着をひるがえしたが、涙はそれにすら激高した。


「ど、ケ!! フザケんなッ!!」


 鶯のうなじに肘鉄を入れた涙。少年の上着は雲雀といばらの上で開かれ、涙は少年と背中合わせの位置で硝子の雨と対峙した。


「涙さん!!」


 いばらが伸ばした手に硝子の破片が掠め行く。


 涙は右手で顔を庇い、広げられた左腕に、腹部に、両足に硝子が刺さって血が舞った。


 鶯の上着が零れた硝子片を受け止めて、翻っていた上着の裾が地面に落ちる。


 その向こうには血だらけの涙が息も絶え絶えに立っており、傷口では細かな硝子片が輝いていた。


「る、いちゃん……」


「ドッか、いケ、よ……タノむ、がら……」


 涙の喉から言葉と共に空気が漏れる。今にも倒れそうな少女はそれでも雲雀達から離れようと歩き出し、その足は既に上がることは無かった。引きずり、芝を倒しながら歩く涙。


 喉を押さえた彼女はパナケイアの外へ行くことを望み、誰もがそこから動けなくなった。


 もしも次、涙に武器を向けてしまったら。


 もしも次、彼女が事故を受けてしまったら。


 もしも次、少女が傷ついてしまったら。


「――死ぬな、アイツ」


 狼牙棒を担いだ樒が息を吐く。イヤホンを付けた全員がその言葉を聞き、足を地面に縫い付けさせた。


 涙の行動は粗暴だ。しかし全て事故から自分達を庇っているのだと分かってしまえば、手も足も出なくなる。


 葉介は引き金にかけた指を動かせない。照準を合わせた涙は、今にも倒れそうな姿で言うのだから。


「ムコうヘいッテ、クれヨ……オ、ネガいダから……ワタシは、ワたシ、ハ……」


 左足を引きずり歩く涙。


 小梅はその前に立ちふさがり、満身創痍の涙を見た。


 涙が見るのは小梅の上。屋上から外れた柵が、強風に乗って迫りくる。


「お嬢ッ!」


 葉介はすぐさま照準を柵に変える。小梅の反応が遅れる。


 しかしそれより早く涙が動き、柔らかく小梅を抱き締めた。


 涙の頭に柵が激突する。歯を食いしばり、右足で体を支え、決して小梅に怪我はさせない。


 桜髪の少女の視界が滲んでしまう。優しくしないで欲しいと願っていた涙は、自分達から距離を取りたがっていた涙は、誰よりも優しかったから。


「……ケガ、して……ない?」


 無表情の涙が問いかける。小梅の顔を見下ろして、血の気の失せた顔を傾けて。


 小梅は咄嗟に首を縦に振り、涙の両目から零れた滴に泣きたくなった。


「……ヨカッた」


 涙は小梅から離れる。


 倒れ込みそうな体でパナケイアから――小梅達から離れることを望んでいる。


「オ、かアサん……」


 涙の視界がぼやけてしまう。


「オトう……さン」


 体の節々が軋みを上げて、それでも涙は歩いて逃げる。


 誰も巻き込まない場所へ。


 誰もいない場所へ。


 誰も傷つけない場所へ。


「ワタし……を……キらいに、なラ、ナイで……」


 涙の口から血が零れる。


「……イいヨ、って……」


 涙の目から泪が零れる。


「もう、イッかイ……」


 二度と会えない人を探してしまう。


 届かない懺悔を心の底から溢れさせて。


「ダイすキ、っテ……いッテ、ホシい……な」


 涙の意識が朦朧とする。朦朧としながら泣いている。


 そんな彼女の腕を掴み、ナイフを握り締めたのは――流海だった。


 振り返った涙が笑う。相手が誰かも分からないまま、本能が笑わなければいけないと叫ぶから。


 涙は刺される前に流海を投げ飛ばす。自分から遠くへ遠くへ投げ捨てて、流海は大木に背中を叩きつけられた。


 それでも片割れだけを見つめる流海は、パナケイアの屋上から柵が砕ける様を見逃さない。


 葉介はすかさず柵を撃ち抜いて軌道を変え、小梅と雲雀も加勢した。ボーラは涙に当たらない場所へ柵を叩き落とし、雲雀のヌンチャクは柵を砕き壊す。


 窓硝子が砕ければ樒と鶯が飛び込み、激しく薙ぎ払う。


 これ以上涙が傷つけば、救う前に死んでしまうから。


 次に彼女に傷を負わせるならば確実に、一撃でプラセボを打ち込まなければいけない。


 分かっているからこそ、永愛といばらが駆け出した。


「流海君!!」


「逃げないで、ッ涙さん!」


 永愛は涙の頭上に降った柵をサーベルで叩き返す。そうすれば少年の刃が折れて涙に向かうが、飛び込んだ朔夜のトンファーが零れ刃すらも弾き飛ばした。


 いばらは武器を捨てて涙を抱き締める。永愛は使えなくなったサーベルを捨てて涙を押さえつける。血だらけのマッキはよろめいて、憤りと泪に濡れた顔で二人を引きはがそうと咆哮した。


 二人が涙の血で濡れていく。マッキは永愛の顔を殴り飛ばし、いばらの背中に肘鉄を落とす。先に引き剥がされた永愛は駆け寄っていた流海に叩きつけられた。


「ッ、ごめ、」


「いいから……行くよ」


 流海はポケットから小瓶を取り出し、渇いていた刃に薬をかける。それは少量のプラセボであり、担当である小夜以外が持ち出すことは許されていなかった。


 しかし、そんなことは流海に関係ない。涙を救う為ならば、彼はパナケイアの規則など容易く破ってみせる。


 空になった瓶を捨てた流海。ナイフを回した双子の片割れを見て、永愛は痛んだ体にムチ打った。


 涙に殴られるいばらはそれでも離れない。朔夜も共に涙を抑え込み、降り注ぐ硝子片と柵の雨を樒達が粉砕した。


 これ以上長引かせれば涙が死んでしまうから。ヘルスではなくヤマイが死んでしまうから。自分達も無事では済まなくなるだろうから。


 それぞれが思考を巡らせて、朔夜の声によって道が決まった。


()()ッ!!」


「はぁい」


 朔夜に答えた柔らかな少女の声。流海が見たのはパナケイアの一階から涙を()()()()小夜の姿。


 いつも目に巻いている包帯を外した小夜。彼女の双眼は氷のように透き通っており、幼さと美しさを合わせ持っていた。


 朔夜は流海を掴んで抱き込み、小夜に背中を向ける。涙に引き剥がされたいばらは歯を食いしばり、永愛と共に再度マッキを押さえつけた。


「何をッ」


「ッるせぇ黙って動くなよ! 流海!!」


「いっきまぁす」


「全員距離とれッ!!」


 樒の叫びによって雲雀達が一気に涙から距離を取る。残ったのはいばらと永愛、朔夜と流海だ。


 小夜の視界の中心に兄の背が映る。少女は自然な動作で瞬きする。


 印数六、伊吹小夜――視界にあるものを瞬きの間に凍らせるヤマイ


 誰の目にも止まらぬ速さで、朔夜の背中が、いばらと永愛の足が凍り付く。中庭の芝も、木々も、砕けていた窓さえも。


 世界が一気に氷結する。小夜の視界だけが銀世界となる。


 小夜は小さな口から白い息を吐き出し、瞼を閉じて包帯を巻いた。


 涙の足は地面と共に凍り付き、自分を抱き締めて凍ったいばらと永愛を引きはがすことは出来ない。


 背面を全て凍らされた朔夜は流海を離し、目の前で泣いている涙を見つめた。


 目を見開いた流海は顔を歪め、湧き上がってしまった言葉を口にする。


「――ありがとう」


「……おう」


 軽く笑った朔夜から、流海は静かに目を逸らした。双子の片割れは寒さに凍えながら、壊れたように笑う涙へ飛び込んでいく。


 涙は泣きながら笑っていた。


 顔いっぱいに笑っていた。


 寒さに震え、痛みを抱えながらも、笑っていた。


 流海は涙の腹部を見る。朔夜といばら、永愛によって凍り付いていない少女の上半身に刃を向ける。


 どんな状況でも自分の為に笑う片割れに――泣きたくなりながら。


 笑顔が苦手で、表情を作ることが不得手で、不器用で愛しい家族を想って。


 流海のナイフが勢いよく涙を貫く。


 少女の口から血が吐かれ、それでも口角は上がっている。


 刃に付けられたプラセボが涙の体に浸透する。深く深く入り込んでいく。


 それでも、そうなってまでも涙は流海に笑っている。誰だか分からずとも、笑わなければいけないと決めている。


 流海はナイフから手を離し、瞼を閉じていく涙に腕を広げた。


「笑わないで、涙……笑わなくていいから」


 流海が涙を抱き留める。下半身を氷漬けにされて、体から力の抜けた愛しい人を。


 いばらと永愛は涙の服を掴み続け、流海は白い息を吐きだした。


 眠ってしまった片割れへ。


 意識を飛ばしながらも笑い続ける愛する者へ。


 流海の伏せられた目から泪が零れる。


 傷付いた腕で、何にも代えられない片割れを抱き締めて。


 彼は涙の言葉を予想した。意識がある片割れはきっと、仕方がなさそうに笑うのだと知っているから。


 ――ごめんよ流海。それでもどうか、笑わせてくれ


 流海にだけは変わらず優しくあり続けた涙だから。彼女の溢れる優しさと心配を受け止め続けた流海だから。


 ――流海が傷つかない為なら、私はいくらだって笑えるんだよ


 少年は願ってしまう。


 ――だからそんな顔するなよ。愛しい愛しい片割れ君


「……ごめんね涙、それでも……無理だよ」


 流海は涙に縋ってしまう。片割れの肩口に顔を埋めて、血だらけになりながら。


「あぁ、なんでかな……なんで涙ばっかり、悲しいんだろう」


 ――なんで流海ばっかり、痛い思いをするんだろうな


 双子はいつもお互いを想ってきた。社会を恨み、世間を嫌い、世界を嫌悪しながら。


 たった二人、二人きり。二人ぼっちの世界すら許されないのならば、流海は願わずにはいられない。


 傷付きながら笑う片割れが――


「――笑わなくていい世界が、欲しいなぁ」


 泣いている流海の腕の中で、涙は眠る。


 マッキはプラセボによって鎮静され、嵐のように巻き起こっていた事故が止まる。


 雲雀達はその場に腰を下ろし、蓮が率いる抑制部署の面々がやって来る姿を見つめていた。


君が無理して笑わない世界がいい。


***

次話投稿は土曜日を予定しています。


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